目覚めたらそこはワイバーンの巣でした   作:天寧霧佳

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006 ライトニングワイバーン 1

重低音を立てて、ワイバーンの巨体が地面に墜落する。

血まみれのその巨躯が、砂埃を巻き上げて砂漠に突っ込んだのだ。

周囲を飛んでいたブラッドクリスタルワイバーン達がざわつく。

取り囲まれた中心にいるのは、赤い煙を体から発した、異様な風体をしたワイバーンだった。

 

その体は浅黒く、目は真っ白に輝いている。

体から飛び出した水晶は、紅い煌めきを発していた。

深く息を吐き、そしてそのワイバーンは砂漠に着地した。

今しがた殺したブラッドクリスタルワイバーンの亡骸を踏みつけ、躙りながらにやけ顔を上に向ける。

 

「ケヒヒャヒャ……」

 

けたたましくそのワイバーン……アルファエンバークリスタルワイバーンは嗤った。

焦点の合わない目で周囲を見回して叫ぶ。

 

「どうしたァ! その程度か! オレは痛くも痒くもねえぞ!」

 

ゴリゴリと異様な音を立てながら死したワイバーンの頭を踏み潰し、それはがなった。

 

「かかってこい! オレに痛みを与えてみろ! オレを苦しませるんじゃねぇのか! まだオレは……」

 

凄まじい爆音が周囲をつんざいた。

アルファが咆哮したのだ。

それは、砂漠中に空気の渦となって広がり、衝撃となり炸裂した。

 

「こんなんじゃ全然足りねぇぞォ!」

 

アルファが炎を噴いた。

今まさに飛びかかろうとしていた三体のブラッドクリスタルワイバーン達が火に包まれる。

もがき苦しみながら墜落したそれらを足で踏みつけ、噛みつき砕き、翼で薙ぎ倒して、アルファは宙に舞い上がった。

 

巨大だった。

ワイバーンの中でも特大の大きさだった。

取り囲んでいるブラッドクリスタルワイバーン達に比べると、大人と子ども程の大きさの差がある。

また飛びかかってきたワイバーン達をまとめて焼きつくしながら、アルファは宙に浮くように翼をはためかせた。

 

「へ……ヘヘ……へへへへへへ……!」

 

耳障りな声で喚くように笑う。

 

「オレはここを一歩も動いてねえ! お前らが来てから一歩も後退も前進もしてねェぞ!」

 

掴みかかってきたワイバーンの喉笛に噛みつく。

鮮血と絶叫。

亡骸を投げ捨てて、アルファは叫んだ。

 

「雑魚が! 弱い! 弱すぎる!」

「バケモノが……!」

 

長ブラッドクリスタルワイバーンが、アルファの手前に飛び出す。

 

「俺が相手だ……! ゲス野郎!」

「誰が相手だってェ?」

 

馬鹿にしたように怪物は嘲笑った。

空中を、長ブラッドクリスタルワイバーンとアルファが滞空しながら睨み合う。

炎の噴射と、長の吐く赤い煙が交差したのは同時だった。

赤い煙がアルファの顔面に突き刺さる。

しかし、絶叫を上げたのはアルファではなかった。

 

一寸速く、アルファの炎が長の翼を薙いだのだった。

炎は瞬く間に飛膜に燃え移り、豪炎を上げた。

旋回しながら長が墜落していく。

 

「若頭!」

 

ブラッドクリスタルワイバーン達が咆哮を上げ、アルファに殺到する。

アルファは、顔面から噴水のように血液を吹き出しながら、またけたたましく嗤った。

 

「痒い! 痒いぜ! 雑魚どもがよォ……ブンブンブンブンと飛ぶだけならメガネウラにもできらァ!」

 

戦場。

それはまさに、命と命を賭けた戦いだった。

多数のブラッドクリスタルワイバーンのオス達に囲まれながら、アルファは目を爛々と輝かせている。

 

「飛ぶってのはァ……こうやるんだよォ!」

 

翼で近くのワイバーンを殴りつける。

吹き飛ばされたそれに、間髪をおかずに炎を浴びせる。

火の塊となって、また一頭が墜落した。

 

「へへへへへ!」

「ヘアー様はまだか……!」

 

ブラッドクリスタルワイバーン達が息を切らして言う。

太陽は既に中天に差し掛かっていた。

 

 

少女を背中に乗せて、ヘアーは空を飛んでいた。

大きな翼をはためかせながら、彼は言葉を発した。

 

「戦場に向かう前に、行かねばならぬ所がある」

 

風でよく目も開けられない状態で、少女は必死に鱗にしがみつきながら声を張り上げた。

 

「ど……どこに?」

「儂だけではアルファの前では力不足だ。話し合うにしても、助太刀が欲しい。ブラッド達が全滅する前に、急がねばなるまい」

「助太刀?」

「ここだ」

 

砂漠と森の境目に、渓谷があった。

その滝が流れる場所にヘアーは近づいた。

 

「目を閉じているのだ。水に溺れるぞ」

「う……うん!」

 

ヘアーの声に頷く。

彼は少女が身をかがめた途端、一気に滝に突っ込んだ。

悲鳴を上げた少女が、水を浴びてずぶ濡れになる。

危うく鱗を離しかけて、少女は必死にしがみついた。

 

ヘアーはそのまま滝の裏にある、巨大な洞窟に出た。

円形のそこは、水で削れているのか、天井からポタポタと水を垂らしている。

真っ暗だ。

何も見えない。

 

入り口から反射する太陽光で、薄っすらと洞窟の中心に小島のような岩の塊があるのが分かった。

ヘアーはそこに飛び乗り、少女に言った。

 

「大丈夫か?」

「う……うん、大丈夫」

 

少女は髪の毛を顔から引き剥がしてから、滑るようにヘアーの足元に降りた。

 

「暗い……」

「いるのだろう? 応えよ」

「……え?」

「お前ではない。暗闇の奥に居る者に声をかけたのだ」

 

次の瞬間だった。

少女は全身が怖気立つような殺気に包まれ、言いようのない悪寒を感じて震え上がった。

それは純然たる殺意。

憎しみ。

 

負の感情の塊を、少女は感じたのだ。

暗闇の奥に何かいる。

それも、とてつもなく恐ろしい者が。

後ずさってヘアーの足の後ろに隠れる。

 

「……何をしに来た?」

 

暗闇の奥から、ガサガサに潰れたような男性の声がした。

その汚い声は、ヘアーに向けて鋭い牙のような殺気を発しながら続けた。

 

「貴様はもう、俺と対峙することはないという掟ではなかったのか?」

「久しいな」

「その様な感情は湧かぬ。決着をつけたいのなら、表に出ろ」

 

剥き出しの殺意だった。

しかしヘアーは平然として、少女を庇いながら言った。

 

「力を貸せ。アルファがまた現れた」

「……何?」

 

ガサガサ声はそう言った。

暗闇の奥で何かが身じろぎをした。

重低音の足音を立てながら、それはゆっくりと近づいた。

そして、ヘアーと鼻先がつくくらいの距離まで顔を出す。

 

青白いワイバーンだった。

しかし、水晶は生えていない。

薄く光を発しているヘアーとは違い、どこからも光を出していない。

青白い鱗に、透き通った灰色の皮膜をしているのが、暗闇に慣れてきた目に薄っすらと見える。

 

ガサガサ声のワイバーンは、小さく舌打ちをしてヘアーの鼻先で息を吐いた。

細く吐き出されたそれが、ヘアーの鼻先でバチバチと弾けるような音を立てる。

まるで、雷のようだ。

 

「俺が、貴様に……力を貸す?」

 

嘲るようにそう言い、そのワイバーン……ライトニングワイバーンは喉を鳴らした。

 

「クク……面白いことを言う。アルファ? 知ったことではない。俺には関係がない話だ」

「はぐれライトニングワイバーンのお前に頼むほど、今回のアルファは強力なのだ。儂よりも二周りは大きい」

「……ほう?」

 

首を傾け、ライトニングワイバーンはゆっくりと、その視線をヘアーの足元に向けた。

凶悪そうなワイバーンと目が合ってしまい、少女は後ずさった。

 

「猿が。貴様、何故猿を連れている?」

「ギガントピテクスではない。よく見ろ」

「…………」

 

焦点のない目に見つめられ、少女はヘアーの足にしがみついた。

 

「…………」

 

ライトニングワイバーンは無言だった。

彼は興味を失ったようにヘアーに視線を戻した。

そして押し殺した声で続ける。

 

「……ブラッド一族とやらが、殺気立っているのは知っている。お陰でここの生き物は皆砂漠から避難してきている。とんだ大迷惑とやらだ……」

「同じワイバーンとして、その戦いに儂と共に赴いて欲しいのだ」

「アルファを殺せと言うのか」

「違う」

「……?」

 

怪訝そうに口を閉ざしたライトニングワイバーンに、ヘアーは言った。

 

「説得したいのだ」

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