飲み終えたホットドリンクのビンや余ったガウシカの生肉などを処分し終え、初めて来た時の姿を取り戻した空間を眺め一人呟く。
「この小屋とももうお別れか……短かったけど楽しかったな」
ドンドルマの街からやってきて早数か月、私の極寒の地での生活と共に有ったのがこの出来たばかりの建物。窓から覗く景色はいつも吹雪で最初に見た時は本当にここで生きて行けるのか心配になった物だ。だというのに此処を立ち去る事になった今、私の心には寂しさまでもが生まれているのだから何とも面白い。
「うひゃー、とんでもない吹雪ですね!危うく遭難するかと思いましたよ!」
「凄いだろう、ハラッド君。この辺りでは良く有る事だよ。しかし良く来てくれたね、こんな所まで」
全身を真っ白に染め上げながら慌てて一人の男性が小屋に駆け込んでくる。今や立派なエリートになった彼がわざわざ私なんかの為に辛い思いをして駆けつけてくれるとは……正に感無量だ。
「本当にありがとう、ハラッド君。君も出世しているんだから忙しいだろう?無理に時間を作って私の引っ越しの手伝いに来てくれるなんて……」
「気にしないで下さい、コスタさん。一度この辺りに来てみたいと思っていましたし、誰かが次に行く所を伝えに行かなくてはいけないんですから。何より、あなたのお蔭でどれ程の命が救われた事か……ギルドの人間として、感謝に堪えません」
「ああ、あのティガレックスの事かい?大した事じゃないよ。運が良かっただけだし、何より私では撃退するのが精一杯だったんだ。本当のヒーローは討伐を行ったハンター達だよ」
私が赴任するまでの道中、運悪く視界を遮る様な物凄い吹雪に襲われた。それだけなら地元の人にとっては慣れっこなのだが、最悪なのはそれに紛れて凶悪なモンスターティガレックスが襲ってきたのである。
生憎武器を携帯していなかった私に出来たのは、多少の傷を与えて追い払う事のみ。止めを刺し平和を取り戻したのは村に到着してからギルドに派遣して貰った若いハンター、彼らが居なければどうなっていたか……。
「それはあまりにも謙遜しすぎですよ、新人だった彼らがティガを倒せたのは剥ぎ取りナイフ一本で片目を潰してあちこちを部位破壊したコスタさんの活躍有っての事です。例え記録には残らなくとも……本当の英雄を、僕は忘れません」
「そうか、そう言ってくれると嬉しいね。……さ、早く片づけを進めちゃおうか!二回目だけどいざ処分するとなるとどれを処分していいか分からなくてさ……」
『いるもの』『いらないもの』とそれぞれ書かれた二つの箱を前に並べる。前回初めて使ってみた所これが実にやり易い。私は優柔不断な所が有るのでこれからも重宝する事になるだろう。……我ながら『これからも』という部分に何故か不安になるが、きっと気のせいだ。
「ええっと……まずはギルドカード!これは要るよね?」
「まだ持っていらしたんですか……?それは要りません。なぜならあなたは、これからは筆頭ハンターでは無く隊長になるんですから」
「そうか、たい……隊長!?予想外のワードだね!私はただのハンターだよ!?」
次に行く場所でも強力な相手が待ち構えていると思っていたが、予想を斜め上に裏切られた。とはいえこれを予想できる方がよっぽどおかしいと思うが。
「じゃ、じゃあこれはどう?双眼鏡。確かに雪山では使えなかったけどさ、今度の場所では――」
「これも要りません。雰囲気は出ますが遠くを見ても何も変わりませんし……目が、潰れます」
「潰れるの!?何で!?」
「太陽の光が強いですからね、仕方有りません。あ、夜なら大丈夫ですよ?見えませんけど」
それはつまり、いらないという事だろう。箱にそれらを投げ入れつつある程度の確信を持って次の質問をする。
「何となく想像は付くけど、これはどう!?ガウシカのコート!自分で狩った素材で作った上等な――」
「それも要りません。代わりにこれを着て下さい」
「やっぱりね!そう来ると思ったよ!」
ベージュ色の半袖と半ズボンを受け取る。間違い無く暑い所だ。
「あ、そういえばさ。ギルドからこんな本が送られて来たんだけど、ちょっと意味が分かんないんだよね。『世界に潜む伝説のモンスター』だって。今時こんなの子供でも信じないのに、何をしたいのかな?これは勿論いらな――」
「必要です」
「え?今回の仕事とこれ関係有るの?」
「ええ、大いに」
一体何をさせられるんだ!?隊長という言葉にこの本。まさか幻のモンスターを討伐しろって言うんじゃ……
「あのね、ハラッド君。私はもう若くないからさ、強いモンスターと戦うなんて無理だよ?」
「それは大丈夫です、今回コスタさんになって貰うのは討伐隊じゃ無くて捜索隊の隊長ですから」
「あ、探し物か。成程ね、それだったら私でも――じゃあこの本は何?一体何を探す気なの!?」
「……十八ページ目を見て下さい」
言われるがまま本を開くと、見開き一ページを大々的に使ったある一匹のモンスターの紹介が書かれていた。太陽が照りつける砂漠に佇むその姿は正に伝説ともいうべき威圧感を放っている。
「片角のマオウ……?確かに有名だけどさ、わざわざ探さなくても居るのは確認されているでしょ?」
「こ、今回探して貰うのはモンスター自身じゃ無くて……うぅっ……」
「どうして泣いているの?じゃあ一体何を探すの!?」
「実は、ギルドマスターが息子さんとケンカしたらしいんです。それで機嫌を直して貰う為にその子が好きなマオウの角、倒してしまうとまた怒りそうだから折れてしまっているもう片方を探し出して渡したいって仰って……」
という事は何だ?いつ無くなったのかも分からない、どこに有るとも知れない存在さえあやふやな物を求めて私に砂漠をさ迷えと言うのか?当然の事ながら件のマオウも近くには居るだろうに、ギルドは私を殺す気か!?
「そんな危険な任務、私が隊長なんて務まらないよ!隊長って言っていたよね、だったら他のメンバーに任せれば――」
「他の隊員は全員アイルーなんですよ!」
「がんばれぇ~!負けんな~!力の~限り、生きて……やれ……」
せめて他にもハンターの仲間が居るならまだやっていけそうなのに、よりによってアイルーだけだと!?なぜギルドはこんなにも私に辛く当たるんだ……。
「あなたが!あなたが雪山の頂上にギルドマスターの雪像なんか作るからいけないんだ!」
「アレかぁ~!尊敬していたし宣伝にもなるから、良かれと思ってぇ~……!」
涙も凍る極寒の雪山から、汗すら乾く灼熱の砂漠へと新たな旅が始まる。私の平穏な日々はいつ帰って来るのだろう?今はまだその兆候すらまるで見えやしない。
意味が分からないと言う人は小須田部長で検索。