クラフター、異世界に立つ   作:らま003

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また評価してくださった方や、お気に入り登録してくださった方々、読んでくださっている全ての方々にも感謝いたします。


ピッケル

都市ホーマを根城にするマフィアグループ”夜狼組”への潜入。

僕は昼間のうちに聞き込みをして奴らのアジトを調べだしていたため、簡単に目的地にたどり着くことができた。

静かに建物へ接近。

周囲には警備らしき男たちが巡回していたが、彼らはまさか襲撃なんてないと高をくくっているのかにぎやかに談笑している。

聞いたところによれば、実際彼らのグループはこの都市のマフィアの中でも最大規模らしく、そんな組織に正真向から喧嘩を売る相手なんていなかったのだろう。

この都市を治める貴族との癒着も噂されていたし、まともに相手なんかしてられない。

 

「スパイ映画みたいでワクワクするね」

 

そんな呑気な感想を呟くが、頬のこわばりを感じていた。

理由はこのシチュエーションもそうだが、今夜状況次第では人殺しもやむを得ない、と考えているからだ。

正直未だに忌避感は拭えないが、今後この世界を生き抜くためにも覚悟は必要だろう。

 

教官のドイルさんに聞いた話では、街から街への街道でも賊は出るらしい。

なんなら村人がグルになって、弱いと思った旅人を殺して奪うところもあるのだとか。

怖すぎるでしょこの世界。修羅の国かよ。

そんな国でこの先生き残るためにも、殺すのに躊躇なんてしてられない。

 

見張りの目を盗みこっそり建物に近づけば、そこは石造りの外壁に覆われており、建物も三階建てくらい大きい。

右手にピッケルを出現させると、目の前の石壁をポコポコ削りとる。

このピッケル、なにがチートかと言えばその採掘効率と静穏性だろう。

鉄のツルハシを石に振り下ろせばそれはもうえらい音が出るが、僕がやればほとんど音もなく採掘できる。

ちなみにゲームでは削れる大きさが決まっていたが、この世界では最大が1立方メートルなことは変わらないものの、それ以下であれば採掘するサイズは任意で変更できる。

僕は外壁に横幅50センチ程度の横穴をこしらえ、内部に侵入。

勿論穴は塞ぐ。継ぎ目もない元の石壁に。

 

壁をふさぎ再び建物を仰ぎ見れば、どうやら一階は石造り、二階以上が木製でできているようだ。

同じ手順で壁に穴をあけ侵入。入った場所は薄暗い廊下。

通路上部に鉄製の格子がところどころにつけられており、そこから漏れる月あかりを頼りに探索を開始する。

不用意に灯かりを持ち出すとバレかねない。

侵入用に靴の裏に動物の毛皮を取り付けたことが功を奏し、石の床でも足音を立てず移動できている。

 

探査中、食堂や武器庫を見つけたが、誰もいない。この時間では当然か。

一方で兵の詰め所のような場所も発見。一部は夜襲に備えてか蠟燭の明かりでカードゲームに興じていたが、大半は眠っているらしい。

 

(ここを吹っ飛ばせば戦力の大半をそぎ落とせそうだな)

 

発想がテロリストのそれなのは自覚するが、妄想するだけならセーフでしょ。

というかまだ火薬見つけられてないからTNT作れないし。

 

(やっぱ在っても戦略物資だから簡単には手に入らないだろうな。作るにしても火薬の原材料なんて覚えてないし)

 

火薬の材料って何だったかなと考えていると、廊下の奥に地下への階段を発見。

しかし見張りが付いているので今回は諦めることにした。命拾いしたな。

 

(しかしこの屋敷思った以上に広いな)

 

第三地区の家はほとんどが、狭いスペースにぎりぎりの大きさで建てられている印象を受ける。

家同士の間隔も近いし、上に伸ばそうとしているのか建物も平屋が少なく、見上げる空はどこも狭い。

だがこの屋敷はその常識からすれば信じられないほど広い。

なにより外壁のうちに庭がある時点で驚きだった。

流石は第三地区一番の裏組織。とんでもない資金力だな。

結局その晩、僕は夜狼組のアジト一階の構造を把握し、彼らのおおよその戦力を覚えて撤収した。

勿論こっそり侵入用のトンネルを掘って帰ったのだった。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

昼間は訓練と情報収取。夜はスパイ活動に励むこと数日後。

タクミ達の訓練に、ドイルが2人の子どもを連れてきた。

 

「ギルドから頼まれた新人だ。数日だがこいつ等も混ざる。仲良くやってくれ」

 

本来ギルドの新人訓練は、数回しか行われないが、タクミがドイルに直接依頼し教官役を続けてもらっている。

決して安くない出費だったが、貴重な教育者を逃すわけにはいかないと奮発。

教えがいのある二人だったこともあり、ギルドの仕事を優先するという契約のもと、未だに訓練を付けてもらっている。

その日は丁度ギルドからの指導依頼が入ったため、タクミ達と合流する運びとなったらしい。

 

「…うっす」

 

「よ、ろしく」

 

くすんだ金髪にグレーの瞳をする子ども二人は兄弟らしく、兄がハワード、弟がベルと名乗った。

ひねくれ者の兄に、気弱な弟といったところか。

だが二人とも15という歳の割に幼い印象を受けるうえ、手足もかなり細い。

 

「ドイルさん、あの二人…」

 

「あぁ、申告通りの歳じゃないだろうな。だが傭兵では舐められないように歳をごまかすのはよくあることだ」

 

 

深刻な社会の闇が垣間見えた。

それをどうにかできる力はタクミにはないが、目の前の二人をそのままにもできないと、懐から ―に見せかけてインベントリ内から― 干し肉を取り出し餌付け開始。

日々の食事にすら困りかけていた子供二人は、これにあっさり陥落した。

ハグハグと一生懸命口を動かす彼らは、どうやら農村の出身らしい。

兄弟の多かった彼らはここにいても先はないと、村を出た。

村はモンスターの少ない内陸部にあったため、比較的安全にホーマにたどり着くことができたが、そこで路銀のほとんどが尽き、やっとのことでギルドに登録することができたという顛末だった。

 

ドイル曰く、途中力尽きるものを含めれば、この手の子どもはそう珍しいものではないとのこと。

タクミは、改めてこの世界の厳しさを突きつけられた。

とはいえ、ずっと餌付けを続けるわけにもいかず、一息ついたところで早速4人の訓練が始まった。

初回のハワード達は体力検査を兼ねて走り込み。エルクもそれに続く。

タクミはそのわけのわからない体力を考慮し、そのまま技術指導が始められた。

 

「二人にはこれを覚えてもらう」

 

体力検査が終わり、息の上がったハワードとベル。

ドイルは彼らに、荷物の中から取り出した幾つかの植物を見せた。

何かとみていれば、それらはギルドで買い取ってもらえる薬草。

剣の指導を一緒に受けると思っていたエルクは疑問をぶつけた。

 

「教官。俺は剣の指導だったのに、あの二人は薬草を覚えさせるんですか?」

 

「あぁ、エルクは自衛のためにといっていたからな。傭兵になる気がないのはわかっていた」

 

タクミもいたことだしな、と剣の型を反復練習している男を見た。

エルクは商人志望であり、傭兵以外の道で食っていく人間だ。剣以外のことは自力でなんとかするだろう。

一方でハワード達は傭兵志望。よほどぶっ飛んだ奴でもない限り、剣だけで食っていくのは至難の業だ。

なによりその日の暮らしにすら困る二人に必要なものは、武器の技術より現金化できる物品の収集方法だろう。

そのためブーブー文句を垂れるハワードを叱り飛ばしたドイルは、それぞれの薬草を採取できるよう指導し始めたのだ。

 

「へー、この薬草は知らないですね。どんな効能なんです?」

 

さっそく知らないアイテムに反応したクラフター<タクミ>。

持ち上げて見せたその一つは、ピンク色の小さなベリーのような実がついていた。

 

「それは”ティリーベリー”だ。そのままでは有毒だが、ペースト状にし加熱すると火傷に効く薬になる。時期的にはまだ早いが、もう少しすれば市にも並ぶようになるだろう」

 

他にも知らない薬草についてあれこれと質問を投げかける。

つまらなそうに聞いていたハワードとベルだが、それがいくらくらいで売れるのかなどを聞いてからは食い入るように植物を調べ始めた。

現金なものだが、子供なのだからそんなものであろう。

さらにタクミの言葉が彼らのやる気を加速させた。

 

「二人とも、ここにある薬草を取ってきてくれたら、一つ当たり相場より銅貨一枚多く払うよ」

 

「ほんとかよ!?」

 

「ぜ、絶対持っていきます!」

 

それ以来そんな調子。

話を聞いていたドイルは、さすがに甘すぎると苦言を呈した。

 

「おいタクミよ。同情するのはわかるが、それをこの先ずっと続けるつもりか?」

 

無策な支援は互いのためにならない。

タクミとてそのことは理解しているが、それでも手を差し伸べたくなったのだ。

 

「偽善であるのは承知してますよ。でもあの子たちの眼がね…」

 

手足には骨が浮かび、目は明日を諦めたような沈んだものだった。

この街を探せば、彼らのような境遇、あるいはさらにひどい者たちもたくさん見つかることだろう。

 

「僕が二人のような子供すべてを救えるだなんて傲慢なことは考えてません。

きっとこの行為は自己満足にしかならない。

でも彼らを見捨てることがt正しいことであるなんてことも思わないんですよ」

 

「…そうか、わかってるなら何も言わんよ」

 

そこで二人の会話は途切れ、模擬戦へと訓練が移行した。

ちなみにタクミは、相場より多く払う条件として、相場の値段を答えられたらとした。

その結果ハワードとベルは、エルクと共に日々変動する相場を調べるようになるのであった。

 

「自立を促すのも支援の在り方だよね」

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

結局ハワードとベルは、定期的にタクミたちの訓練に参加するようになった。

依頼料に関しては、

 

「今更チビが1人2人増えたところで変わりゃしねぇ」

 

とドイルが許可を出し、エルクと共に剣を振っている。

その横では、今日も今日とてタクミがドイルのサンドバックになっていた。

 

「くっ」

 

ドイルのが繰り出す執拗な頭部狙いの連撃にタクミは防戦一方。

顔を狙われると咄嗟に体が硬直してしまうものだが、最近ではその癖も少なくなり滑らかに受け流せる場面も増えてきた。

だがそれでも彼我の戦力差は歴然で、リーチに劣るナイフを使うドイルにタクミはやられ放題。

打って出ようと無理やり体を出せば、別の場所に隙ができる。

 

「足元がお留守だぞ!」

 

出した右足を踏みつけられバランスを崩しかける。

そのまま膝裏を叩かれ膝をついた。

既に100戦はしているが、未だに一勝も取れていない。

素人に負けちゃ世話はないと笑ったドイルだが、その背はあまりに遠い。

 

一方でそれを見学していたハワード達兄弟とエルク。

それまでは剣の特訓をしてくれと騒いだハワードだったが、その苛烈ともいえるしごきを前にして、

 

「兄ちゃん、大人しく基礎訓練しよ?」

 

「…おう」

 

大人しくエルクと共に剣の素振りを再開するのであった。

訓練が終わったのはお昼前。

ハワードとベルはギルドの雑用をしなければと街に戻った。

訓練と寝床の対価として、訓練後はギルドの雑用をしなくてはならない二人。

重い体を引きずるように帰っていった。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

タクミとエルクは約ひと月もの間、訓練と市場調査と伝手づくりに精を出していた。あと少しの傭兵業。

ドイルの訓練は数日に一度行われた。

そのおかげでエルクは新人の傭兵と名乗っても恥ずかしくない程度に成長し、タクミは1対1の対人戦闘ではまず負けないという太鼓判を貰っている。

この負けないというのは、どんな相手でも倒せるというわけではなく、防御が上手くなったという意味ではあったが。

まだ同格以上の相手は厳しいだろう、というありがたいご意見ももらっている。

 

 

また市場調査の大きな成果として、”レッドストーン鉱石”の発見があった。

別名”赤石”と呼ばれるこの石は、クラフターにとって大きな役割を果たす重要な素材だ。

発電機と電線を作れるようになったといえば、マインクラフトを知らない人でも理解しやすいだろう。

発生させるエネルギーは電気ではないが、これを手に入れられたことでできることが大幅に広がった。

タクミは一人小躍りして喜んでいた。エルクにドン引きされたが。

ちなみに赤石は陶器の混ぜ物として市場に出回っていた。これを混ぜるといい赤になるのだとか。

 

この成果を上げたのはエルクだった。

彼は持ち前の対人スキルを使って様々な情報を聞き出している。

本来教えない仕入等の情報についてもポロポロと口を滑らせるのは、彼が子供だと油断しているのもあるだろうが。

エルクの情報収集能力は、各地の特産や市場の動向、国内の情勢など幅広い情報をもたらした。

 

 

 

さて一番の問題である夜狼組の調査についてだが――

 

「タクミさん!まずいですよ!夜狼組が俺たちを探しているみたいです!」

 

「知ってるー」

 

隠れ家のドアを開けるなり叫んだエルクだったが、既に部屋で寛いでいたタクミはと言えば、あまり気にした様子も見せず、焼き菓子を貪っている。

夜狼組の追跡を振り切ってひと月経ったが、どうやら例の一件での生き残りの誰かに目撃されてしまったようなのだ。

定期的に彼らの本部や支部にお邪魔しているタクミはいち早くその情報を把握していた。

そしてやっぱりあの時始末しておくべきだったと深く深く反省した。

幸いこの隠れ家は見つかっていないようだが、このままこの街で活動を続けるなら時間の問題だろう。

 

 

「なんでそんなに落ち着いていられるんですか!?

…ハッ!まさかドイルさんとの訓練で頭を殴られすぎておかしくなっちゃったんですか!?」

 

「君、時々すごい失礼なことを平気で言うよね」

 

真顔でツッコむタクミ。しかし妥当な評価である。

とはいえいくら頭のおかしいタクミと言えど、無策でこんなにも落ち着いているわけではない。

 

「予定より少し早いが始めるとしよう。冬月」

 

「いや誰?」

 

座ったまま両肘を机につき俯いたタクミ。

とある界隈では有名なポーズだったが、ここにそれを知るものはおらず、ただ意味深なポーズと認識されてしまったが。

とはいえ場の空気が読める子であるエルク君は、タクミが重大な発表をしたいのだと理解しこちらも神妙な空気で聞き返した。

 

「…何をはじめるんです?」

 

「知らんのか?夜狼組大惨事作戦だ!」

 

こうしてホーマ史上最悪の事件が幕を開けた。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

 

その一連の出来事の始まりは、夜狼組の幹部の一人が、路地の一角で無残な姿で発見されたことだった。

死因は後頭部へ弓矢での狙撃だろう。深々と食い込んだ矢が死体に残されていた。

これは組織への明確な宣戦布告であると、殺気立つ組の面々。

 

しかし不思議なことに、死体となった男が最後に目撃されたのは彼の執務室。

彼は支部長的ポジションで、その日も彼がいた建物には組織のメンバーも多く出入りしていたという。

なによりドアの前は事務作業をおこなう者たちの作業スペースであり、出入りするには彼らの前を歩かなければならない。

 

ドアには鍵こそかけられていなかったものの、よそ者が簡単に出入りできるはずもなく、狙撃しようにもその部屋の窓ガラスには割れたような痕跡は見られないという。勿論窓は施錠されていた。

つまり外部の人間の犯行であるならば、何らかの方法で侵入し音もなく殺害。

そして遺体を持ち出し、路地裏に捨てたことになる。

内部の人間の犯行も考えられたが、密室の謎を解くことはできなかった。

誰か名探偵を呼んでくれ。

 

とはいえ、わかりませんでした、では済まないのが彼らの辛いところ。

メンツがある以上は、スケープゴートを仕立て上げてでも解決したように見せなければならない。

それぞれの幹部陣は、自身の利益を最大化するために必要な犠牲を求めて頭を悩ませていた。

 

だが事件はこれで終わらない。

事件発生からわずか二日、構成員10名が失踪する。

彼らはその日、支部の一つで休んでいた面々だった。

部屋には二段ベッドがいくつも付けられており、部屋の前には緊急時彼らを叩き起こすためのメンバーがいた。

彼らは夜半に部屋の中からうめき声を聞いたという。

中に入ろうとドアを押したが、何かが閊えたように開かなかった。

部屋からはすぐにうめき声の代わりに血の臭いが漂い、ドアをぶち破って突入しようとした矢先、何事もなかったかのように扉はすんなり開いたのだ。

薄暗い部屋のベッドには誰もおらず、代わりにそこに眠っていたであろう男たちの血痕がしたたり落ちていた。

 

こうした不気味な闇討ちは繰り返される。

襲撃は夜だけではなく、昼間にも起こった。

周囲に誰もいない道を歩いていた構成員たちは、突然背後から狙撃された。

被害者は喉を貫かれほぼ即死。

慌てて振り返るも背後には猫の一匹もいなかった。

このようにして夜狼組のメンバーは、薄気味悪い暗殺者の影に一人、また一人と消されていった。

 

 

卑怯卑劣極まるゲリラ戦術の数々。

殺すと決めてしまえばタクミの心が波打つことはなく、もはや作業のように構成員を暗殺していった。

タクミは、自身の心のどこかが壊れていたことを自覚する。

 

(いやこれは環境に適応したんだ、そうに違いない)

 

なんて本人は考えているが、まず間違いなくぶっ壊れているので安心してほしい。

本人からしてみても、今更『正常』に戻る気はさらさらなかったが。

 

タクミの心境を他所に、夜狼組の動きは萎縮し始めた。

幹部陣は本部に戦力を固め籠城の姿勢を見せている。

それがタクミの狙いであると気づかずに…。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「一体どうなっているんだ!下手人はまだ捕まらねーのか!?」

 

「騒ぐんじゃねーよ、うるせーな」

 

「なんだと?くそ野郎の餌にてめぇをつかってやろうか!?」

 

夜狼組の本部にある会議室は喧々諤々。

最初の一件以来、次々と構成員を消され、先日は幹部の一人がまた消された。

警備をしていた者の証言では、屋内であったにもかかわらず突然石造りの床に穴が開いて、奈落に落ちていったらしい。

すぐに閉まってしまった穴を掘り返したが、どれだけ掘り返しても穴は見つけられなかったという。

一部始終を目撃した男は青い顔でいつも地面を探りながら慎重に歩くようになってしまった。

 

おかげで幹部陣は一階を歩くことを嫌い、上層階でこうした鬱憤のぶつけ合いをすることが多くなっていた。

それぞれの部屋にいればいいじゃん、と思うかもしれないが――

 

「こんな場所にいられるか!わしは自室に戻らせてもらう!」

 

と宣言し部屋に戻った幹部は、警備の2名と共に行方不明となっている。

部屋にはわずかな血痕のみが残されていた。

これに関しては、それを聞いていたタクミが、

 

「天中でござる」

 

意気揚々と決行した。

どこから様子を窺っているのか?

それは勿論天井裏だ。日本の古き良き伝統に学んだ結果であった。

 

 

 

「静かにしろや」

 

騒々しかった部屋が、その一言で水を打ったように静まりかえる。

声の主は部屋に入ってきた大剣を背負うガタイのいい男。

静まり返った部屋をゆっくりと歩き、上座へと腰を下ろした。

男の容姿は黒髪の長髪を後ろで一本に縛り、鋭い目つきでネイビーの瞳。肌は黒く焼け、ゆったりとした白いコートのような服を羽織っている。

ところどころ覗く腕や首周りは信じられないほど太いのがうかがえる。

彼の背後に立てかけられた剣は、刀身だけでそこらの女性より大きいだろう。

 

彼の名はマカミ。ホーマの裏組織を武力とカリスマでまとめ上げ、一大組織へと変貌させた男である。

本来であれば第二地区の中でも一等地で暮らしているマカミだったが、、近頃の襲撃で浮足立った組織の再編と下手人の捕縛のため自らここに赴いたのだ。

 

「で?ロバート、お前さん俺に何か言わなきゃならねぇことが…、あるんじゃないか?」

 

懐の葉巻を一本取り出しゆっくりと火をつけたマカミは、席に座る男の一人に声をかけた。

ロバートは肩を震え上がらせたが、震える膝を押さえつけ何とか立ち上がる。

 

「は、はいボス。例の暗殺者は鋭意捜索中で――」

 

「そんなことを聞いてんじゃねぇんだこっちは。わかってんだろ?」

 

静かながら凄むように放たれた声は、ロバート以外の者たちも怯ませる迫力を持っていた。

マカミが言っている内容に心当たりがあるロバートだったが、それは恐ろしすぎて言えない。

それを認めれば死よりも恐ろしい制裁が待っているからだ。

 

「…言えねぇってんなら代わりに言ってやる。お前、俺が預けていた”火薬”、どこへやった?」

 

にわかにざわつく部屋の面々。

火薬は、その取扱いが国法によって極めて厳重に制限されている兵器の一つ。

当然第三地区などにあるはずないものだが、マカミはそれを手に入れており、その管理をロバートに任せていたのだ。

しかし厳重にしまい込まれたはずの火薬は忽然と姿を消した。

まるで何も入っていなかったかのような蔵だけがそこに残されていた。

 

「蔵人の元締めだったお前なら問題ねぇと見ていたが…。俺の目はずいぶん曇っちまっていたみてぇだな」

 

「ま、待ってくださいボス!す、すぐに見つけ出します!必ず――」

 

「もういい、連れてけ」

 

悲鳴のように懇願する男の声は、扉が占められるとほとんど聞こえなくなった。

静まり返った部屋で、次は誰が呼ばれるのかと男たちは額に浮かぶ冷や汗すら拭えないでいる。

グラスの酒を煽ったマカミの、コップを置く音が響く。

 

「…はぁ。てめぇらはこの程度のちんけな暗殺者モドキにびくびくしてんのか」

 

「ぼ、ボス?」

 

ゆっくりと立ち上がって、羽織ったコートを控えている部下の一人に投げ渡す。

誰に言った言葉なのかとお互いに顔を見合わせる幹部たちを無視して、座っていた椅子の背を片手で掴んだ。

 

「――ムンッ」

 

小さな掛け声が聞こえたかと思えば、椅子は爆音とともに天井を砕き割る。

その穴から転げ落ちてくる影が一つ。

それは幹部たちがいる目の前のテーブルに着地した。

 

「―やべ」

 

「よぉ、ウチのモンが世話になったな、暗殺者?」

 

獲物を前に、肉食獣は満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

マカミ以外の者たちが状況を把握する前に、タクミはテーブルを蹴って背後の扉へと走る。

警備していた男たちが武器を構えるが、それに向かって出現させたクロスボウを構える。

しかし――

 

「――っ!?」

 

背後から感じた悪寒に体をよじると、紙一重で先ほどまでいた空間を黒い塊が通り過ぎた。

それは警備の者たち諸共、ドア周辺の壁を粉砕していったのだ。

背後を振り返れば、投擲した後のフォームをしているマカミの姿が。

先ほどの一撃はマカミの愛剣を投擲したもの。

大剣にカテゴライズされるほど大きな鉄の塊を、石を投げるような気軽さでぶん投げたのだ。

 

コイツを放置しておくと危険だと判断したタクミ。

マカミの開けた穴に走りながら、クロスボウを放つ。

インベントリ内に入っていた、装填済みのクロスボウを使い切る勢いで攻撃した。

インベントリ内に装填したままのクロスボウを複数用意することで、クロスボウごと交換するという荒業により銃を撃つような感覚で連射することができるのである。

 

だが6本の放たれた矢のうち4本が命中したものの、顔にあたる軌道のものは左腕で防いだマカミ。

しかもそのいずれもが、浅く刺さっているばかり。

 

(こいつ本当に人間か!?)

 

「なるほど、魔術師か。珍しい獲物だな」

 

左腕に刺さった矢を引き抜くマカミは、扉だった穴から走り去っていったタクミを追うために動き出した。

 

 

「いたぞ!こっちだぁ!」

 

「囲め!逃がすな!」

 

あちらこちらからワラワラと寄ってくる構成員たちに脱出できずにいるタクミ。

常に誰かに狙われている状態では、流石に壁を削って逃げるほどの余裕がない。

窓には鉄格子によって閉じられてしまい、ガラスを割って逃げることもできない。

この格子は、万一籠城する時に、中に物を投げ込まれにくくするために、窓の左右に取り付けられていたものだったが、今回は侵入者を逃がさないために用いられた。

 

 

前後左右から襲い掛かる敵に、自慢のスタミナとブロック設置を用いたアクロバティックな動きを武器に逃げ回る。

タクミにとって構成員たちも油断できない相手だが、何よりの脅威が――

 

「オラよっと」

 

軽い掛け声に反して、マカミによって振り回される大剣は壁すら簡単に削り取る。

マカミを相手にすることはできないタクミは逃げの一手。

通路に丸石などのブロックを設置して足止めをしているので何とか逃げおおせているが、そうでなければとっくに大剣の錆になっている。

 

(なんとか、何とか下の階に!)

 

そこに起死回生の策があるタクミは必死に廊下を駆けまわる。

何とか二階には下れたものの、その下に進めない。

階段を目指すということは、下層からの増援が表れる方に逃げるということ。

人垣が壁となって進めなくなったため、やむを得ず脇の扉を蹴破り転がり込む。

 

「死ねっ!」

 

ここに逃げこむのを想定していたのか、警備が配置されていた。

数名から浴びせられた矢を転がりかわしたが、二の腕とふくらはぎに喰らってしまった。

好機と見た男たちが剣やナイフで切りかかる。

訓練の結果、攻撃を避けたり受けたりは並以上に成長したタクミだったが、右腕一本で受け続けるにも限界がある。

 

「おらっ!」

 

(くっそ!)

 

受け損なったために手から弾き飛ばされた鉄剣。

がら空きになった胴体に痛烈な蹴りが入り、脚が床を離れる。

こうしてタクミは力及ばず、ついに地に崩れ落ちた。

 

「おい、まて」

 

とどめを刺してやろうと剣を振り上げた一人を、よく通る声が押しとどめた。

割れる人垣の中から現れたのはマカミ。

彼は地面に転がるタクミを一瞥すると、周囲の者たちを脇に下げた。

 

「なかなかやるな魔術師。正直驚いたぜ」

 

なんせ魔術師って輩は貧弱ばかりだと思ってたからな、と言うマカミに、タクミは声も出さずピクリとも動かない。

周囲はもう意識がないのではないかと思ったが、マカミは気にせず言葉をつづけた。

 

「その腕買ってやるよ。俺のために働け」

 

ざわつく周囲を他所に、どうだ?と声をかけたマカミに、ようやくタクミが反応を示した。

傷ついた腕をかばうようにゆっくりと体を起こすタクミに、マカミは動かず満足そうに笑みを浮かべる。

 

「やっぱり生きてんじゃねぇか。よく眠れたか?」

 

「おかげさまでね」

 

答えながら腕と足に刺さった矢を引き抜くタクミ。

それでも動かないマカミに、今度はタクミから声をかけた。

 

「僕を雇うって言ったけど、いいの?結構あんたの部下殺しちゃったけど」

 

「死んじまうほうが悪いのさ。この世界ではな」

 

「なるほどね、自然界より厳しそうだ」

 

そう言いながら手にバケツを出現させたタクミ。中身は暖かいシチューのようだ。色味がおかしい気がするが。

興味深そうに見つめるマカミの目の前でそれを飲み干したタクミは、おえっと言わんばかりの顔をしている。

非常にまずかったらしい。

 

「はっはっは、面白いやつだな。この状態でゲロマズシチューを食うか普通?」

 

「本当だよ、回復ポーションが作れればこんなものを頼ることもなかったんだけどね」

 

「あん?」

 

負傷した足をかばうようにして立っていたタクミが、しかしどうしたことか二本の足でしっかりと地を踏みしめている。

矢が刺さった穴は血の跡は残っているが既にふさがっていた。

 

「…なにをした」

 

「ゲロマズシチューを堪能しただけだよ」

 

タクミが口にしたのは”フランスギク”という花を含めてクラフトした”怪しげなシチュー”。

キノコ2種とボウル、各種花でクラフトできるそれは、混ぜる花によってさまざまな効果を発揮する。

今回のコレは、再生効果を生み出す。

本来はボウル一杯で僅かな効果しか生み出さないそれを、タクミはバケツ一杯という量を取り込むことで補った。

ちなみにバケツ1杯を一気飲みできたことにはツッコまないでいただきたい。

クラフターはバケツ1杯の牛乳を余裕で飲み干す生き物であるのだから。

 

「さてと、さっきの返事をさせてもらうよ」

 

――お断りする

 

毅然と答えるタクミに、マカミは黙って武器を肩に担いだ。

タクミの手にはからのバケツの代わりに鉄剣が姿を現す。

 

「どうしてもっていうなら力で従えて見せな」

 

「…面白い。死んでなかったら使ってやる」

 

静かに構える両者。

飛び掛かったのはタクミだった。

 

「はっ!」

 

タクミの全力の薙ぎ払いを、片手で握った大剣で押し返すマカミ。

押し返される力に対抗できないと悟ると、バックジャンプで距離を取り、再び走り込む。

 

「ぬんッ!」

 

合わせるようにフルスイングされた大剣。

軌道は腰で上半身と下半身が泣き別れるだろう位置。

速度はそのままに、ギリギリでスライディングで回避。

前髪数本を巻き込んだ鉄剣が鼻先を通り過ぎる。

 

(こっわ!)

 

タクミは足元をすれ違いざまに、脛を切りつける。

しかし体勢が悪く、軽く引っ掻く程度の傷にしかならなかった。

そもそもこの男の肉質が硬すぎるのである。

まるでゴムを叩いたような感触だった。

そしてタクミにとって、さらに不利になる情報が出てきてしまった。

 

「傷が…、塞がってる?」

 

切りつけた部分を見れば、流れていた血が止まっている。

ハッと、マカミが腕などの矢を受けた部分を見れば、そこからは血どころか既に穴が塞がっている。

 

「あぁ、これか?俺は昔から力と再生能力が強くてな、なんでもそういう『異能』なんだとよ」

 

「(異能?)へえ、そりゃご丁寧な説明どうも」

 

初めて聞く『異能』という単語。

タクミはゲームなんかの”スキル”にあたるものかとその場では納得し、現状を打破するために思考を巡らせる。

 

「あまりの絶望に、降伏する気になったか?」

 

「この程度の絶望じゃ犬畜生にも及ばないよ」

 

「そうか、よッ!」

 

中身が空の張りぼてを振ってるんじゃないかと思うほどの素早い一突き。

足元を狙ったそれに思わず飛び上がって避けるが、これがアダとなる。

床に深く食い込んだ大剣を手放したマカミは、こぶしを握り固め思い切りぶん殴る。

空中で身動きが取れなかったタクミは、咄嗟に剣でガードするがその上から叩きつけられる。

一瞬で壁まで吹っ飛び、周囲を囲っていた男たちを巻き込むように転がった。

 

人がクッションになったことで衝撃が吸収された。

脳へのダメージもなかったことが幸いし、起き上がると同時に、再びマカミに斬りかかる。

胴体を斜めに斬り捨てるつもりで振るわれるタクミの剣。

 

(こいつの腕力は大したことはない。弾いてやりゃ隙ができる)

 

マカミが考える通り、タクミの筋力はマカミのそれとは比べるのもおこがましいほどの差がある。

ついでにタクミの振るう剣を叩き折ってやらんとばかりに、マカミの愛刀が振り上げられた。

 

――あ?

 

来るはずの衝撃が来ない。

ぶつかるはずだった剣が、その軌道から消えている。

考えていなかった事態に、一瞬タクミから気がそれた。

その一瞬が勝負を分けた。

 

――パリン!

 

ガラスの砕ける軽い音が響いた。

タクミは、マカミが剣を叩き折る、もしくは弾き飛ばそうという意図を理解し、直前にインベントリ内にしまい込んだのだ。

代わりに取り出したのは、ポーションを入れるための”ガラス瓶”。

ゲームでは入れられるものが限られたアイテムだったが、現実ではこれ自体はタダのガラス瓶。

中に何を入れようが問題ない。

タクミが投げつけたのは、唐辛子エキス満載の瓶だった。

 

「ぐあぁッ!?」

 

顔面に叩きつけられた液体に戸惑う時間もなく、襲ってくる目の痛みに怯んだマカミ。

好機を得たタクミは所かまわず切りかかる。

マカミも攻撃が来た方向に向かってやたらめったら剣を振るう。

しかし片手ででたらめに振るわれる大剣だが、その威力は侮れない。

タクミはそれをかわしながら、脇や首、アキレス腱など知る限りの人体の急所を攻め立てた。

叩きつけられる大剣によって床の材木が飛び散り、肌を傷付けるが気にしていられない。

 

――狙うは首…、上段大振りっ!ここだ!!

 

タクミの全身の力を振り絞って放たれた渾身の突き。

その軌道は完全にマカミの喉仏を直撃する…、はずだった。

 

僅かに体の芯をずらされた。

結果タクミの剣は首を斬ることには成功したが、それは致命傷となるほどではなかった。

マカミの充血した瞳は、しっかりとタクミをを捉えていたのだ。

 

――コイツもう見えてっ!?

 

振り下ろされる死の鉄槌に、咄嗟に剣を捨てて引き戻した両腕で、盾を差し込むことに成功した。

だが巨大な鉄剣と、鬼を思わせる馬鹿力を前にはあまりに無力。

盾は一瞬でへし折れ、それを支えていた両腕の骨も砕け散る。

タクミが真っ二つにならなかったのは、力が伝わりにくい大剣の根本で攻撃を受けたことと、度重なるダメージについに耐え切れなくなった床に穴が開き、1階へと彼が叩き落されたからだ。

 

「――ごふっ」

 

背中から石の床に叩きつけられるタクミ。

悶絶していられたのもつかの間、上から降ってっくる影を見て何とか横へ転がり避けた。

ズドンと鈍い音が響き、タクミがいた場所にマカミが立つ。

既に全身はボロボロ。自慢の再生能力でも即時回復は難しいのか、首の傷は押さえた手の隙間から血がこぼれている。

 

だがそれ以上にタクミの傷は深刻だった。

埃まみれの全身には小さな傷がついており、その両腕は一目見てわかるほどにひどい有様だ。

立ち上がる力も残っていないのか、転がったまま天を仰ぐタクミ。

その瞳には薄暗い部屋の天井が広がっていた。

 

「見事だった魔術師。これほど死を意識したのはいつ振りか」

 

「…そうかい、気に入ってくれて何よりだよ」

 

タクミとマカミは、上部に空いた穴や、ドアから覗く構成員たちが入り込めない独特の空気を作っていた。

苦い表情で立つマカミと、笑顔で地に這うタクミ。

勝負の決着はつき、しかしその表情は勝者と敗者が真逆のそれであった。

 

「部下になる気はないか」

 

「無いね。勝負はまだついていない」

 

誰がどう見ても終わった闘い。

しかしこの言葉を、マカミはとどめを刺すように促すものに聞こえた。

 

「…最後に名を聞いておこう、魔術師」

 

これほどの激戦は生涯最後かもしれない。

そんな考えをもとに発せられた問は、しかし全く関係のない回答が寄こされた。

 

「この世には二種類のクラフターがいる。下準備をしっかりするやつと、しないやつだ」

 

突然何を言い出すのかという視線を他所に、折れた両腕を引きずるようにして立ち上がったタクミ。

その体で一体何ができるとマカミは思ったが、タクミの表情に思わず黙った。

 

笑顔だ。

この男は死の淵にありながら、まるで楽しみで仕方がないというような無邪気な笑顔を浮かべている。

 

マカミは初めてタクミに恐怖を覚えた。

先ほどの言葉、あれはとどめを刺させるためなどではない。この男は本気でここから勝つつもりでいるのだ。

絶対にありえない未来。しかしそれに手をかけてしまいかねない何かがコイツにはある。

 

――ちなみに僕は前者だ

 

そう言い切った狂者は、どこからでもかかってこいと言わんばかりに胸を張って立っている。

 

タクミはゆっくりと踵で、設置した”石のスイッチ”を押し込んだ。

 

「…なんなんだ、てめぇは」

 

「僕はマインクラフターのタクミ。覚えておきなよ」

 

次の瞬間、腹の底に響くような爆発音と、屋敷全体を揺るがすほどの振動が襲い掛かる。

何事かと右往左往する構成員たちを他所に、タクミは静かに笑っていた。

マカミは、考えるまでもない、目の前のコイツがナニカしたのだ、と確信した。

これ以上何かする前に仕留める、とばかりに飛び掛かろうとした彼は、しかし足元の床がバラバラに砕けたことで阻止される。

突如として襲い掛かる浮遊感に、思わず下を向いた。

 

奈落だ。

底の見えない奈落がそこにあった。

 

「『死んでなかったら使ってやる』だっけ。

 

いいよ、『死んでなかったら君の勝ちだ』」

 

ハッと声の主を見れば、仕掛けたであろうタクミ自身も共に落下している。

つまりこれは自爆特攻――

 

「何してんだてめぇ!!?」

 

「ハハハ、生きていたらまた会おう」

 

マカミの意識はその言葉を最後に暗転した。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

都市『ホーマ』に住む住人はその夜、突然の轟音と振動に叩き起こされた。

 

これまで聞いたこともないほどの音と振動に、浮足立つ市民。

本来は誰もいないであろう真夜中の路上は、寝起き姿のまま家を飛び出してきた人々で溢れていた。

 

――飛交う怒号

 

――交錯する情報

 

人々の混乱はピークに達していた。

 

「――静まれぇぇえぃ!!」

 

地鳴りのような声が響き、口をつぐんだ者たちの瞳が声の主を探す。

 

「あそこだっ!」

 

一人が指さしたのは屋根の上。

そこにあったのは、ほのかに輝きを見せる旗を背負い、仁王立ちする大男が独り。

否、大男の周囲にはいくらかの人影が見える。

集団のリーダーと思われる筋骨隆々の男が背負う旗印こそが、彼等の所属する組織を示していた。

 

「教会のシンボルだ。聖騎士様だっ!」

 

たちどころに上がる歓声。まるで地獄で仏に会ったかのような喜びの声も、男が一つ手を上げれば、潮が引くように静まっていった。

 

「今宵の騒動は”魔女”の仕業である。我らはそれの討伐に赴いた。

すなわち、魔女討伐は約束されたも同然!貴様らは速やかに各々の家に戻るのである!」

 

その簡潔にまとめられた言葉を聞いて、民衆はいそいそと自分たちの家に姿を消していく。

市民の本心を言えば、聖騎士の庇護のもとより安全な場所に避難させてほしいと考えている。

しかし絶対的権力を持つ教会の、それも聖騎士の命に背きなどすれば、最悪一族全員が処刑されるなどということすらありうるのだ。

そのため聖騎士の言葉を信じ、一先ずは命令に従っておくのが利口なのだと皆理解しているのである。

 

その場に残り、通りから人影がなくなったことを確認した聖騎士、アドルフは静かに踵を返した。

先ほどまで神秘的な光を放っていた旗も、今は何事もなかったかのように沈黙している。

その巨体に見合わず、地面に静かに着地したアドルフの背後から、彼の部下であるマイクが声をかけた。

 

「アドルフさん、先ほどの音の原因、本当に魔女の仕業だと思いますか?」

 

「俺はそうだと思っている。なにせ何の前兆もなくあの大穴だぞ?」

 

「それはそうなんですけど…、妙なんですよね」

 

二人の間に続く言葉はなく、沈黙と共に夜の街を進む。

やがて見えてきた目的地には、幾多のかがり火が炊かれ、その光により足元に空いた大穴がより不気味に口を開いているのが見て取れる。

 

「お前が言いたいのは、魔術を使ったにしては周囲の魔力が少なすぎると言いたいのだろう?」

 

「はい。あとこの臭いは、火薬ですよね?」

 

魔術を扱える者は、それを扱うために必要な魔力の存在を知覚することができる。

規模の大きな魔術を扱えば、それに必要となる魔力の量も膨大になり、術の使用後の残滓も相応の量になる。

だがこの大穴の周囲には、不自然な魔力の残り香は感じられず、代わりに特徴的な火薬の焼けた香りが漂っていた。

では火薬で丸ごと吹き飛ばしたかと言われれば、そうではないとすぐに気が付く。

仮に爆発によって空いた大穴ならば、周囲への被害はこの程度で済むはずがない。

なによりこの場で言う火薬は、いわゆる黒色火薬のことであり、建物を吹き飛ばすような爆発を起こすにはあまり現実的でないと思われる量を使用しなくてはならない。

 

「魔女が何らかの外法を開発したか、あるいはここにいた下郎どもが何かをしでかしたか」

 

「そのどちらにせよ、頭の痛い問題ですね」

 

二人は話を切り上げ、民衆の混乱を治めるという任務が無事完了したことを、彼等の団長へと報告する。

もともと彼等聖騎士団、正式名称第六聖騎士団は、教会の上層部からの命を受け、”死の森”で発生している異常の調査を目的にこの地に派遣されたのだ。

単なる異変、というだけならば下部組織に調査をさせるのだろうが、今回は魔女が関係しているのではないかとの見方があり、魔女討伐のエキスパートと言われる彼等聖騎士団が、ホーマまで訪れたという流れである。

 

だが目的地一歩手前というところで、突如として街の一角が崩落するという、予想外の事態に遭遇。

魔術を用いる以外には考えにくい現象に、連想されるのは当然魔女の存在。

そうなればこの事件を無視して森へ向かうという選択肢は無くなる。

聖騎士団は真相解明のために、想定外の足止めを食う羽目になったのだ。

 

そのことが、『村を訪れた魔術師と思われる男』の存在の発見を遅らせることになるのであった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

襲撃から数日、街の衛兵や聖騎士団の調査は結局犯人を見つけることはできず、未だに街の中は物々しい雰囲気に包まれていた。

 

「ドイルさん、本当にお世話になりました」

 

「おう、二人とも達者でな」

 

事件の下手人であるタクミはと言えば、エルクと共に指導をしてもらったドイルに頭を下げていた。

タクミが昼夜問わずの襲撃をしていた間、エルクはと言えばドイルの家に一時的に住まわせてもらっていたのだ。

新しい宿を探しているという相談を受けたドイルが、エルクを引き受けてくれたのだ。

エルクを安心して預けられる場所を確保したタクミの襲撃は、そのあとから激しさを増したのはご愛敬。

後顧の憂いを無くしてくれたドイルには、都市部では貴重な新鮮な野菜類を提供しておいた。

奥様には大変好評いただけたようである。

 

一方で、タクミがいない間のエルクはと言えば、家事の手伝いやドイルからの訓練を受けつつ、空いた時間に旅の準備を進めていた。

いつでも街を離れられるようにしておいてくれとの、タクミからの指示があったためだ。

その成果として、これから出発する彼らの背後には、2人で乗るには十分すぎる馬車と、その中に旅の道具が詰め込まれていた。

 

そして変わった点はもう一つ。旅の同行者だ。

次の目的地であるカイナトという都市まで、訓練仲間であるハワードとベルの兄弟、そして兄弟のチームメイトとして茶髪で細身の少年、イトネが加わった。

3人は同期の仲で、ようやくギルドから自由に依頼を受ける権利を得たのである。

丁度そのタイミングでタクミたちの旅立ちが重なり、ハワード達へ行商の荷物持ちという形で指名依頼をすることになったのだ。

 

勿論旅慣れしていない5人だけで出発しようなどとは思ってない。

この度のタクミの大暴走の結果、腰の軽い行商達はいち早くホーマを離れようと行動を始めたのだ。

彼等のような規模の小さな行商は、そのフットワークの軽さが利点ではあるが、少数で護衛を雇うとなるとコストがかさむ。

そのためキャラバンという一団をつくり目的地が同じ者同士で旅をする。

今回タクミ達もそのキャラバンの一員として参加できたため、新人であるハワード達を同行させられたのである。

 

「坊主ども!積み込み急げよ!」

 

「あんまり遅いと置いていくぞ~」

 

「「「は、はい!」」」

 

ハワード達はと言えば、新入りをいうこともあり、他の護衛にこき使われていた。

勿論杜撰な扱いというほどでもなく、仕事をさせながら覚えさせるという体育会系のノリだ。

護衛としては半人前どころかお荷物にしかならないと、本人たちも自覚しているので不満を言うこともなく従っている。

 

外界へとつながる道の脇に集まった人々。

その中の一人として、タクミはまた旅を始める。

最初は一人。

エルクが増えて二人。

そして今は一団といえるような多くの同行者ができた。

 

勿論彼等すべてが気の置けない仲間というわけではない。

だが大人数で旅をするという非日常を前に、まるで修学旅行を前にした学生のような気分がタクミの中にはあった。

 

「さて、次の街はどんなところかな」

 

タクミの呟きは、群衆の騒音の中に溶けていった。

 




最後やっつけになってしまった。
反省します。

もし続きが切りのいいところまで書ければ投稿するかもです。
読んでいただき、ありがとうございました。
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