Dies iraeに空の魔王ぶっ込んでみた   作:ノボットMK-42

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待たせたな!(待っている人がいるとは限らない)

何と言うか更新すると言っておきながらこの体たらくで本当に申し訳ありません。ゴッドイーターとかモンハンとかその他諸々に現を抜かす日々を送っておりましたスイマセン。

一応次の話を考えてはいたのですが書いては消してを繰り返して今までズルズルと引き伸ばしてしまいました。友達のみならず親にまで催促されて漸く更新した次第で本当に申し訳ありません!


Act.08-A

 リザ・ブレンナーは後悔の人である。

 

 『優生学』すなわち先天的に優れた能力を持った子供を産む為の術を嘗て彼女は模索していた。

 

 優秀な子供が増える事は、やがては将来の国力増強に繋がって来る。当時のドイツにとって、より優れた子孫を増やすことは急務とされていた。

 

 彼女は国の求める子供を産むべく研究に勤しんだ。それだけならばまだ彼女の所業は当時の常識の範疇から外れてはいなかっただろう。しかし彼女の研究は、既に手段を選ぶ余裕を欠きつつあったドイツをして異端と呼ばれるに値するものとなっていく。

 

 彼女は、自分は『女性にしか出来ない』仕事をしているのだと考えていた。

 

 女にとっての戦いとは子を産み育てること。大凡、それまでの『女性らしさ』というものから懸け離れた生き方を貫き続けた親友に対抗するようにして、彼女は自分なりの戦う道を貫いた。

 

 より優れた能力を、資質を、才能を持った子を産むべく両手の数ではとても足りないような男達と関係を持った。そこまでは良い。大した問題ではない。そこが彼女の分水嶺だった。

 

 即ち狂気と正気の世界の狭間。彼女は余りにも小さなようで、取り返しのつかない一歩を踏み出してしまった。

 

 重ねて言うが彼女の研究は優生学にまつわるもの。だが、彼女と彼女の属するレーベンスボルン機関には表向きに発表されているものとは違う、真の目的が存在していた。『ESP』『ドレッドストーン』呼び名は多々あれど、それはつまるところ超能力者の研究だった。

 

 兵士に出来る人員が増えるのは良いが、それが凡人では意味が無い。かと言って天才を一人や二人作ったところで戦線に大した影響など齎すことは出来ないだろう。故に単身で凡人の群れも天才の集団をも凌駕出来る怪物(英雄)が求められた。レーベンスボルンとリザ・ブレンナーの研究の目的とは正にそれを実現させる為の物であった。

 

 より優れた人間を求め続ける内に彼女等が求める新たな世代は、とうとう人でない何かになっていた。

 

 子を産み育てる傍らで、リザは只管に異常な存在(優れた存在)を生み出すべく自分の生んだ子供達を“使った”。彼女が唯の狂人の類であったのならば自身の所業に何ら感じるものも無く、無感動に歩んだ生涯に死体の絨毯を敷けただろう。しかし彼女には子を犠牲にすることを嘆き悲しむ程度の心が残されていた。母としての、女としての本能が子を犠牲にすることを拒んでいたのだ。

 

 

 死なせたくない

 

 申し訳ない

 

 悲しい

 

 苦しい

 

 赦してほしい

 

 

 そんな本音とは裏腹に、彼女の理性は余りにも冷徹に、子供達を犠牲にして得た成果を、或いは何も得られなかった事実を糧にして、次なる子供を使う道へと彼女を誘った。

 

 それでも研究が必要値を満たす程の成果を出すことは無かった。確かに人間としてそこそこ優秀な子供を産むことは不可能ではなかったが、人の範疇から外れたモノを生み出すことは困難を極めた。

 

 土台、人の範疇を超えた代物を人が保持することなど出来ないのが自然である。大き過ぎる力は重荷となり互いに拒絶反応を起こしながら自壊していく。人が空を飛ぶために鳥の羽を背中に縫い付けても飛べないのと同じように、本来人間が持っていてはいけない力を意図的に植え付けられた子供達は、生まれながらに備え付けられた力との拒絶反応で次々に壊れていった。子供達はそんな環境の中で唯々、母を見つめていた。憎むのでも恐れるのでもなく、感情を持たない人形のような目で見続けていた。

 

 彼女はそれと向き合えなかった。とてもではないが真正面から受け止められなかった。ガラス玉のような濁った瞳に自分を移す幼い命たちを横目に、彼女は子供達の目と自責の念から逃げるようにして研究を続けた。

 

 親友に負けたくない、自分のプライドを曲げたくない、ここで辞めてしまっては今までの犠牲が無駄になってしまう。彼女は自身にそう言い聞かせながら子を産み、育て、壊していった。

 

 そんな自分の意地に付き合わされてどれだけの命が失われたのだろうか。ふと彼女がそう思ったのが切っ掛けだった。彼女自身、薄々と悟り始めていた。人と人との間に生まれた子供では限界がある。今のままでは望む成果は一生かけても出せないと。

 

 どうすればいい?何が足りない?何が必要なんだ?

 

 特別な能力を持たせることは出来るようになった。それは兎も角、人間としての正常な機能を持った上で生き永らえさせることがどうしても出来ない。すぐに身体の機能の何処かに異常が発生し、そえは精神面にも及んでしまう。どれだけ時間を費やしても結果は同じ。決して越えられない壁に直面してしまった。

 

 そして彼女はとうとう悪魔の手を取った。異常者達の集団の一員となり、彼女は後戻りの出来ない闇の中へと更に足を進めていく。新たに属することとなった組織にて求められたのは、彼等の宿願である計画を成就させる為の重要なピースを生み出す事。

 

 それは即ちこれまで研究して来た『優秀な人間』も『天才を超えた怪物』も凌駕する正真正銘の『異常な存在』を生み出す事だった。

 

 気が付けば彼女は自身が祖国の未来の為、そして自身のプライドの為に掲げた目的から大きく外れてしまっていた。しかし、だからといって止まるわけにはいかない。今までの全てを無かったことにして普通の日常に戻るには彼女が積み重ねて来た罪は重すぎた。

 

 失われた命に報いる為に、彼女はまた命を散らし続ける。当然のように、求められる水準が更に跳ね上がったことで研究は難航を極めた。

 

 そんな中、彼女は間もなくして一つの考えに辿り着く。

 

 人間と人間とでは異常な存在を生み出せない。ならば異常な存在を生み出すには異常な存在を親にすればいいのではないか。人間の遺伝子では生まれて来る命にも限界が生じて来る。ならば、初めから人間の限界を超えたモノの遺伝子ならばそれも克服出来るのではないか。そんな悪魔的な発想が彼女にとって一筋の光明だった。

 

 だが、それを実証することはやはり簡単な事ではない。土台、異常者を生み出す必要があるから研究をしているのに、成果を出す為には異常者が必要と言うのだ。問いを投げかけられた解答者が数式を説く為に答えを寄越せと出題者に要求するような矛盾した発想。当然、考えはしても進展は無い。図ったように影絵の男が語り掛けて来るまでは。

 

 『近々極上の死体ができる』と男が呟いた数日後、ソレは送られて来た。それこそが彼女の研究を完成させる為に必要だったもの。そして計画の要となるピースを生み出す為の最重要要素だった。

 

 それは自分達、人ならざる魑魅魍魎共を統べる真の化外。黄金の獣その人だった。別の実験の最中に覚めない眠りについたその者を前に、彼女は獣と交わる機会を得た。相手は同朋となった自分達ですら畏怖の念を禁じ得ない正真正銘の怪物。彼女もまた心底恐怖していることは同じだ。それでも、またも行き詰った研究を進展…否、完遂させるには他の方法など考え付かない。恐怖と葛藤を振り払い、事に及んだ彼女は獣との子を身籠った。

 

 今度こそ、今度こそ成功すると自分に言い聞かせ、その時を待つ。不思議と彼女はそれが唯の自己暗示で終わらない事を確信していた。

 

 彼女が新たな命を身籠って程無く、子供(怪物)は産み落とされた。

 

 生まれた瞬間から常人の数倍もの速さで成長する様は正に『異常』そのもの。計画成就に求められた役割にしても不足ない資質を示していた。とうとうこれまでの研究が実を結んだのだ。彼女の悲願は叶った。そんな彼女の心中を満たしていたのは極大の後悔と恐怖だった。

 

 生まれた子供は余りに父親に似すぎていた。怪物の種から生まれた子供もまた怪物だったのである。

 

 金の髪と金の瞳、人とは思えない魔性の美貌。全身から醸し出される雰囲気は、ただそこに居るだけでも周囲に畏怖の念を抱かせる。その姿は寸分違わずあの黄金の獣そのものだった。

 

 産み落とされたモノを見て彼女は漸く我に帰る。自分の研究の集大成である子供は到底人並みの愛情を注げるような代物とは思えなかった。母として許されない行為だと分かった上で、彼女は生まれた子を愛さなかった。愛せなかった。

 

 そして彼女は、計画を次の段階に薦める為の歯車として子を差し出した。元々その為に生んだ命。とは言え、事実彼女は自分の子を拒絶し、捨てたのだ。これまで自分を人間の女であると定義づけ、心の拠り所となっていた母親の矜持、本能すら彼女はこの期に及んで子と共に捨ててしまった。

 

自身の余りの醜さに彼女の心は静かに苦しみ喘いだ。只管に湧き上がって来たのは喪われた子供達への懺悔と後悔。犯してきた罪の重さを改めて振り返り、リザ・ブレンナーは罪の清算に子供らの蘇生を願った。自分が奪って来た命を、自分達聖槍十三騎士団の悲願、黄金錬成にて現世に呼び戻す。それを求めること自体が、自身の子を生贄に捧げることを意味すると理解しながら。

 

 

 

 リザ・ブレンナーは後悔の人である。

 

 女の役割を忠実に果たす為に子の死体を積み重ね、自分が死に至らしめた亡骸を抱いて涙を流す。自分で奪った命に懺悔しながらもまた新しい命を奪っては同じことを繰り返す。

 

 辛いのならば止めればいい。謝るくらいならそんなことしなければいい。

 

 そんな正論では止まれない。それまでの所業を投げ出せるほど図太くも無い。その癖に真人間のように悲しむ偽善者。自分の惨めさを知っていても正せない彼女の前に、何処までも真っ直ぐに生きるな男が現れたのは何という皮肉なのか。

 

 男は自分が大切に思う人々を守る為に戦い、多くの命を死の運命から救い続けた。守れなかった命を悼み、悲しみ、もう失わない為に更なる力を得て戦場を飛び続ける。彼はあらゆる手段を用いて、しかしながら本質は一切ぶれる事が無い。

 

 その生き様に矛盾や恥ずべき点など無く、彼は真っ直ぐに進むべき道筋を歩んでいた。身近な者達を奪われれば正常に怒り、自身の無力さに涙し、正当な理由で仇討ちに燃えた。奮闘虚しく敗れても諦めなかった。勝ち目の有無など関係無く、今も敵への闘志を揺らがせていない。何よりも、喪った人々の事を決して忘れてはいなかった。

 

 何もかもが自分とは大違い。

 

 どこまでも矛盾していて、屈折していて、卑怯で、醜くて、嘘つきで、宙ぶらりんで、奪って来た小さな命一つ一つから目を背け続けた自分とは、何処までも違い過ぎていた。

 

 彼は自分に、嘗て彼自身の短慮から喪ってしまった親友の事を語って聞かせた。彼の言葉にはその友への強い親愛と、それ故の深い自責の念が感じられた。もう何年も前の、たった一人の死にこれだけ悲しめる事が羨ましかった。その死を糧にして、これ以上の犠牲を出すまいと自分を律せる誠実さが羨ましい。

 

 自分はずっと子供達と向き合う事すらしなかった。

 

 名前とも言えない番号を付けて観察して、彼等がどんな顔をしていたのかもおぼろげなのに、自分に向けられたガラス玉のような目だけハッキリと覚えている。だが彼の心の中では彼の愛した同朋達の笑顔が今も息づいている。自分の中に笑っている者など一人もいないのに、彼は沢山の宝物を持っていた。

 

 結局自分にとって、子供達はその程度の存在でしかなかった。理性が余計なリソースを割かない為に消去し続けた子供達(失敗作)のこと。自分は彼のように真っ当に人を愛し守ることは終始出来なかった。

 

 彼は自分に無いものを持っていて、自分に出来ないことをずっとやってのけて来た。自分と彼と何が違うのかと問えば存在そのものの格が違うという答えが返って来るだろう。何故なら彼はあの黄金の獣に匹敵する怪物だ。自分と比べること自体が間違いだ。

 

 しかし、その認識も彼が抱えていた苦悩を聞いてしまえばがらりと変わる。彼の心は今、徐々に麻痺して行っている。これまでずっと抱いてきた同朋達への愛情と悲しみを感じられない身体になってしまっている。

 

 女の理性で母の本能を捩じ伏せて来た自分とやはり対照的な彼の状態を言い表すのならば、人間の理性が怪物の本能に食い潰されようとしていると言ったところか。無痛病の患者はどれだけ自分の身を傷つけても何でもないように感じる。だが、その一方で、身体にはしっかりと傷の痛みと負荷が溜まっていく。それと同じで、彼は自分の感情を認識出来なくなっているだけで失ったわけではない。

 

 だと言うのに、彼は自分が過去の人々を無価値と切って捨てる人でなしであると言うのだ。このリザ・ブレンナーと同じ類の外道であると。共感や親近感など湧いてこなかった。ただ身勝手な憤りだけが胸の内を満たした。

 

 

『私とは違う貴方が何故そんなことを言う?』

 

『貴方は私に無いものを持っているのに』

 

『私には出来ないことが出来るのに』

 

『私がどれだけ志しても叶わない生き様を貫いているのに』

 

『なのに自分が惨めな人間であるかのように自嘲するのは何故?』

 

『私の方がずっと惨めなのに、そんなことを言われたら自分は本当にどうしようもない女になってしまう』

 

 

 幸福な人間が本当に不幸な人間の前で『自分は世界で一番不幸である』と言えば、本当に不幸な人間は『その程度の事は不幸ではない』と憤ることだろう。持つ者と持たざる者の認識の相違、或いは更に下を知らない者が小さな汚点をひけらかして美点を強調するような行為だ。

 

 とは言え、リザが抱く惨めさは所詮自分の行いが返って来た結果生まれたものに過ぎない。彼女自身、自分の感情が酷く理不尽なものであると理解している。その上でハンスの言葉を認められなかったのはリザの人間らしさと言うべきか、弱さと言うべきか。

 

 少なくともらしくないことをしているのだけは分かる。彼女は心中に生じつつある僅かな変化に気が付かないまま感情に任せてハンスに手を上げ一言だけ言い放つ。

 

 

「貴方は、まだ何も失くしてなんかいない」

 

 

 

 

 


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