テニスの王子様の言うとおりっ   作:ヘビとマングース

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10 不調な心境

 何が不満なんだと問うてみれば、悠介は恐る恐る自分の意見を口にし始めた。

 

 「ランキング戦は伝統で、実力主義を表す取り決めだけど、評価の基準はシングルスだ。青学はシングルスが強いって言われてる反面、ダブルスは流動的で強かったり弱かったり。だから黄金(ゴールデン)ペアは歴代最高クラスに完成度が高いって評価されてるわけで」

 

 昼食を取りながらの会話だった。

 試合は継続して行われている。各々が空いた時間で休憩や昼食を取るよう言付けられ、ちょうど空き時間が重なっていた悠介の隣にはリョーマが座っている。

 持参した弁当を食べながら、悠介はしょげているとも真面目な様子とも取れる顔をしていた。

 

 「大石先輩と菊丸先輩、一年の頃からダブルス組もうって決めてたんだって。部活の練習はほとんどメニュー通りにやって、自主練でダブルスのこと学んで、大会で結果出して今があるんだ」

 「ふーん。菊丸先輩って意外と真面目なんスね」

 「かなり気分屋だけどな。でもさ、結局実力を測るのはシングルスなんだよ。チームのためとかパートナーのためとかどんだけ考えてても、シングルスで負けるとレギュラーにはなれないから、どっちかが負けたらそれだけで黄金(ゴールデン)ペア解消ってことになっちゃう」

 「それがルールなんでしょ?」

 「そうなんだけどさ」

 

 明らかに納得していないという顔で悠介が唸る。

 部活においてはマネージャー同然に働き、あちこちを動き回って忙しなく、部員を気遣って多くの時間を使っていた。そんな彼だからこそなのか、テニス部員へ向ける仲間意識は非常に強くて、気になることはたとえ先輩であろうと意見することがあった。

 

 他の部員に比べれば没個性だ、などと自称する彼だが、意外にも我が強いことをリョーマは毎日行動を共にすることで理解していた。勝負を挑んで彼の実力を知って以来、本当に毎日、一日も欠かさずに一緒に居る。学校も部活もない休みの日でさえ、何もしないと決めていても最低でも三回はシングルスの試合をしたのだ。

 出会ったばかりとはいえすでに多くを理解している。

 結構メンタルが弱くてぐらぐらしていることもあって、これは真剣な悩みだなとわかっていた。

 

 「そりゃ基本は同じかもしれないけど、シングルスとダブルスは違う……っていうのはもう言わなくてもわかってると思うし」

 「なんかちょっとイラッとしますね」

 「弱点がはっきりわかってるのにそのままにしとくのはなんかなーって。それならダブルスは別個でランキング戦やって、適性見てメンバー決めるとか。他にやりようあるんじゃないかな」

 

 正しいか否かは別として、彼は彼なりに考えているようだ。

 入学したばかり、仮入部期間も終わっていない、しかも例に漏れず基本的にはシングルスを望んでいるリョーマにはわからないことも多い。それでも彼が部について考えていることは伝わった。

 

 「それ、竜崎先生(オバさん)には言ったんスか?」

 「まだ……っていうか俺、よく考えたら部活中って後輩に教えたり、先輩のお世話したり、血の気の多い同級生止めたりしてるから忙しくていつも忘れる。そもそもレギュラーになったことない俺が言い出しても負け惜しみっていうか、勝てないからだろって言われたらそれまでだし」

 「その辺ほんとにメンタル紙っスよね。関係なく言っちゃえばいいのに」

 「紙じゃないわ」

 「そんなもんでしょ」

 「俺のこと尊敬してないだろ」

 「してますよ。頑張れー」

 

 ちっとも応援する気持ちが感じられない頑張れを受けて、悠介は大きくため息をついた。

 

 「なんか違うなー……後輩に尊敬されたい。愛されたい」

 「愛してますよ。大丈夫ですって」

 「今俺の卵焼き盗まなかった?」

 「盗んでないっス。もらいましたけど」

 「許可得る前にもらいますと盗んだことにならない?」

 「でも先輩、いつもジュース奢ってくれるじゃないですか。尊敬してます、心から」

 「やっぱりなんか違うんだよなー……」

 「いただきまーす」

 

 今日はレギュラーを決めるための大イベントの当日だ。

 いつもの如くマイペースに過ごすリョーマに緊張は一切見られず、奪った卵焼きをむしゃりと食べる彼を横目に、悠介の表情はどんどん無気力になっていく。

 考え過ぎなのかもしれない。よく指摘されることだ。

 そう思って彼は思考を止めようとする。

 

 話を聞いていて、口を挟んだのは悠介に誘われた海堂だった。近くに座るのは恥ずかしいのか、少し離れたところに座る彼は黙々と弁当を食べ終えたようだ。

 彼は鋭い目つきとは裏腹に礼儀正しい。手を合わせて食事を終了させた後、弁当箱と箸を片付けて傍らへ置き、それから悠介へ目を向けた。

 

 「俺は悪いとは思わねぇぞ。シングルスだろうがダブルスだろうが、試合に勝てる奴を選ぶのは当然だ。学年も境遇も関係ねぇ、強い奴が選ばれる。実力さえありゃ誰でもレギュラーになれるここは平等だろうが」

 「それはそうだけど、シングルスとダブルスは違うだろ」

 「基本もルールも同じだ。勝つための執念を持ってる奴ならどっちだろうと勝つ」

 「お前は越前と組んでないからそういうこと言えるんだよ……」

 

 海堂は異常とも言われるほど強靭な精神力を持つ。ずば抜けたスタミナで相手をいたぶるテニスを得意としていて、長期戦はお手の物。勢いや特異な技で押されようと心が折れることはなくて、どんな打球が相手であろうと怪我を恐れずに飛び込んでいく。

 ついたあだ名が一度噛みついた相手を必ず殺す獰猛な“マムシ”。

 青学の例に漏れずシングルスを得意としており、ダブルスの経験はゼロではないが少ない。

 

 「乾先輩や大石先輩とはわけが違うんだぞ。気ィ使って好きにやっていいって言ってんのにいまだにぶつかってくるし。一回組んで体感してみればいいんだ」

 「自分のコートでチョロチョロしてたら邪魔じゃないスか」

 「あのさぁ、俺は味方で部員で先輩で仲間なわけよ。なんで邪魔だって思うの? 思うなよ」

 「チョロチョロしないでよ」

 「お前俺のこと認めてないだろ」

 「認めてますよ。痛いっス」

 「おい……」

 

 ともすれば口喧嘩を始める二人に海堂が口を挟むのを躊躇う。日頃から高圧的で挑発的な彼だが全く常識がないわけではない。悠介との関わりで穏やかになっているとの噂もある。

 彼がリョーマの頬を引っ張る珍しい姿を見て戸惑いを覚えていたようだ。

 

 折檻のために頬を引っ張った後、手を離した悠介がふと真剣な顔を見せる。

 唐突な変化だが元々口数の少ない二人は多くを言わなかった。

 

 「去年、一回だけ手塚先輩と、その時はもう三年引退してたから部長だったけど、ランキング戦で戦ったんだよ。その後ちょっと喋った時に、本気で全国制覇を目指すんだって言われてさ。俺なんか別の先輩と桃に負けてレギュラーなれなかったのに力を貸してくれって言われて、すごい嬉しかったんだ。仲間だって認めてもらえた気がして」

 

 悠介は日頃からよく働く。一年生の頃からテニス部の役に立ちたいと言って、苦に思っていない様子で率先して雑務を行っていた。二年生になってもその姿勢は変わっていない。

 物憂げな様子を見せ、やはり疑問は拭えないのか再び不満を口にする。それもまた現状のテニス部を心配しているのだろうと思わせた。

 

 「そりゃ、先輩に勝つのとかちょっと、どうなんだろって思ったりするけど。でも俺は本気で全国目指そうと思ってるよ。部長の夢なわけだし、できる限りのことしたい。だからこのランキング戦が本当にチームの最善なのかなって思うんだ」

 「フン……じゃあお前の最善ってのは何だ?」

 「うーん、まずダブルス2の強化だろ。そもそもうちでダブルスできる奴が少な過ぎて黄金(ゴールデン)ペアの練習相手になるほどのペアすら居ないし、シングルスはともかく、オーダーに遊びがない感じ。ダブルス1が黄金(ゴールデン)ペア固定だとデータは取り放題だし、絶対どこかできつくなる。1と2入れ替えて相手の狙いを外すとか、現状じゃ他が頼りなくてできないし」

 「チッ。まあ確かにな」

 

 認めたくはない。が、心当たりがあるのも事実だった。

 流石に乾の“データテニス”を学んでいるだけあって情報量は豊富。自チームの戦力分析も正確に行っていて、その上で「ダブルスが頼りない」と明言しているのだ。

 青学テニス部は強豪として全国に知られているものの、優勝を確実視されているわけではない。だからこそ手塚は全国制覇を目標に掲げているのである。

 

 立ちはだかる敵は数多い。

 “常勝”立海大付属中は全国制覇の経験が数多く、特に今の三年生の世代が歴代最強の名を欲しいままにしており、現在のレギュラーは全員が全国区として注目されている。

 “関西の雄”四天宝寺は昨年最も立海を苦しめた学校。立海に勝ってさえいれば間違いなく優勝していたと語られる実力は疑いようもなく本物だ。

 “関東のライバル”氷帝学園は青学を超える実力主義が徹底されていて、毎年トーナメントの悪戯で激闘を繰り広げており、今年も全国区のプレイヤーが集まって盤石の態勢を敷いている。

 

 乾のデータ整理を手伝っている際に話すこともあるが、決して青天井ではない。

 トーナメントの組み合わせによって変化があるとはいえ、現状、このままでは青学が優勝する確率は脅威の“42%”。敢えて大っぴらに言うつもりはなかったが乾の答えに危機感を覚えている。

 

 「とにかく、隙とか弱点はあるだけでだめだ。シングルスは実力で決めていいにしても、ダブルスが今のままだと相手にチャンス与える可能性があるし」

 「だったら尚更、お前がレギュラーになるしかねぇだろ」

 

 海堂が当然と言いたげに発した言葉にきょとんとした。

 不思議そうにする悠介は一旦リョーマを見た後、挙動不審な様子で海堂に視線を戻す。

 

 「え……俺?」

 「なんで俺に言うの」

 「俺?」

 「現状、それができんのはお前だけだろうが。桃城じゃだめだ。お前がレギュラーになりゃ万事解決するはずだろう」

 

 意外な評価に体がびくつき、受け入れるのを躊躇ってしまう。相手が問題だ。確かに二年生どころか部の全員、学校全体で考えても彼が最も心を許しているのは自分だろうという自負はあるが、素直な言葉に動揺が隠せない。

 最近は後輩に舐めた態度で絡まれ続けていたところだ。彼のぶっきらぼうな優しさが余計に身に沁みる気がして嬉しくなる。

 

 「ランキング戦がどうだろうが、お前が勝ってレギュラーになりゃ全国制覇はできる。腑抜けて手なんか抜くんじゃねぇぞ。死ぬ気でやれ」

 「ええぇ……結構褒められてない? 言葉きついけど認められてるよ。俺あいつ好きぃ」

 「先輩って、基本的に気持ち悪いですよね」

 「気持ち悪いって言うな!」

 

 ケッと海堂がそっぽを向く一方、ばたばたと慌ただしく駆けてくる生徒が目についた。

 大声で悠介の名字を呼びながら近付いてくる。

 目の前にやってきたのは一年生でリョーマの友達。カチローとあだ名される小柄な少年だった。

 

 「宮瀬先輩! あっ、やっぱりリョーマ君も居た!」

 「どうしたカチロー。なんかあった?」

 「た、大変なんです! 桃ちゃん先輩が大苦戦で、大変で!」

 「桃が? 今って相手誰だっけ?」

 「河村先輩です!」

 

 目を丸くした悠介がちらりと海堂を見る。彼も驚きを隠せずに悠介を見ていた。

 共に一年を過ごした先輩だ。確かに努力していることは知っていたが、桃城は三年生の引退直後のランキング戦でレギュラーを取った実力者。苦戦という報告は素直に呑み込めない。

 一方で悠介には心当たりがあるようで、まさかと呟いたのをリョーマは聞き逃さなかった。

 

 「Cコートだったな。見に行こう」

 「は、はい!」

 

 真っ先に悠介が動いてカチローが続き、何も言わずにリョーマと海堂も同行する。

 実力があれば誰でもレギュラーになれる伝統の校内ランキング戦。

 波乱がついに来たかと、悠介と海堂は多くを言わず察していた。

 

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