第10層が開放されてからもう随分と経った。第10層はとても広いため攻略が遅れているのである。これほど攻略期間が長くなったのはサービス直後で混乱が広がっていた第一層ぶりだ。
攻略が遅れている理由はただフィールドが広いだけでない。第10層は現実通り、東西南北各80地区で構成されているが──地区の番号が増える毎にモンスターのレベルも上がっていく。
いわば同じ層の中でも力の階層が存在するのである。
同じ第10層を攻略しているプレイヤーでも、60地区近辺を攻略しているプレイヤーと20地区近辺を攻略しているプレイヤーとでは実力は全く異なる。
第10層のモンスターは経験値効率も高いため攻略組に限らず中間層と呼ばれるプレイヤー達も幽霊が怖いなどの例外がなければ全員第10層を攻略の拠点としている。そして実力が攻略組に及ばない中下層プレイヤーやギルドは現在第10層の一つ下、第9層を攻略していた。
「いくぞ! テツオ! スイッチだ!」
「オーケイ!」
月夜の黒猫団もその一つである。
「みんなお疲れ! 今日はこれくらいにしとこうか」
前衛のテツオの一撃によってモンスターの討伐に成功した。リーダーのケイタが今日の狩りはここで切り上げて街に帰還しようと提案する。
「そうだな! 腹も減ってきたし飯にしようぜ!」
ケイタの提案に異論の声は出なかった。彼の提案に従ってメンバー全員が転移結晶を取り出し転移対象地を口にしようとする。
まさにその時だった。月夜の黒猫団がいるより少し進んだ先で警告音に似た音が鳴り響いた。
「トラップだ!」
ケイタはじめ、ギルドメンバーはその音が示す事実を知っていた。情報屋アルゴを筆頭にトラップに関する警告は幾度となくされていたから。
「助けにいかねぇと!」
トラップに引っかかってしまえば高確率でHPが全損してしまう。そしてこのゲームにおいてHPの全損は現実での死を意味する。ここでトラップに引っかかったプレイヤーを助けられるとしたら自分達しかいない。周りに他のプレイヤーはいないから。しかし......
「待って!」
ゲームでの死が現実の死を意味するからこそギルドの中での紅一点、サチは反対した。
確かに自分の命を懸けてでも他人を救う事は素晴らしい事かもしれない。しかし実際にそれをできるかどうかの話は別だ。そのような美談が許されるのは少年漫画の中でだけ。
サチは自分が、そして現実世界の親友でもあるギルドのメンバーが消えてしまう事がただひたすら怖かった。
「確かにサチの言う通り、俺達が命を張る必要はないかもしれない。でも......俺は第一層で俺達を助けてくれたあの人みたいに誰かを助けたいんだ!」
サチ以外のメンバーは音が鳴った方に走り出した。
「ま、待ってよ!」
サチもかぶりを振り、少し遅れて走り出した。
しかし月夜の黒猫団の助けはそもそも不要だった。
「何だよあれ......」
メンバーが駆けつけた時に広がっていた光景は大多数のモンスターに蹂躙されているプレイヤーではなく......
「なんで! パーティを!」
少女はノールックで放った一撃で背後のモンスターを消し去り......
「もう私は用済みって事??」
細剣による連撃によって一気に四体のモンスターを屠っていく。
「ふーん。フキト君がそういう態度取るんだったら私だって......!」
月夜の黒猫団が見たのは大勢のモンスターによって蹂躙されるプレイヤーではなく一人のプレイヤーによって大勢のモンスターが蹂躙される光景だった。心なしかモンスターが皆怯えているようにも見える。
プレイヤーかモンスターのいずれかが全滅しないと外に出られないこのトラップ部屋は──モンスターにとっての監獄と化していた。
「ひぃ!」
「うわぁぁぁぁっっ!!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁっっ!」
その姿はこれまで出会ってきたどのモンスターよりも恐ろしく、月夜の黒猫団は尻尾を巻いて一斉に逃げ出した。
──────
月夜の黒猫団に恐れられていた存在──まあ言うまでもなくアスナの事なのだが。彼女の胸中は荒れに荒れていた。その理由は当然、吹兎がパーティを解散したからである。
昨日までは吹兎とアスナは同じ宿からチェックアウトし、攻略する層が違ってもパーティを組み続けていた。
以前のように毎日、ではないが共に夕食を食べる事もあった(パーティを組む事で分かる吹兎の現在地を元にアスナが偶然を装って合流する事によって)。
が、パーティは解散された。もうアスナに吹兎の詳細な位置情報を知る術がない。しかしアスナにとって問題はそこではない。
──なぜ吹兎がパーティを解散したのか──
メッセージでは「臨時パーティ組むから一時的にパーティ解消するね!」と書かれていたが──アスナは別の可能性に至っていた。
「(フキト君に好きな人が......! 本来ならその位置は私だったのに!)」
アスナは自分から吹兎を奪い去っていった泥棒猫から彼を取り戻すために、彼と再びパーティを組めるように、彼と並ぶ実力を身につけるために第九層で一層の時よりも厳しいレベリングをしていた。
......そもそも吹兎は新しい女に靡いた訳ではない。メッセージには何の偽りもなくほとぼりが冷めたらまたアスナにパーティ申請を送るつもりだったのだがそんな事、アスナが知る由もない。
それに仮に吹兎が誰かを好きになったとしてもアスナに何か言う義務はない。別に恋人関係じゃないから。
「これはまた無茶なレベリングだな。確か──アスナ君、だったかな?」
そんな中、一人のプレイヤーがアスナに話しかけた。
月夜の黒猫団が見ただけで恐れをなして逃げる今のアスナに対して臆せず話しかける事ができる存在はある種、異常だ。
「(あれは......確か5層辺りから頭角を現してきた盾使いの──)」
「......ヒースクリフ」
アスナはそのプレイヤーの事を知っていた。
「ボス攻略の時に数回話しただけだが、覚えてくれていたようで良かったよ」
「ユニークスキル、神聖剣を使えるプレイヤーを忘れるなん──ッ!」
ここにきてようやくアスナは目の前のヒースクリフに会話の主導権を握られている事に気づいた。
「......それで、私に何の御用ですか?」
内心では吹兎以外に構ってられず、すぐにでもモンスター討伐に戻りたかったアスナだったが、努めて冷静に対応した。
「そうだな。周りくどく説明するより単刀直入に本題に入ろうか。君もそれを望んでいるようだしね」
彼女の真意を見透かしたようなヒースクリフの言葉に、アスナはムッとした表情を見せる。
「君に私の作ったギルドに入って──」
「お断りします」
アスナは即答で拒絶した。
「理由を聞いてもいいかい?」
「ギルドの加入拒否に理由は必要ないはずです」
努めて冷静に振る舞った彼女だが、断った理由は当然......
「(フキト君とのパーティを目指しているのに違うギルドに入る訳ないでしょ!)」
である。
「私は君も含めた最強のプレイヤーによるギルドを作って攻略を進めたいと思っている。そこに君も加わってはくれないか?」
「私はもう断りました。これ以上、何を言われたところで考えを改めるつもりはありません」
「最強のプレイヤーとは勿論、フキトくんも含まれ──」
「やります」
アスナは即答で肯定した。
「(最初はどうでも良かったけど良い話じゃない!)」
アスナの目的とはつまり吹兎とのパーティを組む事。同じギルドに属すればその機会も今よりあるだろう。
先ほどまで頑として拒んでいたアスナが急に意見を翻した事に、流石のヒースクリフも気圧された。
「そ、そうか。君はフキトくんと仲がいいみたいだからね。先に入って、彼が加入した時にギルドの事を教えてあげてほ──」
「絶対にやります。今すぐ入ります」
「そ、そうか。それは良かった」
「(フキトくんの指南役に!)」
アスナは吹兎とパーティを組み直す事を目的としていたが、仮にまた同じパーティを組んだとしても大きな進展はないという事も自覚していた。
あれだけ同室で過ごすという時間がありながらついに一度も赤面させる事すらできなかったのだから。
しかし先輩後輩という関係になれば多少の無理も要望も通るだろう。これまでにない
こうしてアスナはヒースクリフのギルド、血盟騎士団に所属する事となった。
月夜の黒猫団による噂話が基で、後に「鬼の副長」と呼ばれるようになるのは少し後の話である。
アスナが血盟騎士団に入るのは本来ならもっと後ですが本作ではちょっと早いです。
精神的に不安定なアスナはその時に出会う人によって如何様にも変わります。思春期だからね、仕方ないよ。
原作と今作、どちらがアスナにとって幸せなのか......それは言うまでもありませんね。アスナは今作では恋愛ハードモードを選んでしまいました......。
原作でもアスナが好きな人(キリト)は色んな女性からモテていましたが正妻の余裕と言うべき貫禄がありました。
でも今作では違います。......だってそもそも正妻じゃないもん......(泣)
そういえば「異世界おじさん」のツンデレエルフさんもアスナと同じCV戸松遥さんなんですね。
サチ
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生存
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死亡