目覚めたらそこはワイバーンの巣でした   作:天寧霧佳

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002 トロオドン 1

夜は、思いのほか寒かった。

ヘアーの巣の中で、彼の翼と体の間に入る。

ためらわれたが、促されて座ってみると暖かかった。

 

「このあたりは寒暖差が激しい。お前のように肌を剥き出しにしていれば、途端に死んでしまうぞ」

 

頭の上からヘアーに言われ、少女は膝を抱えて俯いた。

 

「私は、どうしてここに……」

「さてな。嘘をついている訳ではなさそうだが……その体でここまで登って来れるとも思えん。何者かに落とされたのかもしれん」

「何者か……?」

「知らぬ。だが、そうとしか解釈がつかぬではないか」

 

ヘアーはそう言って、周囲をふわふわとたゆたう蛍に目をやった。

黒塗りにされたかのように広がる夜闇に、蛍が舞っている。

その幻想的な光景を目に、少女は小さな声で言った。

 

「そう……ですね」

「だが、どうするのだ。儂以外のワイバーンは、お前のような奇妙な者をよく思わない奴らも多い。ましてやここは、ワイバーン族のテリトリーだ。即座に焼き殺されてもおかしくはない」

 

脅しのようには聞こえなかった。

唾を飲み込んだ少女に、ヘアーは続けた。

 

「運が良かったな」

「ありがとう……」

「記憶を無くしているのか……頭などは痛くないのか?」

「全然痛くないです。でも……」

 

グゥ、と少女のお腹が鳴る。

腹を押さえててから、彼女は言った。

 

「ちょっと、お腹が空いたかも……」

「赤子のようだな。自分で採って来れば良いだろう」

「採ってくればって……でも……」

「普段は何を食しているのだ?」

「普段……うーん……」

「まさかそれも忘れてしまっているのか?」

「…………」

 

考え込んで、暫くしてから頷く。

 

「……そうみたい」

「何と……」

 

流石に困った様子で、ヘアーは巣の脇を見た。

 

「儂らの様に水晶を食しているようにも見えん」

 

巣の隅には、山積みに、虹色に煌めく水晶が置いてあった。

 

「綺麗……あれは何?」

「儂らワイバーン族が体内でつくりだす、プライマルクリスタルという水晶だ。普通の水晶より柔らかく、赤子に与えるものだ」

「食べられるかな……」

「どうだかな」

 

立ち上がり、ヘアーの体を抜け出してプライマルクリスタルに近づく。

そして小さな欠片を手に取った。

夜だというのにキラキラと発光している。

 

意を決して口に入れる。

ガリリッと歯が鳴った。

慌てて口から吐き出した彼女を、呆れたようにヘアーは見た。

 

「やめておけ。その様子だと、ベリーあたりが妥当なところだろうな」

「ベリー?」

「少し下の方にメジョベリーが茂っている筈だ。空腹が強いようだな。寒さを我慢できるなら連れて行ってやろう」

 

お腹を押さえて、少女は頷いた。

 

 

ヘアーに言われたように、彼の背によじ登り、背中の鱗にしがみつく。

不安で仕方なかったが、彼はゆっくりと輝く飛膜を広げ、上下に振った。

空気が周囲に巻き散らかされ、巨体が浮く。

 

「きゃ……」

 

小さく悲鳴を上げた少女を乗せて、ヘアーは一瞬で上空に飛び上がった。

輝く月。

蛍。

すべてが夜空の下で輝いていた。

 

少し離れた眼下には、巨大な青い水晶が見える。

転々と水晶が地面から生えて点在していた。

様々な色をしていて、まるで宝石のようだ。

 

ヘアーはゆっくりと崖から海沿いの方に下降すると、茂みのある森の中に降り立った。

そして地面を踏み、体を下げる。

 

「……まだ乗っているか?」

 

問いかけられ、少女は飛び出しそうに脈動する心臓を呼吸で落ち着かせ、答えた。

 

「は……はい」

「そうか。ゆっくりと降りるが良い」

「分かりました」

 

鱗をはしごのようにして地面に降りる。

ふらついてからしっかりと立った少女を、心配そうにヘアーは見ていた。

 

「ベリーはそのあたりの茂みによく生えている筈だ。自分で採ってくるが良い」

「ありがとう……!」

「儂からは離れるでないぞ。夜はお前のような動物には危険だ」

「はい……!」

 

しかし、お腹が空いていた。

指示されたように、ヘアーの脇の茂みを手で探る。

紫色の果実が鈴なりに実っていた。

食べられるのかな……?

そう不安になったが、柑橘系の美味しそうな匂いに負けて口に入れる。

甘酸っぱい芳醇な香りが口の中いっぱいに広がった。

 

「おいしい……!」

「ここのメジョベリーは、地脈の影響もあり大きい。儂は好きではないが、美味いらしいな」

「いくらでも食べられる!」

「沢山あるだろう。急ぐでない」

 

メジョベリーを口に運んでいる少女を、ヘアーは複雑な表情で見下ろしていた。

その目は、どこか悲しみを持っていた。

 

 

少女がお腹をさすって、ヘアーの足元に座り込む。

 

「お腹いっぱい……」

「満足したか?」

「はい。ありがとう、ヘアーさん!」

 

笑顔を向けられ、ヘアーは戸惑ったように視線をそらした。

 

「い、いや……満足したのなら良い」

「……?」

「念のため、少し採っておくと良い。仕方がない。儂の巣に戻るぞ」

「うん……!」

 

頷いた少女を見て、そしてヘアーは、彼女の後ろの茂みが小さく揺れていることに気がついた。

彼が、息をついて口を開く。

 

「何をしている?」

「え?」

「お前ではない。後ろの小心者に言うたのだ」

 

ガサッ、と少女の後ろの茂みが揺れた。

少女が悲鳴を上げて、ヘアーの足にしがみつく。

そこで、キンキン響く高い男性の声がした。

 

「ちょ、ちょ、ちょ、待ってくださせえ! ここらはあっしらのナワバリですぜ。入ってきたのは旦那の方だ!」

「別にお前らに許可を取るせんもない」

「め、滅相もない! 分かりやした。出ていきますから、怒らないでくだせえ!」

 

茂みからちょこん、と頭が丸く、体が細い、黒色の肉食獣が出てきた。

小さな両腕を神経質そうに動かしている。

挙動不審になっているようで、落ち着きなく足踏みもしていた。

 

「トロオドンだな」

「何て夜だ! 小腹が減って狩りに出てきたら、よりにもよってワイバーン! しかもヘアー様と来たもんだ!」

「…………」

「な、何でしょう旦那……? 何かあっしらがしましたでしょうか……?」

 

不安げに言われ、ヘアーは息をついて首を振った。

 

「そうではない。別にお前らに用は何もない」

「へ?」

「メジョベリーを採りに来ただけだ。すぐにここを去ろう」

「え……? はぁ、そうですか。旦那がメジョベリー好きだったとは……」

「儂ではない。そこの者の食事をな」

「そこの者って……そうそう!」

 

トロオドンはキンキン声で言った。

 

「何でこのギガントピテクスはつるっつるなんでしょう! 小さいし細い! 病気ですかね?」

 

興味津々に言葉を投げつけられ、少女は完全に萎縮してヘアーを見上げた。

翼竜は困ったように少女を見てから、トロオドンに視線を戻した。

 

「ギガントピテクスのように見えるが、どうも違うようだ。あまりにも弱すぎる」

「どこで拾ったんで?」

「さぁな……」

 

ヘアーは息をついてから、トロオドンに続けた。

 

「ついでだ。お前に問う。この者の所在を知りたい。仲間を集めてはくれぬか?」

「所在って?」

「何も覚えていないようなのだ。儂も困っておる」

「へえ……? ま……まぁ、旦那がそう言うなら、家内達を連れてきますわ」

 

素直にヘアーの言うことを聞き、トロオドンは闇の中に消えた。

少女が不安そうにヘアーを見上げて言った。

 

「あの……あれは……」

「トロオドンだ。小さいが、この一帯を仕切っている。あいつの仲間が、お前のことを知っているかもしれんと思ってな」

 

ヘアーは小さく喉を鳴らした。

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