一つの体に二つの魂。三つ子の魂は百まで   作:紺南

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一話だけですと言った先週の自分と今日の自分は別人です
言ったことを守らないことに定評があります
沈黙は金とはよく言ったものです


第2話

僕の中にもう一人の僕がいる。つまるところ俺。

彼は物心ついた時から僕の中にいて、たぶん生まれた時から一緒だった。

 

僕にとっては空が青く、海が広いのと同じぐらいの普遍的な日常だったわけだけど、周囲にとってはそんなわけもなく、このことについて異常だと僕が気づいたのは随分後になってからだった。

 

小さいころの僕はさぞかし気味が悪かっただろうと振り返って思う。

なにせずっと一人で話し続けていたのだから。今でこそ周囲の目を気にして心の中で会話しているけど、周囲の目を気にしていなかった頃にはすべてオープンだった。

 

ずっとずっとずぅっと独り言だ。寝ても覚めても飽きることなく。飽きるはずもなく僕は彼と話し続け、周囲をドン引きさせるのと引き換えにその仲を育んでいた。

 

気狂いとか言われて処分されていてもおかしくなかった。そういう意味では、そこまで至らせないよう尽力した母とじいやに凄く感謝している。一部女中もよくしてくれた。それにも感謝してる。……心の中でね。

 

「ねえ俺」

 

――――なんだい僕ちゃん。

 

ひと気のない林の中で僕は俺に話しかける。

彼は僕のことを甘ったれた子供だと思っている。思っていることはお互いに筒抜けだから隠しようがない。

僕がレイのことをすごく怖がっているのに、彼は微塵も恐怖を覚えていないとか、僕はそれほど性に興味がないのに、彼は性豪よろしく色々反応するとか、性格や性癖には明確な違いがあって、人格は確と異なっている。

 

彼が僕のことをちゃんと呼ぶのは気に障るけど、言ってもやめる気はないらしい。理由はお似合いだからとか。皮肉かな?

 

「グレン、心装至ったね」

 

――――そうだなあ。

 

受け答えから感じる興味のなさ。どうでもよさそうな俺。

僕にとっては一大事なんだけど、俺にとってはどうでもいいこと。

一つの体を二人で使っている現状、この違いは許しがたい。

 

「僕も心装に至りたいよ」

 

――――そうなんだあ。

 

「だから、いい加減消えてくれないかな」

 

――――断固として断る。

 

僕は、自分が他の子供たちに明確に劣っている自覚がある。

才能がない。センスがない。精神がもろい。

 

考えうる限りの全てが劣っている。それは確かだ。否定できない。

けれども、やっぱり、負けたくなかった。

 

せめて心装に至りたい。一つのゴール地点だ。

それが出来れば、大人たちも僕のことを認める気がする。

侮られ、見下され、蔑まれ、疎んじられて。それでも僕は頑張って来た。

 

しかし、未だに心装に至っていない。至れない。

僕にはやっぱり無理なのかと、諦めかけたことが何度もある。その都度、母やじいやに励まされ奮起して来た。

そうして歩んできた僕の足跡。ある時ふと立ち止まり、来た道を振り返りながらよくよく考えてみた。

心装とは心の具現化。自分と向き合い、自分を知り、自分を見つけて初めて至れるその境地。

 

僕に一体何が足りないのか。なぜ出来ないのか。考えてみれば、答えは目と鼻の先にあった。

 

『ねえ、俺』

 

――――なんだい僕。

 

『僕が心装に至れない理由なんだけどさ。ひょっとして、君のせいなんじゃ?』

 

――――……ようやく気付いたのか僕ちゃん。

 

一つの体に二つの心。間借りし、共存し、同居している。

僕と彼には別の意思が存在し、二人で一つの体を別々に使っている。

 

そもそも、心とはいったい何なのか。この体に心は本当に二つあるのだろうか。それとも一つを共有しているだけなのだろうか。

そんな初歩的なところから分からない僕に、心装に至れるはずもなく。かくして僕は、心装に至れない人生を宿命づけられた。

もし、僕が心装に至れるとするなら、それは僕の中から俺が消えたその時だけだ。

だから僕は事あるごとに彼に言う。消えてくれ、と。俺は答える。嫌だよん、と。

 

お約束の会話を終えても、僕らの間にギクシャクとした空気はない。だって僕らは一心同体。折り合いをつけていくしかないんだから。

 

「それにしても、グレンが心装か……」

 

意外だなとひとりごちる。

あのグレンが至るとは。思いもしなかった。

 

歴史を紐解けば自ずと見えてくるものがある。時代と言われるもの。あるいは流れとも言う。

それは、この世界の主導権についての話だ。

 

この世界の一つの特徴として、男が強い時代と女が強い時代が交互に来る、と言われている。

王と呼ばれるものがすべて男で占められていた時代。その時代は要職はすべて男が務め、歴史に名を残すような武に秀でた者もすべて男だった。しかし時代が変わり、王が女王と変じれば、それらはひっくり返る。

男は女にすげ替わり、武に秀でた者も女と変わる。

 

別に女が優遇されているとか、男が差別されているとかではない。

実力主義のこの世の中で、男が強い時代と女が強い時代が交互に来ているだけだ。

ゆえに時代と呼ばれる。男の時代、女の時代。強いものが頂点を取る。弱肉強食のその一環。

 

今はその変革期と言われている。男が強かった時代から、女が強い時代へと移り変わりゆく最初の時期。

レイが10歳で心装に至ったのも、カルラが11歳で心装に至ったのも、だからと言われれば妙に納得がいった。だからこそ、グレンが12歳で心装に至ったのは意外だった。もっとずっと遅れるものと思っていた。

 

――――僕ちゃんが至れないのはもういっそ仕方ないかもしれないが、グレンが至るのは驚きだったな……。僕ちゃんは仕方ないにしても。

 

「ねえ、喧嘩売ってる? 誰のせいで至れないのかわかってる? そういうこと言うなら君消えてよ」

 

――――人のせいにする前に修行しろ。努力が足りねえんだ。努力が。

 

釈然としない思いを抱きながら修行を始める。

木刀を握り、一心不乱に振っていく。都度、心の内から指摘が入る。

 

――――握り方が違う。その握り方だと手首壊すって何回言わせんだ。重心もぶれてるぞ。やる気あんのかてめえ。

 

くっ……。

彼の指摘に唇を噛む。わかってるよと内心で答えて、わかってねえだろと叱られる。握りと重心を意識する。

 

握りはすぐに改善されたけど、重心は全く駄目だったらしく、そこの倒木に乗りながら振れと言う。細い場所でなら重心を意識しやすい。重心がぶれれば体勢を崩すから、いやでも意識せざるを得ない。理にかなった訓練法だ。そんなことを、彼はなぜだか思いつく。僕は全然思いつかないのに。

 

このように、彼には日頃からお世話になっている。本当に、なんでだか知らないが、彼は剣の道に詳しい。無心流にはてんで詳しくないけど、基礎的なことはよく知っている。

そのことについて、彼は睡眠学習の効果だと嘯く。疑わしくてたまらない。

 

――――相変わらず日によってぶれるなあ……出来る日はとことん出来るのに、出来ない日は全くできない。ムラありすぎ。……やめれば? 剣術。

 

酷いことを言わないでくれ。僕にはこれしかないんだから。

生まれてこの方やり続けてきた。これを捨てれば何も残らない。僕にはもうこれしか生きる術がない。

 

そう言う僕に、彼は指摘する。

 

――――まだ12歳で悟ったことを言うな若造。人間遅すぎるなんてことはない。20歳でも30歳でも、やろうと思えば出来るもんだ。

 

くっ……。

ああ言えばこう言って言い返してくるところは実に年寄りっぽい。じいやみたいだ。精神年齢一緒のはずなのに。……え、一緒だよね?

 

共に育ってきたはずのもう一人の僕に、なんだか得も知れない疑惑を持ちつつ修行を終える。

今日の僕は酷かった。明日の僕に期待しよう。

 

――――僕ちゃん今日は疲れましたねえ? お風呂入って寝んねしましょうねえ。

 

「やめてくれるかな。気持ち悪いから」

 

――――いやですぅ。

 

彼は本当にいい性格してる。

事あるごとに煽って来る彼に、僕はなす術がない。自傷覚悟で殴ってもいいのだが、同じだけの痛みを受けるはずなのに、僕は泣き、彼は笑う。まったく意味が分からない。

 

幸いなのは、体の主導権は僕にあると言うことだ。まれに無理やり奪おうとしてくることがあるけど、大抵は抵抗できる。

彼は僕の許しがなければ体を動かすことが出来ない。……寝てるときは別らしいけど。

 

僕は林を出て家に向かう。

それほど大きいわけではないこの島では、すれ違う人のほとんどは僕を知っている。

たまに挨拶をしてくる人は媚びるような眼差しをしていて、それ以外の人は面白いものを見る目で僕を見ている。

お披露目で僕が土下座したことを知っているんだろう。噂が出回るのが速い。これだからこの島は嫌だよね、と僕は辟易とし、俺は噂好きのカス共で片づけた。怒ってるらしい。

 

と、遠くから僕を呼ぶ声が聞こえた。

 

「ヒナタ様ぁ!」

 

声の主は母さんに仕えている女中の一人。女中の中では一番若くて僕とも年が近い。その割には母からの信頼が厚く、なんでも親の代から仕えているらしい。

泡を食ったようにかけ寄って来る彼女は、責めるような眼差しを僕に向けている。

 

「ミカゲ様を島から追い出すってどういうことですか!?」

 

あ、その話か。

今すぐにでも食いついてきそうな彼女を宥めるため、僕は笑顔で応対する。

 

「追い出すんじゃないよ、避難させるんだ」

 

「同じです! 言葉を弄して逃げないで下さい! あとその顔やめてください! 気持ち悪いです!」

 

「……逃げてないよ」

 

彼女はどうにも冷静さを欠いている。

何を言っても納得してくれそうにない。母さんが良い状態じゃないのは知ってるはずだけど。

 

「ミカゲ様は武人なんです! 心装まで至った凄い人なんです! そりゃあ、多少お子さんは不出来かもしれませんが、よりによって島から追い出すなんて! どうしてそんな酷いことなさるんですか!? このひとでなし!!」

 

「だから追い出すんじゃなくて……」

 

「同じです、同じなんです! 今までミカゲ様は一度も逃げたことがありません! ですからお願いです! 考え直してください!」

 

――――こいつ、本人に向かって不出来とかひとでなしとか言ってんのか? ……え? 舐めてる?

 

いけない。俺が出てきちゃう。沈まれ俺。多少の悪口は大目に見てあげよう。僕も傷ついてるんだから。

 

「考え直すつもりはないよ。母さんは今調子が悪いから。僕の側にいたら余計悪くなっちゃう。離れた方が良いんだよ」

 

「……それならひとでなしが外に出ればいいのに……」

 

やっちゃえ俺。

 

――――任せろ僕。

 

「――――ん? なに? なんつった? さっきからなんつってる? 俺、ミカゲの子供よ? 主の子供よ? 舐めてる? ねえ舐めてる?」

 

「舐めてません」

 

「俺の目を見て言え。言ってみろ。舐めてませんって言ってみろ」

 

「舐めてませんけど? あなたを舐めるのはレイ様ぐらいです。しつこい人は嫌われますんで、もう一回舐められて反省してください」

 

「カッチーン」

 

「きゃー!! 来ないでぇ!!」

 

今さらのように悲鳴を上げた馬鹿女中をアイアンクローで沈め、俺は帰路につく。

馬鹿はその場に置いて来た。そのまま馬にでも踏まれればいいのに。

 

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