クラフター、異世界に立つ   作:らま003

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作業台

エルク君と村を離れ数日。

僕らはまだ街にたどり着くことができないでいた。

 

「この道本当にあってるのかな?」

 

「でも分かれ道なんてありませんでしたよ」

 

今僕らが歩いている道は、舗装なんかされていないあぜ道や獣道と呼ぶような代物。

エルク君が行商人から聞いたという、道しるべとして木や岩に巻かれた色付きのボロ布と、彼らが踏み固めた地面を頼りに進んでいる。

何度も迷いかけながらも道しるべを追っている状態だが、今の道が正しいのか何度確認したかわからない。

来た道を戻れるように、一応目印に3ブロックの丸石の塔を建てて来ているため遭難の心配が薄いことが安心材料だ。

 

ここまでの旅で痛感したのは水の重要性だ。

村にいた時に地下を掘って獲得した貴重な鉄は、ツルハシではなくバケツに消費された。

ゲームの時とは違い、水源化するなどの異常性は持っていなかったが、一掬いで1㎥の水、つまり1000ℓを確保できる特性を残していた。

何より正気を疑うのは、1ℓ程度の大きさのバケツに水をくみあげ、それをぶちまけると1tの水に増えていたことだろう。

質量保存の法則は息をしていないに違いない。

 

この特性は、どうやら僕が使った時のみに作用するようで、エルク君に使わせてみたが、この時はタダのバケツだった。入れた分の水がそのまま出てくる普通のやつ。

スコップなんかでも特異な性質が表れたのは、僕が使っていた時だけだったので、きっとそういうことなんだろう。

 

食料に関しては現状問題ない。

村で貰ってきた保存食と、河でとれる魚や襲い掛かるモンスターの肉。

更に僕が同中、畑に骨粉を撒いて作った小麦粉。種は村から少し取引して貰ってきた。

早回しで育った小麦から作ってパンを食べるのは少し躊躇したけど、味は良好だった。

 

それらの特異な性質を持つ最たるものは、何と言っても”作業台”だろう。

1立方メートルの木でできているであろうブロックは、クラフターの必須アイテム。

しかしその仕様はゲームの時とは少し違っている。

3×3マスの欄にアイテムを並べることによって別のアイテムを作り出していたが、この世界では作業台にアイテムが吸い込まれている。

 

「木製バットって…」

 

更にはクラフトできるアイテムの幅も広がっていた。

試しにそこいらの石ころを打ってみたが、えらい飛んだ。芯にとらえたわけでもないのに。

つまりこのバットはホームラン量産機ということだろう。僕限定の。

 

「また何か作ったんですか?」

 

途中釣った魚を焼いていたエルク君がバットを見ながらそう聞いてきた。

彼にはこれまでもとんでも道具の数々を見せているので、今更ホームランバット程度では驚かない。

最初はいいリアクションを取ってくれたのに、今では「あぁ、またですか」と言わんばかりだ。

僕は、純粋な少年はこうやって大人になるんだな、と知った。

ちなみに地面に落としても星の軌道は変わらなかった。多分ね。

 

 

 

 

旅の途中、エルク君とは様々なことを話した。

国や都市の名前や謳われる偉人について、そして魔術のことも。

その結果あまりに物を知らない僕は、魔術で遠い国からやってきた魔術師という立場になってしまったが。

 

「魔術師って本当に居たんですね。一度だけ聖騎士様の『聖術』は見たことがあるんですけど」

 

聖術というのは、サモト教会というこの国の国教に仕える騎士団が扱う特別な力なのだとか。

彼等の教義には、神により与えらえた神聖な力であり、聖人と称えられる人物には天地を操ったと言われる人物もいたのだとか。

 

一方で魔術は、彼等の教義とは全く別のものという扱いらしい。

エルク君の村には居なかったが、魔術師街などの人口の多い場所にはそれなりに存在するのだとか。

 

「でも行商の人が言うには、その力もピンキリで、ちょっと火種が出せるって人や、明日の天気がわかるって程度の人が多いんだとか」

 

「天気に関しては結構重宝されそうだけど?」

 

「明日の天気を占ってやるって言って、小銭をだまし取る人がいるから、本物を見つけるのは難しいんだそうです」

 

その他にも実用的な魔術を使える人物は、貴族に登用されやすいため、街で見かける多くはその程度の力量なのだそうだ。

 

そんなこんなを話しつつも足を進める二人。

時に沼の淵を歩き、時に森の木々を切り倒し、表れるモンスターを蹴散らす。

そんなこんなで道を進み、僕らはついに都市の影を捉えることに成功した。

 

「あれが、『ホーマ』…!」

 

「やっと見えたね~」

 

久しぶりに見た人工物に、僕らはホッと安堵の息を吐いた。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

都市ホーマにたどり着いたタクミは、その光景に困惑の声を上げた。

タクミが想像していた街並みと現実のそれは、至る所に違っていたのだ。

 

まず都市の外壁。

地球のヨーロッパ圏の有名な都市がそうであったように、石造りで立派な門が付いた堅牢な物を想像していた。

しかし現実は木製で、しかも特に門もなくフリーパス。

壁自体もあちらこちらが途切れ、上部には窓らしきものから洗濯物を干す姿が。

 

「これ…、もしかして壁じゃなくて家?」

 

「そう…みたいです」

 

そう、二人が目にしたのは三階建て程度の住居。

それが都市を囲むようにつくられていたため、外壁に見えたのだ。

一応この家々には、有事の際の防壁としての機能もあるので間違いではないのだが。

 

タクミとエルクがたどり着いたのは、都市の第三地区と呼ばれる一帯。

正確にはそこは、都市の外に作られたスラム街のような無秩序な町であった。

二人にはまだ見えていないが、第三地区と内側にある第二地区を遮る外壁は石造りの堅牢なものである。

 

 

 

「くっさ!」

 

「肥溜めみたいな匂いですね…」

 

鼻を突く異臭に眉をひそめる。

家の隙間のような道から街へと入ると、あっという間に汚物の臭いに包まれた。

彼らは知らないことだったが、二人が来た方角の反対側には比較的大きな道があり、そちら方面の状態はまだマシであった。

 

これは王国の北の端にあるホーマは開拓地の最前線拠点であり、同時に未開拓地域から流れてくるモンスター達から王国を防衛する砦であることが関係している。

未開拓地域側には防衛の観点から、第二地区の外壁(石造りの方)の門はつくられていない。

第三地区もまた同様で、利便性の悪さと危険性から、都市北側は特に治安の悪い地域となってしまっていたのだ。

第三地区の外壁は、先ほども述べたように建物の壁を利用したものであり、ところどころに隙間がある。

タクミ達が入り込んだのはその一つで、治安も衛生状態も最悪な場所への入り口だった。

 

「へへへ、ここを通りたきゃグヘッ」

 

「ハイハイテンプレテンプレ」

 

案の定浮浪者に絡まれ”木の剣”でシバキ倒すタクミ。

ここまで数人に絡まれ、街の立地を聞き出した二人は、ここが特に治安が悪い地帯だと知る。

都市の外を歩いていくと時間がかかりすぎると、街を突っ切ることにした二人だったが、狭く入り組んだ路地にとって完全に迷子になっていた。

 

「すんなり行けると思ったんだけど、うまくいかないもんだね」

 

「大人しく回り道するべきでした…」

 

見上げた空は夕暮れに差し掛かり、紅くなり始めている。

このままでは暗闇の中街をさまようか、無人の小屋に無断宿泊するしかない。

どうしようかとエルクが頭を悩ませていると、おもむろに作業台を設置するタクミ。

何をするかとみていれば、表れたのはボロ布でできた頭巾のようなもの。

 

それをエルクの頭にかぶせ、自身は初期装備のローブについていたフードを目深くかぶる。

そのまま近くの家に近寄り、木製の階段を屋根までこしらえた。

 

「え、え?」

 

「よし、行くぞエルク君!」

 

混乱するエルクをよそに、階段を駆け上がったタクミは、そのまま家の屋根を飛び移りながら走り出した!

 

「ええぇぇ!?」

 

夕方の町で屋根から屋根へ駆けてゆく二人組が多数目撃されたが、犯人は未だ捕まらない。

 

 

 

死ぬかと思ったと不満げに言うエルクは、

 

「家の壁をぶち抜いていくほうが良かった?」

 

と返され何も言い返せない。

冗談でも本当にやってしまうのがこの男だと、エルクのタクミへの人物評価は固まっていた。

さもありなん。

 

完全に日が落ちる前にようやく大通りに出られた二人。

少ない現金を使って素泊まりの宿を確保できた。

綺麗とは言えないうえ、大部屋であったため周囲がうるさい。

げんなりしながらも、タクミ達はホーマ最初の夜が過ぎていった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

翌朝を迎えた二人。

なにはともあれまずはカネを作らなければ始まらないと、市にて情報収集。

そう広くない道の左右には雑多なものが並べられ、その間を人々が縫うように歩いていく。

 

「これが市…。すごいですね!」

 

「ほんとだね、想像以上だったよ」

 

人混みには慣れていると思っていたタクミだったが、彼が経験してきたものと、この場の空気は全くの別物だった。

見慣れない衣服に身を包む住人達の姿や、周囲を取り巻く喧噪、混じりあって元が何だったのかわからなくなっている匂い。

飽和する感覚からの情報に浮足立った二人は、露店見物を始める。

 

「これは…、蛇の姿焼き?」

 

「こっちは干物だね」

 

「あれは…、塩ですね。街でも結構いい値段してます」

 

「…あっちのはガラクタじゃないのか?」

 

そんなこんなで食べ歩きをしながら端から端まで見て回ったタクミとエルク。

市では物々交換をしている店もあったため、現金がなくとも退屈することはなかった。

そんな中でタクミにとって特に衝撃だったのが酒だ。

 

「すっぱ!?」

 

果たしてそれは、タクミが想像していたものとはかけ離れた味をしていた。

原料となったものがそういう品種だったのか、発酵の段階で何か問題があったのか、はたまた何か混ぜ物がされているのか。

最後の選択肢の可能性が高そうだが、ともかく不味い。この一言に尽きる。

 

他の店でも試してみたが、結局おいしいと言えるものは一つもなかった。

酒乱というわけではないが、定期的に飲み屋に通っていた程度に酒を嗜むタクミにとっては凶報であった。

しかしそこはクラフター。無いなら作ってしまえとばかりに早速試作を始めた。

 

「できちゃったよ…」

 

意気込んで始めたはいいものの、あっさりとできてしまった。

目の前にはタクミの腰ほどまである木製の樽。

中身はクラフトしたエールが詰め込まれていた。

クラフト内容は水入りバケツと小麦一束。

僅かそれだけでバケツの水はエールへと変わってしまった。

酵母?発酵?なにそれおいしいの?と言わんばかりの蛮行。

しかしキノコと木皿だけでシチューができるのがクラフタークオリティ。

量は10ℓ程度。流石に1000ℓにはならなかった。

それを一杯に詰め込んだものが、今タクミの目の前にある樽の正体。

ちなみに味はまあまあの出来だった。

 

 

 

時は既に昼過ぎ。

この世界では、住人の活動時間が基本的に日の出ている間のため、酒場は16時から19時に営業しているイメージだ。

そのため店では料理の仕込みが始まっている。

そんな店に上がり込んだタクミが一言。

 

「酒はいらんかね」

 

こうして商談が始まった。

突然やってきて何言ってんだコイツ、という反応をされたが、試しにと出した酒は第三地区ではなかなかお目にかかれない品質のもの。

現物があるならばと、店主とタクミが話し合い銀貨数枚で落札された。

手持ちの現金が付きかけていたタクミはホクホク、僅かな銀貨で上等な酒を樽丸ごと買い取れた店主もホクホク。

WinーWinな取引だったと言えよう。

原価なんてあってないようなものだからね。

タクミの押し売りはその後も続き、その日の収穫だけで銀貨30枚にもなったのであった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

 

そこから数日で二人は生活の基盤を整えることができていた。

原料の麦は街の外で自作し、水は人力無限水源 ーバケツで増やした水の一部を汲み取り、また増やすー で確保。

もはや原価は肉屋で買い取った骨程度のもの。

タクミはもうウハウハであった。

 

ただここで問題が発生。

換金率に気をよくしたタクミが案の定やりすぎた。

市場を破壊するほどではないが、謎の行商人がどこからか大量の酒を仕入れてきたと噂が流れる。

そのあたりで酒の売買から手を引いたが、脛に傷のある方々から目を付けられてしまったのだ。

そいつらはタクミとエルクが、グレートの上がった宿で朝食を食べていた時に現れた。

 

「そこの黒髪の方。…そうそう貴方です。何やら羽織りが良いとうわさを聞きましたので、ぜひ私共も一枚かませていただけないかと」

 

胡散臭いちょび髭親父と、護衛らしき筋肉もりもりの二人。

タクミ以上の胡散臭い人物を初めて見たエルクは、何度もタクミとちょび髭親父の顔を見比べていた。

何に驚いているんだ君は。

 

「…ええ、そうですね。この街は初めてでして、ぜひ先輩方にご教授いただければと思っていました」

 

驚きの顔は一瞬だけで、笑顔でそう言い放ったタクミ。

ちょび髭は鼻白んだ様子を見せたが、こちらも笑顔で静かに話し合える場所に案内すると先導した。

突然の出来事と、いかにも暴力沙汰になれている様子の護衛に怯えるエルク。

頼みの綱であるタクミの服を握って彼らに付き従った。

肝心のタクミはと言えば、ちょび髭と笑顔で天気やら最近の景気の話などを振っている。

コイツ状況わかってんのか、という背後の筋肉だるま二人の視線をよそに歩みを進め、路地裏の扉へと案内された。

 

扉をくぐると、薄暗く広いとは言えない室内にやくざ者という風貌の男が三人。

二人が部屋に入ったことを確認したところで扉が乱暴に閉められた。

 

「こいつ等本当にノコノコついてきやがったぜ」

 

「田舎者ってのは馬鹿で助かるな」

 

がははと下品に笑う男たちを他所に、静かに部屋を見渡すタクミ。

明らかに体格の違う人間に圧倒されてしまったエルクは、膝をがくがくさせながら俯くことしかできないでいた。

部屋に備え付けられた机と椅子を指さし、そこに座れと一人の男が怒鳴った瞬間それは起こった。

 

ドッッシンッ!!と低い音を立て何かが男の頭上から降ってきたのだ。

その正体は砂。1立方メートルの。

現実離れした出来事に誰もが固まってしまったが、その一瞬が命取り。

次々と降り注ぐ砂の山に男たちは飲み込まれた。

 

「けほけほっ。埃っぽくなるねこれ」

 

それを成した本人は足首まで砂に浸かりながら、そんな呑気なことを呟いた。

ここで補足すると、砂はその含有物や状態によって異なるが、1立方メートル当たり約1.7トンの重量があるといわれる。

そんなものを前触れもなく頭に落とされれば、当然ただでは済まない。

実際5人のうち2人の首は明らかに曲がってはいけない方向に曲がっている。

気絶で済んだ男はロープで縛り上げ部屋の隅へ転がす。

唯一砂を免れたちょび髭も、何が何だかわからないまま、ロープで縛りあげられていた。

 

「さて、お話を聞かせてくれませんかね。先輩?」

 

笑顔のタクミと机につきたてられたナイフを見て、ちょび髭は頭をがくがくと縦に振った。

 

 

 

さてここまで計算ずくのようにこなしたタクミだったが、実際は場当たり的に対処しただけであった。

別にタクミはニホンで、こんな修羅場を何度も潜り抜けた歴戦の猛者ではない。

比較的冷静に対処できたのは、最悪死んでも宿のベッドにリスポーンできること。

またクラフターの能力なら自分一人くらい逃げ出すのはわけないと思ったからだ。

 

問題は、焦ってしまった結果、エルクを宿に残さず連れてきてしまったこと。

道中ペラペラと話していたのは動揺の裏返しで、ここからどうするか必死に考えていただけだった。

砂もぶっちゃけ目くらましになればいいと思って、天井に設置したものがうまくいったに過ぎない。

なんなら興奮で気がそれているが、人を殺してしまったという事実に直面してメンタルにダメージが入るのはもう少し先の話。

 

 

閑話休題

 

 

やくざ者たちはこの街を根城にするマフィア的組織のメンバーだった。ちょび髭はその協力者。

彼らは組織内での出世や発言権強化のために、常に金づるを探していたらしい。

幸いだったのは手柄を求めて先走ったことで、彼らの組織は本格的には動いていないらしい。

腹周りが血まみれになったちょび髭は、泣きながら内部状況を話した。

拷問の知識なんてほとんど持っていないタクミが、とりあえず腹周りを薄く傷つけただけで、血の量ほど重症ではないが。

というかそろそろ興奮が収まってきているタクミは、殺人の衝撃と血の臭いに若干気分が悪くなってきていた。

うす暗いためちょび髭は気づいていないが、顔色にも表れている。

 

さっさとこの街を出ないとと、焦っているタクミ。

まず目の前の男を処理して通報を遅らせねばと考える。

普通そこは口に布でも巻いて騒げないようにすればいいのだが、混乱しているクラフターはそこまで意識が回っていない。

もうどうにでもなれと、ちょび髭の後頭部を木の剣で殴打。

鈍い音を立てて沈んだちょび髭は、しかし息はあるらしい。

だがそれを確認すらせずにタクミはエルクの手を引いて薄暗い路地から飛び出した。

部屋には大量の砂と、数人の簀巻きにされた男。そして二人分の死体が残されていた。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

「タクミさんっ?タクミさん!?」

 

「え、あ、どうしたのエルク君?」

 

足早に進むタクミに、小走りになりながら引っ張られるエルク。

先ほどの光景を見ていただけだったエルクは、タクミよりも早く気持ちを立て直していた。

 

「これから、どうするんですか?」

 

「…まずは宿に戻って荷物をまとめなきゃ。今日中にこの街を離れる」

 

「離れて…、次はどこに向かうんですか?」

 

「次…、次は…」

 

ここでタクミの思考はようやく動き始めた。

ここから離れることしか考えていなかった彼は、先ほどの行動と今後の無計画さを反省した。

 

――何がエルクを守るだ、自分の身も守れていないではないか!

 

弱いモンスターなら蹴散らせるようになったことで生まれた慢心を自覚し恥じる。

パンッと自分の頬を張ったタクミは笑顔でエルクを見据えた。

まだ頬が引きつっていたが、見慣れた胡散臭い笑みを取り戻したタクミを見て安堵の表情を浮かべる。

 

「一先ず今の宿からは離れよう。だけど方針を決めるための情報収集は必要だ」

 

「他の宿を取るってことですか?」

 

「いや違うね」

 

――家を建ててしまえばいいのさ

 

 

その言葉通り、宿を引き払ったタクミは家々の隙間を通り、明らかに誰も住んでいないボロボロの空き家を発見。

適当な廃材で穴をふさぎ、内部を見られないようにすると、地下をくり抜き縦に長い部屋を作った。

タクミ基準で内装は正直やっつけ仕事感が否めないが、長期間利用する予定もないため最低限の設備だけを押し込んだ。

 

こうして活動拠点を構えたタクミは一先ず敵のかく乱を計画。

夜遅くに小さな荷馬車に荷物を詰め込み、夜逃げしたように見せかける。

案の定追手がかかった。

しかし荷馬車を捨てて、密かに地下へ逃げたタクミを追いかけられるはずもなく、彼らはうまく逃げ去ったと考え、それ以上の追跡は諦められることになる。

こうしてタクミとエルクの二人は、犯罪者集団の魔の手を逃れたのだ。

 

 

 

(人殺しって、結構堪えるな)

 

タクミは、椅子に腰かけながら手のひらを見つめる。

思い出されるのはあの薄暗い部屋での記憶。

ニホンでは犬猫にも手を挙げたことのないような、一般人だった彼。

しかし数多の死を経験し、弱肉強食の世界では、殺らなければ殺られるということを本能で理解させられた。

だから今更、動物やモンスターを殺すことにためらいはない。

人間に対しても同様だと思っていた。

 

(思い込んでいただけか…。くっそダサイな僕)

 

とはいえ致命的なミスをする前に、このことが分かったのはいいことだっただろう。

タクミ一人ならどうにかなる可能性が高いが、エルクに関してはわからない。

今後旅を続けていくために、タクミは自身が学ばなければならないことを把握したのだ。

 

「まずは戦う術からだ」

 

心構えだけあっても意味がない。

何かを成すためには、それを成す能力を学ばなければならない。

エルクがいた村でオオカミを討伐した方法は、リスポーン頼りのゾンビアタック。

オオカミの巣の周りに壁を築き退路を遮断したうえで、何度も死に戻りを繰り返しながら石の剣で殴り掛かっただけだった。

脳筋のお手本みたいな戦術だろう。

何度殺しても懲りずに襲い掛かってくる蛮族に、最後は獣のほうが怯えていたくらいだ。

 

しかし今後は人間や、知性のあるモンスターを相手にしなくてはならないこともあるだろう。

そんな相手に脳筋突撃では手玉にされるのがオチ。

TNTが創れるなら自爆特攻もできるかもしれないが、現状火薬は手に入っていない。

そのためにも剣術や弓術、体術を覚えなければならない。

 

「そうと決まれば冒険者ギルドだ!」

 

「え、何が決まったん――ってちょっと待って!」

 

タクミはエルクを率いて、意気揚々と隠れ家を飛び出した。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

『冒険者ギルド』と、タクミはいったがこの国にそんなものは存在しない。

というのもその役割をもつ施設が、『傭兵ギルド』であるからだ。

 

タクミがなぜそんなことを言ったか?

お約束だからだ。それ以上の理由はない。

 

さて冒険者ギルド、もとい、傭兵ギルドについてだが。

この世界には多数のモンスターという外敵が存在する。

モンスターに関する説明は長くなるためここでは割愛するが、それらは人類の繁栄を妨げる存在である。

各国は治安維持や領土拡大のための暴力装置として、兵士や騎士などを持っているが、彼らだけでは領地の維持拡大に対応しきれていない。

その為に使い勝手のいい戦力として、『傭兵』が存在するのだ。

傭兵ギルドに所属する彼らは、田畑を継げない末弟や流れ者達で、多くがモンスターや賊の討伐を生業としている。

当然だがその損耗率は高く、特にホーマは未開拓地域の最前線ということもあり、その傾向は高い。

ギルドとしても無為無策で人材の消費を行うのは得策ではないと、新人には一定の訓練を行っている。

タクミが利用しようとしているのはこれだった。

 

 

 

「よろしくお願いします」

 

「お、お願いします!」

 

「あぁ、よろしく」

 

皮の鎧を着込んだエルクと、染料で髪を明るい茶色に染めた私服姿のタクミ。

そんな彼らの前に現れたのはスキンヘッドの大男。

黒い皮の鎧から覗く肌は、鎧に負けないほど黒く筋肉質。

深い堀のある顔立ちで、左目には三本の傷とそれを覆う眼帯を付けていた。

男の名前はドイル。優秀な弓使いであったが、片目を失ったことで引退し、今は後進の育成に力を入れる傭兵である。

 

タクミ達は髪を染めるなどの軽い変装をしたのち、傭兵ギルドに入会した。

目的の訓練だったが、その後の報酬からの天引きやら住居の移動やら煩雑な手続きが多かったので、カネを積んで解決。

ギルド側としても訓練だけ受けてよそに行ってしまわれては損失なので、その為の対策だったのだろう。

だが現金で払ってくれるならと、笑顔で対応してくれた受付のおじさん。袖の下を渡したこともあるが。

そんなこんなで紹介されたのがドイルで、彼はまず走り込みから訓練を開始した。

 

街の外に出て開始した訓練だったが、まずエルクが音を上げた。

まだ少年の体つきで、特別な訓練もしていないのだから当然である。

むしろ農作業をしていたため、街の同世代より体力はあるだろう。

 

一方でタクミはと言えば、そこそこのペースを維持しながら、ドイルが驚くほど長く走り続けていた。

時々ジャーキーを齧りながら。

これはクラフターのスタミナの概念が適応されたためだ。

クラフターは、スタミナと満腹度が連動している。

そのためものを食べ続ければ、全速力でどこまでも走り続けられる身体なのである。

普通そんなことをすれば咽ること間違いなしだが、クラフターには問題ない。

 

結局タクミは、エルクが回復するまで走り続けたが、さして息が上がることもなく平然と次の訓練へ。

理不尽なものを見る目をエルクがしてきたが、無視した。

体力が不十分だと判断されたエルクは剣の素振りを指示され、タクミは模擬戦をすることに。

 

「お前さんは防具を付けなくていいのかい?」

 

「えぇ、痛みに慣れておきたいので」

 

「へえ、そりゃいい心がけだ」

 

木の剣を構えたタクミに対して、ドイルは刃を潰した小ぶりのナイフを逆手に構える。

 

仕掛けたのはタクミ。

手加減なく上段から思い切り振り下ろしたが、掠りもせず地面を叩く。

避けた方向へ薙ぎ払おうとするが、それより早くドイルの掌が顔面を引っぱたいた。

思わず目を閉じてしまったタクミに、隙だらけだと言わんばかりにナイフの柄が喉を直撃。

息ができずたたらを踏んだ彼の腹を、ドイルは思い切り蹴り飛ばした。

 

「タクミさん!?」

 

エルクの悲鳴に反応する余裕はなく、タクミは地面に転がり胃の中身を吐き出した。

内臓がひっくり返ったような衝撃と痛みは以前も体験したことがあったが、何度受けても慣れそうにないなと頭の冷静な部分がそんなことを考える。

痛みが治まり始め、何とか起き上がったタクミにドイルは声をかける。

 

「どうだ、まだやれるか?」

 

「はい、お願いします」

 

その即答に驚いたドイル。

体力こそ一端だが、傭兵家業を甘く見ているような節があったこの男が、これだけ一方的に殴られてもそう答えられる精神力を見直した。

水筒の水で口を濯いだタクミは、またジャーキーを口に嚙み締める。

どれだけ気持ち悪くとも、傷を負ったらものを食べる。クラフター的常識だ。

 

「防具はつけるか?」

 

「いりません。もう一本お願いします」

 

その返事に口角を上げたドイルの攻撃はさらに激しさを増す。

その後数時間、タクミはサンドバックにされながらも一度も弱音を吐くことなく訓練を続ける。

このガッツをみたドイルに非常に気に入られ、定期的に彼から手ほどきをしてもらえることになったのであった。

 

 

「結局型の練習と素振りしかやらせてもらなかった…」

 

「普通そんなもんじゃない?それとも僕と同じメニューがよかった?」

 

いやいやと高速で首を横に振るエルク。

あんなにぼこぼこにされているのを見て、自分もとなるほどエルクはぶっ飛んでいない。

最初からあんなにぶっ飛んだ内容のトレーニングをさせる方も、それを受ける方もおかしいだけだ。

 

訓練後は、二人で武器防具屋、雑貨屋などを回る。

クタクタのエルクはすぐに隠れ家に帰りたがっていたが、商人を目指すための勉強だといえばしぶしぶ従った。

しかしそんなやる気のなかったエルクも、店につけば死んだような眼から一転、キラキラさせながら品物を見つめる彼がいた。

村にいた頃には見かけることのなかった武具の数々を、宝物のように眺めている。

 

「…これ全部刃がつぶしてあるね」

 

「あ、ほんとですね。なんででしょう」

 

タクミが手に取った一本の剣は、作りこそしっかりとできているように見えるが、肝心の刃が丸く潰されている。

エルクが持ち上げた方は、そもそも刃の一部に欠けがある欠陥品だ。

こんなものを売っているくらいだからはずれの店を引いたか、そう考えたタクミだったが、背後からの声に振り返る。

 

「そりゃおめー、本物の剣なんか置いといて、それで強盗されちゃたまんねーからよ」

 

背後にいたのはエプロンを付けた小柄な男。

小柄ではあるが肩幅が広く、腕は筋肉がみっちり詰まっていると見える。

頭部に禿が目立つが、口ひげはしっかり蓄えられていた。

汚れが目立つエプロンにはたくさんのポケットがつけられ、そこから様々な道具の先端が頭を覗かせていた。

 

「この辺りは治安があんまりよくねーからな。本当に切れるモンは裏に仕舞ってあんのさ」

 

「はー、なるほど。つまり見本から選んで金を払えば持ってきてくれると」

 

「そういうこった」

 

買うならとっとと選びなという雰囲気の店主。

物は試しと、エルクに合う大きさの剣を一本買う。

出された剣の品質は並といったところ。

クラフトによって、自分がもっとも使いやすいようカスタムされた剣が生み出せるタクミからすれば、長さも重心の位置も気に食わないものだらけだったが、エルクには大変満足してもらえたようだ。

 

つづいては雑貨屋。

こちらはエルクよりもタクミの方が目を輝かせていただろう。

物が飽和した現代日本を経験したタクミからしてみれば、そこに並んだものの数々は、品質も性能も今一つのものが多い。

しかし完成されていたがゆえに、どこに行っても似たり寄ったりな商品が多かった日本に比べ、こちらは

不完全ながら様々な工夫がされた商品が多くあり、形状も様々。

見ていて飽きることがない。

 

「こっちは…、垢すり?これは石鹸入れか」

 

垢すりは竹のような手触りの木材が一部曲げられていた。

その木の周りに麻布などを巻き付けて肌をこするらしい。

石鹸入れ目の粗い袋で、独特のぬめりを出す木の実を潰して入れるもの。

他にも様々なものが置かれている。

逆にこちらは見たことが多いエルクはすぐに飽きて、店主と話し始めていた。

こういったつよつよコミュ力は商人向けといえるだろう。

結局使うかわからないものまで買い込んだタクミは、店主に笑顔で見送られ退店した。

 

 

 

さて隠れ家に帰りついたその夜。

タクミは一人寝静まった街へ出かけた。

目的はタクミ達を狙ったマフィアグループである”夜狼組”の根城を視察するのだ。

タクミは髪色を変えた程度で絶対バレないと高を括るほど慢心してはいない。

このまま街を離れるべきではあるが、今の環境を思えば今後の指針を決める意味でも、自衛手段を持つという意味でも、それは惜しい。

ならば選択肢は、見つからないようにするか、見つかっても問題ないようにするかのどちらかだと、タクミは結論付けた。

実に脳筋らしい発想と言えよう。

その為の下調べ。

こういった作戦の醍醐味である。後ろ暗い商売の証拠やら、禁制薬物やらを見つけておきたいものだ。

 

「さて、潜入作戦としゃれこみますか」

 

 

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