君と二人の休憩室。
 もし、立場なんてなかったら。

 ※pixivにも投稿しています。

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 書きたいことを書き殴っただけなのです。


第1話

 毎週金曜日の夜。私は仕事帰りに、ある場所に向かう。制服から私服に着替えて、ゲヘナ風紀委員長の空崎ヒナからただの空崎ヒナになって、あの人の傍に行く。きっと、私を知る人間は酷く驚くことだろう。

 恋する乙女のように、鏡の前で何度も身嗜みを整えて、少しでも可愛いと思って貰えるように、自分が持ってる中でも一番オシャレな服を着る。アコが譲ってくれた、フリルの着いた白いワンピースだ。正直、私には少し気恥しいけれど、先生が褒めてくれたから。

 

 

「今日も、行こう」

 

 

 時刻は午後八時過ぎ。

 月が淡く、街灯が強く、辺りを照らす頃。私は学校をあとにする。

 思い返せば、初めは些細なこと。弱さを漏らして、わがままを零して、それでも自分から寄り添うことができない私を気遣った先生が提案した、一つの方法。それは──先生が寝てる時に甘えるという、至極シンプルな方法。

 

 

 普段から仕事に追われる先生も、基本的に土日は休みだ。もっとも、その休日を私たち生徒の用事に付き合うことに使っているから、あってないようなものなのだが、それでも休みは休み。だからこそ、平日の終わりである金曜は忙しく、夜遅くまで仕事をしている……らしい。

 

 

 そして、先生は溜まった疲れと眠気を覚ますために約一時間、必ずと言っていいほど仮眠をとる。夜も遅く、当番の生徒も帰した、九時から十時の間が、私たちの時間。誰にも見られず、邪魔されず。眠っているから、先生すら気付かない泡沫の夢。

 約束は一つ。たった一つだけ。何があっても、生徒と先生の一線は超えないこと。それが、先生が提示した条件。私が断る理由はなかった。

 

 ◇

 

「先生、入るよ」

 

 

 一言そう言って、先生が仮眠をとるシャーレの休憩室に入る。返事はない。当たり前だ。当の先生は、ベッドで穏やかに寝息を立てているのだから。

 

 

「……毛布。しないと風邪引くよって、言ったのに」

 

 

 生徒の体調は心配になる癖に自分にはとことん無頓着な人、それが先生。大人なのに子供っぽくて、真面目なのに変なところがあって、私の気持ちをいつも優先してくれる、そんな優しい人。

 慕ってないと言えば、嘘になる。

 けど、約束は違えない。いくら忘れようと努めても、先生はシャーレの先生で、私はゲヘナの風紀委員長で、どんなにがんばっても長続きはできない。わかりきった未来だから、夢は見るだけ。口にはしない。

 

 

 なんというか、そんな雰囲気が私たちの間にはあって、何もしないのが暗黙の了解だった。だから、近づき過ぎないように、ベッドに入っても距離を取って、ただただ手を握るだけ。

 私より大きくて、私より弱い手。

 私より綺麗で、私より優しい手。

 何人も、何人も、この人の手が救ってきた。夢を笑わず、在り方を認め、弱さを肯定してきた。

 

 

 でも、今なら私にもわかる。先生だって、本質的には私たちと同じなんだ、って。目の前にいるこの人も、私たちと同じように悩んで、迷って、生きている。大人になったら隠すのが上手くなるだけで、先生も多くを抱えている。

 

 

「ほんの少しでも良いから、分けてくれればいいのに」

 

 

 重荷を一人で背負うのは難しい。

 お節介かもしれないが、私はそれを良く知っている。アコやイオリ、チナツのような風紀委員会のみんなに助けられたこともあれば……先生、あなたに助けられたこともある。

 先生だから、導く人だから当たり前だとあなたは言うけれど、そんなことない。そんなことはないんだ。

 

 

 なんて、起きてる先生に言えたらいいのに。

 私はそんな勇気もなく、停滞を選んで、手を握る。反射で握り返される手が、いつか本心から握られることを願って。

 

 [newpage]

 また、翌週。私は先生の下に向かった。

 覚めない夢を見るために。

 

 

「…………」

 

 

 でも、その日は何かが違った。

 前までなら灯りが付いていたはずなのに、今日は付いていなくて。薄暗い部屋の中を歩き、なんとか定位置に収まる。目を凝らせば、先生がいることがわかって安堵したけど、やっぱり何か変だった。

 

 

「先生……?」

 

「……これはさ、独り言なんだ」

 

「……うん」

 

「私はズルい大人で、ある女の子を騙してしまった。自分から約束したのに、自分が始めた秘め事なのに、ずっと騙してた」

 

「…………」

 

「本当は、ただ二人だけの時間が欲しかった、私のわがままでもあったんだ。寝たフリでも、喋れなくてもいいから、傍に居たかった」

 

 

 何回目かも忘れた逢瀬。慣れてきたら体温が急に攻撃を始め、心臓がドキドキと早鐘を打つ。感情の衝突事故だった。

 今更なんで、と泣きたくなる心と。

 夢が夢じゃなくなる嬉しさに歓喜する心が、ぶつかり合う。

 

 

 唇が震えて、上手く言葉にならなくて、たった一言の『好き』が言えないのがもどかしいのに、先生の続きを待っている自分がいる。

 本当に、バカみたいだ。

 

 

「ヒナは、そんな酷い人のこと、どう思う?」

 

「わた、しは……私は──」

 

「……ごめん、やっぱり聞くまでもないよね。すぐにどくよ。ベッドは好きに使っていいから」

 

 

 違う。

 違うんだ。

 私が望んだその先は、こんな酷いバッドエンドじゃなくて、ただあなたに──

 

 

「好き」

 

「……ぇ?」

 

「私は、先生が好き。私の知ってる先生は酷くなんかない。それを言うなら、止まってた私の方こそ……酷いわ」

 

「……っ! そんなことない! ヒナは悪くなんかない! 悪いのは私で、ヒナは……ヒナは……」

 

 

 この問いに、きっと正解はない。

 立ち止まった私と、それでも先に行きたかった先生。甘えベタな私たちの間にできた亀裂は、修復ができなくなるほどに広がろうとしていて、止めるための手立てが必要だった。

 初めてはもっとロマンチックに、なんて理想はおしまい。今はただ、明日を二人で迎えられるように、ほんのちょっとの勇気が欲しかった。

 

 

「ごめんなさい」

 

 

 不意打ち気味な口付けは、完全に重なることはなく、微かに触れるほどのお遊びのそれ。

 だというのに、胸の熱は頭まで上り、顔が段々と火照っていく。対して、向かい合う先生の顔は見えない。窓から入る月明かりで、僅かに顔の輪郭がわかる程度。

 だけど、なんの確証もなく私は先生も赤くなっているんだろうな、と思った。

 

 

「……ズルくて良い。私もズルいから、これでおあいこ。そうでしょう、先生?」

 

「あぁ……ヒナには勝てないなぁ、ほんと」

 

「それ、私もいつも思ってる」

 

「今度は、起きてる時でも君の手を握っていいかい?」

 

「……二人だけなら、ね」

 

 

 そう言って、二人きりの休憩室で私たちは寄り添い。くっついて寝るには少し広く、離れて寝るには狭いベッドの上で、抱き合った。

 先生の心臓の音は、うるさかった(心地良かった)




 後日談ユズトーク
 
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