「ヘアー様! ブラッド一族が……」
白ワイバーンが狼狽した声で言う。
しかしヘアーは、ブラッドクリスタルワイバーン達が全員空の向こうに消えていくのを、悲しそうな目で見て黙り込んでいた。
やがて彼は、ゆっくりと巣に座り込んだ。
少女は尻もちをついた。
そして、小さな声で言う。
「い、今のは……」
「ブラッドクリスタルワイバーン達だ。仲間を殺され、殺気立っている」
「他にもワイバーンの種族って、沢山いるの?」
問いかけた彼女を、ヘアーは見下ろした。
「ああ。そして、その他の生き物もな」
「さっきのワイバーンさんの仲間を殺したのは……?」
「…………」
黙り込んだヘアーに代わり、白ワイバーンが口を開く。
「砂漠のエンバークリスタルワイバーン……私達が『アルファ』と呼んでいる者です」
「アルファ?」
「その者は殺戮を愉しみとする、とても邪悪な存在です。長い年月の間に、繰り返しどこかで産まれるのです」
「邪悪な……」
少女は怯えた顔でヘアーを見た。
「強いの……?」
「……うむ。とても、な」
「ブラッド一族で太刀打ちできる相手ではありません。あの数では全滅してしまう……」
白ワイバーンは、ヘアーを見た。
そして訴えかけるように声を絞り出す。
「ヘアー様……私達トロピカル一族も、戦いに……」
「ならぬ」
「しかしこのままでは……」
「お前達まで全滅しては、誰が島を護るというのだ。それに、これはブラッド一族が始めた戦いだ。始末をつけるのはブラッドであるべきなのだ。それが、勝利であれ敗北であれ……な」
「私は……」
白ワイバーンは俯いて言った。
「それでも私は、まだ納得ができないのです」
「…………」
「アルファの脅威は、我が一族にも代々語り継がれています。『抗ってはならぬ。流れに身を任せよ』……そう、私も母から教わりました」
「すべては自然の流転にある。敵が強ければ強い程、弱い者は淘汰されるべきなのだ」
「しかし……!」
「ブラッド一族が負けたとして、それはブラッド一族の弱さの問題だ。他のワイバーンまで、被害を受ける必要はどこにもない。何より……」
「…………」
「アルファは、近づかない限り動かぬのだ。儂と同じよ。砂漠に近づかねばいいだけのこと」
言い切ったヘアーに、白ワイバーンは歯を噛んで言った。
「ヘアー様、それでも……」
「…………」
「あなた様は、参戦なさるおつもりですね」
「…………」
答えを返さなかったヘアーに、彼女は続けた。
「優しいあなた様のこと。絶対に向かわれることと思います。しかし……!」
「……話は終わりだ。日常に戻るが良い」
白ワイバーンの言葉を切ったヘアーに、そこで少女が言った。
「ヘアーさん……?」
「何だ?」
口を挟んできた彼女に、怪訝そうに彼が答える。
少女はおずおずと続けた。
「その、アルファさんっていうのはどうして襲ってくるの?」
意外な問いかけだったらしく、二頭のワイバーンが考え込む。
ヘアーが少ししてから答えた。
「……さてな。アルファには言葉が通じん。産まれた時から殺戮のことしか考えておらぬ。邪悪の塊なのだ。そこには理由など無いのかもしれんな」
「話し合うことはできないの?」
少女が言う。
そんな事は考えたことがなかったようだった。
ヘアーも、白ワイバーンもきょとんとして彼女を見下ろした。
しばらくして白ワイバーンが言った。
「……話し合う? とは?」
「だって、何の理由もなく戦うのは変だよ。襲ってくるのにも理由がある筈だよ。だったらまず、話し合わなきゃ」
「ですから、アルファには言葉が通じないと……」
「……ふむ」
ヘアーが息をついた。
そして白ワイバーンを見る。
「成る程。儂も考えたことはなかったな。アルファと話し合うなど。なかなかに一興かもしれん」
「ヘアー様……!」
「お前は、アルファのことは伝え聞いているだけで見たことはないだろう。儂は過去、何頭か奴らを屠ったが、一様に言葉は通じない様子ではあった。だが……」
ヘアーは少女を見た。
そして脇の卵を見る。
「話し合って戦いを終わらせることができるなら……」
「…………」
「そんなことがもし可能であるなら。産まれてくるこの子に、これから無益で残酷な未来を見せる必要はないのかもしれない」
「夢物語です……アルファは戦いのことしか考えない存在なのです。ヘアー様。あなた様が殺られてしまう!」
「…………」
ヘアーは白ワイバーンの目を見て続けた。
「トロピカル一族の元に戻るのだ。お前の役目は、一族を護ること。誰もブラッド一族に加勢しないように見張ることだ」
「ヘアー様……!」
「行け。儂には儂の。お前にはお前の責務がある。そして……」
「…………」
「すべては自然のままに。自然の螺旋が象る流れには誰も逆らえん。儂が傷つけられたとして、それはそこまでの運命なのだ。悲しむことも、怒り狂うこともない。すべてを受け入れよ」
ヘアーは少女を見下ろした。
「レッドウッドには必ず連れて行く。約束しよう。少しかかるかもしれんがな」
「ヘアーさん……」
少女は不安そうに彼を見上げた。
その宝石のような瞳が太陽の光を反射して煌めいている。
そこには誰にも屈しない力強さがあった。
少女は少し言葉を飲み込んだが、やがて息を吸って続けた。
「私も行く」
「……何だと?」
「何ですって!」
同時にワイバーン達が声を上げる。
少女は服の胸を掴んで、脈動する自分の心臓を押さえた。
何故かは分からない。
分からないが、ヘアーを見ると不安になるのだ。
そして、頭の何処か片隅に、血まみれになって墜落していくヘアーの姿がちらつく。
それは、とても恐ろしく、そして悲しい光景だった。
そんなのは嫌だ。
絶対に嫌なことだ。
自分も行って、助けないと。
そう、彼女は思ったのだった。
「ヘアーさんにはお世話になったもの。私も、一緒に戦う!」
「戦うとな……」
ヘアーはしばらく目を真ん丸にしていたが、やがて大声を上げて笑い始めた。
「クッハッハッハッハ!」
「ヘ、ヘアー様?」
困惑している白ワイバーンを見て、彼は続けた。
「見よ。こんなにも小さき者が、儂と共にアルファと戦い、話し合うと言うているのだ! こんなにも力強く、そして愉快なことはあるまい!」
「そんな無茶なことを……」
「気に入ったぞ。儂と共に来るが良い。もしかしたら……アルファに言葉が通じるかもしれんからな」
少女は笑っているヘアーを見て、口元を崩して笑顔になった。
「うん!」
彼女は、しっかりと頷いた。
◇
白ワイバーンは、トロピカルという自分の一族を率いる若長のようだった。
自分も共に向かうと言う彼女を拒否し、ヘアーは彼女が帰っていくのを見送ってから、少女の方を向いた。
「さて……見事なものだな」
「……?」
「お前は、儂が死ぬ覚悟であることを見抜いたのであろう?」
ビクッとして、少女が体を揺らす。
「隠すことはない。お前達の様な二つ足は、そのあたりの感覚が鋭いらしいからな」
「私は……何だか、ヘアーさんが死んじゃうような気がして……」
「…………」
「ヘアーさんが死んじゃったら、この卵の子は一人になっちゃう。そんなのは絶対悲しい!」
「……そうだな」
ヘアーは頷き、森の向こうを見た。
乾いた風が吹いていた。
どこか砂の匂いがする。
「アルファは強い。儂は老いた。もはや太刀打ちできる力はない。だが……もし話し合いで済むのなら。絶対にその方が良い。誰も死なぬ。それが素晴らしいことなのだ。たとえそれが、自然の摂理に反しているとしても……」
「うん……!」
「儂はずっとそう思ってきた。自然の摂理と、自分を律して、言い聞かせてきた。だが……」
ヘアーは喉を鳴らして続けた。
「仲間が死ぬのは悲しいものだ。子がいなくなるのは身が切り裂かれる思いだ……だから、儂は……」
「…………」
「この戦いを、とめたいのだ」