Dies iraeに空の魔王ぶっ込んでみた   作:ノボットMK-42

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Act.03-A

 何も見えない、何も聞こえない。

 

 視界に映るのは何処までも続く闇だけだ。

 

 身動きは取れない、動かす部位の自由をごっそり失ってしまっているのだから動くも何もない。

 

 今の私は両手足を失ったにも等しい状態だ。

 

 このザマになってからもうどれだけ経ったのか。

 

 時間の感覚は馬鹿になってしまっていて、今この時ですら数秒のようにも何百年のようにも感じられる。

 

 意識は常におぼろげだ。自分が生きているのか死んでいるのかすら定かではない。

 

 ただあるのは、揺らぐことの無い一つの事実。

 

 敗北。

 

 そう、私は敗北したのだ。

 

 元より勝てるなどと思ってはいなかったが、それにしてもラインハルト・ハイドリヒの力は私の想像を遥かに超えていた。

 

 元より無謀な戦いであったのだ、私のこの醜態はなるべくしてなった結果なのだ。

 

 

「されど、君もまた我々の予想を軽々と飛び越える躍進を果たした。誇ると良い、爪牙達を退け、獣殿と直接矛を交わすのみに留まらず、その力を引き出させた。

正直、私自身驚きと歓喜に満ちている。君は私達の求める未知の担い手になり得る役者だよ」

 

「だから私を生かしたと?まるで物珍しい昆虫でも拾ってくるかのような気安さだな、まったくもって反吐が出る。」

 

 

 突然目の前に姿を現した男に意識を引き戻された私は吐き捨てる。

 

 私と私の怨敵に力を与えた憎き男、此奴もまた怨敵の一人であることは疑いは無い。

 

 奴は敗れた私を殺さず捕えた。どの道ラインハルトの手に掛かれば奴の総軍に加えられる末路は同じであるというのに何故助命など申し立てたのか。

 

 私はあの激情と喪失感によって己の渇望を知り、創造に至った。

 

 そしてラインハルトの爪牙達とぶつかり打ち勝った。

 

 私が積み重ねて来た力と魂は、私自身すら気が付かない程に大きく膨れ上がっていたのだ。

 

 それが急速な創造への到達と圧倒的戦闘力の発揮を促した。

 

 しかし、ラインハルト本人と戦い、奴が少し本気を見せればどうしようもない。

 

 奴の創造によって現れた夥しい死者の軍勢、奴が死に追い遣った人々が全て奴自身の力となって襲い掛かる。

 

 その中にはベルリンで死した者、同朋達も含まれていた。

 

 更に激高した私は怒りのままに特攻し、軍勢が放つ空を覆いつくさんばかりの対空砲火を潜り抜けて奴に迫った。

 

 しかし、奴が手にしていたあの槍、最強の聖遺物である聖槍が振るわれる度に私の放つ攻撃は全て塵と化す。

 

 いっそ己の魂を全て燃焼させる勢いで力を引き出したが、その結果私は精根尽き果て墜落した。

 

 最期は呆気無く幕を下ろしたごく短い戦いに、カール・クラフトは何を見出したのだろうか。

 

 どうせ碌な事ではなかろうが、どうでもいいと切り捨てるには此奴が齎す災いは大きすぎる。

 

 声も聞きたくないのに聞かねば取り返しのつかない事態になりかねないなど、質が悪いにもほどがある。此奴は相手が耳を塞いだ時に肝心な事を口にするような悪趣味極まる男だ。

 

 

「確かに、君は私この先、未知を齎し得る存在となるのやもしれない、だがそうでないのかもしれない。

喜劇で踊り続ける道化と化すのか、或いは己の思うままに空を駆ける誇り高き竜となるのかは君次第なのだよ」

 

「つくづく解せん奴だ。自分達に明確な敵意を持っている者の良く末を見守ろうとでもいうのか馬鹿馬鹿しい。

貴様の戯言に踊らされ続けるなど死んでも御免被る、さっさと殺せ。」

 

 

 思えば此奴の行動には不可解な点が多すぎる。

 

 私を生かしたのもそうだが、私に力を与えておきながら一切自身の側へと引き込もうとするような働きかけは無かった。

 

 自分達の敵となり得る人間に力を与えて一体何をするつもりであったのか。

 

 そもそも此奴のいう未知とやらが何なのかも分からないのだ。

 

 何から何まで分からないこと尽くしで気分が悪い。

 

 

 だがその答えを持つ者はこの通り、蛇のような生理的嫌悪感を感じさせる目で私を観察するのみだ。とてもじゃないがまともな答えをくれそうにない。

 

 

「良くないな。安易な死で幕を降ろすというのは些か以上に好ましくない。

増してや君はこの程度の事で折れる器ではなかろう?君はこれからも多くを手にし、守り、そして失っていく。このような言葉は心底好かないが、宿命というものなのであろうな」

 

「宿命だと?知ったことかそんなもの。私の未来は私が決める。そんな誰が決めたのかも定かでない不確かものにも、増してや貴様如きにも、私の行く末を決めさせはせん」

 

「故に、守るべきものを失った君は最早生きる未来を選ばぬと?ここで死することで真に己の課した責務からの解放を望むと、そう言うのかな?」

 

「―――っ!!」

 

 

 何をぬけぬけと……私から同朋を奪ったのも、私の未来を歪めたのも全て貴様らだろうに。

 

 もしこの身体が自由になったなら、私は真っ先に奴の喉元に喰らいついていたことだろう。

 

 憎い、殺してやりたい。

 

 この男もラインハルトも私自身も。

 

 奪った連中も守れなかった自分も等しく憎悪の対象だった。

 

 ああ、そうだとも。私は逃れたいのだ、この苦痛から。

 

 強く在るには、自由になるには孤独になるしかない。

 

 だが私の心は何処までも他者との繋がりを求めていて、とてもじゃないがそんなもの耐えられそうにない。

 

 だが繋がりを得れば、今度はそれを失う恐怖に怯えて更に己を縛るしかなくなってしまう。

 

 これは私が知らぬ間に自身の心中に作り上げた呪縛。

 

 空への思い、重力という名の束縛からの脱却を求めた無垢な願いと、ヘンシェルを喪ったことで生じた喪失への恐怖。

 

 本能と強迫観念にも似た感情の二律背反に、私はこれからも苦しみ続けるのだ。それはどれほど辛いことなのだろう。

 

 

「そこまで言うのであれば止めはしない、好きにすると良い。君が死した所で黄泉路につくのはやはり君だけだ。

我らが作る世界に於いて須らく死というものは排斥される。その先に待つ永遠の孤独から君は逃れられないだろう。今ここで果てて、冥府の底で一人孤独を耐えしのぶのが君の望みなのかな?

それでは“彼”も浮かばれないというものだ。」

 

 

 “彼”

 

 その言葉だけが酷くハッキリと耳に残った。

 

 恐らくその人物は、私と深く関わりのある人物であるのだろう。

 

 そして私自身奴の言っている“彼”とは誰であるのか薄々勘付いていたのだ。

 

 だからこそ、ベルリンで燃やし尽くした筈の感情がまた唸りを上げ始めていた。

 

 

「君にとって彼は紛れも無い特別であったのだろう、彼にとっても君は特別であったように。

故に君は同朋の死を恐れていながら彼を幾度と無く死の危険に晒してきた。彼もそれを拒むことは無かった。

非難しているのではないよ、寧ろ私は感嘆すら覚えているのだから。

君が唯一対等であると認めた盟友、彼は最期の時まで君が答えを得る事を望んでいた。

素晴らしい、実に素晴らしい友情だ。誠に美しきことかな」

 

 

 まるで詩でも読み上げるかのように優雅な口調でカール・クラフトは語る、滅びゆくベルリンを訪れた一人の男の事を。

 

 

 

 やがて蹂躙される定めにある帝都の中で、その男は相棒を待っていた。

 

 もうじきドイツは敗れる。敵軍がここまでやってくれば何もかもが終わり、そして自分達にそれを防ぐ手段は無い。

 

 敗北と滅亡は避けられない。

 

 多くの兵士達が最後の足掻きを見せるべく銃を手に立ち向かい、そして死んでいくことであろう。

 

 街は焼かれ民は犯され兵士は踏みにじられる。

 

 そんな地獄が、暫くすればこの世に顕現する。その真っ只中に、あの馬鹿は意気揚々と飛び込んでくるのだ。

 

 あの相棒ならば、向かう先が負け戦だろうがこの世の地獄だろうが関係なくやって来るに違いない。

 

 自分と逸れても尚、そこかしこで馬鹿みたいに突っ走り続けて国の外までその馬鹿な所業を轟かせた正真正銘の馬鹿なのだ。その馬鹿が最期の時、盛大に馬鹿をやらかすなど子供にも予想出来る。

 

 だが、此方としてもそう簡単にくたばってもらっては困る。自分を勝手に巻き込んだ癖して勝手に死んでいく、そんな馬鹿なことは例え馬鹿が相手でも許さない。

 

 どうせ死ぬなら、せめて巻き込んだ責任取って自分と一緒に死ねと言ってのけろ馬鹿。あのスツーカの後部席に乗せられた時から、自分の死に場所は貴方のすぐ後ろだと決めていたのだから。

 

 そう心に決めて彼はやって来た。最期まで馬鹿みたいに活きる為に死にに来た。

 

 そして彼の予想は見事に的中する。

 

 彼が待っていた馬鹿な男はたった一人で馬鹿正直にやって来た、馬鹿みたいに戦って戦って戦い続けて馬鹿らしく死ぬ為に。

 

 だが願いが果たされる直前、彼の身体と魂は紅蓮の業火の中へと消えていき、その魂は獣の城に押し込められてしまった。

 

 消えゆく中で敬愛する相棒へと静かに呼びかけながら。

 

 

 

 

「貴様…貴様等…まさか……!」

 

「君が死ねば、彼は間違いなく悔いることだろう。何も出来ない己の無力を嘆く事だろう。自分を置き去りにした君を心底恨めしく思うことだろう。

君は彼から、君が答えを得て真の自由を得る事を望んだ全て者達から背を向けると言うのかな?」

 

「よくも………よくも……よくもよくもよくもっ!!」

 

 

 

 

 それは喪失感とはまた違った感情であった。

 

 まるで半身を引き裂かれたかのような苦痛。抱えていたものを取りこぼしたのではなく、抱えていた腕そのものが千切れ落ちるような絶望。

 

 彼は私にとって正しく特別な存在であった。

 

 彼もまた私と同じく他者とは違っていた人間であった。

 

 だからこそ、浮いていた者同士引かれ合うものがあったのかもしれない。

 

 そして私は直感したのだ。彼ならば私の背中を任せられる、私と共に飛ぶに値することを。

 

 事実、彼を私が心配などしたことは無い。私は彼が死ぬ筈がないという絶対的な確信を持っていた。

 

 だから彼を喪うなど思ってもいなかった。実際彼はどんな危機にあっても生き延び、それどころか、度々死にかけた私を助けたことすらざらにあったのだ。

 

 私の人生最高の相棒、親友、兄弟、半身。

 

 そんな彼が命を絶たれ、囚われた。

 

 何だそれは?馬鹿にしているのか?誰の許しがあってそんなふざけた真似をしている?

 

同朋を虐殺しただけでは飽き足らず、彼までも手に掛けた。どこまで私をコケにすれば気が済むのか。

 

 

「貴様等…貴様等よくもガーデルマンを!赦さんぞ糞共がああああああ!!」

 

 

 私は一気に爆発し、身体の感覚を奪っていたナニかを力任せに振り解いて目の前に立つ影絵の男に襲い掛かった。

 

 助走をつけて怒りのままに拳を繰り出す。とにかく此奴をぶん殴ってやりたかった。

 

 徒手空拳とて今の私は奴らの比喩するところの竜である。ならばこの拳は化外の一撃。怪物だろうが悪魔だろうが撲殺する鉄槌だ。

 

 この程度で討ち留められるような相手でない事は百も承知。だがそれが何だというのか。

 

 今このクソ野郎をぶちのめすのに、つまらん理屈や道理など必要無い、ただ怒りに身を委ねるまで。

 

 握りしめた拳は奴の鼻っ柱に向けて放たれた。

 

 しかし後少しで相手に触れると言う所で、目の前に居た筈の影はいつの間にか姿を消し、私の背後に回っている。

 

 元より私が殴りかかっていたのは何処にでもいて何処にもいない存在だ。感情に振り回されているだけの者に捉えられる筈もない。

 

 それでも私は奴へと挑みかかり続けた、何度も躓いて空振った勢いのままに盛大に横転しても奴を殴り倒すべく、再び精根尽き果てるその時まで。

 

 目の前の男の不愉快な顔を原型も残らぬ程に殴りまくって、耳障りな言葉を二度と叩けないよう顎を砕いて、人をおちょくるようなその蛇の如き目を両方叩き潰してやる。

 

 そして私の怒りの万分の一でも貴様の心身に刻み込んでやる。

 

 ただその一心で飛び掛かり、拳を繰り出した。

 

 

「相も変わらず凄まじい怒りだ、恐れ入る。逆鱗一つ剥がすごとにここまで猛るとは。

予想外の成長ぶりに歓喜すべきか、それとも嘆くべきか。

ともすれば、当初の予定通りに事を進めるべきかな?女神の華奢な身体を抱くのに竜の(かいな)は些か以上に力強過ぎる。否、或いは……」

 

 

 奴は終始直立不動のままだった。

 

 一瞬のようにも永遠のようにも感じられた滑稽極まる私の足掻きは、とうとう私が膝を着いた所で幕を降ろす。

 

 力尽き、地面に倒れ伏す私を見下ろしながら奴は何か考え事でもしているかのように虚空をぼんやりと見つめていた。

 

 何の事を言っているのかはやはり分からなかったが、私がここまで力をつけたのは奴にとっても驚きであったらしい。

 

 それで動揺の一つでも与えられたならば留飲を下げる所だったが、喜ばせてしまっているのでは不快にしか感じない。

 

 何と言う無力。

 

 私は同朋を守れず、仇も打てず、こうして憎たらしいクソッタレのスカした面に拳を叩き込んでやることすらも出来ないなんて。

 

 人であった時よりも明らかに強くなったはずなのに、私は己の望んだことを何一つ為せていない、肝心な場面で無力なままだ。

 

 

「くそ…畜生…クソッタレがぁ……っ!!」

 

 

 悔しくて、恥ずかしくて、申し訳なくて泣けてくる。

 

 しかし、奴の前でみっともなく涙を流そうものならば、此奴は更なる屈辱を私に与える事だろう。そして私が己を責める様を見て喜ぶのだ。

 

 だが、私が涙を堪えたとしても、奴には私の胸中などはお見通し。

 

 そこで、身も心も弱った私に向けて奴は二度目となる悪魔の誘いを持ち掛けて来た。

 

 

「我々には君の喪失を埋める術がある。喪ったものを取り戻す手段を我々は持っている。君の望みを叶えることが出来るのだ。

故に鋼の悪竜よ、我が舞台を飾る役者の一人となってはくれないかな?無論、報酬は用意しよう。君の思う所を願うが良い、さすれば自ずと願いは叶う。

伸るか反るかは君次第、決して悪いようにはしないと約束する

。さぁ、どうする?ハンス・ウルリッヒ・ルーデルよ。」

 

 

 また胡散臭いことこの上ない提案だ。

 

 願いを叶えるだと?喪ったものを取り戻すだと?私の願いを叶えるだと?私が望んだ悉くをぶち壊しにしやがった癖に、またそんな事を口走るのか。

 

 そう捲し立てる私に、奴は事の詳細を一部開示した。

 

 黄金錬成、即ち永遠と死者復活というこの世の法則を打ち破る大禁呪。

 

 ラインハルトの下に集う爪牙達も、各々の目的をそこに託している。私もその一人となれという。

 

 突拍子も無い話である。だが私の居る世界は、もう突拍子も無いなどという言葉が罷り通るほど正常な代物じゃない。

 

 故に奴の言うことは真実なのだろう。

 

 黄金錬成とやらが為されれば同朋達は返って来る。

 

 ならば私の出すべき答えは決まっている。

 

 それが茨の道であろうとも知ったことか。

 

 もう死にたいだなんて考えは湧いてこない。やらねばならないことが出来たのだから。

 

 奴の、獣との決着をつける為に、一時の恥辱は堪えるとしよう。

 

 あのベルリンで開戦を見た、私と奴との戦争は、まだ始まったばかりなのだから。

 


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