1話を書いてからだいぶ間が飽きましたが!気ままに書いて参ります!!
「……ありません」
そう声を漏らしたのは碁盤を挟んで対面に座る男の子。
彼は膝の上でぎゅっと拳を握りながら確かにそう言った。
「ありがとうございました」
私はそれに応えるようお辞儀をして中央の碁石を指し示す。
「ここでの中央。先に変化したのは良い手でしたけど手をかけ過ぎたのかもしれないですね」
院生手合いでは、終局後短い時間ではあるが打った相手との検討の時間が設けられている。
午前中の一局で、すぐに片付けようとした所を相手に教えられ、同じ間違いをしないよう自分から碁の内容を切り出した。
ちなみに1日の手合いは午前と午後の一局づつ、つまり1回の研修で2局打つことになる。
初めての院生相手との対局で緊張もあったけど、無事2局とも勝ち星を掴む事ができた。
初日にしてはかなり上出来だと自分でも思う良い碁が打てた。
「だよなー。もたついてるうちに下辺の地を少しずつ荒らされて勝ち筋がなくなっちまった」
対面に座る彼も、自身の悪かった点を認め唸りながらどうすればよかったかを互いに意見を出し合って検討を終えた。
「ふぅ」
碁盤や碁石を片付けて、帰り支度をしながら息をつく。
(やっぱり院生の人達ってレベル高いんだ。碁会所の人とかと全然違う)
ヒカリは院生2組の最下位からのスタート。
少なくとも、最初の1、2ヶ月は2組の生徒達と対局する事になる。
2組とはいえ、さすがは院生。少しでも気を抜いたら勝つ事は出来なかっただろう。
これからも、どんどん強い人達と対局していく事になるんだ。
ヒカリは、改めて今後対局していくであろうライバル達の壁の高さを身をもって理解していた。
「進藤さん。初めての研修はどうだったかな?」
不意に声をかけられ振り向くと、そこには眼鏡をかけたスーツ姿の中年男性が立っていた。
「篠田先生…」
院生師範の篠田先生。
日本棋院所属のプロ棋士で、私が受けた院生試験で試験官を務めてくれた。
お兄ちゃんが院生だった頃も色々手解きを受けたって言ってたっけ。
「すごく緊張しました。でも、実際打ってみると気は抜けないし、なによりすごく勉強になります」
「ははっ、それは良かった」
篠田先生は安心した表情で言う。
「しかし緊張しても尚、あの実力。進藤くんが院生になった頃とは大違いだ」
「おにい……、兄はどんな感じだったんですか?」
そういえば、お兄ちゃんが院生だった頃の戦績って私は殆ど知らないんだよね。
その時は囲碁にもあまり興味はなかったし、その辺の話しはしなかったからなぁ。
「うん、彼は院生になったばかりの頃は、中々勝つ事が出来なくてね」
今のお兄ちゃんからは想像も出来ないけど、私は先生の話しを黙って聞いた。
「2組で足踏みをしていたが、若獅子戦やプロ試験が近付くにつれてどんどん力をつけていったよ」
「兄の成長の早さって、やっぱり先生から見ても凄いんですか?」
「そうだね。院生になって最初のプロ試験で合格を決めたのは凄いと思う。倉田くん並みだ」
「倉田八段と…」
何度か倉田先生の対局は見た事がある。
お兄ちゃんが出場した北斗杯でも日本チームの団長を務めていたし、その後もタイトル戦の中継とかで倉田先生の棋譜は目にした事もあった。
そんな凄い人と同格なんて、やっぱりお兄ちゃんは凄い。
「しかし、そんな倉田くんもちゃんとした師匠がついてプロの世界に足を踏み入れた。なのに、進藤くんには師匠がいない、今思えば彼の囲碁への才能には目を見張るものがある」
「囲碁の、才能」
「だけど、そんな進藤くんの妹である君の才能も負けていないと私は思っているよ」
「えっ?」
予想外の篠田先生の言葉に思わず顔をあげる。
「一ヶ月前、君との院生試験で打った際、置石はあれど、あのまま対局を続けていたら、私は進藤さんに負けていただろうからね」
それを聞いて、その時の事を思い出す。
確かに先生との対局の途中で先生から合格を言い渡されたけど、試験では最後まで打ち切る事はなかったってお兄ちゃんから聞いてたからあまり気にしていなかったな。
「篠田先生にそこまで言ってもらえるなんて嬉しいです。ありがとうございます」
師範とはいえ、篠田先生がプロ棋士である事に変わりはない。
その先生からそう言ってもらえた事に、ヒカリは素直に喜んだ。
「おっと、引き止めて悪かったね。それじゃあ、これからも頑張って下さいね」
その言葉に会釈を返して、篠田先生を見送る。
(私も帰ろう)
途中まで進めていた帰り支度を済まし、ヒカリは棋院を後にするのだった。
>>>>>>
ヒカリが院生となった日から数日後の夜。
ヒカルが住むアパートでの一室にて。
「進藤」
「ん?なんだよ塔矢。早く並べろよ」
一人暮らしを始めた家で塔矢と先月のリーグ戦で指した棋譜を並べていると、急に呼ばれてどうしたのかと顔をあげる。
「君の妹、ヒカリさん。院生になってからの彼女の調子の程はどうなんだ?」
「えっ、なんでお前知ってんだよ」
「君がこの前話したんじゃないか。妹が院生になったって」
「そうだっけ?」
いつも通りのヒカルの振る舞いに対して呆れたように溜息を吐くアキラ。
「まぁ、最後に実家に帰ったのはヒカリが院生試験に受かった時だったからな。俺も手合いのスケジュールが詰まっててその後の事まで知らねー」
ヒカリが試験に受かったって聞いて嬉しかったし、応援したいと思ったけど俺も自分の事があるからそうもいかなかったんだよなぁ。
「そうか」
「でも、順調なんじゃねーの?あいつの才能ハンパねーし」
「一度、ヒカリさんとは碁会所で打った事はあるが」
「ヒカリのやつ、だいぶ力つけて来てるぜ。篠田先生も才能あるって言ってたからな」
「篠田先生……。あぁ、院生師範の」
この前、週刊碁のインタビューで棋院に行った時篠田先生に会った。
その際、院生試験のヒカリとの碁の内容を聞いたけど一段と強くなったみたいだ。
「塔矢が打った時は指導碁だったんだろ?」
「ああ」
「いつか互先で打ってみろよ。まだ俺らとやり合うには力は足りねーだろうけど、きっと面白い内容になると思うぜ」
「君がそこまで言う程か」
「ああ、妹びいきってのもあるかもしれないけどな」
互いに知った顔を思い浮かべながら、ヒカルとアキラの勉強会はスタートするのであった。