茂みからワラワラとトロオドンが出てくる。
少女はその様子に完全に萎縮しながら、ヘアーの足の後ろに隠れた。
ヘアーは、集まったトロオドン族達を見回して、進み出た先程の一頭に目をやった。
「すまんな。儂の我儘につきあわせてしまって」
「いやいや! ヘアーの旦那の号令となれば、あっしらはいつでも駆けつけますぜぇ!」
仲間が集まったからか、威勢よく彼は言って後ろを見た。
「ってことだ! 何か知ってる野郎はいるか?」
しかしトロオドン達は、皆、一様に真っ赤な目で不思議そうに少女を見るばかりだった。
少しして、言いにくそうな様子を醸し出しながら、一頭が前に出る。
「あんた、悪いけどあたしらもそいつが何なのか分からんよ。分からんものは答えようがないねえ」
どうやら、リーダーの妻のようだ。
リーダートロオドンは苛立った様子で足踏みをしてキンキン声を出した。
「お前! 何とか思い出してくれよ! あっしの面目もあるだろう!」
「面目ったって、最初から無いものは無くしようがないじゃないか」
「そんな言い方!」
「リ、リーダー?」
別の一頭が口を開く。
「毛が抜けたギガントピテクスの子供じゃねえですかね? 病気か何かで……」
「それだ!」
リーダーは頷いて、自信満々にヘアーを見上げた。
「てことで! 毛が抜けたギガントピテクスの子供じゃねえですかね?」
「…………」
ヘアーは呆れたように彼を見てから、少女に目を落とした。
どう見ても納得はいかないようだった。
彼のその態度を見て、リーダートロオドンは慌てて後ろを向いた。
「ち、違うってよ! てめえら考えろ! 何かあるだろ!」
「アニキ、つっても知らないもんは何も……」
「うるせぇ! 嘘でもいいから絞り出すんだよ!」
「あんた、そんなヘアー様の前で……」
「ああもう!」
地団駄を踏んだリーダーを見て、ヘアーは口を開きかけた。
そこで、後ろから別のトロオドンが進み出た。
「アニキ、オレらでわかんねぇなら、別のヤツに聞けばいいじゃねえか」
「それだ! 冴えてるなてめえ!」
「でも聞くって言ったって誰によ?」
リーダーの妻が言うと、また別のトロオドンが言った。
「そりゃあまぁ、ギガントピテクスのことはギガントピテクスに聞けばいいんじゃね?」
「だなぁ」
「うんうん」
周りのトロオドン達も頷く。
リーダーは少し考えてから、ヘアーの方を向いて小さく伺うように言った。
「……ってことで、レッドウッドのギガントピテクス達に聞くってのはどうですかね?」
「そうか。いや、騒がせてしまってすまなかったな。これは礼だ」
ヘアーはそう言うと、小さく咳き込んで喉の奥から大粒のプライマルクリスタルを数個吐き出した。
「何だって!」
トロオドン達が色めき立つ。
ざわざわしている彼らを後目に、ヘアーは少女に言った。
「戻るぞ。背中に乗れ」
「う……うん」
戸惑って頷いた彼女を、そこでリーダーの妻トロオドンが見た。
そして、あ! と驚いた顔をする。
真ん丸な赤い目に見つめられ、少女は肩をすぼめた。
妻トロオドンが、おずおずとヘアーに言う。
「あ……うろ覚えでもいいですかねえ……?」
「助かる。何でも良いから知っていることを話してくれ」
ヘアーが頷いたのを確認して、彼女は続けた。
「前にレッドウッドから来たギガントピテクスが言ってたような……毛がない仲間みたいなのがそこらへんをうろついてて、あいつら、結構な騒ぎになったそうですよ」
「何と」
やっとでてきた有力そうな情報に、ヘアーは頭をもたげて彼女に聞いた。
「いつ頃の話だ?」
「ええっと……月が沢山のぼったあたりですかねえ……」
「随分前なのか?」
「あたしらの子供が大きくなる前ですかね」
「成る程な」
ヘアーは少し考え込んでから、トロオドン達を見回した。
「ありがとう。それを聞けただけでもよかったとしよう」
「へえ。そんなんで良ければ」
妻トロオドンが頭を下げて下がる。
背中に少女が乗ったのを確認して、ヘアーは翼を広げ、空に飛び上がった。
◇
巣に戻った時には、空が白みかけていた。
もうすぐ夜明けだ。
ヘアーの翼に、卵と一緒に護られながら、少女は不安げに呟いた。
「どうすればいいのかな……」
「…………」
ヘアーは少し沈黙してから、彼女に言った。
「トロオドン達は、頭は悪いが嘘はつかぬ。おそらく、ギガントピテクス達がお前のような者を見たという噂をしていたのは、本当のことだろう」
「その、ギガントピテクスって何?」
「お前によく似ている種族だ。しかし……」
ヘアーは軽く首を傾げて続けた。
「似ているが、全く違う」
「……そうなの?」
「ああ。儂の見立てだが、お前はギガントピテクスではない。その、前に言っていた『ニンゲン』とは何だ?」
「何? 何って……人間は人間……」
問いかけの意味が分からず、少女は狼狽して口をつぐんだ。
「ニンゲンと言われてもな。そんな種族はとんと聞いたことがない」
「…………」
「いろいろと分からぬことが多いが、仕方がない。儂が見つけてしまった縁もある……お前をレッドウッドに連れて行ってやろう」
「レッドウッド?」
「ここからはだいぶ遠いな。長旅になる」
「そうなんだ……」
「だが、すぐには発てん」
「……?」
「その子を、無事に孵さねばならん」
そこで彼女は、少し離れた脇でゆらゆらと熱気を発している卵に目をやった。
「これって、ワイバーンの……」
「そうだ。卵だ。もうじき産まれるだろう」
「もしかして、ヘアーさんの子供?」
問いかけられ、ヘアーは少し表情を昏くして、視線を空に向けた。
真っ赤な太陽が水平線の向こうから昇ってくるところだった。
「……この子の母は、ワイバーン同士の争いに巻き込まれて死んだ」
「えっ?」
「父親もだいぶ前に死んでおる。だから、儂が護っておるのだ」
「ワイバーン同士の争いって……」
「おかしいことではない」
ヘアーは、しかし少女の疑問を穏やかに否定した。
そして静かに続ける。
「テリトリー間の抗争、水場での争い、獲物の取り合い……この世界ではよくある話よ。儂らワイバーン族とて例外ではない。争い、争われあって命は流れていくのだ。何ら不思議なことではない」
「…………」
小言葉を発しかけた少女だったが、彼女はヘアーの真っ青な目を見て口をつぐんだ。
その目に、深い悲しみが宿っているのを読み取ったからだった。
どこか憂いを含んだ目は、太陽をまっすぐ見ていた。
水平線の向こうから光の煌きが広がっていく。
辺りが真っ白に輝き始めた。
「それが、この世界なのだ」
朝がやってきた。
鳥の声なのか、何かが鳴く声が周囲に広がる。
少女は、採ってきていたメジョベリーを口に入れた。
彼女は、そこで水平線を見て手の動きを止めた。
何かが段々空を飛んで接近してくるのが見えたからだった。
水色に輝く飛膜が光を反射している。
最初は遠すぎて虫かな……? と思ったくらいだったそれは、ものの数秒でヘアーの巣に急接近した。
ヘアーより少し小さいくらいだったが、巨大だった。
白銀に輝く鱗のワイバーンだ。
それは、熱い息を吐きながらヘアーの巣の端に着地した。
重低音と共に周りが揺れる。
足音を立てながら近づいてきたそれを見て、ヘアーは口を開いた。
「早いな」
「ヘアー様、少しお休みになってください」
穏やかな女性の声だった。
彼女は咎めるようにヘアーに続けた。
「……親が死んだ卵でしょう? あなた様がそこまでして護るものではありません」
「…………」
「子が淘汰されるのも自然の摂理です。何より、お眠りになっていない筈です。あなた様の優しさが、ご自身を傷つけていらっしゃる」
寝ていない。
それを聞いて、足の裏に隠れていた少女は、弾かれたようにヘアーを見上げた。
ヘアーは白銀のワイバーンに言った。
「良いのだ。子を護る親は、卵が孵るまで睡眠をとらないのが、儂らワイバーン一族の掟。寝ずに護ることこそが愛なのだ」
「あなた様の子供ではない筈……!」
「違う」
ヘアーはそう言って、静かに続けた。
「お前も、他のワイバーンも。この世界に生きるクリスタルワイバーンのすべてが、儂の子供なのだ。親が子を護ること。そこには何ら間違いはない」
彼の穏やかな断言に、白銀のワイバーンは黙り込んだ。
そしてその目が、ヘアーの足元で小さくなっている少女に向いた。