第一層をクリアしてから数週間が経ち、現在アインクラッドは第九層までクリアされた。やはり第一層をクリアした事での希望が大きかったのだろう。一層以降は比較的早いペースでクリアする事ができた。一層クリア時点では攻略できるレベルになかったプレイヤーも希望を持って攻略組へ、攻略組の層が厚くなった事も大きな要因だろう。
そして今作の主人公。護廷十三隊、十番隊の隊長も務める冬空吹兎はフィールドでピンチのプレイヤーがいれば連戦続きであったとしてもやはり助けに入っており、モンスターの撃破数だけは多かった。それでも経験値効率が低いモンスターが多かったため攻略組の中ではレベル、ステータスは低い。が、その圧倒的な戦闘経験を活かして最前線で戦っている。
そんな彼にとってこの数週間の間、アインクラッドで生きる上で大きな出来事が起こった。
「そう。だからこの層からモンスターの攻撃アルゴリズムが変わった気がするのよ」
「その情報ならやっぱりみんな思ってるようだね。アルゴもメッセージとか色々駆使して多くの攻略組が認識してるってこの前言ってたよ」
数週間前ではあり得ない光景。以前であればアスナと吹兎がこのような会話をするなどあり得ない。そう、吹兎は現代オタク並の機械知識を手に入れたのである。(尚、それらを教えたアスナ曰く、「もうこんな苦行はしたくない...」との事)
吹兎の機械知識がおじいちゃん並だとしても、新しい事をおじいちゃんみたいに受け入れる事ができない訳ではない。むしろ常人よりも思考は柔軟である。ただ単純に現代用語が分からなかっただけなのだ。
その用語をアスナが何の知識もないおじいちゃんに話すごとく噛み砕き、或いは別の単語に言い換えるなどして吹兎は無事に理解する事ができたのである。自分が普段から当たり前のように使う言葉、表現を別のものに置き換える事は意外に大変で苦痛らしくアスナは何度も逃げ出したくなった。しかし一度引き受けてしまった手前、彼女の強い責任感が何度も逃げ出したくなる衝動を抑えつけた。
この場には吹兎とアスナしかいなく...キリトはいない。一体なぜか? それは第一層をクリアした後に理由がある。
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第一層のボスを倒した吹兎、キリト、アスナは他のプレイヤーよりも一足早く第二層へと足を踏み入れていた。第二層の転移結晶を使えるようにして他のプレイヤーも移動できるようにするためである。
「そういえばキリトはベータテストの時に第二層にも来た事あったんだよね。どんな街だった?」
「ああ。俺が来た時は...」
第二層の街の名前はウルバス。牛がテーマとなっており主街区のレストランでは牛肉のステーキや牛乳を活かしたスイーツなどを食べる事ができる。またそうした食材だけではなくフィールドにも牛型モンスターが多く生息するステージである。牛を狩ったり食べたりする場所のため、『ヒンドゥー教徒のプレイヤーは一層に留まるべし』との注意書がシステムによって表示されたほどである。これを見たプレイヤーが
「茅場って意外に宗教に気を配ってるんだな...」
と思った事は言うまでもない。
せっかくの独占状態。人が来ない間に少し遊ぼうとも考えたが、早く多くのプレイヤーに第二層に足を踏み入れて欲しいという思いもあったため回り道する事なく最短で転移結晶へと向かった。
「じゃあ俺はここまでだ」
転移結晶をアクティベートした後、キリトはそう言う。
「え? せっかくまた会えたんだから一緒に攻略しようよ」
「いや、俺は生憎ソロプレイが性に合ってる」
吹兎の誘いをキリトは断った。彼はあまり人とうまくやる自信がなくこのデスゲームでも基本ソロプレイで挑む考えであった。それに加え、やはり彼はサービス初日の行動から吹兎に若干の罪悪感を持っていたのだ。無論クラインとは違って吹兎の場合は吹兎の方から断りを入れたのでキリトが罪悪感を抱く理由など全くないのだが...。しかし人の感情とは必ずしも理屈で動くものではない。
こうしてキリトがパーティから抜け、特段パーティを解散する理由がなかった吹兎とアスナは引き続きパーティを継続して組んでいた。パーティと言っても他のギルドのように家を共有する事はなく、朝になれば待ち合わせてモンスターを狩り、夕食をとってから解散する程度のもの。吹兎がメッセージを使いこなす事ができたために可能となった奇跡である。
この世界ではパーティメンバーが部屋は別でも同じ宿に寝泊まりする事は自然な事だ。が、吹兎がそれを拒んだのだ。アスナは単純に吹兎が恥ずかしがっていると推測してそれ以上追求しなかったが。
無論、吹兎が拒んだのはそんな理由ではない。第一層をクリアした後でも彼は高頻度で夜のフィールドに潜っている。単純に宿の必要性をあまり感じられなかったのだ。尚、この事は宿を異にするアスナが知る訳がない。この事がバレ、まるで浮気を詰められる夫のような気持ちを吹兎が味わう事になるのはもう少し後の話である。
──────
「来たねキリト」
パーティを解散したキリトと毎回顔を合わせる機会。それは...ボス攻略の時である。吹兎とアスナがフィールド探索中にボス部屋を見つけ、大規模ギルドが偵察隊を派遣し、ある程度の情報が集まったため第一層のように攻略会議が開かれた。
攻略会議を主導する2つのギルドはアインクラッドで二大ギルドと呼ばれている。第一層攻略の後団結し、キバオウをリーダーとするアインクラッド解放隊(ALS)とそれから分裂してできたリンドをリーダーとするドラゴンナイツ・ブリケード(DKB)である。
また、第一層で自らの行動に責任を感じたディアベルは現在はギルドのトップからは退き第一層に拠点をおいて初心者、中層プレイヤーの手助けをしている。これは何か自分に償える事はないかと尋ねた時に吹兎から提案されたものである。
が、レベリングを疎かにしているわけではなくボス攻略にはこうして参加している。キバオウもリンドもディアベルを尊敬しており、一種のバランサーのような役割を果たしていた。
攻略の方針が決まる。と言っても吹兎、アスナ、キリトのパーティは特に作戦もなくいつも通り遊撃を任せられただけであるが。
「行くぞ!」
吹兎も斬魄刀こそないが死覇装を纏ってボスに突撃する。
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吹兎達の活躍もあり、九層の猿のような大ボスを撃破する事に成功した。これまでボス戦で誰一人の犠牲者も出していないのは僥倖である。全体の死亡者も吹兎、ディアベルなどの活躍もあってか今では犠牲者0の日の方が多いほどである。
ついに全百層あるアインクラッドの一桁層をクリアする事に成功した。およそ十分の一の踏破に成功し、今だけはギルドの垣根を超えて皆が喜び合う。
そして今回は一層ぶりに吹兎達がラストアタックを決めたため十層のアクティベートも吹兎達が行く事になった。次はどのような舞台なのだろうと三人はワクワクする。既にこのソードアートオンラインという異常事態に完全に適応しているのだ。
「えっ...」
しかし十層に足を踏み入れた刹那、それまでのテンションは吹兎から掻き消えてしまう。
「......」
そこは西洋的な景観が続いていた今までとは一線を画すように異なり、日本家屋が立ち並び...まるで昔の日本のような光景が広がっていた。その光景は吹兎のよく知るものであった。
吹兎が属していた隊と同じ番号の第十層の名前は...ソウルソサエティ。吹兎の生まれ故郷に瓜二つなこの街が次の冒険の舞台である。
ようやく十層に到達できました。本当は十話でこれを出したかったんですが...まあ仕方ありませんね。
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