誤字脱字、話の矛盾点等はご容赦願います。
2022/7/19現在、3話を更新予定
異世界転移をしてしまった。
現代日本でコンクリートジャングルを歩いていたはずの僕は、いつの間にか鬱蒼と草木の生い茂る森の中に迷い込んでしまったのだ。
「チックショウ!近寄るな!」
転移数分でピンチ到来。
気が付いたら森の中だったという現状を整理しようと右往左往していれば、僕と同じくらいの大きな犬が数体表れた。
白い毛並みをしたそれらは、よく見れば犬よりもオオカミに近いかもしれない。
実物を見たことはないので、あくまで想像だが。
問題は、コイツらが明らかに僕の命を狙っていることだろう。
大して体を鍛えていない僕はあっという間に囲まれた。
無理を承知で走り抜けることも考えたが、ぶっちゃけこのデカい狼に睨まれてビビってしまった。
足元に落ちていた長い枝を武器代わりに持つが、自分でも笑ちゃうくらいへっぴり腰。
そんなことをしていれば、運命の瞬間はやってきた。
――まずは衝撃。
不意に後ろから襲ってきた一体に反応できなかった。
身体が一瞬浮き上がり、地面に叩きつけられる。
――次に熱。
何が起こったかわからないままの僕に、ぶつかってきたオオカミは嚙みついた。
脇腹に感じた信じられない熱さに悲鳴を上げる。
――最後に痛み。
感じた熱はそのまま痛みへと変わり、僕の全身を駆け巡った。
弱った獲物に噛みつく他のオオカミのせいで全身が、熱く痛い。
こうして僕は苦痛のうめきを最後に、その命を落としたはずだった。
「――は?」
目の前には群がるオオカミの群れと、光となって消えていくナニカ。
消えていったものがさっきまでの僕であったと理解できたのは、もう一度死を体験した後のこと。
そこから先は割愛しよう。
特に面白い話でも愉快な話でもない。ただ僕が死に続けただけである。
僕にとって幸運で、奴らにとって不幸だったのは、僕の身体は死ぬと欠片も残さず消えてなくなるという点だった。
いくら食っても腹が膨れないなら用はないと、そのことに気づいたイヌっころどもは何処かへ去っていった。
後になって知った話だったが、この森の名は”死の森”
入った者が誰も帰らないとされる、モンスターの巣窟となっている危険地帯であった。
死に続けて半ばやけになった僕が森の探索を開始し、モンスターに見つかり、死に戻るということを繰り返し数回。
この森を抜けるために試行錯誤していた時、僕は僕自身の能力に気が付いた。
「マインクラフトか」
僕はマインクラフターになっていた。
マインクラフターとは、スコップ一掘りで1立方メートルを掘りおこし、摩訶不思議なツールで万物を創造し、嬉々として森や砂漠や地獄を開拓する者たちのことである。(諸説あり)
さっきの死に戻りも、クラフターのリスポーンということだろう。
とんでもないスポーン地点を引き当てて、もはやため息すら出ない。
だが森を抜けるためにはこれを活用するしか道はない。
早速重く頭痛の続く体を引きづって、近くの巨木を殴りつける。
(めちゃくちゃ痛い!)
拳のあげる悲鳴を無視して殴り続ければ、巨木の一部がまるで削り取られたかのように消失。
同時に自身の『内側』に原木のブロックが存在することを感覚的に理解した。
おそらくこれがインベントリ。クラフターが誰でも持つ、アイテムを格納する四次元ポケット。
手元に引き出した原木の名前は”ホワイトオークの原木”。
それをインベントリ内部でクラフトすれば、”ホワイトオークの木材”となった。
この時生成されたものが、生成前と形が違い正四面体であることや、明らかに体積が増えていることはツッコんではいけないのだろう。
それらを利用し”作業台”を作成。何ができるかと調べていれば、メキメキという嫌な音が耳に届いた。
その方向を向くと、今まさにこちらへと倒れてくる巨木の影が。
(マインクラフトの世界では設置されたブロックの多くは固定されていたが、現実ではそうもいかないらしい)
そんな呑気なことを考えながら、咄嗟に動けなかった僕は切り倒した樹の下敷きになって死んでいた。
その後も僕への苦難は続く。
音につられてやってきたモンスターを何とかやり過ごし。
木材を採取しツールを作成。
断層が表れた崖から石を採取したりした。
その間に分かったことだが、僕が死んだときアイテムを周囲にばらまくことはないらしい。
つまり持ち物は強制ロスト。結構ハードル上がったな…。
死に戻った数も今や数知れない。
犬に、猫に、サルに、虫に、植物に
ありとあらゆる存在に食われ、遊ばれ、死んだ僕がそれでも行動を止めなかったのは、きっとそのころには正気なんてものが残っていなかったからだろう。
せめて羊がいればリスポーン地点が更新できるベッドが創れたのだが…。
現実は無常である。
死に戻ってはアイテムを作成。森を抜けるために探査し、また死に戻る。
脳死で続けられた無計画な抵抗だったが、その足掻きによってついに僕は森を脱出することに成功したのだ!
やったぜ!ざまあみろ害獣共!
僕が森を抜けたと判断したのは、ある地点を境に明らかに木々の大きさが変わったためだ。
樹齢1000年と言われて信じてしまいそうな巨木があちらこちらにあった森が、僕が知る常識的な大きさのものへと移り変わった。
何より常に圧迫されているように感じた雰囲気が、今はかなり落ち着いているのだ。
未だの森は続いていたが、しかしあの異様な雰囲気の場所から抜け出せたのは間違いないだろう。
さてやっと猛獣の巣から這い出した僕だが、このまままた死ねばあの森に戻されることは間違いない。
それは文字通り死んでも嫌なので行動を開始した。
昼間は、発見した小川に沿って進み、夜は穴を掘って眠った。
食糧は果実を採取したり、小動物や弱いモンスターを狩りそれを焼いて食べた。
幸いなことに、森の外の生き物は、中のソレらより弱く、比較的臆病だった。
火は川の砂利を掬って火打石を入手。火打石と打ち金をクラフトした。
そんなことをしながら進むこと2日。やや広くなった川沿いに村を発見することに成功したのだ!
とりあえずベッドだ!この辺り羊の一匹も居やがらねーからな、くそが!
すぐさま駆け込みたいところだったが少し冷静になって考えた。
あれ?ここって言葉通じるの?
てかそもそもあの村って人間の住処なの?
慌てて作戦を練る。
地面の下を掘って村までトンネルを掘り。気づかれないよう穴をあけて様子を窺った。
結果としてわかったことは3つ。
1つ目は、ここは日本ではないし(当たり前だが)言語も日本語ではないが、僕にもそれが理解できるということ。
2つ目は、この村には時々行商がくるらしいのだが、いつもより遅れているということ。
3つ目は、
(…あれ?森の中でも穴を掘っていけば、あんなに死ななくてもよかったんじゃね?)
僕は思っていたよりも馬鹿なのかもしれないということだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
エルクが人生の転機を迎えたのは、世間知らずで、何処か抜けていて、しかし不思議な力を持った魔術師が、行商として彼の住む村を訪れた時のことだった。
エルクにとって村の生活は窮屈で、つらいことが多かった。
エルクの家族は村のヒエラルキーで低い位置にあり、畑の収穫量も恵まれているとは言えなかった。
近代化されていない畑はキャンパスに適当な線を引いたような形をしており、収穫できる量も一つ道を挟むだけで大きく変わるなんてこともざらだった。
そんな環境で、エルクは5人兄弟の三男として生まれる。
上から、長男、長女、次男、エルク、次女の5人。しかし妹の次女はエルクが5歳の時死んだ。流行り病だった。
次は長男だった。持ち回りで行っている夜半の警備の最中に、運悪くモンスターと遭遇したためだった。
農村部ではよくあることと言ってしまえばそれまでだ。むしろここまで5人中3人が成長できただけ幸運だろう。
エルクは怖かった。
このまま自分もあっけなく死んでいくのが。
このまま何も残すことなく死んでいくのが。
だから彼はこの村を出ていきたかったのだ。
少なくとも、街にはここにはないナニカがあると、そう信じていたから。
だから彼は懸命に努力を重ねた。畑仕事が終われば石を投げて投擲の訓練をしたし、壊れた農具の柄で槍術もどきも練習した。時折くる行商人からは鬱陶しがられるほど、街やその道中に関することを聞いて回った。
エルクは懸命に外の世界へ踏み出そうと藻掻いていたが、彼の家族はそれに反対した。
当然である。一家の貴重な男手であり、長男を失った一家にとって彼は家長のスペアなのだ。
勿論打算だけではなく、家族として辿り着けるかも怪しい都会に行くくらいなら、比較的安全なこの村で生きていってほしいという感情もある。
だから彼の夢を応援してくれる人間は、その村に誰もいなかったのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そんな彼のもとに、その行商人は現れた。
木製の荷車を引いて、たった一人で現れたこの不審な男は、名ををタクミといった。
しかし村の人間はいったん受け入れることに決めた。
理由としては、いつもの行商人が訪れず、外のものが不足してきていたことだろう。
村長は、村を囲う木の柵の外での滞在を許し、男もそれを受け入れたのだ。
いや何故か何でもいいからベッドを貸してほしいと食い下がっていたが。
彼は夜が明けると村の中心にある井戸の付近に座り込み、村人から要望する品を聞いていた。
最初、最も期待していた塩を持っていないと知り、落胆していた村人達だったが、彼の持ってきた鍬や道具が良い出来だったことと、木材や石材加工技術が非常に高いことを知ると、壊れかけた農具や家具などの修理を彼に頼み始めた。
昼頃までそうして話を聞いていた彼は、村の外へ出ていき一人作業を始めるのだ。
作業を始めるとは言ってもその様子はほとんどわからない。
なぜならいつも彼は何処かへ消えてしまうのだ。
後を付けようとした村人もいたが、気づかれたのか木の裏に隠れた彼を見失ってしまった。
村人は彼を魔術師ではないかと恐れたが、排除しようとはしなかった。
危害を加えられたわけではないし、村の要請には素直に従ってくれる。
何より安価にその技術を提供してくれるという点が良かったのだ。
そのため彼らは、いったん様子を見ようという結論に至っていた。
仕事のこと以外では、遠巻きに見られていたタクミにエルクは接触する。
「街のことを教えてほしい?」
「はい!どんなことでもいいので教えてください!」
エルクの言葉にタクミは悩んだ様子を見せたが、彼はかつて訪れたという都市の話を始めた。
この時点でエルクは知らなかったが、彼はこの世界の都市を未だに訪れたことはない。
しかし街に行ったことがないなどと言えば、行商人の設定を食い違うことになる。
そのため彼は昔読んだ本や、歴史の古代都市の知識などから話をでっちあげることにしたのだ。
しかしその話は幼いエルクの心を鷲掴みにした。
少し考えれば粗だらけの拙い創作ではあったが、それに気づくにはエルクは純粋すぎたし、知識が足らな過ぎた。
男の拙い創作は、しかし現代日本の数々の創作物<ラノベ>を基に生み出されたキメラであったため、年頃の男の子のハートを見事にキャッチしてしまったというわけで。
「タクミさん、俺を一緒につれていってください!」
「えぇ…」
こうして熱意が暴走した少年と、死にすぎて正気度を失った青年との、長い付き合いが始まったのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ここでタクミとエルクの利害関係を整理する。
まずエルクは、今更説明の必要もないくらい、都会への憧れと村という閉じた世界に息苦しさを感じていた。
タクミはといえば、言葉は通じるものの、この世界の常識はほとんどないため、たとえ世間知らずの田舎者からでも話を聞き、それらを学びたいと思っている。なにより見知らぬ土地で心細いという思いが強かった。
つまりひとまず彼らの利害は一致し、次はエルクをどうやって村から連れ出すのかという話に移っていった。
「適当に攫ってっちゃダメなの?」
「いや、さすがにそれは…」
男の初手キ〇ガイ発言にドン引きのエルク。それでもモラルの高いとされる日本人か恥を知れ。
これは流石に冗談だったが、タクミからすれば、未成年を自分のような身元不明の相手が預かるシチュエーションが思いつかない。ほらやっぱり攫ったほうが早いじゃないの。
「いやいやいや、だからダメですって!」
必死に止めるエルク。彼とて別に家族が憎いわけではない。
もし商売が軌道に乗ったら仕送りをしようなどと皮算用する程度には、家族を思っていた。
その後あれこれと話し合い、彼らの出した結論は…
「エルクを…、買い取りたい?」
――人身売買であった。
「ええ、エルク君は物覚えも良く、なによりやる気があります。彼を私の助手として雇いたいと思っているのですよ。
しかし貴重な男手をタダで貰おうなどというのは、商人としての誇りに反します。
そこでご両親が望むものを提示していただき、その対価として彼をもらい受けたいと思っているのです」
先ほどまで人攫いの計画を立てていた本人がいけしゃあしゃあとほざく。
誇り云々のあたりで背後のエルクから冷たい眼差しを感じたが、そんなものは知らんと無視を決めこんだタクミ。
死に過ぎた彼は、正気と共に恥も失ったらしい。
この世界では人身売買は合法化されている。
エルクが行商人から聞いた話では、都市では奴隷の売買が行われているらしい。
この村もかつて飢饉が発生した時、子供や女を売って口数を減らした過去があるとか。
口数を減らすために子捨て姥捨てをするよりは人道的、なのか?とタクミは考えたが、どうでもいいかと考えを放棄した。今更日本の価値観をこの場に持ってきても意味がないことはわかりきっている。
問題はお尋ね者にならないようにエルクを旅に連れ出すことだ。
とはいえ手元にほとんど現金など持っていない。
今回の取引でもほとんどを現物交換で行っていたのだ。
そのことをエルクに伝えると、
「この村では現金での取引はほどんどないです。現金より現物のほうが喜ばれます。
だからタクミさんの魔術で父さん母さんを説得してくれれば…」
「いや待って、魔術ってなにさ。僕はタダの行商だよ?」
「いやタクミさん、それは流石に無理がありますよ…」
このアホは本気でその嘘が通じると考えていたらしい。
子供にすら、何言ってんだこいつ、という視線を向けられて意気消沈していた。
しかしもうばれているなら自重する必要はない、と考えるタクミ。是非とも自重はしてもらいたいものである。
「…農地か家畜、水路はどうだ?いや村の堅牢な防壁という手も…」
ブツブツを呟くタクミを見て、エルクは決断を早まったかもしれないと若干後悔し始めた。
だが合法であるからと言ってそれを受け入れてもらえるかは別問題であって…
「何を言うかと思えば。うちの息子を譲るつもりはない!とっとと出て行ってくれ」
「―ちょっ⁉話だけでも!」
案の定家を追い出された。当然の末路である。
家の中からは、両親がエルクを叱り飛ばす声が聞こえている。
このように、タクミとエルクの旅は始まる前から暗礁に乗り上げたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「まいったね。どうしたものか」
「本当ですよ。あれ以来外に出るのも難しくなっちゃいましたし」
タクミとエルクはお互いにため息をつきながら近況を報告していた。
場所はタクミが小山を掘りぬいて作った仮拠点。クラフター基準では穴蔵レベルで家ともいえない有様だが、エルクの度肝を抜くのには成功していた。
あの一件以来、タクミは村に近づきづらくなっていた。
行商のふりをした魔術師の目的は、実は人攫いなのではないかと噂されるようになったからだ。
タクミがこの村に到着してから1週間、今ではその信用は下落が止まらない。
このままでは不安に駆られた村人が力ずくで排除に乗り出すのも時間の問題かと思われた。
「エルクはどうしてここに?僕が言うのもなんだけど、今会いに来る相手としては最悪じゃない?」
「ほんとに自分で言うことじゃないですね…」
呆れたように溜息を吐いたエルクは、しかし椅子に座りなおし姿勢を正した。
その顔はこれまでタクミが見た中で、最も真剣な顔をしている。
「今日はタクミさんにお願いがあってきました」
そういって語りだした内容は、村の現状とエルク一家の置かれた状況であった。
エルクの住む村は、モンスターが生み出されると信じられる通称”死の森”にかなり近い場所にある。
そのためなのか、村の周辺には定期的にモンスターが表れるのだ。もっともそれらは村人でも撃退可能な弱いものが大半らしいが。
「それでも犠牲が出ないわけじゃありません。実際数年に一度は死者が出ています。俺の兄貴も…」
今回彼が相談しに来た問題としては、今村の近くではオオカミ型のモンスターの巣が発見されたというのだ。
――あのくそったれな犬どもの親戚だろうか、駆逐しなくては。
タクミの秘めたる決意をよそにエルクの話は続く。
村ではこれまで同様、村の男手で撃退することが決まったらしいのだが、エルクの兄である次男がそれに駆り出されることになってしまったのだ。
既に一度息子を亡くしている両親は猛反対。しかし立場の低い彼らが村の決定を覆すことはできなかった。
そのためエルクの家はお通夜状態なのだとか。
「だからタクミさんがオオカミを撃退してくれれば、その対価として俺を一緒に連れていく許可を貰えるはずなんです!」
「…ん~?」
全員win-win!これベストアンサーでしょ!と胸を張るエルクだったが、タクミとしては懐疑的だった。
だってエルクがいなくなるなら、プラスマイナス0でしょ?それでほんとに納得するの?と。
もう一歩踏み込んだ案が必要だなと、思考を走らせた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
エルクがタクミのもとを訪れた翌朝、村は大騒ぎになっていた。
朝起きたら村の周囲に、高さ3メートルほどの石の壁が出来上がっていたのだ!
下手人はもちろんこのお馬鹿。
「皆さんおはようございます」
ニコニコと挨拶したタクミを、村長はじめ広場に集まった村人たちは薄気味悪そうに見つめていた。
気味の悪い魔術師が、理解できない魔術を使った。そんな認識が彼らの中に広がる。
ことを起こした魔術師が、一体何をしだすのかと、一団は戦々恐々でタクミを見つめていた。
「さて皆さん、既にご覧になられたと思いますが、この村の柵を新しくしてみました。
勿論すべて終わったわけではありません。一晩でやるには流石に難しかったので」
タクミは自身の作った石の外壁を満足そうに眺めながらそういう。
村人の一人が尋ねた。なぜこんなことをしたのかと。
「そうですね、順番に説明しましょう。
まず私は旅の同行者として、この村のエルク君を連れていきたいと考えています。勿論本人の同意のもとですが。
しかしタダで、というのはご家族にとっても、この村の方々にとっても納得していただけないでしょう。
ですのでその対価として、この『防壁』と『モンスターの討伐』 これら二点を差し出しましょう」
ニコニコとそう語る男に、村の人間たちは誰も反応できなかった。それをいいことに男はさらに続ける。
「こちらの要求は二つです。一つはエルク君を旅に同行させることの同意。
もう一つはエルク君の家族を夜の警備から外す権利を与えることです」
その要求を聞いて村人の視線がエルクと彼の家族に集まった。
エルクは予想外の出来事に体を小さくするしかなく、彼の父親は青ざめた顔をしていた。
ぶっちゃけもう脅迫と言って差し支えないだろう。
その時村長が口を開いた。
「…その要求を断ったら、どうなるんじゃ。わし等を皆殺しにでもするのか」
厳しい口調でそういう老人に、しかしタクミはキョトンとした表情で応える。
「いいえ?そんなことしませんよ。ただこの外壁は撤去して僕は去るだけです。
モンスターの討伐も勝手にやってください」
何とも雑な返答に今度は唖然とした村長。表情豊かな老人である。
村長は、”気味の悪い魔術師”の言葉の利害と、その言葉が守られなかった時の危険を天秤にかけた。
いやかけるまでもなかった。
「よかろう。言葉通りモンスターを狩り、壁を気づき上げたならば、わし等はその要求を呑もう」
村の小僧一人でこの危機が去るならば、それを選ぶ。長<おさ>として当然の答えだった。
果たして約束は迅速に成し遂げられた。
会議のあった夕暮れには、村の門前にオオカミの亡骸が積みあがっていたし、外壁はさらにその翌朝には完全に村の周囲を覆いつくした。
その迅速な対応は、村人から力による反発の意思を奪うほどであったのだ。
「…ほんとにやったんですね」
「何を当たり前なことを。やるといったからにはやるさ。
君だって旅に出られるし、家族の心配事も減るしで万々歳じゃないの?」
そんなタクミの言葉に、複雑な思いのエルク。
確かに旅には出られるし、家族も危険な持ち回りから解放されるのはうれしい。
しかしその過程に、彼ら家族の意思が介入する余地がなかった。
エルクの両親からすれば、村のために彼を生贄にする心地だった。
母には散々泣かれたし、目元の赤くなった父からは引っぱたかれた。
兄には、勝手にしろと怒鳴られ、姉からはごめんねと泣きつかれる。
はっきり言って針の筵である。
「…不満そうだね。けど現状で僕はできるだけ穏便に事を運んだつもりだよ。
あれ以上時間をかければ、囲んで棒でたたく、なんてことになりかねなかったし」
…そもそも不審がられる要素を作ったのはコイツなのだが。
しかしその言葉に反論できないエルク。
旅に行きたいと言い出したのは自分だし、今回の流れを生み出したのも自分だ。
いわば共犯者であり、それを理解するがゆえに、エルクは口を開けないでいた。
(これはもう少し骨を折らないといかんか)
最大の元凶がそう考えたのは、影が伸び切った夕暮れのあぜ道の上だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
契約が完了したタクミは、村長から対価を貰っていた。
当然それらは、エルクと彼の家族の事柄である。
後者に関しては、タクミが去った後も約束が守られるかわからなかったので、契約書として書面に明記してもらうことにした。書き込む紙はタクミ持ち出しである。
(…うむ、やはり読めんな)
せっかく書いてもらったものだったが、タクミには読めない。
しかしこのことは村で調査していた段階で把握していた。そしてその解決策も。
「ほいっと」
そんな軽い掛け声とともに、紙は音もなく消失した。ぎょっとした様子の村人。
勿論魔法やマジックの類ではなく、クラフターがもつ”インベントリ”に格納されただけだ。
彼らの様子にはお構いなしに、タクミはインベントリ内の用紙に意識を向ける。
(目の前に画面が表示されるわけでもなく、意識すればインベントリのアイテムを把握できるって意味わからんよなー。てか僕はこの荷物をどこに仕舞っているんだろうか)
使っている当の本人が理解できていないが、しかしこの特性を利用すれば用紙に書かれた内容を解読できる。
確認した内容は問題なく。タクミが望んだことをそのまま書き起こしたものだった。
そのことに満足し再び用紙を手に出現させた。もう村人の目が気味の悪いものを見るそれになっている。
いや前からだったかもしれない。
「では契約は完了しました。
ですがもしこれを破るようなことがあれば、私にはすぐにわかるようになっています。
そうなったときは、この外壁だけでなくこの村の全ての家々も一緒に消しますのでそのつもりで」
無論法螺<ほら>だ。タクミにはそんな力はない。
だが一夜で壁を築き、謎の力で紙を消して見せた彼の言葉は大きな説得力を持って村人へと伝わった。
きっと約束は守られるだろう。少なくとも当面の間は。
「では、エルク君はお預かりします」
「…はい、エルクをよろしくお願いします」
エルクは父の悔し気な声を聴いて、胸が締め付けられるようだった。
奥の部屋からは母だろうすすり泣きまで聞こえてくる。
(俺の選択は、本当にこれでよかったのだろうか)
こんなに家族を悲しませるような、そんな別れ方をしてこの先俺は後悔しないだろうか。
頭の中を様々な考えと感情が渦巻いた。
(もう俺がタクミさんに頭を下げて、この話をなかったことにー)
「お父さん、僕のようなものに息子さんを任せるのは不安かもしれません」
タクミの声が静かに部屋に響いた。
膝上の拳を見つめていた父も、うつむいていたエルクもその声に思わず顔を上げた。
二人の顔を見たタクミは、真剣な表情で続けた。
「ですから、僕はここに誓います。
彼が1人前になるまで、彼の面倒を必ず見ると。
彼の命を守り通すと
それにエルク君が独り立ちするまでは、年に一度は僕が責任をもって連れて帰ってきますから」
最後は笑顔でそう言い切った彼は、1枚の用紙をどこからともなく取り出した。
そこには見たこともない文字で文が綴られていた。
「今の誓いを、僕の国の文字で書いておきました。先ほど述べた言葉が、私の渡す対価です」
「…対価つーなら、俺は何を差し出せばいい」
真剣な表情の父をみたエルクは、その視線の先にいるタクミをみる。
「彼の帰るこの家を守ってください。必ず彼が戻ってこられるように。私が約束を守れるように」
父は大きく息を吐いて、椅子の背に体を預けた。
彼はゆっくりと息を吸うと、タクミへと向き直った。
「わかった。俺は家を守ろう。あんたはエルクを守ってくれ」
「ええ、必ず」
そう答えた男は、それまでの薄気味悪さを感じさせない澄みわたる笑顔をしていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「…いってきます」
「あぁ、頑張ってこい」
がっしりとした体格の父に抱きしめられる。
一体いつ以来だろうと、場違いにもそんなことを考えた。
母や兄たちとも泣きながら別れを言った。
しかしそこには以前のような悲壮感はかけらもなかった。
村を背に歩き出す。やがて村の門が小さくなったころ、エルクは口を開いた。
「タクミさん、ありがとうございました」
「いいさ。あの程度で気分よく出発できるなら安いもんだよ」
そういって笑うタクミは、村を訪れた時に引いていた荷車はない。
インベントリというとんでもバッグが内蔵されている彼からすれば、荷車なんぞカモフラージュ以上の意味を持たないからだ。必要になったらまた創ればいいしね。
「そういえば自己紹介がまだだったね」
「僕の名前は匠<タクミ>。マインクラフターのタクミだ。あらためてよろしくね、エルク君」
彼は胡散臭い笑顔でそう名乗った。