目覚めたらそこはワイバーンの巣でした   作:天寧霧佳

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005 ブラッドクリスタルワイバーン 2

「ヘアー様! ブラッド一族が……」

 

白ワイバーンが狼狽した声で言う。

しかしヘアーは、ブラッドクリスタルワイバーン達が全員空の向こうに消えていくのを、悲しそうな目で見て黙り込んでいた。

やがて彼は、ゆっくりと巣に座り込んだ。

少女は尻もちをついた。

そして、小さな声で言う。

 

「い、今のは……」

「ブラッドクリスタルワイバーン達だ。仲間を殺され、殺気立っている」

「他にもワイバーンの種族って、沢山いるの?」

 

問いかけた彼女を、ヘアーは見下ろした。

 

「ああ。そして、その他の生き物もな」

「さっきのワイバーンさんの仲間を殺したのは……?」

「…………」

 

黙り込んだヘアーに代わり、白ワイバーンが口を開く。

 

「砂漠のエンバークリスタルワイバーン……私達が『アルファ』と呼んでいる者です」

「アルファ?」

「その者は殺戮を愉しみとする、とても邪悪な存在です。長い年月の間に、繰り返しどこかで産まれるのです」

「邪悪な……」

 

少女は怯えた顔でヘアーを見た。

 

「強いの……?」

「……うむ。とても、な」

「ブラッド一族で太刀打ちできる相手ではありません。あの数では全滅してしまう……」

 

白ワイバーンは、ヘアーを見た。

そして訴えかけるように声を絞り出す。

 

「ヘアー様……私達トロピカル一族も、戦いに……」

「ならぬ」

「しかしこのままでは……」

「お前達まで全滅しては、誰が島を護るというのだ。それに、これはブラッド一族が始めた戦いだ。始末をつけるのはブラッドであるべきなのだ。それが、勝利であれ敗北であれ……な」

「私は……」

 

白ワイバーンは俯いて言った。

 

「それでも私は、まだ納得ができないのです」

「…………」

「アルファの脅威は、我が一族にも代々語り継がれています。『抗ってはならぬ。流れに身を任せよ』……そう、私も母から教わりました」

「すべては自然の流転にある。敵が強ければ強い程、弱い者は淘汰されるべきなのだ」

「しかし……!」

「ブラッド一族が負けたとして、それはブラッド一族の弱さの問題だ。他のワイバーンまで、被害を受ける必要はどこにもない。何より……」

「…………」

「アルファは、近づかない限り動かぬのだ。儂と同じよ。砂漠に近づかねばいいだけのこと」

 

言い切ったヘアーに、白ワイバーンは歯を噛んで言った。

 

「ヘアー様、それでも……」

「…………」

「あなた様は、参戦なさるおつもりですね」

「…………」

 

答えを返さなかったヘアーに、彼女は続けた。

 

「優しいあなた様のこと。絶対に向かわれることと思います。しかし……!」

「……話は終わりだ。日常に戻るが良い」

 

白ワイバーンの言葉を切ったヘアーに、そこで少女が言った。

 

「ヘアーさん……?」

「何だ?」

 

口を挟んできた彼女に、怪訝そうに彼が答える。

少女はおずおずと続けた。

 

「その、アルファさんっていうのはどうして襲ってくるの?」

 

意外な問いかけだったらしく、二頭のワイバーンが考え込む。

ヘアーが少ししてから答えた。

 

「……さてな。アルファには言葉が通じん。産まれた時から殺戮のことしか考えておらぬ。邪悪の塊なのだ。そこには理由など無いのかもしれんな」

「話し合うことはできないの?」

 

少女が言う。

そんな事は考えたことがなかったようだった。

ヘアーも、白ワイバーンもきょとんとして彼女を見下ろした。

しばらくして白ワイバーンが言った。

 

「……話し合う? とは?」

「だって、何の理由もなく戦うのは変だよ。襲ってくるのにも理由がある筈だよ。だったらまず、話し合わなきゃ」

「ですから、アルファには言葉が通じないと……」

「……ふむ」

 

ヘアーが息をついた。

そして白ワイバーンを見る。

 

「成る程。儂も考えたことはなかったな。アルファと話し合うなど。なかなかに一興かもしれん」

「ヘアー様……!」

「お前は、アルファのことは伝え聞いているだけで見たことはないだろう。儂は過去、何頭か奴らを屠ったが、一様に言葉は通じない様子ではあった。だが……」

 

ヘアーは少女を見た。

そして脇の卵を見る。

 

「話し合って戦いを終わらせることができるなら……」

「…………」

「そんなことがもし可能であるなら。産まれてくるこの子に、これから無益で残酷な未来を見せる必要はないのかもしれない」

「夢物語です……アルファは戦いのことしか考えない存在なのです。ヘアー様。あなた様が殺られてしまう!」

「…………」

 

ヘアーは白ワイバーンの目を見て続けた。

 

「トロピカル一族の元に戻るのだ。お前の役目は、一族を護ること。誰もブラッド一族に加勢しないように見張ることだ」

「ヘアー様……!」

「行け。儂には儂の。お前にはお前の責務がある。そして……」

「…………」

「すべては自然のままに。自然の螺旋が象る流れには誰も逆らえん。儂が傷つけられたとして、それはそこまでの運命なのだ。悲しむことも、怒り狂うこともない。すべてを受け入れよ」

 

ヘアーは少女を見下ろした。

 

「レッドウッドには必ず連れて行く。約束しよう。少しかかるかもしれんがな」

「ヘアーさん……」

 

少女は不安そうに彼を見上げた。

その宝石のような瞳が太陽の光を反射して煌めいている。

そこには誰にも屈しない力強さがあった。

少女は少し言葉を飲み込んだが、やがて息を吸って続けた。

 

「私も行く」

「……何だと?」

「何ですって!」

 

同時にワイバーン達が声を上げる。

少女は服の胸を掴んで、脈動する自分の心臓を押さえた。

何故かは分からない。

分からないが、ヘアーを見ると不安になるのだ。

そして、頭の何処か片隅に、血まみれになって墜落していくヘアーの姿がちらつく。

 

それは、とても恐ろしく、そして悲しい光景だった。

そんなのは嫌だ。

絶対に嫌なことだ。

自分も行って、助けないと。

そう、彼女は思ったのだった。

 

「ヘアーさんにはお世話になったもの。私も、一緒に戦う!」

「戦うとな……」

 

ヘアーはしばらく目を真ん丸にしていたが、やがて大声を上げて笑い始めた。

 

「クッハッハッハッハ!」

「ヘ、ヘアー様?」

 

困惑している白ワイバーンを見て、彼は続けた。

 

「見よ。こんなにも小さき者が、儂と共にアルファと戦い、話し合うと言うているのだ! こんなにも力強く、そして愉快なことはあるまい!」

「そんな無茶なことを……」

「気に入ったぞ。儂と共に来るが良い。もしかしたら……アルファに言葉が通じるかもしれんからな」

 

少女は笑っているヘアーを見て、口元を崩して笑顔になった。

 

「うん!」

 

彼女は、しっかりと頷いた。

 

 

白ワイバーンは、トロピカルという自分の一族を率いる若長のようだった。

自分も共に向かうと言う彼女を拒否し、ヘアーは彼女が帰っていくのを見送ってから、少女の方を向いた。

 

「さて……見事なものだな」

「……?」

「お前は、儂が死ぬ覚悟であることを見抜いたのであろう?」

 

ビクッとして、少女が体を揺らす。

 

「隠すことはない。お前達の様な二つ足は、そのあたりの感覚が鋭いらしいからな」

「私は……何だか、ヘアーさんが死んじゃうような気がして……」

「…………」

「ヘアーさんが死んじゃったら、この卵の子は一人になっちゃう。そんなのは絶対悲しい!」

「……そうだな」

 

ヘアーは頷き、森の向こうを見た。

乾いた風が吹いていた。

どこか砂の匂いがする。

 

「アルファは強い。儂は老いた。もはや太刀打ちできる力はない。だが……もし話し合いで済むのなら。絶対にその方が良い。誰も死なぬ。それが素晴らしいことなのだ。たとえそれが、自然の摂理に反しているとしても……」

「うん……!」

「儂はずっとそう思ってきた。自然の摂理と、自分を律して、言い聞かせてきた。だが……」

 

ヘアーは喉を鳴らして続けた。

 

「仲間が死ぬのは悲しいものだ。子がいなくなるのは身が切り裂かれる思いだ……だから、儂は……」

「…………」

「この戦いを、とめたいのだ」

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