目覚めたらそこはワイバーンの巣でした   作:天寧霧佳

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004 ブラッドクリスタルワイバーン 1

「…………?」

 

不思議そうに自分を見下ろした白銀のクリスタルワイバーンの視線を受けて、少女はバツが悪そうに後ずさった。

白ワイバーンがヘアーを見る。

 

「ヘアー様。そこな者は『何』でしょう……?」

「さてな……」

 

ヘアーは息をついて彼女の方に顔を上げた。

 

「いつの間にか儂の巣に入り込んでいた、奇妙な生き物だ。言葉は話せるようだが、何も覚えていないらしい」

「ふむ……?」

「先程、ここのトロオドン一族から、レッドウッドのギガントピテクス達が何か知っているかもしれない、と教えてもらってな。一段落したら、レッドウッドに連れて行ってやるつもりだ」

「ギガントピテクス……の、ようにも見えますが。やけに毛がないですね」

「ああ」

 

話している二頭の巨竜を見上げて、少女は卵の方に下がっていった。

白いワイバーンがいつ激高するか分からない。

でも逃げ場はどこにもない。

ここは崖のド真ん中なのだ。

怯えている様子の少女を見て、しかし白ワイバーンは軽く笑うように喉を鳴らした。

 

「そう構えるものではありませんよ。そなたからは邪気を感じない。すなわち安全だということです。私は、そなたを傷つけない」

 

それを聞いて、少女は少し安心してヘアーの足の隙間から、彼女を見上げた。

白い鱗が銀光りして空中に光を撒き散らしていた。

頭に透き通ったクリスタルが生えている。

 

「私は、少し先の小島を管轄しているトロピカルクリスタルワイバーンです。ヘアー様の巣に、どうやって入り込んだのですか?」

 

穏やかに問いかけられ、少女は首を振って答えた。

 

「分からない……覚えていないんです」

「覚えていないとは? ここまで上がってきたのでしょう?」

「目が覚めたらここにいて……」

「そんな馬鹿な話があるものですか。翼も飛膜もない者がこんな高さに登れる筈など……」

 

困惑している白ワイバーンに、ヘアーは言った。

 

「分からぬが、本当に覚えていない様子だ。何者かにイタズラされてしまったのかとは思うが」

「不憫な……そんなよこしまなことをする者がいるのですね」

 

白ワイバーンは鼻を鳴らした。

そして少女を見る。

 

「レッドウッドは遠く向こうです。そこから来たとも思えませんが……」

「そうだな……」

 

ヘアーは頷いて、少女を見下ろした。

 

「まだ、思い出すことは何もないか?」

「うーん……」

 

少女は考え込んだが、息をついて申し訳無さそうに二頭を見上げた。

 

「ごめんなさい。本当に何も覚えていないの」

「そうか……」

 

ヘアーを見て、白ワイバーンが言う。

 

「ヘアー様。本当にレッドウッドまでの長旅をなさるおつもりですか……?」

「ああ。しかしその前に解決しなければならない問題も多い。今日明日で発つ訳にはいかんな……」

 

そこまでヘアーが言った時だった。

空気を切り裂く咆哮が辺りに響き渡った。

少女が悲鳴を上げて、ヘアーの足にしがみつく。

白ワイバーンが苦虫を噛み潰したような声で言った。

 

「またあいつ……!」

「…………」

 

口をつぐんだヘアーが向いた方向に目をやる。

先程咆哮が飛んできた空に、ワイバーンの姿が見えた。

それは白ワイバーンよりも速く、そして力強くヘアーの巣に急接近した。

重低音を立てて、その赤い体が巣を踏みしめて着地する。

 

喉を鳴らしているそのワイバーンは、赤と黒の鱗を輝かせたクリスタルワイバーンだった。

真っ赤な血の様な目が、太陽の光を反射して煌めいている。

頭から飛び出した水晶を揺らしながら、それは野太い男性の声を発した。

 

「貴様、何故ヘアー様の巣に居る?」

 

白ワイバーンを睨みつけた彼を、ヘアーは諫めるように言った。

 

「この辺りは鳥達の安住の地でもある。無闇に周りを怖がらせるものではない」

「ヘアー様……! 砂漠のアルファ達が幅を利かせてるってのに、呑気に卵護りかよ! あんたもあんただ。いい加減力を貸してくれ!」

 

赤ワイバーンは呻くように言った。

 

「昨日もウチの若い衆が一頭殺られた。何故報復しない!」

 

また赤ワイバーンが咆哮した。

周囲の空気がビリビリと揺れ、少女の肌に痛いくらいの彼の「怒り」が伝わってきた。

そこでヘアーと赤ワイバーンの間に、白ワイバーンが割って入った。

 

「ブラッドクリスタルワイバーンの問題は、ブラッド一族の間で片付けるということで、我らの考えは一致したはずです。アルファに抗争をかけたのは、そもそもあなた方ではないですか」

「黙れ! トロピカル一族の姫ごときにワイバーンの掟を説かれる道理はない! 小娘は引っ込んでいろ!」

「何ですって……!」

 

侮辱を受け、白ワイバーンが足を踏み固める。

 

「今この場で決闘をしてもいいのですよ」

「面白い。血肉に変えてやる!」

 

随分と血の気が多いワイバーンだ。

完全に怯えている少女を足と羽の裏で隠し、ヘアーは穏やかに言った。

 

「前にも言った通りだ。砂漠のアルファワイバーンと最初に抗争を起こしたのは、お前達ブラッド一族である。クリスタルワイバーン全体でお前達に協力をすることはできん」

「何を言っているんだ!」

 

赤ワイバーンが、口からモヤのような煙を出しながら怒鳴った。

 

「仲間が殺られている! 今更ここで引き返せるか! ヘアー様、あんたが出てくれさえすれば、アルファを殺れる。俺達に力を貸してくれ!」

「ならぬ」

「何故だ!」

 

怒鳴った赤ワイバーンの声が崖に反響する。

ヘアーは息を吸ってから、そっと彼に言った。

 

「若いワイバーンが死んでいるのは知っている……悲しいことだ。しかし、それは生存競争の螺旋に巻き込まれた果てのこと。強い者が生き残り、弱い者が死ぬのは自然の摂理。それは、誰よりもお前が一番知っている筈だ」

「…………ッ」

 

歯ぎしりするように喉を鳴らし、赤ワイバーンは巣を踏みしめた。

そして白ワイバーンを睨みつける。

 

「俺達ブラッドは、臆病で保守的なトロピカルとは違う。『逃げ出した』貴様らとは違うのだ。必ずアルファは追い詰め、なぶり殺しにして報復を与える」

「逃げ出した……ですって?」

 

白ワイバーンは高い声を張り上げた。

 

「私達までもがアルファの被害を受けているんですよ! 他ならぬブラッド! あなた達のせいです!」

「殺られたのは貴様らが弱いせいだ! 弱者はもういい!」

「言わせておけば!」

「やめぬか」

 

ヘアーがそこで、重く静かな言葉を発した。

その一言は小さかったが、崖中にその声は響き渡った。

思わず、二頭のワイバーンが言葉を止めた程、その言葉は重く、力強かった。

 

そこで少女ははじめて、ヘヤーの巣がおびただしい数のワイバーンに囲まれていることに気がついた。

色は様々だが、全員一様に口から赤いモヤのようなものを発している。

ブラッドクリスタルワイバーンの一族を率いた赤ワイバーンは、背を伸ばしてヘアーを見た。

 

「今日。太陽が中天に入った時、俺達は一族全員でアルファに仕掛ける」

「……死ぬぞ。それも普通の死ではない」

「…………」

 

ヘアーは赤ワイバーンをまっすぐに見て、言った。

 

「全滅だ。アルファには勝てん」

 

周囲のブラッドクリスタルワイバーン達が、一斉に怒りの咆哮を上げた。

空気が裂ける様に揺れ、周囲が怒りに包まれる。

それはブラッド一族の怒り。

憎悪の波だった。

 

さすがに圧倒され、白ワイバーンも口をつぐむ。

しかしヘアーは、依然こつ然とした姿勢で赤ワイバーンに言った。

 

「お前達では、アルファには勝てない」

「……分かっている」

 

赤ワイバーンは押し殺した声を発した。

 

「だが、たとえ最後の一頭になってでも! アルファの喉笛を絶対に食い破る! それが俺達の覚悟だ!」

 

周囲のワイバーン達が、赤ワイバーンの言葉を聞いて沸いた。

それは戦いの狼煙。

戦の叫びだった。

ヘアーは息をついて体を丸めた。

 

「話はそれで終わりか?」

「…………」

「……去るがいい。儂はここを動かぬ」

 

赤ワイバーンは、しばらくの間ヘアーを見ていた。

その目がどこか深い悲しみをたたえている。

彼はしばらくして背中を向けた。

 

「あんたは絶対に来る。俺は信じている」

 

赤ワイバーンが空に飛び上がる。

そして、崖にとまっていたワイバーン達が次々に空中に消えていった。

ヘアーはそれを見上げて、深い溜め息をついた。

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