目覚めたらそこはワイバーンの巣でした   作:天寧霧佳

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007 ライトニングワイバーン 2

「説得……?」

 

予想だにしていない言葉だったのか、青白い翼竜は目をしばたたかせてヘアーに言った。

 

「気でも触れたか?」

「儂は正気だ。よく見ろ。その眼は飾りか?」

 

ヘアーがそう言うと、ライトニングワイバーンは鼻先を彼の鼻に勢いよくぶつけた。

少女が小さく悲鳴を上げて尻餅をつく。

そのまま顔面で押し合い、ライトニングワイバーンが息を殺して囁くように言う。

 

「……俺には、関係がない話だ……」

「左様。しかし、儂には関係がある話なのだ」

「知った事か」

「儂の正気を疑う前に、自分の耄碌(もうろく)加減を知った方が良いのではないか?」

「何を……!」

「逃げて来ている動物達を見て怪訝には思わぬのか? ここに、お前を頼って避難して来ている者達を見て、何も感じぬのか?」

 

ヘアーに言葉を投げつけられ、彼は発しかけていた言葉を止めた。

そして数秒考えてからそっと一歩退く。

彼は少し離れた場所に腰を落ち着けると、ヘアーを見た。

 

「……俺を謀(たばか)っている訳ではないようだな。聞こうか……『話』とやらを」

 

 

ヘアーからいきさつを聞き、ライトニングワイバーンは吐き捨てるように言った。

 

「ブラッドなど全滅すれば良い。奴らは血の気が多すぎる。要らぬ犠牲を好む凶悪さもある」

「ブラッドのオス一頭一頭にもつがいがおる。子供もいる。オスが全滅したら、メスと子供しか残らん。その先にはお前が言う本当の『全滅』がある」

「…………」

「一族としてのブラッドクリスタルワイバーンが、この地域からいなくなる。そうなればどうなる? 新しく力を持つ者が支配を始める」

「それが今回のアルファだとでも言うのか?」

「そうだ」

「可笑しな事を言う。アルファは知性がある殺意の塊だ。手を出さない限り襲っては来ない。支配など考えるわけもない」

「お前は、今回のアルファを見たことはあるのか?」

「…………」

 

黙り込んだライトニングワイバーンに、ヘアーは続けた。

 

「儂は……実は対峙したことがある」

 

少女は不思議そうにヘアーを見上げた。

彼は、アルファを見たことがないようなそぶりをしていた。

しかし、実際は戦ったことがあったらしい。

ヘアーは真っ青な目を暗がりに光らせながら言った。

 

「随分前になるが、火山でヤツと対峙した。その頃はまだ子供だったようだ。だが、既に巨大だった。儂はヤツと戦い、火山に落とした。ヤツが溶岩に飲み込まれていくのをこの目で見ている」

「では今回のアルファは、別のアルファだろう」

「そのアルファは、ブラッドクリスタルワイバーンではなかったのだ」

 

ヘアーの言葉に、はじめてライトニングワイバーンが驚いたように顔を上げた。

 

「何……?」

「今までの歴史で、ワイバーン族から出現するアルファは、ブラッドしかおらんと聞かされていた。だが、儂が戦ったあヤツは、血の煙ではない。確かにか炎を吐いてきたのだ」

「…………」

「儂はこの事実を、今まで誰にも話さずにいた。儂の思い違いだと思っていたからだ。しかし、生き残ったブラッドクリスタルワイバーンに話を聞き、確信した。あの時のワイバーンだと。溶岩に飲み込まれながら生きながらえ、更に成長するまで様子を窺(うかが)っていたのだ」

「……強いのか、そこまでも?」

 

彼の問いかけに、ヘアーは頷いた。

 

「儂よりもな。あの時は辛くも今まで培った経験で勝ったが、今は確実に負けるだろう」

「成程な」

 

小さく笑って、ライニングワイバーンは続けた。

 

「クク……衰えた貴様が助力を請うほどだ。さぞや歯ごたえがある相手だろう。だが……」

 

横目で少女を見て、彼は言った。

 

「その猿が言う『話し合い』とやらは知らん。俺は殺しは好きだが、それ以外の戦う術など持ち合わせてはいない。勝算はあるのか?」

「…………」

 

黙り込んだヘアーを横目で見てから、ライトニングワイバーンは少女に顔を近づけた。

そして生臭い息を細く吐き出す。

 

「貴様に聞いているのだ……」

「しょ……勝算、ですか……?」

 

完全に怯えながら、少女は声を絞り出した。

そして目の前のライトニングワイバーンをまっすぐに見る。

そこで彼女は気づいた。

 

ここで恐怖していたら、アルファに面と向かった時にも、腰を抜かしたままだ。

 

それは駄目だ。

自分を信じてくれたヘアーにも、申し訳が立たない。

彼に迷惑をかけて、死に追いやってしまう。

そんなのは嫌だ。

 

少女は唇を小さく噛んだ。

そして真っすぐ立ち上がり、ライトニングワイバーンの鼻先に立つ。

震える声で、彼女は言った。

 

「だ……大丈夫です。私が、アルファさんと話をして、暴れるのを辞めてもらいます!」

「…………」

 

ライトニングワイバーンが、きょとんとして目を見開き、固まった。

数秒後、彼は喉を鳴らしながら頭を引っ込めた。

そして腹の底から、おかしくてたまらないという調子で笑い出す。

 

「クク……ハハハハ……! ハハハハ! 何だこの猿! 馬鹿か?」

「……!」

 

自分を睨みつけた少女に、彼は嘲るように続けた。

 

「俺が貴様を一吹きするだけで、その小さな体は消し炭になるぞ! アルファと話す? 説得する? 馬鹿が! ハハハ! 近づくことさえも出来んわ!」

「出来ます!」

「無理だね! 賭けてもいい」

「なら儂は、この子がアルファを説得する方に賭けよう」

 

ヘアーが静かに言った。

笑い声を止めて、ライトニングワイバーンはヘアーを見た。

 

「……何を言っている?」

「聞いた通りの意味だ。儂は、この子の言葉に、命を賭けると言うているのだ」

 

ゆっくりとヘアーが言う。

ライトニングワイバーンは少しの間黙り込んでいたが、やがて体を起こして地面を踏みしめた。

 

「天下のエンバークリスタルワイバーン、ヘアーにそこまで言わせるとはな。これは一興だ。貴様が焼け死ぬのを見るのもまた愉悦。その光景を見せてくれるのなら、行ってやっても良い」

「ほう、儂が死ぬ方に賭けるか?」

「ああ。代償は……」

 

ニヤァ、と彼は口を裂けるほど大きく開いて笑った。

 

「俺の『介錯』だ」

 

 

貴方が、あまりにも綺麗で。

そう、金色に輝くワイバーンは言った。

陽の光をキラキラとまばゆく反射しながら、彼女は声を詰まらせていた。

 

「オレが……?」

 

そんなことを言われたのは、生まれて初めてのことだった。

彼は、一人で生きてきた。

父親も、母親も、顔を知らない。

崖の下に赤子の時に墜落し、それから必死に、ガムシャラに生きてきた。

 

周りは全て敵だった。

一人で生きてこれたし、これからもそうするのだと思っていた。

だが、彼の心は大きく揺らいでいた。

 

「オレのことを言ったのか?」

 

問いかけると、彼よりも一回りも小さなワイバーンは頷いた。

 

「ええ。思わず声をかけてしまいました。迷惑でした……でしょうか?」

「いや……」

 

困惑した顔で彼……ヘアーは目をそらした。

そして語気を強くして言う。

 

「ここはオレの縄張りだ。去れ。殺すぞ」

「……す、すみません。怪我、してしまいまして……」

 

金色のワイバーンが小さく言ってから、慌てて起き上がろうとする。

しかしすぐに苦痛の声を上げてうずくまってしまった。

見ると、右足がおかしな方向に曲がっている。

 

「……着地に失敗でもしたか?」

 

問いかけたヘアーに、彼女は小さく笑って言った。

 

「……貴方には関係がありません。すぐに去ります……」

 

足を引きずりながら、彼女は離れようとしていた。

その様子をヘアーは見ていた。

そこに、幼い頃、怪我をしてボロボロになっても、誰も助けてくれなかった時の記憶が蘇った。

 

父も、母もいない。

誰も自分を護ってくれる者はいなかった。

そう。

自分のことを。

「綺麗」と言ってくれる者さえも。

 

「待て」

 

ヘアーは、気づくと彼女を呼び止めていた。

 

「……?」

「この奥にオレの巣がある」

「え……?」

「…………」

 

ヘアーは、しかし続く言葉を思いつけずに、苛立った様子で彼女に近づいた。

そして上から見下ろし、威圧するように言う。

 

「殺すぞ。黙って着いてこい」

 

それが、妻との出会いだった。

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