「......来ない」
第10層が突破された。
これまで大人数でレイドを組み、苦戦しながら突破してきたボスモンスターをわずか4人でクリアしたという衝撃的なニュースはSAOの話題を独占した。
『まさに天下無双! 危険を省みずにゲーム攻略のために命を賭けた英雄達だ!』
という表題がつけられた記事がSAOのあちこちで配られている。記事の作者はアルゴ。当事者の一人に著者がいるからこそ可能な詳細な描写に読者の心は鷲掴みとなった。
アルゴの記事はまさしく心揺さぶる英雄譚のようであり、四人は現在一躍時の人だ。
SAOクリアにまた一歩近づいた事から誰もがこのニュースに対してまんべんの笑みを浮かべていたのだが......
「......来ない」
血盟騎士団の副団長、アスナは違う。彼女の表情は笑みを浮かべるどころか──「無」そのものであり、アルゴの文字列を走る視線はひたすら機械的なものだ。その理由は当然......
「......何で来ないのよ!」
第10層が突破されてからどれだけ待っても吹兎からコンビ再結成についての報せが届かなかったから。
「何でいつまで経ってもフキト君はコンビ再結成もしなければ血盟騎士団に加入もしないのよ!」
ヒースクリフは、吹兎の勧誘に失敗した事を伝えればアスナが脱退する事は目に見えているためか何も喋っていない。
「もう何でなのよっ!!」
アスナは溢れる不安とストレスを全て仕事にぶつけた結果......攻略の速度は急加速し、その原動力となったアスナは「鬼の副長」と呼ばれるようになった。
──────
攻略の鬼神と化したアスナの力は凄まじく、攻略は一気に24層まで進んだ。第10層がクリアされてからここまで一月も経っていない。この快進撃の立役者、血盟騎士団「鬼の副長」アスナは......
「ギルド、辞めようかしら......」
血盟騎士団を辞めたがっていた!
「(まだ団長からフキト君が血盟騎士団に加入したなんて報せは届いていないし)」
副団長であるアスナはギルド運営の実務も執り行っており、新入団員が加入すれば全てその情報はアスナの耳に届く事になっている。そしてアスナは「新入団員加入」という言葉に対して過敏になっているため聞き逃す訳が無い。
アスナは新入団員が入るという情報を手にいれるたびに全力ダッシュで直接確認しに行っていたが──いつも肩を落として帰っている。
尤も、副団長が直々に新入団員に会ってくれるという噂が広まり、本人の意図せぬところで新入団員の心を掴んでいるのだが......別にアスナは新入団員に興味がある訳ではないため気づく素振りはない。
「(このまま待っていてもフキト君が血盟騎士団に入ってくれるとは思えないし......っていうかむしろ時間が経つ方がマズいんじゃないの!?)」
ふと、アスナの中で悪い想像が始まっていく。
「(単身赴任で会えない夫婦がその寂しさを埋めるために浮気をするなんて話、よく聞くし......やっと結ばれたと思ったカップルが遠距離恋愛になった途端に疎遠になってしまうなんて話もよく聞くし......)」
「団長、血盟騎士団を辞めたいです」
アスナの行動は早かった。
──────
「団長、血盟騎士団を辞めたいです」
団長室までノンストップで走り抜けたアスナは団長、ヒースクリフに対して辞意の念を示す。
「............」
その言葉を聞いたヒースクリフは重々しげに視線を上げる。副団長の離脱という、ギルドからしてみれば緊急事態にも関わらずこの男、全く動じた素振りがない。
「......理由を聞いて──」
「まだフキト君を血盟騎士団に勧誘できてないんですよね?」
「............」
ヒースクリフの沈黙はどんな言葉よりも雄弁にアスナの問いに答えていた。というのも、そもそも彼は熱心に吹兎を勧誘していなかった。
「(全プレイヤーの中でも高水準の戦闘能力を持つアスナ君、若しくはキリト君が入ってくれるのが望ましいが......)」
ただそのプレイヤーは将来的に自分を打ち倒すための切り札である「血盟騎士団」をまとめ上げる存在。
「(ソロプレイヤーのキリト君には難しい。やはりアスナ君に何としても留まってもらわねば)」
ヒースクリフの中で、吹兎はその候補に入る事すらない論外の存在だ。
「(幸い、手は残っている)」
ヒースクリフは今後の方針を脳内で固め、立ち上がる。
「君の気持ちはよく分かった。確かに、私は彼を勧誘したが断られてしまった。だが、まだ彼が加入しないと決まった訳ではない」
嘘である。そもそもヒースクリフは吹兎を血盟騎士団に入れようとは思っていない。否、吹兎だけは何がなんとも血盟騎士団に入れてはいけないと自らに枷をしている。
「............」
ヒースクリフの真意を測りかねているのか、アスナは訝しむ目で彼を見る。
「お断りします。私にはもう時間がありません」
アスナにとって一分一秒たりとも無駄にはできない。
「(もうフキト君が別の女を見つけているかもしれないのよ!)」
そして下した決断は否。アスナはヒースクリフの言を信用できぬものと判断した。
「それでは失礼します」
アスナは踵を返し、団長室を後にした。
「あれ? 久しぶり、アスナ」
「フ、フキト君!?」
団長室を出た先にアスナを待っていたのは──吹兎だった。
「どうしてここに!? も、もしかして血盟騎士団に(入るの)?」
吹兎が血盟騎士団に入るのであればアスナが血盟騎士団を抜ける事など馬鹿馬鹿しい事この上ない。
「うん。ヒースクリフに呼ばれて血盟騎士団に(用があるんだ)」
比喩表現なしにアスナの目が輝く。吹兎が血盟騎士団に加入するならば全ての話がまるっきり変わってくる。今すぐ団長室に回れ右して先ほどの発言の全てを撤回する覚悟がアスナにはある。
「そういえばアスナ、血盟騎士団の副団長やっているんだよね?」
「え? う、うん」
副団長を辞任するという意思はまだヒースクリフしか知らない。正式決定も発表もまだ。アスナは吹兎の問いに首を縦に振った。──その様子をシステム管理者権限で盗み見ている人物がいるとも知らずに。
「凄いよねアスナ。攻略がこんなに早く進んでいるのは間違いなくアスナのおかげだよ」
「え、あ、その......ありがとう」
言えない。言える訳が無い。まさに今、自分が血盟騎士団を辞めようとしていただなんて。
「組織もどんどん大きくなっていってこれから大変な事もあるかもしれないけど頑張ってね」
「(頑張ってね......頑張ってね......頑張ってね......頑張ってね............)」
吹兎の言葉がアスナの中で木霊する。
「ねえフキト君。この後予定空いてたりする?」
「特にはないけど。ヒースクリフから頼まれた事も終わったし」
吹兎の言葉を一瞬理解できなかったアスナは首を横に傾げるがそれよりも彼との会話を優先した。
「ならさ、久しぶりにちょっと一緒に街を歩かない?」
「勿論いいけど。ギルドの方は大丈夫なの?」
「うん」
そもそも吹兎はアスナの幽霊恐怖症によってパーティを解散した。空白の時間の中でアスナが考えた悪い想像は大体がフィクション。
「じゃあさ! ちょっと待っててくれない? 数分でいいから」
「分かった」
吹兎の返事に対してアスナは笑みを浮かべると彼女は超高速で回れ右し、先ほど出て行った団長室に舞い戻る。目的は──決まっている。
「団長。さっきの話、なかった事でお願いします」
──────
「(何とか上手くいったようだな)」
アスナの引き止めに成功したヒースクリフは一人残された団長室でふぅと息を吐く。
「(アスナ君には悪いが、君は彼を引き合いにすれば必ず動く)」
ヒースクリフ、いや茅場晶彦は全て知っている。アスナの恋が実る事など絶対にないという事を。
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