アルファが倒れた。
それは一目瞭然のことであり。
そしてそれは、対峙していたヘアー、ライトニングワイバーンの二頭の勝利を意味していた。
白目を剥いて崩れ落ちたアルファの首元から口を離し、ヘアーは天に向かって咆哮した。
いつしか、散り散りに逃げていたワイバーン達が集まってきていた。
砂漠を多数のワイバーンが埋め尽くす。
ヘアーの咆哮に呼ばれるように。
アルファという脅威を伏した彼の力の前に、皆ひれ伏すように。
ライトニングワイバーンが足を進める。
彼はヘアーの脇に立つと、体から白い煙をあげているアルファを見下ろした。
そしてくぐもった声で小さく言う。
「……殺せ」
弾かれたように少女は顔を上げた。
しかし言葉を発しあぐねている彼女を横目で見てから、彼は続けた。
「ヘアーよ、殺すのだ。結局は言葉ではなく、力でねじ伏せた。お前の、我らの勝利だ」
「そんな……」
少女はやっと、しゃっくりのような声を上げた。
そして喉を引きつらせながら言う。
「そんなの駄目……駄目だよ……」
「ならどうしろと言うのだ」
ライトニングワイバーンが重苦しく続けた。
「お前は、この凶暴なワイバーンを生かして、これからまた何も起こらないと、そう言うのか? 証明できるのか? それを、ここで我らを見ている全てのワイバーンに」
そんなことは。
そんなことは……。
できない。
少女はそれを自覚して、口を閉ざした。
それほど、自分達を見つめるワイバーンのおびただしい数の目は語っていた。
『殺せ』
と。
その敵を殺すのだ。
とどめを刺すのだ。
すべての目がそう言っていた。
ヘアーが息を吸い込んで、四肢を踏み固める。
少女は転がるようにヘアーの背から地面に降りると、アルファと彼の間に割って入った。
そして両手を広げる。
「駄目……駄目だよヘアーさん!」
「どけ。もはや説得の余地はない。その者は敗者として焼かねばならん」
「そんな……ヘアーさんはそんなことを望んでない! そうでしょ? ヘアーさん!」
ヘアーは少女を青く輝く目で見下ろした。
そして、静かに言った。
「どくのだ。お前は良くやった。だが、これが自然の摂理だ」
「…………」
「敗者は強者に破れて命を落とす。落とさねばならない。そうでなければ、誰が納得するというのだ。だから、儂は殺らねばならん。其奴を、我が手にかけねばならん。力で斃したのならば、もう逃れる方法はない」
アルファに殺された、沢山のブラッドクリスタルワイバーン達。
そして、被害を受けたトロピカルクリスタルワイバーンの一族。
砂漠に住むすべての者達。
アルファの力に恐怖し、戦い、逃げて来た者達。
そうだ。
私は、説得出来なかった。
力でねじ伏せただけだ。
それは説得ではない。
暴力だ。
少女はその事実に気が付き、両手を下ろした。
彼女の大きな目から涙がボロボロとこぼれ落ちる。
彼女は泣きじゃくりながら、掠れた声で言った。
「それでも……私は、私は、ヘアーさんにこの人を殺してほしくないよ……」
「……どけェ……」
そこで背後からくぐもったうめき声がして、少女は慌てて振り返った。
アルファが白目を剥きながら、血反吐とともに言葉を絞り出す。
「こんなチビザルにかばわれるほど……俺ァ落ちぶれちゃいねェ……」
「…………」
アルファは、まだ殺気を発していた。
その淀んだ空気に、少女がヘアーの方によろめいて数歩下がる。
「クソがよ……折角、強くなれたと……思ったのによ……」
「アルファさん……」
少女が震える声で彼を呼ぶ。
アルファは自嘲気味に笑うと、少女に向かって言った。
「誰も助けちゃァくれなかった……誰もいなかった……なら、自分が強くなるしかねェ……だから俺ァ……」
「…………」
「殺れよ……てめぇらの勝ちだ……」
動くことも出来ない、傷ついたワイバーン。
ヘアーは、しばしの間その姿を、深い悲しみをたたえた目で見つめていた。
やがて彼は、大きく息を吸い……。
◇
アルファは、エンバークリスタルワイバーン、ヘアーの手によって斃された。
その知らせはワイバーンの谷中を駆け巡った。
自分達を脅かす敵がいなくなった。
家族を失ったブラッドクリスタルワイバーン達は、悲しみ、苦しみの中生きていく。
そして、新たな生命が生まれていく。
ヘアーの巣の中で、少女はメジョベリーを齧りながら空を見ていた。
朝焼けの陽が昇るところだった。
「……こんなに早く起きて、大丈夫か?」
そこで、少女の脇で座っていたヘアーが言った。
少女はヘアーを見上げて、小さく笑った。
「うん。ここから見える太陽、すごく綺麗で」
「そうだな……」
砂漠の方角から、太陽が昇ってくる。
「自然は残酷だが、美しい。不思議なものよ」
「ヘアーさん、私、アルファさんを説得できなかった」
少女は、自分の足を体に引き寄せて、膝に顔を埋めた。
「私は、何も出来なかった」
「お前は、立派に儂を救ってくれたではないか」
ヘアーはそう言って、少女の顔の前に鼻先を持ってきた。
「お前がアルファの炎を割ってくれなかったら、儂は危なかった。感謝している」
「感謝だなんて……それに、あの時は無我夢中で……」
左手の灰色の鉱石を見る。
手を振ってみるが、あの時のような輝きを発することはなかった。
何なのだろう。
これは。
そう思った時、ヘアーが言った。
「あの時、アルファの首にも、お前の手にあるような石を見た」
「うん……」
「おそらくこれが、アルファの異常な力の正体だ」
ヘアーは何度か咳をして、喉の奥から、少女が一抱えするほどの石を吐き出した。
それは緑色に輝いており、所々が飛び出して刺々しい見た目になっている。
そして、地面に当たる……と言う瞬間に、重力に逆らってふわりと浮いた。
「え……?」
目を丸くしてそれを見る。
「これは……?」
小さく呟き、指先でつついてみる。
不思議なその石は、緑色の光を内側から放っているようだった。
「アルファの首にあった石の中から出てきたものだ」
「何だろう……何か、懐かしいような……」
少女は光る石を撫でて微笑んだ。
「…………」
そんな少女の様子を見下ろし、ヘアーは重く言った。
「アーティファクト……」
顔を上げた少女に、彼は続けた。
「我々はそう呼んでいる」
「アーティファクト……? それって?」
「どこから現れたのかは分からない。誰が掘り出したのかも分からない。ずっと前から存在していたとも言われる。それは、生き物に力を与えるそうだ」
「じゃあ、これがアルファさんを……」
「そうだと考えてもいいだろうな」
ヘアーはそう言ってから、また緑色のアーティファクトを飲み込んだ。
「あ……」
「これは、誰も見つけられぬところに捨てよう。その時まで、儂が預かっておく」
「……うん!」
頷いた少女に、彼は小さく笑って言った。
「はは……変な奴よ」
「そう……かな?」
「だが、嫌いではない」
彼が言葉を続けようとして、息を止める。
不思議そうに彼を見上げた少女に、ヘアーは
「しっ……」
と小さくそれを打ち消して止めた。
ヘアーが温めていた卵が揺れていた。
内側から。
「これって……もしかして……!」
「ああ。やっと産まれるか……!」
固唾を呑んで見守る二人の前で、卵は内側からつつかれ、少しずつヒビを広げていた。
そして少しして少女と同じくらいの大きさの、小さな黒いワイバーンが顔をのぞかせる。
ちょうど目が合ってしまい、少女はびっくりした顔のままその小さなワイバーンを見た。
丸い目が丸い目を見つめる。
そして、小さなワイバーンは首を傾げて少女に小さく鳴いた。