「何だァ……? てめぇ、エンバーだな……?」
アルファが口から炎を小さく吹き出しながら大勢を立て直す。
そして彼は、着地したライトニングワイバーン、そしてヘアーのことを睨みつけた。
「何でもいい! 邪魔するヤツァ全員敵だァ!」
殺意を込めた威嚇の咆哮が空気を裂く。
その衝撃に震え上がりそうになりながら、少女はヘアーの首の後ろの鱗を強く掴んだ。
しかし、先程のライトニングワイバーンが吐いた二撃の雷が効いているのか、アルファはすぐに動き出そうとしなかった。
ギリギリと歯ぎしりをしながら、ゆっくりと、目を光らせているライトニングワイバーンに距離を詰めていく。
「猿よ」
そこで、押し殺した声でライトニングワイバーンが言った。
ヘアーの背で、少女が引きつった声を上げる。
「は……はい!」
「話し合いとやらはできるのか……? このままではどちらかが確実に死ぬぞ……」
嘘を言っている声音ではなかった。
早口でかわされた言葉を聞いて、少女は息を呑んだ。
周囲には、肌を焼かんばかりの灼熱の殺意が立ち込めていた。
動いたらすぐにバラバラになってしまいそうだ。
ライトニングワイバーンの脇に進み出て、ヘアーが四肢を踏み固める。
「時間を作る……お前は絶対に儂から離れるな」
「時間を作る……? 見ろ、ヘアーよ」
ライトニングワイバーンは、円を描くようにアルファから距離を取りながら続けた。
「殺意しかない。止めるには殺すしか無いぞ」
「何をぶつくさ言ってやがる!」
アルファが、そこで雄叫びを上げた。
「来るぞ!」
考えている暇などどこにもなかった。
ライトニングワイバーンがまた雷撃を吐いたのと、アルファがいきなり頭から突っ込んできたのは同時だった。
「ぐあ……!」
ライトニングワイバーンが、一瞬で距離を詰められて懐に飛び込まれ、苦悶の声を上げる。
雷撃はアルファの体を貫いていた。
しかし、アルファは止まらなかった。
体中で雷を浴びて、それを臆さずに飛び込んできたのだ。
二頭のワイバーンが地面を転がる。
地鳴り、地響き、咆哮が絡み合う。
「ライトニング!」
ヘアーが我に返り、まさにライトニングワイバーンの喉笛に食らいつこうとしていたアルファの頭を、翼で思い切り殴り飛ばした。
巨体が地面に衝突し、また地鳴りがする。
ヘアーは大きく空気を吸い込むと、倒れたアルファに対して、豪炎を浴びせかけた。
少女が悲鳴を上げて鱗の影に隠れる。
ライトニングワイバーンが態勢を立て直し、空中に飛び上がった瞬間、また雷撃を吐いた。
砂煙と爆炎。
二頭のワイバーンによる、雷と炎の嵐の直撃を受け、アルファの巨体がよろめく。
実に二呼吸もの間、雷撃と豪炎はアルファの体を焼いた。
ライトニングワイバーンが、ヘアーとアルファの間に降り立つ。
「ぐう……」
牙を噛んだ彼の首筋から血が流れている。
先程、喉笛に噛みついたアルファの牙がかすっていたらしい。
倒れたアルファは、しばらく荒い息をしていたが、少ししてからゆっくり立ち上がった。
そして爛々と輝く目で、二頭のワイバーンと対峙する。
「……少しはできるヤツらが出てきたか」
アルファの声音が変わった。
いままでのヘラヘラした調子ではなく、はっきりと、突き刺すような熱気を帯び始める。
「なら手加減しなくてもいいなァ……?」
一歩下がり、ライトニングワイバーンが言う。
「強いぞ……どうする?」
それは、牙と牙を交えた彼らには、はっきりとわかったことだった。
アルファは、自分達より強い。
そう、ライトニングワイバーン、ヘアーの二頭の力を合わせても尚、目の前の敵の方が強い。
一瞬の判断。
それは、野生の生き物には必須の能力だった。
自分よりも強者と対峙した際、どういう行動を取るのが正解か。
答えは、「逃げる」……それも全速力でだ。
間違っても立ち向かおうとしてはいけない。
自分の身を守ること。
それが、自然で生きていく中では一番大事なことなのだ。
それゆえ、ライトニングワイバーンが数合でアルファを「自分達よりも強い」と判断し、逃走をヘアーに促したのは、何らおかしいことではなかった。
死んでしまったら全てがお仕舞いなのだ。
しかし、ヘアーは口の端を歪めて裂けんばかりに開いた。
そして空気をつんざく咆哮を上げる。
それは、にじりよっていたアルファが足を止めたほどであり。
逃走していた全てのワイバーン達が振り返るほどの大咆哮だった。
口の端から炎をちらつかせつつ、ヘアーは笑うように言った。
「どうする……? こうするに決まっておる!」
次の瞬間、ヘアーは少女を乗せたままアルファに踊りかかった。
先程の自分と同じ行動をされ、アルファの対応が一瞬遅れる。
恐怖等微塵も抱いていない様子で、ヘアーはアルファに肉薄すると腕を振り上げた。
「我が名はヘアー! クリスタルワイバーンを統べる者だ!」
ヘアーの腕が、アルファの頭を今一度強く殴りつけた。
衝撃が周囲に広がり、砂を噴き上げながら、アルファが頭から砂漠に突っ込む。
「なっ……」
驚いた声を発したアルファの眼に、ヘアーが大きく口を開くのが見えた。
一拍も置かずに、ヘアーが豪炎をアルファの顔面に浴びせかける。
「ギャアアア!」
目に炎を浴び、アルファが激痛に咆哮を上げる。
怯んだ。
そのスキを逃さず、空中からライトニングワイバーンの雷撃がアルファの背に突き刺さった。
直撃だった。
どちらの攻撃も最高のものであり。
それで、勝負はついたかと思われた。
よろめいたアルファの口から大量の血液が噴出する。
もう一撃。
ライトニングワイバーンの雷撃が彼を貫く。
アルファがよろめきながら倒れる……と、思った瞬間。
ヘアーが吹き飛ばされた。
何が起こったのか分からずに、少女が叫び声を上げ、ヘアーの背にしがみつく。
「ぐ……いかん……!」
翼で殴られて態勢を崩したヘアーに向けて、アルファは血の混じった豪炎を吐き出した。
それを避けることが出来ずに、ヘアーが足を踏み固める。
焼け死ぬ。
少女の目に、ボロボロになって倒れるヘアーの姿が浮かぶ。
駄目だ。
そんなのは嫌だ。
絶対に。
嫌だ!
気づいた時。
少女は、硬い鉱石が埋め込まれた左手を真っ直ぐに突き出していた。
考えての行動ではなかった。
無意識。
そう、無意識に行ったことだった。
炎を噴出して、血走った目をしていたアルファの眼が、驚きに見開かれる。
噴き付つけられた死の豪炎は。
ヘアーの眼前。
少女の左手の部分で、滝のように綺麗に割れていた。
彼女の腕の鉱石が、ほのかに白く光っている。
「あ……? アァ?」
怪訝そうに、血を吐き散らしながらアルファは喚いた。
「何だそいつはァ! そ、そいつは……それは……」
左手を真っすぐ伸ばしている少女。
その、自分を睨みけている目を見て、アルファは一歩後退した。
そして震え上がったかのように地面を掴んだ。
「俺は……俺は認めねェ……そんな、そんなちっぽけな生き物にィィ!」
様子がおかしいアルファの動向を見逃す訳はなかった。
二撃、三撃と、矢のように空中からライトニングワイバーンの雷撃が降り注ぐ。
うめき声を上げて、アルファが後退する。
「話を聞いて! アルファさん!」
そこで、少女のか細い声が響いた。
輝く左手を前に突き出しながら、ヘアーの背中の上で彼女は叫んだ。
「戦うことはないよ! もうやめようよ!」
「うるせェェェ!」
口からまた大量の血液を吐いて、アルファは、まるで少女が発する白い光を恐れるように怒鳴った。
「こ、こっちにくるんじゃねぇ! やめろォ! 俺は! 俺はァ!」
「どうして戦うの! 落ち着いて! もうやめよう、みんな仲良くできるはずだよ! お願い……!」
アルファは、少女を恐怖していた。
明らかに、白い光から逃げるように下がっていく。
「お前は……」
ヘアーは少しのあいだ呆然としていたが、ライトニングワイバーンが咆哮と共に降り立ったのを見て、翼をはためかせた。
「……好機であることは間違いない! 説得を続けるのだ!」
「はい!」
左手を突き出しながら、必死に少女は叫んだ。
「お願い……! 話を聞いて!」
「来るんじゃねェェエ!」
恐慌を起こして、アルファが崩れ落ちる。
ヘアーが、傷だらけの彼の上で足を振り上げ、頭を強く踏みつけた。
「ぐううおおおお!」
「ぬううう!」
起き上がろうとするアルファと、踏みつけるヘアーの力任せの衝撃が周囲に広がる。
「アルファさん!」
泣きそうになりながら、少女が悲鳴のような声を上げる。
そこで彼女は、アルファの首筋に、自分の腕に嵌まっているものと同じ様な石が埋まっていることに気がついた。
大きさは明らかにアルファのものの方が大きいが、先端が飛び出している赤い石だ。
「ヘアーさん、首!」
少女が叫ぶ。
ヘアーは口を大きく開けて、アルファの喉笛に噛みついた。
巨大なアルファエンバークリスタルワイバーンの体が跳ねる。
そのまま、二つの影はもつれあって止まった。
一拍。
二拍。
不意に、周囲に充満していた殺気が膨れ上がって破裂した。
熱気と砂に覆われた空気が炸裂し、周囲に散る。
そして、アルファの巨体は、地面に崩れ落ちた。