一つの体に二つの魂。三つ子の魂は百まで   作:紺南

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実験的な小説です
読みづらいかもしれません


一つの体に二つの魂。三つ子の魂は百まで

 

 

――――心装

 

それは、剣術流派・無心流を極めた者のみが行き着く境地。

自らの心を武器として具現化する技。天賦の才能とたゆまぬ努力の先に開く狭すぎる門。

 

かつては幻とすら言われたその技は、使えれば師範代は確実。物によっては当主の座すら狙えると言うぐらいだから、それだけ修めるのが難しい。

 

現当主のアズマは弱冠18歳で心装を修めたと言う。そして、歴代最年少の当主就任と相成った。

どんなに頑張ったところで大抵は50代。早くても40代で修めてきた歴代当主たちを見れば、それがどれだけの偉業なのかは一目でわかる。

 

この記録はこの先抜かれることはないだろうと思われていた。

例え越える者が現れるとしても、何十年、下手をすれば何百年か先の話だろうと。

僕もそう思っていた。なのに、なのにだ。

 

「――前へ」

 

しんっと静まり返った道場の只中で、当主のアズマがただ一言告げれば、道場の中は窒息しそうなほどの緊張感に包まれる。

その場に集まった大勢の視線を一身に受けて、前へと躍り出た少年は、いつもの勝ち気な顔を引っ込めて、その人生でもっとも緊張した一時を味わっている。

 

この場では絶対にミスは犯せない。人生最大の晴れ舞台なのだ。そんなところでミスを犯したが最後、生涯笑い者にされる。

そんな状況で、彼は目を瞑り、精神を落ち着かせて、そして吠えた。

 

「――紅蓮槍!」

 

いつの間にか、その手に握られていた槍。血を思わせる赤色は、見守っていた全ての人間に、ただの槍ではないと気づかせるのに十分な威圧感を漂わせている。

 

目で見、肌で感じ、音を聞いたからこそわかる。それは、紛うことなき心装――――

 

まさかまさか、と驚愕と感嘆でどよめく場内で、僕は一人悲嘆に暮れた。

どうして、どうして――――あっさり出来ちゃうんだよ……。

 

「よくやった。さすがは私の子だ。お前なら出来ると思っていた。カルラに出来たのだから出来ないはずがない」

 

お披露目の直後、まだ大勢が見守っている中で彼に近づき、人目も憚らず褒めちぎる母親の姿があった。

彼――グレンは、誇らしげでそれでいて恥ずかしそうに抱き締められている。

 

彼はまだ12歳。その年で、心装を扱えるようになった。

そのお披露目がつい今しがた行われ、本家、分家筋の前で立派な心装を披露した。

 

――――血のように紅い槍。

 

具現化した当初、彼の身長と同じぐらいだった槍は、すぐに二倍ほどに伸び、かと思えば短刀ほどの長さに縮んだ。

長さを自由に変えられる槍。加えて、ほとんど重さを感じないと言う。

 

その程度なら大したことないと鼻で笑うところだ。集まった人たちは拍子抜けしたことだろう。

けれど、彼の心装の神髄はそこではない。

伸び縮みはただのオマケ。その真の能力は、命を食うことにある。食った命を糧にする。つまり、殺した数だけ力が増す。

理論上は無限に強くなれると言うことだ。

 

危ない力だ。禍々しさすら感じる。そんな心装を持つって大丈夫なのかな? 性格歪んだりしないかな? 

ちょっと傲慢なところのある彼のことだ。拍車がかかったとしても僕は驚かない。

幼い心に強すぎる力は毒にしかならないのでは……。

 

そんなことを考えていた僕の元に、当のグレンがやってくる。

グレンは余裕で満ちた笑みと勝者特有の傲慢さを兼ね備えて僕を煽って来た。

 

「あとはお前だけだぞ。まだ心装は使えないのか? 俺はもう使えるぞ?」

 

「……言ってくれるじゃねえか」

 

ふっと僕は鼻で笑う。舐めてくれるなよと態度で示す。

そんな僕を見て、周囲の大人たちがざわりとどよめいた。

 

「まさか……」

 

「やっと……ついにか?」

 

「四人全員とは……こんなことがかつてあっただろうか」

 

期待に満ちる大人たち。

向けられる視線に背筋を正し、三つ指ついて頭を下げる。

 

「ごめんなさい。使えません。許してください」

 

僕は恥も外聞も捨てて土下座する。

まさかグレンではなくこの僕が笑い者になるとは、朝起きた時には全然思いもしていなかった。

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 

僕には三人の幼馴染がいる。

幼馴染と言いつつ全員血がつながっているので、実際は兄弟姉妹みたいなものだ。

 

当主のアズマには三人の妻がいた。

三人とも名家の生まれで、武芸が達者。史上最年少当主のアズマに相応しいと選ばれた女たち。

きっと皆床上手なんだろう。あのアズマに子種を吐き出させたのだからそうに違いない。

三人は示し会わせたかのように、揃って同時期に子を孕んだ。

 

一人目の妻は双子を生んだ。姉がカルラ。弟がグレン。カルラは一年前、11歳で心装を修めた天才だ。

今日、グレンも心装を修めたが、姉と比べて一年遅れて修めたことになり、大人たちの間で驚きは今一つ少なかった。しかし、それだって考えられないほど早い。間違いなく天才のそれ。

 

二人目の妻は一女を設けた。

これが最大の問題で、四人の子供の内もっともアズマに似ている。10歳で心装に至ったのだからとんでもない天才だ。アズマより8つも早い。そこまでくると、きっと生まれた時からもう人間じゃなかったんだろう。一周回ってなんだか可哀想になる。

 

斯く言う僕は三人目の女の子供だ。

四人の中で唯一未だ心装に至っていない。

その現実を一番憂いているのが母だった。

 

「どうして……なんで?」

 

ぐるぐると落ち着きなく部屋を歩き回る母は独り言を繰り返している。僕の方など見もしない。

 

「なんで出来ないの。どうして……」

 

聞かすつもりがあるのかないのか。グレンの心装のお披露目が終ってすぐ部屋に呼びつけたのだからそのつもりに決まっているが、なんとも陰気なことだ。

言いたいことがあるならはっきり言ったらいいのに。

 

「私だって出来る……なのに、どうして、あんたが出来ないの!!?」

 

……くる。

 

突然激高した母は、側にあった花瓶をつかんで投げつけてきた。

ふんっと腹に力を入れ、思いっきり背筋を反らして回避する。

花瓶は壁に当たって粉々になった。畳が水びたしになってしまう。

 

「出来るようになりなさい!! 今、すぐに!! これは命令です!!」

 

「ムリ」

 

「命令です!!」

 

無茶苦茶な命令を鼻で笑って拒否する。

出来ないものは出来ないのだ。今すぐやれと言われても無理なものは無理。

 

「グレンまで出来たんです!! あなたが出来なくてどうするんですか!? 時代も性別も関係ない!! やれ!!」

 

「なんだか腹減っちゃったな。なんか食うか」

 

「聞きなさい!!」

 

最近、特に情緒不安定な母は物に当たり散らすようになった。

自分の子供が心装に至れないと言うのがとんでもなく堪えている。

 

それもそのはず、母は三人の妻の中で唯一心装を扱える女だった。だからこそ一番期待されていた。期待に応えるため、武を捨て女になる道を選んだ。なのに、自分の子供が心装に至れていない。

他の二人の子供が至れているだけに、問題なのはお前の血だと突き付けられているようなものだから。母はどうしようもなく堪えている。期待に応えられないことが、期待を裏切ることが、とてつもなく恐ろしいのだ。

 

怒声を聞いてやってきた女中たちが母を抑える。なだめて落ち着かせようとするも、中々落ち着かず難儀している。昔の穏やかな母の面影はどこにもない。……一線越えちゃったかもしれねえなあれは。

 

「若」

 

「……じいやか」

 

「こちらへ。お早く」

 

あとからやってきた老齢の召使いが僕を部屋から連れ出した。

親の見苦しい姿をこれ以上見せまいと言う心遣いだった。

そういうことが出来るから、彼は教育係なんて言う立場にいる。

 

教育係とは、当主の子供を初めとした、将来有望な子供たちに英才教育を施す人たちのことだ。

この家にはそれが何人もいて、僕にも一人割り当てられた。僕は彼のことをじいやと呼んで、じいやは僕のことを若と呼ぶ。他の子供たちにも別のが一人ずつ付いていて、強い人になると師範代クラスの凄腕と聞いている。

師範代と言うことは心装も使えると言うことだ。思ったより心装を使える人はたくさんいる。どんだけいるんだよ。

 

「ミカゲ様はいささか体調を崩しておられます。あまりお気になされぬように」

 

「母さん、どこか遠くで休ませた方が良いんじゃないの」

 

部屋から出る直前の母の姿を思い出す。

目を血走らせ、髪を掻き毟るその姿はもはや正気を失っていた。どこかで養生させた方が良いかもしれない。子供のことなど忘れて、新しい人生を歩ませた方が幸せではないだろうか。

 

「親は子と共に在るもの。この程度の苦難は――――」

 

「このままだと死ぬぜ、あの人」

 

たぶん追い詰められて自殺とか。

うつ病とかそういうの。精神病って周知されてるのかな。あんまり理解されないよね。僕だってよくわからない。俺は知ってるけど。

 

「そのようなことを……」

 

「反論はなしだ。お前の価値観はどうでもいい。命令する。死ぬ前にとっとと移せ。この年で親の葬式とか出たくねえからさ」

 

「……しかし」

 

「返事はイエスオアノー。つまり『はい』か『いいえ』だけだ」

 

「…………わかりました。若がそう仰るのなら」

 

「死ぬ前に頼むわ。良いセラピストつけろよ。……それにしても、母さん大丈夫かな?」

 

最後はじいやに問いかけたのだが、じいやは返事をしなかった。前後の文脈は今一つ繋がっていなかったかもしれない。

 

母の部屋から連れ出されたついでに、向かう当てもないので外の空気を吸おうと玄関に足を向ける。

何世帯も暮らす平屋――長屋と言うのかもしれない――では、三人の妻とその子供が一つ屋根の下に暮らしている。

毎日のように顔を合わせ、そして話をする。妻同士、子供同士で仲がいいとはお世辞にも言えない。派閥争いみたいなものがある。こんなところでは心一つ休まることはないだろう。

 

僕の後ろをじいやが着いてくる。顔を見ずとも陰気な顔をしているのが分かる。雰囲気がじめじめしている。

言われたことをさっさとやれよと俺は思うのだが、あんまり急がせても悪いかなと僕はそこに口出しするのを抑え込んだ。

言われずともやるだろう。それだけの信頼はあるわけで、俺は少し短気すぎる。僕みたいにもう少し辛抱強くあってほしい。――――辛抱強いんじゃなくて優柔不断なだけだと俺は思う。

 

分家筋が呼び出された今日のお披露目。皆が道場に集まったわけだが、そもそもほとんどが近所に住んでいる顔見知りだ。

この小さな島全体が無心流の関係者で、狭い世間で顔をでかくして生きているどうしようもない奴らの集まりだ。

こんな環境じゃあ育つものも育たない。……"あいつ"みたいに歪んでしまうのも無理はない。

 

俺が立ち止まるのに数瞬遅れて背後のじいやも立ち止まった。

視線の先にいる少女に気づいたのは、立ち止まった後だと言うのだから実力を疑ってしまう。どんだけじめじめしてたの?

 

「レイ様?」

 

じいやがその名を呼ぶ。

呼ばれた本人は碌に反応もせずに突っ立つばかり。じっと見つめるその先には俺が突っ立っている。

 

「このようなところで何を……」

 

「――――血が」

 

じいやの言葉にレイが言葉を被せて来る。

還暦を過ぎ、師範代を経て教育係と言う名誉ある立場にいるじいやでさえ、レイの言葉を遮ることは許されない。

じいやは口をつぐみ、レイの言葉に耳を傾ける。

 

「血が腐っている、と」

 

「……は?」

 

「あなたの血は……半分腐っている、と……聞いた」

 

ほぼ表情は変わらず、ぼそぼそと喋っているように見えるのに、なぜか明瞭に聞こえて来る七不思議。

光のない目に生気のない顔は死体と見紛う。僕は思う。気味が悪いと。俺は言う。ロボットみたいな奴だと。

 

「腐っているから、心装に至れない……なら、半分抜けば……至れる?」

 

そんなことを言いながら短刀を取り出したレイは、ゆっくりと一歩踏み込んで、庇うようにじいやが俺たちの間に割り込んだ。

 

「お待ちくだされ、お待ちくだされ! そのようなこと、一体誰が……っ!?」

 

いつの間にか。

レイが俺の目の前にいる。

 

「ねえ」

 

じいやは言葉をなくし、俺は動かない。動いたら駄目だと僕が言う。

 

「……」

 

「ねえ」

 

「……」

 

「ねえ」

 

「……」

 

「答えてよ」

 

薄く頬が引き裂かれ、僅かな痛みと共に血が伝う。

それでもなお、微動だにしない俺に対し、レイは一気に距離を詰め、ぬるりとした感触が妙な生暖かさと共に俺の頬を這った。

 

「ん……普通の、血の味……」

 

ゾゾゾ、と鳥肌が立つ。こいつ、舐めやがった。俺の血を、頬を、舐めやがった。

 

「腐って、る……?」

 

小首をかしげるレイに、俺の頬はひきつるばかり。

知るか確認するな舐めんなぶっとばすぞ。

 

心中を満たす言葉とは裏腹に俺の体は一切動かず、おもむろに握られた短刀が、今度は反対の頬を切り裂いた。

より深く長く裂かれた傷口から大量の血が流れ出し、何の躊躇もなく、レイは舌で舐めとっていく。

 

「ん……ふ……」

 

もう、俺は限界だ。顔にかかる吐息を感じながら、俺の我慢は限界に達していた。

つい先ほど、僕は俺を短気と言ったが、ここまで我慢してる時点で十分忍耐強い。

よくやった俺。だから動け俺の体。今こそ主導権を俺の手に。

 

願いは届き――たぶん僕の方が先に限界に達した――手が動く。

未だに頬に吸いついていた馬鹿をひっぺがし、胸ぐらを握って睨み付ける。

 

「てめえ、舐めた真似してくれたなぁ?」

 

俺の弩級の怒りを受け、レイは慌てる素振りも見せず、ぺろりと唇を舐めた。

そして感情の一つも見せずに言う。

 

「腐って、ない」

 

「ったりめえだろうが! 血が腐ってたら死んでんだよ!」

 

レイは俺の手を払いのけ短刀をしまう。

悪びれもせずに踵を返し、何事もなかったように立ち去ろうとする。

その背中に飛びかかろうとする俺を抑えて、僕はその言葉を投げかける。

 

「母さんを愚弄する人を僕は許さない」

 

「……」

 

「そう、伝えておいてくれる? 腐った血って言った人たちに」

 

レイは答えず、そのままどこかに行ってしまった。

まったく。なに考えてんのかわかんねえ奴だなと俺は思い、僕は心の底から同意する。怖かった……怖かったよ……。

 

なんなのあいつ。何で平気で人の顔舐めれるの? 何で血とか味わうの? 吸血鬼かよ。つうか僕も僕だよ。どんだけ怖いのか知らねえけど、されるがままにしやがって。ああいうのはなぁ!? 一発思い知らせてやんなきゃわかんねえんだよ!!

 

「若……」

 

やらなきゃやられるんだよ。だからやれ。次はやるぞ、と俺が僕に説教していると、何の役にも立たなかった奴が存在を主張してくる。

俺の矛先はそっちに向いた。

 

「てめえ、爺! てめえなにボケっと見てやがったんだ! 役に立たねえなら消えろ!」

 

「面目次第もございません」

 

「どいつもこいつもあいつを特別扱いしすぎだ! 今度変なことしたら一発ぶん殴れ!」

 

「……は」

 

そんな絶対に期待できない返事をもらっても、俺の溜飲は下がらない。

見かねた僕が、それぐらいにしておきなよ、と宥めれば、お前はむしろ足引っ張ったよな、と火に油を注いでしまう始末。

 

これは長くなるぞ、とこっそりため息を吐けば、筒抜けだ!と気勢が上がる。

そういえばそうだったね、と苦笑する他ない僕だった。

 




続きを書くと長くなるのでこれ一話だけです
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