テニスの王子様の言うとおりっ   作:ヘビとマングース

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11 バーニング!

 河村隆は入部当初、誰に言われたわけでもなく最も下手なのは自分だと自覚した。

 父の仕事を手伝っていた影響か、人並み以上の腕力はあったものの、一歩の動作を有利にする反射神経や単純なスピード、器用さなどは周囲に大きく劣っていると感じ、中学に入ってからテニスを始めた初心者だったこともあって、周囲の一年生を見ても絶望しか感じられなかったのだ。

 

 球拾いをしている間は楽だった。先輩たちの練習を見て、よくわからないまますごいと感心し、自分にもできるだろうかと憧れを募らせるだけだった。

 早くから活躍する同級生に対する嫉妬はなかった。河村は純粋に彼らを尊敬して好意を持っていただけでなく、多くの部員と交流を深めて上手く付き合っていた気がする。

 何より自分にはその実力がないことを正しく理解していて、当然なのだと納得していた。

 

 自身も練習するようになってから挫折感は大きくなる。

 みんなができるプレーを自分ができない。不器用で下手でプレーが続かない。

 周囲の部員は優しかったが、自分が迷惑をかけていることは自分が最も正しく知っていた。

 

 いっそやめてしまおうかと思ったこともある。自分がどれほど頑張っても、他のみんなみたいにできないのではないか。そう思って諦めかけた機会は多い。

 それでもやめずに続けたのは同級生の仲間たちが励ましてくれたのと、自分たちの代で必ず全国大会に出場し、優勝しようと誓いを立てたためだ。

 いずれ自分もみんなと一緒に戦いたい。

 その想いが原動力となり、みんなのようにできなくても、できることをやろうと決めた。

 

 せめてパワーだけは負けないように。たった一つの特技を集中して伸ばすことを決意した。

 体を徹底的に鍛え直し、上半身はもちろん、下半身を強化して、フォームを見直してもう一度基礎から自分を作り直した。

 弱気な自分を変えるため、ラケットを持った時だけは自信を持てるよう、メンタルトレーニングを続けて自分を鼓舞する方法を確立した。

 

 そんなことをしながら一年。

 後輩ができて、さらに部活生活は慌ただしいものになり、大変ながら楽しかった。

 心優しい普段の河村は後輩に慕われ、ラケットを持つと恐れられ、一人飴と鞭という珍しい部員として受け入れられるようになる。

 

 「タカさん! これ見てくださいこれ!」

 

 ある日の出来事であった。

 嬉しそうに駆けてくる宮瀬悠介がスマホを差し出してきて画面を見せた。人懐っこい彼が先輩に話しかけるのは珍しいことではない。河村も柔和な笑みでその行動を受け入れた。

 

 「どうしたの? これ何?」

 「タカさん、パワーを極めるって言ってたじゃないですか。この人お手本にいいんじゃないかと思うんですよ。とにかく見てください」

 

 促されるまま画面を見る。

 動画が再生されて、そこに映っていたのは現実の物とは思えないほど衝撃なものだった。

 

 「うわっ、人が飛んでるよ、これ……」

 「乾先輩のデータ整理手伝ってて教えてもらったんです。四天宝寺中の石田銀さん。東京の人なんだけどスカウトで大阪に行ったんですって」

 「ううん、それは、すごいのはわかるけど……」

 「すごいパワーショットでしょ! これ目指しましょう!」

 「いやいやいや!? こんなのできるわけないよ!」

 

 目を輝かせているようにしか見えない悠介に、河村は可能な限りの大声で否定した。

 CGを使った映画のワンシーンなのではないかと思う光景だった。テニスをしているのは間違いないようなのだが、強烈な打球を打ち返そうとした選手がぶわっと空へ打ち上げられて、ボールの勢いに負けて宙を舞ったのである。あんなことが現実に起こり得るとは思えない。

 常識的に考えてできるわけがない。そう思う河村とは裏腹に悠介は拳を握る。

 

 「大丈夫ですって。この石田さん、タカさんと同じ代ですよ。同級生です」

 「え、えぇ? 嘘だよそんなの。プロの人じゃないの? いくらパワーショットって言ってもそんな簡単に人が飛ぶわけが……」

 「でも実際こうやって飛んでますし。ほら」

 「宮瀬、世の中には物理法則とか重力とか色んなものがあるわけで、漫画じゃないんだからそんなことができるわけ……」

 「タカさん!」

 

 必死に否定しようとする河村を悠介が一喝した。

 珍しい大声にハッとして、言葉を呑み込んだ河村が恐る恐る彼を見る。

 

 「レギュラー、諦めてないって言ってたでしょ? みんなで力を合わせて全国制覇。手塚先輩は本気だって言ってましたよ」

 「う、うん……そうだよ。忘れてない」

 「だったらやりましょ。何もこれをこのままやれって話じゃないんです。お手本にして、得意のパワーで誰にも止められない必殺技を作ればいいんですよ」

 

 にこにこしながら言ってくる悠介はできないとはまるで考えていない様子だった。

 驚きながらも河村が意識を変え、真剣に話を聞き入れる。

 

 「俺は自分で技を編み出したりはできないけど、真似するくらいはできます。協力しますからタカさんだけの技を作りましょうよ」

 「い、いやぁ、そんなこと俺には……」

 「大丈夫! タカさんが努力してるのはみんな知ってますよ。あともう一つ自信になるものがあればレギュラーにだってなれます」

 

 全く疑っていない目で信じ切り、迷わずにそう言ってくる。

 自分も目標にしているのになぜここまで他人の背を強く押すことができるのか。

 苦笑して、しかしふと心が軽くなり、うんと頷く。

 

 「わかった。やるよ。それじゃあもう一回見せてくれる?」

 「はい!」

 

 彼が先輩に甘えるのはよく知られた姿だ。それでいてテニス部のためになるならとあちこちを駆け回っていて忙しない。

 きっと彼なりの優しさなのだろうと受け入れる。

 絶対なれるとは言い切れないが、今もまだ諦めたくない。レギュラーを目指したい。せめて三年生になる頃には。

 そう思って改めて河村の努力が始まった。

 

 しばらく経って、報告は突然だった。

 ある日突然呼び出された悠介は河村と二人きりで会ったのである。

 

 「バーニングッ!!」

 「うわびっくりした!? なんでもうバーニング状態なんですか!」

 「見てくれ宮瀬! 名前は親父が考えてくれたんだ! これが俺の――」

 

 そう言って河村はボールを打ち、その光景に悠介の体は大きく震えたのだ。

 

 

 

 両足でしっかりと地面を踏み締めて、ラケットを右手に持ち、腰の捻りを利用する。

 前へ踏み出す勢いを乗せてガットでボールを受け止め、大きく右腕を振り抜いて打ち返す。

 瞬間、爆発するような衝撃が空気を揺らした。

 

 「(おとこ)(だま)ァ!!」

 

 また来る。

 そう思って身構えていた桃城は目を見開いて捉えようと息巻いていた。

 大丈夫、今度こそ見える。猛然と飛んでくるボールへ跳びつき、全ての力を使って、パワー勝負で強引に打ち返そうと考えていた。

 両手でグリップを握り、殴りつけるようにラケットで迎え撃つ。

 

 常人では反応することすら難しいだろうその打球を捕まえた時、その場に留まろうと足を開いて重心を低くしていた桃城の体が、後ろへ引っ張られるように浮いた。

 信じられないパワーを誇る打球がラケットごと彼の体を弾き飛ばしてしまい、抵抗するために両手で握っていたせいだろう、彼の体が確実に地面から離れていた。

 

 止まらず進んだボールがフェンスに当たって大きな音を立てると端まで大きく揺れる。

 桃城は背中からごろごろと勢いよく転がり、ラケットを手放しはしなかったが、意固地になったせいで受け身を取ることさえできていない。

 

 誰もが言葉を失っていた。

 パワーが持ち味でレギュラーを勝ち取った桃城が、単純に力負けしてひっくり返っている。

 河村もまたパワーが目玉だと知っていたとはいえその技は初めて見る。一度地面を跳ねたがよくフェンスを突き破らなかったな、と多くの部員が唖然としていた。

 桃城が俯く一方、河村はにっと口角を上げた。

 

 「グ~ッド! どうした桃ちゃん! まだ試合は終わってないぜ! オラオラカモーン!」

 「ハァ、すっげー強力。タカさんいつの間にこんな技を……」

 

 桃城の心はまだ折れていなかった。痛がりながらもすぐに顔を上げて立ち上がり、今しがた自分を吹き飛ばしたボールを振りかえって確認する。

 パワーのみを追求した必殺の一打。確かに、河村でなければできない芸当だ。あれはおそらく手塚や不二でも簡単には返せないだろう。

 

 返せる可能性があるのは自分だけだ。

 自らのパワーに自信がある桃城は真っ向勝負をする気でいた。

 あの技を避けて他の打球だけ対応する。そんな逃げの姿勢は嫌だ。

 これまで自信がなくて、ラケットを持たない限りは控え目な態度でみんなをサポートし続けた、そんな河村が本気でレギュラーになろうと勝ちに来ているのである。中途半端なプレーは失礼だ。だから全力で迎え撃たなければならない。

 

 「やるじゃないっスかタカさん! 負けねぇっスよ! もういっちょ来ォ~い!」

 「よぉし! 行くぜ、バーニング!」

 

 プレーが再開される。

 強烈な一撃を受けてもめげずに桃城は攻め続け、彼の姿勢を認めた河村もまた防御は考えずに、得意のパワーを生かしてとにかく攻めの一手に出る。

 激しいラリーが始まった。インパクトの音がかつてないほど重々しく、どちらも中学生とは思えない迫力で攻め合いを繰り広げる。

 

 「うわ、すご」

 「本当に中学生っスか?」

 「フン……」

 

 駆け付けた悠介とリョーマ、海堂はその試合を目の当たりにして驚愕する。特に悠介と海堂は普段の二人を知っているため、妙に熱い試合展開を見て意外にさえ思っていた。

 桃城が強いのは周知の事実。しかし河村のその技はおそらく多くの人にとって初見だったはず。

 ぬっと顔を覗かせてきた乾は、お前は違うはずだと試合を見ながら悠介へ語り掛ける。

 

 「さてはあれを知ってるな?」

 「うわびっくりした!? データマン!」

 「乾だよ。宮瀬、ひょっとしてお前が何か仕込んだんじゃないか?」

 

 そう言いながらも乾の手は絶えずノートにペンを走らせており、データ収集に余念がない。こうした状況が想定されるため敢えて見せないようにしていたのである。

 早速見破られて悠介がうぐっと言葉を詰まらせた。

 

 「いやぁ、ちょっとヒントを与えただけというか、確かに手伝いはしましたけど」

 「なるほど。全身の力を使ったフラットショット。片手の時はパワーに優れるが両手の時には多少なりともコントロールが増している。確かに凄いパワーだけど、フレームに引っ掛けて微妙なブレが生まれているようだな。“波動球”に近いがフォームによって微妙な違いが――」

 「こうなるのが怖いから黙ってたんですよ」

 

 ぶつぶつ言いながらデータを取る乾は味方としては頼もしい反面、恐怖の象徴でもある。

 彼の“データテニス”に苦しめられる部員が何人居るだろう。青学テニス部No.3の異名は伊達ではなく脅威の勝率を誇っていた。

 河村がこれまで情報を隠し、悠介とのみ練習を積んだのはそれだけレギュラーになりたい気持ちが強かったという事実に他ならない。

 

 変わったのはそれだけではなかった。

 日々の練習で少なくとも乾と悠介は知っていたことだが、テクニックが向上している。

 基礎から鍛え直した河村は元来不器用ではあるものの、度重なる反復練習の成果を見せていた。

 

 「河村にとって大きな武器だな。桃でさえボレーでは打ち返せない打球でベースライン上に釘付けにしている。だがそうなると……」

 「ふあぁっ!」

 

 桃城の強い打球を河村が優しく受け止め、ドロップショットを行った。かつては苦手な技だったが今は基本通りという動作で上手く打球の勢いを殺している。

 多少プレーのリズムが不安定になるもののネット際にふわりと落ちる。ボールを拾うべく慌てて走り、桃城の身体能力であれば十分に追いつけた。だが問題なのは相手のコートへ返した直後だ。

 

 「(おとこ)(だま)ァ!!」

 「くうっ……うおおああああっ!?」

 

 絶好の位置でボールを待ち受けた河村は、空いたスペースを狙って強烈なパワーショットを打ち込んだ。咄嗟に桃城が腕を伸ばして反応するのだが、見事にラケットの中心、スイートスポットへ当てたというのに凄まじい衝撃に手が耐えられない。

 打球にラケットを弾き飛ばされて、勢いよく桃城が地面を転がる。

 まだ決着はついていない。それでも河村は確かな手応えに思わず拳を握った。

 

 「ナーイス! グレイトォ!」

 「ドロップとロブを組み合わせることであの技の威力を最大限に生かしている。あそこまで緩急をつけられると流石に桃でも捉えきれないようだな。しかし、苦手だったドロップショットをあれほどまでに上手く活用するとは」

 「努力の賜物ですよ。タカさんは、落ち込むことはあっても諦めませんでしたから」

 

 ようやく日の目を浴びた彼の努力に悠介がにこりと笑う。

 河村が皆を驚かせている状況は不思議と自分のことのように嬉しい。かといって桃城が苦戦しているのが嬉しいわけではなく、二年生の中では海堂と並ぶ筆頭として真っ先にレギュラーになった期待の星だ。彼の苦しそうな顔を見ると心中は複雑である。

 

 どちらも応援したいのが本音だが、勝負をする以上はどちらも勝者になれるはずもない。そして成績が良い者だけがレギュラーになれるシステムだ。

 笑顔から一転して悠介の表情は曇る。

 

 他の選手の戦績を考えれば二敗もしてしまえばおそらくレギュラーにはなれない。

 一敗さえもしたくないのは二人とも同じ。

 勝負は白熱し、しかし長引かなかった。桃城のモチベーションと実力は最高の状態にあったがそれを抑え込むようにして河村が試合のペースを握り、どれだけ攻め立てられようとも豪快なパワーで打ち崩し、地道に得点を重ねていく。

 

 凄い、とだけ漠然と思っていた部員たちが、まさか、と考える。

 そうしてやがて決着はついた。

 

 「ゲームセット! ウォンバイ河村先輩! 6-4!」

 「うおおおおしっ! バーニングッ!!」

 

 勝者は河村だった。拳を掲げて雄々しく吠え、その姿に彼をよく知る二・三年生が我慢できずに称えるための雄たけびを上げる。

 跪く桃城は素直に彼の勝利を認める一方、隠しきれない悔しさが表情に滲み出ていた。

 

 勝者が居れば敗者が居る。

 当然ながら、テニスにWin-Winなどありはしない。

 勝つために戦い、負ければ挑戦するチャンスさえ奪われる校内ランキング戦。

 こうした状況を苦手に思う悠介はどうすればいいかもわからず複雑そうな顔をしていた。

 

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