「(ど、どうしよう)」
アスナは先ほどまでの自分は一体どうしてしまったのかと顔を赤くさせる。自分がいつも使ってる部屋よりはやや広い寝室で隣のベッドには
「ひっ! 幽霊!?」
第十層、ソウルソサエティでフィールドに現れるモンスターといえば......当然虚である。虚とは悪霊の事であり幽霊はアスナの弱点の一つでもあった。
「ハァッ!」
吹兎が虚を討伐した後でもアスナから恐怖が消える事はなかった。
「フキト君......ちょっとダメかも......」
腰が抜けたのか地面に座り込んでしまうアスナ。ここはあくまでフィールドであり、また別のモンスターが現れる可能性がある。複数のモンスターに囲まれる恐れすらある。
「ごめんねフキトくん......」
このまま動けないアスナがここに留まる事は、仮に吹兎がどれだけ強かろうとこの世界では文字通り命の危険がある。吹兎はアスナを背負って安全な街まで戻る事にした。そして借りていた宿の前まで到着した。
「すみません。シングルを二部屋借りたいのですが」
第十層が解放されて吹兎とアスナは同じ宿の別々のシングルを二部屋借りていた。複数日借りていたが今日が期限日であったためフィールドに行く前にチェックアウトを済ませ、また利用するため、チェックインをするために宿屋のNPCに話しかけたのだが......
「すみませんシングルはもう1室しか残ってなくて」
しかし既に先約があったようでシングルを二部屋確保する事はできなかった。
「アスナ、先にチェックインしておいてよ」
「(流石にこの状態のアスナを連れて今から別の宿を探すとかやめた方がいいしね。それに別々の宿の方が
「ちょ、ちょっと待ってフキトくん!」
だがアスナにとっての優先度の序列は違う。何を犠牲にしようとこの夜を一人で迎える事は何としても避けたい。
別の部屋であろうと同じ宿ならばどうとでもなる。しかし宿まで別なのであれば......。アスナは自分がこの夜を一人で凌げるとは到底思えなかった。
「でしたらツインの部屋が一部屋空いていますよ」
NPCの一言に少々混乱気味になっていたアスナは吹兎の同意を待つ間もなく即答した。
──────
「(ど、どうしよう…)」
そして冒頭である。フロントにてアスナを支配していた恐慌はすぐ近くに
当然の事ながら家族以外の異性と同じ屋根の下で一夜を過ごす経験などこれまでアスナは体験した事がない。
付き合ってもない男女がそのような行為をする事などアスナからしてみれば論外も論外。普段のアスナであればまず間違いなくそのような方法など採らなかったし提案されても首を縦に振るなどありえない。
「(でも誘ったのは......)」
しかし先ほどまでのアスナは普通ではなかった。誘ったのはアスナからなのである。最早自分がどうこう言う領域にない。これから何をするかの主導権の全ては吹兎に握られてるも同然なのだ。
男女が一つ屋根の下で夜を越すと聞いて思い浮かべるのは一つである。アスナも思春期を迎えて当然、そのような知識も持っていた。
頭ではそのような行為は拒否すべきと思っている。しかし心は......どこかそれを期待してるかのように鼓動の速度を早めている。アスナにはそのような経験などない。しかしないからこそ余計に知りたいという好奇心が確かに存在していた。
頭では分かっている。結論も出ている。しかし......
「(わたし…迫られたら......、求められたらちゃんと拒否できるのかな?)」
アスナは年相応の葛藤に悩まされていた。
そこまで至った上でアスナはある結論に帰着した。
自分にはどちらにせよ主導権がない。どれだけ悩んでも分からない。
「(それなら! フキトくんが何かアクションを起こしてから自分の心に問いかけて決めるっ!)」
そして隣に横たわる吹兎の方を見る。
「えっ......」
その光景を見てアスナは思った。今までの時間は一体何だったのか、と。
先ほどまでの自らの中での議論を冒涜するかのように吹兎は爆睡していた。
......その日、結局何も起こらなかった。
──────
「アスナ、おはよう」
「ん…んぅ…ふきとくんおはよう…」
明朝、いつも通りの時刻に起床した吹兎はアスナに挨拶を交わすが…返事は芳しいものではなかった。
「(アスナは幽霊怖がってたみたいだし...寝れなかったのかな?)」
結論は合っているが理由は間違っている。結局アスナはあの後も自分の中で同じ議論を何度も繰り返してしまったため眠りに入ったのはつい1時間前の事なのである。
「今日は攻略はお休みにしよう。僕はフィールドに行ってくるからアスナは寝てていいよ」
そう言い吹兎は装備を整えて......久しぶりのパトロールに向かった。
ゲーム開始から数ヶ月が経った。最初の頃、吹兎がパトロールを始めた頃は少し歩けば命を落としそうなプレイヤーを見かけていた。しかし今ではそのようなプレイヤーを見かける事はほぼない。死亡者0名の日の方が今では多い事すらある。
情報の広まりは確実にプレイヤーの生存に寄与したであろう。しかしそれよりも吹兎が思っていた事は...
「(プレイヤーがこの世界に慣れ始めている)」
この世界、つまりそれは死と常に隣り合わせのデスゲームにプレイヤーが適応し始めた事を意味する。
「(あまりに頻繁にプレイヤーは死にかけるという経験を刻んできた)」
それは杞憂であるかもしれないが吹兎の中に嫌な予感を植え付けていた。
「お、フー坊じゃないカ」
張り巡らせていた思考は聞き慣れた声によって打ち消された。
「アルゴか」
「昨日はフィールドに出てこなかったナ。今までは毎日出ていたはずだガ......何かあったのカ?」
「(アスナが幽霊苦手でフィールドに出て来れなかったりとか、アスナの名誉のためにも言わない方がいいよね)」
吹兎は返答を濁した。吹兎はこのゲームが始まってからの期間で情報屋アルゴの情報網の広さを理解していた。尤も、アスナが本当に嫌がる情報を売る事はしないだろうが口止め料を要求される可能性はあると考えた。
理由は違うが吹兎のこの選択は正しいと言わざるを得ないだろう。もしそれを言ってしまえばアスナと二人同じ屋根の下で一晩を過ごしたという事実を知られてしまう事になるから。吹兎はその重要性を理解していない。
彼のその方面に関する知識は欠如している。幼少の頃からそのような経験をしてきた事がないからだ。もし彼がその分野に関する人並みの常識と知識を身につけていたのであれば幼馴染のルキアや桃との仲もより進展していたはずだ。およそ半世紀を過ごして尚、特にこれと言った進展を見せていないのは吹兎の原因である部分も大きいだろう。
「そっカ」
アルゴは吹兎が何かあったのを隠した事を見抜いた。
「(マ、気になったら自分で調べればいいだけだからナ。っとそれよりモ...)」
「オレっちは例の新スキルについて聞きに来たんダ。あんな不親切なチュートリアルで一見ただの揶揄いかと思ったガ......フー坊はクリアしたようだからナ。詳しい話を聞かせて欲しいと思ってナ」
「(アスナとキリトから散々聞かれて疲れたってのに......。というよりどこから話が漏れたんだろう?)」
「おっと、情報源は秘匿ダ」
アルゴはまるで吹兎の心の内を見透かしたように言った。
「特にコツとかはチュートリアルで言われた事以外はないよ。たまたまできただけ」
吹兎はアスナやキリトに散々伝えた事と同じような事を言ってアルゴからの追及をかわした。
吹兎の人間を守る、ですが当然最後まで美談として終わらせるつもりはありません。
アルゴって語尾をカタカナにするだけで誰の発言か分かるので作家に優しいキャラですね。すごくいいと思います()
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ALO編以降、吹兎以外の死神を登場させるか?
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登場する
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登場しない