吹兎が上段で仮面を叩き割り、ヒュージホロウを若干黒が混ざったポリゴン片に変えた。
「(やはり、フキトの死神スキルがこの層攻略の鍵なのか?)」
キリトは自らの仮説を基に、運営側の意図を考えていた。そんな時、吹兎の方からレベルアップの音が鳴る。
「レベルが、いや席次が上がったみたい」
キリトのように、プレイヤーはモンスターを倒して経験値を貯めるとレベルが上がって能力が向上する。
が、吹兎が使う死神スキルにレベルはない。吹兎は死神スキルを得てから初めてこの音を聞いた。
「(心なしか霊圧も増えた気がする)」
吹兎は平隊員から20席に昇格した。霊圧も20席(相当とされている)レベルまで上昇した。「やっぱり20席の霊圧量より低いよね......」と思いながらも霊圧が増える事は歓迎的だったので文句を言う事などない。
「あれ?」
そして吹兎は体力や霊圧とは違う情報がメニューに表示されている事に気づく。
「ん? どうしたんだ? フキト」
そして吹兎の異変にキリトも気づいた。マナー違反と分かりながらもキリトは吹兎のメニュー画面を横から覗き込む。
「なんか、家が貰えるみたい」
「は!?」
死神スキルの20席到達特典はステータスの上昇だけではなかった。
──────
第10層「ソウルソサエティ」は今までの層と比べても異次元の広さを誇っている。これまでの一層から九層までを全て合わせても遠く及ばないほどに。
それもそうだ、第十層は吹兎の記憶にある尸魂界そのものなのだから。
第10層のフィールドは流魂街。そして他層でいう圏内、街に当たるのは瀞霊廷だ。
現実でもSAOでも流魂街は凄く広い。流魂街とは、尸魂界の中で最も貧しく最も自由で最も多くの魂魄が暮らしており最も広い場所だからだ。
第10層に到達してからもう数日が経つが、未だにマップの端さえ到達できたものもいない。
フィールドの流魂街ほどではないが圏内である瀞霊廷も他層のフィールドよりも広い。商店も多く、街も賑わっているためこの層を本拠地に移すプレイヤーも増えているようだ。
しかし瀞霊廷にはどのプレイヤーも入る事ができないエリアが存在した。それは一から十三までの数字が書かれている建物で......まあ護廷十三隊の隊舎の事なのだが。
瀞霊廷の中でもかなりの面積を占めている十三の建物に入れる者は誰一人いなかった。それは吹兎も含めて。彼も例外ではなく十番隊舎にも十三番隊舎にも入る事はできなかった。吹兎が
『権限がありません』
といったメッセージと共に強制的に弾かれる。十番隊隊長である彼は
「(それなら一体誰なら権限があるんだよ......)」
と悶々とした表情を浮かべていた。
が、その内の一つ「十番隊舎」が今日この瞬間開放された。
「入れるみたいだね」
キリトと吹兎はフィールドでの狩りを中断させて瀞霊廷の、「十番隊舎」の前まで来ていた。吹兎がいつも通り扉に手をかけ開こうとすると......いつものポップアウトが出る事なく扉が開いた。そして見えない障壁に弾かれる事なく敷居を跨ぐ事ができた。
吹兎に続いてキリトも入ろうとする。
「一体中はどうなって痛っ!」
吹兎が入った時は何もなかったが、キリトが敷居を跨ごうとしたその時、見えない壁のようなものに阻まれる。キリトの眼前には『権限がありません』というポップアウトが表示されていた。
「あれ? 何かきた」
そしてキリトに対するポップアウトと同時に吹兎のメニューにも通知が届く。
『無権限者《Kirito》がホームへの侵入を試みています』と書かれているメッセージが。
「(なんか泥棒みたいな書き方だね)」
吹兎はそう思いながら、新しくできたメニューの項目をタッチしてみる。そこはホームへの入室の権限を付与する事ができる機能だった。フレンド一覧から《Kirito》を呼び出す。
・入室の権限を許可する・許可しない・一時的に許可する
という項目が表示されていた。吹兎はキリトの入室を一時的に許可した。
「これで入れると思うよ」
吹兎の言葉を受けキリトは恐る恐る(見えない壁に当たっても痛くないように)ゆっくりと進み......
「お、今度は入れた」
敷居を跨ぐ事に成功した。キリトと吹兎は十番隊舎に向かっていく。
「いや、広すぎだろ」
十番隊舎には隊首室、執務室、訓練場など様々な建物がある。そしてそれら全ての所有権を吹兎が手にしたという事実にキリトは震えていた。
「(やはり異常だ。家が貰えるスキルなんて聞いた事がない! それにこの家......家でいいのか? とにかく広すぎる。
フキトは隊舎と呼んでいたようだが、これはこの層に13ある内の一つのようだ。言い換えれば残り12人がこの恩恵を享受する事ができるという事。もっと言うならば多くとも12人しか手にいれる事ができないという事)」
先着、というシステムにキリトは運営の作為を感じる。
「(普通の家なら先着でも1名のみだ。これを複数人にしている。絶対何かあるはずだ。最初に考えられるのは、システム的な容量の問題だが、これはないだろう)」
SAOは100層もの空間を構築している。今更容量の限界は考えにくい。
「(だとするならば、競争を煽ってプレイヤーに死神スキルの取得を勧めているって事か)」
大きすぎる飴。キリトは運営の意図という仮説に結論をつけた。
「フキト! やっぱり死神スキルのコツを教えてくれ!」
「(ここまで大々的に運営が出しているんだ。この層では間違いないし、この先死神スキルがなければ進めない場所とかがあるのかもしれない!)」
キリトは吹兎を逃がさないよう肩を掴んでから言った。
「頼む! 本当は何かコツとかあるんだろ!」
「(運営がこれだけスキルの獲得を推進しているんだ。取得条件があの分かりにくくて不可能なチュートリアルだけなはずがない!)」
そのチュートリアルだけである。
「いや、この前も言ったけどあれ以上にないから」
真実である。
「そこを何とか!」
「(確かにフキトが嘘をついている様子はない。もしかするとチュートリアルのコツというものは本当にないのかもしれない。
しかし、例えばスキル獲得するためのクエストなどがあるのなら話は別だ。そうだ! 普通に考えてこんな大掛かりなスキルにはスキルクエストがあるはずだ! そしてフキトはそれをクリアしている! フキトは自覚しないでクエストを受注し、クリアしたんだ!)」
全くの検討違いである。
本当に何もないところに探りを入れるキリトと、マジで何もない吹兎との間で押し問答が続く。
「「ん?」」
そんな二人を停戦に導いたのは、運営からの告知であった。
『新スキル追加告知』
と命題が打たれたメッセージ。告知の内容を要約すると、
・死神スキルは現在第10層で出現している虚に対する特効があるという事(虚ではない悪霊のファントム系モンスター等は除く)
・死神スキルを得てから一定の経験値を貯めて席官(20席)に至った先着13名に対して第10層の広大な土地が供与されるという事
「(やはり、そうか)」
キリトは自らの仮説が当たっていた事を確認した。そしてこの告知は全プレイヤー達に対して発せられている。すなわち......
『無権限者《Arugo》がホームへの侵入を試みています』
キリト以外の者も再び吹兎に対して執拗なコツを聞きたがるという事だ。
「全く帰る素振りないね......」
当然の事ながらアルゴの入室を拒否した吹兎であったが、アルゴは腕を組んで扉の前から動かない。
「そして、さっきから凄い量のメッセージが......」
「扉を開けロ!」と催促のメッセージがひっきりなしに吹兎の通知を鳴らしている。そして、
「頼むよ! 教えてくれ!」
室内にも
ただ、自室に入ってこないと言っても扉の前にずっと居座られるのはなんか嫌だ。ストライキの効果を身をもって知る事になる吹兎であった。
「......しょうがない」
吹兎は内側から十番隊舎の扉を開く。
「やっと出てきたナ。個人的にはその中も念入りに見たかったガ」
吹兎はキリトを伴い十番隊舎から出て、アルゴと合流した。ただでさえ死神スキルは空中に立てるようになるなど魅力的なのだ。そこに新しく加えられた追加特典。彼らが以前の時のようにちょっとやそっとで引き下がる選択を採る訳が無い。ただ......
「(本当にどうしよう)」
コツなど本当にないのだ。何も、これっぽっちも。しかしそれで納得してくれないのは
「本当に何もないんだけど、じゃあパーティ組んだ状態でフィールド出てみる? 僕の死神スキル見て何か気づく事があるかもしれないし」
本当に何もないため、せめてキリト達にとことん観察させて分かってもらおうと吹兎は考えた。
「それは俺的にはありがたいが、いいのか?」
パーティを新しく組むという事は今のパーティ、すなわちアスナとのパーティを解消しなければならないからだ。
「いいよ、臨時だし」
吹兎は首を縦に振った。
「(それに正直、キリト達よりアスナの方が凄く追求してくるんだよね......)」
実体験。アスナの中で「フキト君を赤面させちゃおう!」作戦が開始されるまでは今のキリト達など可愛く見えるほどに吹兎は
「(それにアスナはこの層の攻略はできないみたいだし。次の層に到達したらまたパーティを組み直そう。それくらい経てばもう時間的にほとぼりも冷めているだろうし)」
そう考えた吹兎は「臨時パーティ組むから一時的にパーティ解消するね!」といったメッセージを送ると共に、アスナとのパーティを解消した。
「じゃあキリト、アルゴ。行こうか」
吹兎達はフィールドへと赴いた。
──────
『《Fukito》がパーティを解消しました』
第9層で一人、モンスター相手にレベリングを繰り広げていたアスナは吹兎からのメッセージの後に表示された通知をハイライトの消えた虚空の眼で眺めていた。
「へー、パーティ解消するんだフキトくん。ふーん、そうなんだ」
通知が表示されてから一定時間が経ち、消えた後もアスナの焦点は微動だにしなかった。
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