進藤ヒカルの妹   作:あきと。

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第五話

 

持ち時間は一時間。秒読みは六十秒。

それが研修手合い時のルール。

 

「…………」

 

福井さんの手、早い。

 

早碁とは言わないまでも私が石を置いてから、殆ど考える時間なしに打ってくる。まさに、感覚派の打ち方。普通に打ってるのに、そのせいで私が時間をかけ過ぎてるように感じてしまう。

実際、福井さんの方が持ち時間はまだ十分に残ってる。しかし……。

 

(……この人、強い)

 

私が打つ手に的確に返してくる。

そうか、私が考えてる間にできる限りの手を考えてるんだ。

 

自分の持ち時間じゃなくて、相手の持ち時間を利用するなんて。どれだけ先が見えているの。

 

でも。

 

「!」

 

私の一手に、福井さんの手が止まった。

私だって、読みの深さなら負けない。絶対に形勢はひっくり返す!

 

「…………」

 

私が得意なのは攻めの姿勢。黒でも守る事に重きが置かれる白でも、とにかく攻めることは忘れない。そうしないと、強い人には勝てないのだから。

臨機応変さがないと言えばそうなるけど。今回先手の私は、コミがある分攻めなくてはならない。

 

けれど、今の一手は違う。

 

左辺での乱戦を一度避けて、中央に手をつけた。早い手に釣られてミスをしないように、まだ余裕のある中央に意識を持ってきて頭の中を整理するのが目的だ。

少しして、福井さんがそれに対応して打つ。

 

いくら攻めると言っても、闇雲に打ってちゃ駄目。それは、お兄ちゃんから教わった。

お兄ちゃんは、私以上に先を読むのが得意だ。それも、本当に先。二手や三手の話じゃない。終盤まで見透かすような、それだけ先の事を序盤のうちから組み立てる。

 

だから、私も偶に策に講じた一手を打つ。

ごく普通の、攻めでも守りでもない。ごく普通の一手。それが今。

今まで攻めてきたのに、突然一般的な普通の手を加える。

私自身を落ち着かせるためだけじゃない。この行動だけで、相手が私に抱いている印象を崩す。

 

大丈夫。まだ戦況に生まれた差は微かなもの。

 

(あっ……)

 

ほんの少しの思考の時間。落ち着きを取り戻す間に、今までの隅の攻防で見えていなかったものが、私の中で閃いた。

 

カチッ。

 

福井さんの手の後に、次は私がノータイムで返す。

 

「……!」

 

守りの壁に罅を入れるような一手。

 

少しの心の乱れが、大きな乱れに変わる。石の道を断ち切るように、福井さんの白地の中に私の黒が入り込む。

 

「……くっ」

 

苦しそうな表情で、ゆっくりと福井さんが石を置く。

 

(うん、今の手を返すにはそうするしかないよね)

 

そして、私は落ち着いた気持ちで石を置いて、互いの手が進んでいく。新たに連絡を始めた盤面。それはどんどんと、大きさを変えていく。私も福井さんも途中まで気が付かなかったけど、ここまで来るともう切断は難しいよね。

 

そして、複雑な盤面の中で終局。

 

最後まで打ち切った私たちは、互いの石を整地していく。

目算はできていた。あの時の一手が、僅かな差を生んだ。

 

「黒の……一目勝ちだね」

「ありがとうございました」

 

結果は、私の勝ちだった。

 

「「おおっ」」

 

すると、またいつの間にか周囲に人が集まっており先に対局を終えた人たちが私たちの一局に興味を示していた。

 

一組での初戦は白星で始まった。そして、院生になってからの連勝記録をこれから先も、私は伸ばしていく。

 

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