「へぇ……? 言われはないねえ……」
馬鹿にしたようにヘラヘラと笑った次の瞬間、彼の表情が豹変した。
口から豪炎を吐き出し、目の前のワイバーンに浴びせかける。
噴出された炎を真正面から受けてしまい、不意打ちを食らったエンバークリスタルワイバーンは、燃え上がりながら空中を旋回して墜落していった。
「貴様……!」
ワイバーン達が喚き始める。
その言葉を吹き飛ばす勢いで、彼は怒鳴った。
「ここは俺の縄張りだ! 誰であろうと、俺の縄張りで勝手はさせない! 通りたければ俺を殺してみせろ!」
彼の発する圧に気圧されたのか、エンバー達が空中を一歩下がる。
彼は鱗を陽の光にきらめかせながら、真っ青な目を爛々と輝かせて言った。
「俺が……相手をしてやる。かかってこい。砂漠のエンバーとやら!」
◇
よろめきながら空中を飛び、金色のワイバーンは森を抜けた。
まさか……まさか。
彼は、一人で向かっていったのではないだろうか。
そんな不安が胸を押しつぶす。
今まで見たどんなワイバーンよりも優しい目をしていた。
そう。
自分を隠し、育ててくれた父や母よりも。
何よりも優しい目で、こちらを見ていたのだ。
その目を思い出し、彼女は最悪の想像をしてしまったのだった。
多数のエンバーワイバーンに囲まれては、流石に、嬲り殺されてしまうだろう。
そんなことは嫌だった。
ならば、自分が身を捧げればいい。
自分が殺されればいい。
彼は、もともと無関係なのだ。
この件とは全くの……。
歯を噛んで、必死に翼をはためかせる。
間に合って。
お願い……。
しかし、森を抜けた先で彼女が見たのは、想像と全く違う光景だった。
「え……?」
小さく呟いて、空中で静止する。
見渡す限り、墜落したワイバーン達の山だった。
全員飛膜や体を燃やされて、無惨な様相になっている。
そして。
その先で彼女が見たのは。
真っ青な目を輝かせた、空中に燐と浮かぶ巨体。
はぐれエンバークリスタルワイバーン。
一頭で、全てを相手してなおまだ空に浮かび続ける、傷だらけのワイバーン。
彼の姿だった。
口から炎の息を吐き出しながら、彼は墜落したワイバーン達の中に降り立った。
よく見ると、エンバー達は死んではおらず、致命傷ではあるが、生きている様子だ。
その一頭の頭を踏みつけると、彼は押し殺した声で言った。
「ワイバーンの争いは、力が全てだ。だから俺は、弱い貴様らに告げる」
風が吹いた。
彼女の体を、心までを吹き飛ばすような風が。
「今この時より、弱い貴様らは全て、俺の配下とする! 俺は、貴様らワイバーンを統べる者、『ヘアー』だ!」
咆哮。
空気をつんざき、大地を震わせ、全てをうならせるその『声』はまっすぐに彼女の胸を突き抜けた。
その瞬間、彼女はすべてを理解した。
彼の心を、すべて受けとった。
それは、まぎれもない、嘘偽りのないただ一つの真実であり。
抗いようもない、絶対的な『力』を示していた。
私は。
私は、この方に出会う為に産まれてきたんだ。
そしてここに来て。
出会った。
金色のワイバーンの目が潤む。
咆哮を続けるその声は勝どき。
エンバークリスタルワイバーンの、新たな長が生まれた瞬間であり。
ワイバーン族の戦いが始まった狼煙でもあった。
◇
そのワイバーンは、あまりにも巨大だった。
翼竜と言うには異質すぎた。
砂漠の砂を踏みしめ、体中から血を流しながらも、それは絶叫のような雄叫びを上げた。
死屍累々だった。
無惨に焼かれ、踏みにじられたブラッドクリスタルワイバーン達が、砂漠のそこかしこに転がっている。
「クキャキャキャ! ギャハハハ!」
狂った様相で喚き笑い、アルファは一歩前に踏み出した。
それだけで、彼の上空を飛んでいたブラッド達が一歩下がる。
地面に降りて対峙している、ブラッド達の長が押し殺した声を発した。
「バケモノめ……!」
「あぁ? 負け犬の遠吠えなんて聞こえねえなぁ?」
体をもたげ,彼はブラッドの長の眼前まで近づいた。
そして鼻先がつくほどの距離まで顔を近づけ、焦げた息を吐く。
「もっとデケェ声で喋ってくれねえとなぁ? 聞こえねえんだよなぁ!」
「……ッ!」
牙を噛んだ長とアルファが睨み合う。
「若頭……!」
空中を飛ぶブラッドクリスタルワイバーン達が口々に叫ぶ。
敗北。
それは、紛うことなき、揺るがない事実。
ブラッドクリスタルワイバーンの群れは、アルファに負けた。
そして、長が殺されれば、それは「事実」として確定する。
アルファの勝利。
それはもはや、確定した事実だった。
片翼が焼け落ち、動くことができない長ブラッドを見下ろし、アルファは汚らしい声で嗤った。
「へへ……ヒャヒャヒャ! 声も出ねえか? 所詮その程度なんだよ! 貴様ら『ワイバーン』一族はなァ!」
「何が望みだ……!」
長ブラッドにそう言われ、アルファはニヤケ顔で足を振り上げた。
そして彼を踏みつけ、地面に叩きつける。
巨大な足に踏みにじられ、呻いた彼を見下ろして、アルファは怒鳴った。
「ワイバーン一族の支配! それこそが俺の目的だ!」
「ぐ……支配だと……?」
苦しそうに声を上げた長を強く踏みつけながら、彼は周りを見回して怒鳴った。
「今この時より、貴様らブラッドクリスタルワイバーンは俺が支配する! その始まりの儀として、こいつを処刑する! 弱きワイバーン達! よく見ているがいい!」
空中に豪炎を吐き出すアルファ。
その炎の勢いに、ブラッド達は近づくこともできなかった。
唖然としているワイバーン達を見てから、アルファは長ブラッドの前に顔を近づけ、大きく息を吸い……。
次の瞬間、吐き出された水の濁流に吹き飛ばされ、地面を転がった。
完全に予想外だったのか、アルファは目を白黒とさせながらすぐに立ち上がり、叫んだ。
「な……何だァ?」
倒れた長ブラッドクリスタルワイバーンを庇うように、白銀のトロピカルクリスタルワイバーンが地面に降り立つ。
彼女を先頭にして、次々にトロピカル達が飛来した。
「お前……!」
長ブラッドを横目で見て、トロピカルの姫が押し殺した声で言った。
「助太刀に来たのではありません……! 逃げるのです!」
少し離れた場所で、アルファが巨体を動かし、起き上がろうとしている。
「時間がありません。全滅する前に、早く!」
「く……!」
傷ついた体を引きずりながら、長ブラッドが翼を広げる。
そして彼は叫んだ。
「全軍、森まで下がるんだ! 急げ!」
「へェ……? 伏兵とはな……」
森に向かって撤退をはじめたワイバーン達を見て、アルファの顔からにやけた表情が消えた。
彼は鉄のような無機質な目で、周囲を見回した。
傷ついたブラッド達が撤退をしていき、それを守るように、トロピカル達が少しずつ下がっていく。
「気に入らねェなァ……」
首の骨をゴキゴキと鳴らして、彼は空気をつんざく勢いで咆哮を上げた。
撤退していたブラッド、そしてトロピカル達が体をすくませるほどの咆哮だった。
「てめェらは俺に負けたんだ……何勝手なことしてくれてんのかなァ?」
「早く森に……!」
トロピカルの姫が叫ぶ。
その声をかき消す程の大声で、アルファは怒鳴った。
「なら! 皆殺しだなァ!」
アルファの巨体が宙を待った。
そして、飛び立とうとしていたトロピカルの姫の真上に一瞬で移動する。
鉤爪が、彼女の細い首をへし折ろうと迫り……。
一瞬後。
飛来した青白い閃光が、アルファの体を貫いた。
「ッが……!」
くぐもった悲鳴を上げ、電撃の直撃を受けたアルファがよろめく。
空中から二撃目の閃光が走った。
それはまたアルファの胴体をつき抜け、地面に突き刺さって炸裂した。
巨体が重低音を立ててまた地面に倒れる。
「……何が……」
呆然としている姫トロピカルクリスタルワイバーンの横から、押し殺した声がした。
「お前も早く下がれ! 儂らがおさえている間に!」
「ヘアー様!」
ワイバーン達を守るように立ったヘアーが雄叫びを上げる。
彼の頭上には、ライトニングワイバーンが翼をはためかせて浮いていた。
「暴れ足りないであろう。我らが相手になるぞ! アルファ!」
ヘアーの声が、大地を突き抜け響き渡った。