テニスの王子様の言うとおりっ   作:ヘビとマングース

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15 レギュラー決定

 鋭さを増す打球がコートを通り過ぎる。

 理屈じゃない。

 見ればわかる実力が人々から歓声を奪い、感動させることすらなく恐怖させる。

 それはまさに一方的な蹂躙だった。

 

 ありとあらゆる手を尽くしてポイントを取ろうとするのだが悉く返される。軽快で平然と多種多様の打球に反応して、一度たりとも打ち損じることはない。

 同性であってもその姿に美しさを見出さずにはいられなかった。

 

 頭を振った悠介は予測できなかった打球に素早く追いつき、両手で全力のスイングをした。

 ドンッと爆発するような衝撃で(おとこ)(だま)が繰り出される。

 あらかじめ来る場所がわかっていたかのように、すでに移動を終えて待ち構えていた不二は慌てることなくバックハンドのスイングをした。重いインパクトの音。ギリギリとガットが悲鳴を上げるが不二の腕が壊れることはなく、軽快な音と共に打ち返した。

 

 もはや考えていられる余裕などない。攻めるために、咄嗟に前へ出た悠介は正面から向かってくるボールを迎えに行き、その軌道が急激に浮き上がったのを見て思わず背を反らせた。

 反射的に避けてしまい、まるで天へ昇ろうとするかのようなボールは一瞬空中で静止し、ベースライン上に落下。着地と同時に凄まじいスピンで不二のコートへ戻ろうと飛び出した。

 

 “三種の返し球(トリプルカウンター)”の一つ、“白鯨(はくげい)”。

 相手の虚をつくホップする打球と、地面に触れた後で自陣へ戻る強烈なスピン。風を利用したその技は使用頻度こそ少ないが一度用いれば奇妙な動きであっという間にゲームの流れを掴む。

 

 知っていたはずだが悠介もまた驚いてしまい、しかしその技だとわかれば判断は早い。不二の下へ帰ろうとするボールに飛びついて迷わず打った。

 見るからに体勢は崩れていたが、ネットを越えた打球は彼の攻撃として認識されるはずだ。

 転びそうになりながらもなんとか姿勢を整えて不二の姿を見る。再びバックハンドのスイング。返されたことに対する驚きはない。

 パシッと軽い音で打ち返され、悠介が即座に走る。

 

 間に合うはずだ。打球の跳ね上がりを打ち返せる。

 そう思って追いつこうとした悠介は、目の前に落ちた打球が地面を転がり、一切跳ねなかったことに驚愕して転びそうになった。

 

 「なっ、んで……⁉ そのスイングで!」

 

 今のは間違いなくつばめ返しだった。悠介がボールにかけたスピンを利用して、トップスピンに対してスライスをかけ、地面を弾ませなくするカウンター。しかしその技を使う際には特徴的な構えとスイングがあったはず。今の打球にはどちらもなかった。

 いつもとは違うスイングで、結果だけはつばめ返しと同じ。

 知っていたはずだが今回もやはり信じられずに、呆然とする悠介は慌てて不二に振り返った。

 

 「だっていつも通りにやると悠介にバレちゃうんだもん。苦肉の策だよ」

 「ハァ、ハッ……たとえそうだとしても、思いついただけじゃできませんよ、普通は」

 「そうかな? じゃあ、奇跡的にできたわけだ。やったね」

 

 あっけらかんと言う不二に呆れて、頭が痛くなる想いで、頭を垂れると大きくため息をつく。

 奇跡的なわけがない。自覚がないだけでやろうと思えば何度でも成功させられる。それが不二の“なんとなく”だ。

 悠介の嘆息でようやく我に返り、審判台に居た二年生が慌てて手を挙げる。

 

 「ゲ、ゲームセット! ウォンバイ不二先輩! ゲームカウント6-4!」

 「へ? あ、そういえば、カウント……」

 

 その声を聞いて悠介は驚きを露にする。

 集中していてゲームカウントのことが頭から抜け落ちていた。だが4-4まで並んで以降は1ポイントさえ取れなかったことだけはわかっている。

 つまりそれだけの差があるということなのだろう。

 

 わかっていたはずだった。だがわかっていたつもりになっていただけで、どれほど凄いのかを正しく理解していなかった。

 本気になった不二は悠介の得点を一度たりとも許さず、如何なる攻撃でも突き崩せず、それどころか珍しいほど自ら攻めてポイントを奪っていた。

 それでもまだ底を感じさせない。

 あれが不二の限界ではないのだろうと、多くの部員に意識させた。

 

 (やっぱり、一番怖いのはこの人だ……)

 

 乱れた呼吸を落ち着けようと深呼吸を繰り返す傍ら、悠介はいつものように思考する。

 上には上が居る。だからといってたとえ彼より強い人が居ようと、多くの人はプレーを見て体感しただけでそれとなく全貌がわかるものだ。才能とセンスと努力、熱意や勝利への執念、何かしらが感じられてなんとなく理解できる。

 この人はなんとなくですら理解できない。

 

 (ただでさえ強いのに研究もさせないんだから、そりゃ誰だって苦労するよ。あー疲れた……)

 

 悠介は座り込みたくなる衝動に駆られてぼけっと突っ立っていたのだが、不二がネット際まで歩いてきたのを見て自身も歩み寄る。

 右手を差し出されて、一応服で拭ってから応えて握手をする。

 

 「ナイスゲーム」

 「そうですかね……それ嫌味にも聞こえますよ」

 「どうして?」

 「本気でわかってないんだから。俺、終盤は1点も取れませんでした」

 「でも本気でやれたじゃない。おかげで僕も本気になれた。ありがとう」

 

 優しく微笑んで素直にお礼を言われる。

 時にはズレたところもあるが、その態度に弱いのは自覚していた。

 うっと声を詰まらせて何も言えなくなり、まあ喜んでいるのならと納得してしまって、不甲斐ない自分に気落ちしていたはずの悠介はまあいいかと表情を緩ませる。

 

 「これで悠介もレギュラーだね。おめでとう」

 「え……?」

 「だってほら、負けたの僕だけでしょ? これが最後の試合だよ」

 「あっ、え? そういえば俺、あれ?」

 

 冷静に言われて少々パニックになってしまった。

 不二との試合に緊張していたのだろうか。いつもならチェックしているはずの自身の勝敗を把握しきれていなくて、確かに勝ち続けていたのだが、これが最後の試合であることもすっかり頭から抜け落ちていた。

 急に言われても受け入れるのは難しい。意味もなくきょろきょろしてしまう。

 

 不二が穏やかに笑って見守っている。

 慌てふためいた悠介が彼を見て徐々に落ち着いていく。

 すぐに受け入れられたわけではなく放心していたものの、辛うじて小さく頷いた。

 

 「あ、えっと……あり、がとうございます」

 「うん。ちなみに僕もレギュラーだよ。無敗だった」

 「おめでとうございます」

 「ありがとう」

 「いつものことなんで驚きませんけどね」

 「もっと喜んでほしいのになぁ」

 

 試合が終わればいつも通り。むしろいつになく疲労が大きい気がする。

 コートを出る際に異様な盛り上がりで歓声を向けられ、聞こえてはいるが反応するのも億劫なほど気が抜けていた。悠介はぼんやりした顔でふらふらと歩き、くすくす笑って楽しげな不二は何気なくその背を支えてやる。

 

 「なんか、意識してなかったせいかあんまり実感が……」

 「慣れないのにちょっと頑張り過ぎちゃったかな。いつもそうしろって言われそうだけど」

 「俺的にはいつも真剣なつもりなんですよ」

 「僕もそうだよ」

 

 駆け寄ってくる生徒の相手もそこそこに、スポーツドリンクをがぶ飲みして、もう動きたくないと言わんばかりに悠介がどかっと座り込んだ。

 コートを囲うフェンスに体重を預けて深く息を吐き出す。

 

 「俺、ちゃんと本気でやれましたよね……」

 

 隣に座った不二に尋ねてみる。

 真剣な様子を感じたが彼の様子は変わらず、疲弊して俯く悠介へ答えた。

 

 「うん。少なくとも僕にはそう見えた」

 「レギュラーになるって目標にしてましたけど、俺じゃない方がいいのかもなーなんて思ってたんですよ。桃とか海堂の方がよっぽど活きがいいし、勝ちたいって思って勝負できる奴らだから」

 「そう……僕も同じことを思ってたよ。勝ち負けに拘れない僕がレギュラーでいいのかなって」

 

 同じことを考えているのはわかっていた。正面から相談されたこともあって、果たして自分でいいのだろうかと自信を持てずにいた部分は共通している。

 珍しいことにそれでもいいではないかと不二が笑うのだ。

 すでに吹っ切れたように見える彼は心底楽しそうに言った。

 

 「でも僕は今日、多分初めて勝ちたいと思って勝負できた。まだたったの一度だから変わったとは言えないけど、変わることはできると思う」

 「そうですね。今日の不二先輩は、なんか違って見えました」

 「悠介もそうだよ。後先なんて考えないで必死にプレーしてたじゃない。変わろうと思ったからあれができたんだ」

 

 反射的に小さく頷いた。

 変わりたいという気持ちはある。自分のためというより、仲間のために。誰かの役に立ちたいという想いがそうさせている。

 そこまで理解しているだろう不二は穏やかな口調で言い聞かせるように話していた。

 

 「初めてのレギュラーで不安かもしれないけど、これからいくらでも変われるよ。まずは今日みたいに何も考えずにやってみたらいいんじゃないかな」

 「そう、ですかね……」

 「今までは僕もどこか罪悪感があった。僕よりも代表になるべき人が居るんじゃないかってさ。でも今日からは変われるし、相応しい人間になりたいって思う」

 

 悠介は不二と視線を合わせて、確かに小さな身震いを感じていた。

 

 「今日の勝利は君が自分で勝ち取ったものだよ。胸を張って、僕と一緒に来てほしいな」

 「は、はいっ。それはもちろん」

 「これからも頑張ろうね。今度は同じレギュラーとして」

 「頑張り、ます……」

 

 所在なさげに頭を掻いて、その時には喜びが混じる薄い笑みが浮かんでいた。

 彼は実力に見合わないほど自信が欠けている。困ったものだと思う不二はだからこそ傍で優しく導いてやり、自信を粉々に砕いた大きな要因が自分だとは気付いていなかったようだ。

 

 「なんか、改めてレギュラーって言われて、妙に照れますね。嬉しいやら恥ずかしいやら」

 「すぐに慣れるよ。初めは僕も変な感じだったけど今は平気」

 「いやそりゃあなたは……まあいいですけど」

 

 尊敬し、敬愛する人物ではあるが、同じだとも似ているとも思わない。

 反論しようとしたがやめた悠介はようやく落ち着き、喜ぶ余力もなくて足を伸ばして、全身の力を抜くと疲れた顔をした。

 

 他のメンバーはどうなっただろうか。

 ちょうどそんなことを考えた時だった。

 コートの周囲で部員の声が大きくなった後、負けじと声を大きくして伝えようとする審判の声が聞こえてくる。その時になって動き出して状況を確認しようとした。

 

 「ゲームセット! ウォンバイ大石副部長! 7-5!」

 「ふう、危なかったよ。悪いけど今回は俺の勝ちだ」

 

 Cブロックの試合、勝利して微笑む大石の対面に居たのは大の字になって倒れる桃城だ。

 ラケットも四肢も放り出し、疲弊した様子で荒く呼吸を続けている。

 

 「ぷぷぷ、ダッセー……宮瀬にあんだけ言っといて俺が負けてやんの」

 

 悔しさを滲ませる声で呟き、彼はしばしその場を動けなかった。

 河村との試合に負けてこれで二敗目。例年通りならば二敗もすればレギュラー入りは絶望的だ。そして事実今回のランキング戦も、河村が全勝して大石は一敗のみ。この二人がレギュラー入りを決めたことで桃城は脱落してしまったことになる。

 状況を確認し、思わず声を漏らした悠介の表情は曇った。

 

 別のコートでも試合が終わる。

 Dブロックの最終戦が終了し、審判が声を張り上げた。

 

 「ウォンバイ乾先輩! ゲームカウント6-4!」

 

 珍しく笑みを浮かべる乾は、音が鳴るほど歯を食いしばる海堂と対峙していた。

 

 「お前を見習わせてもらったんだ。打球にさえ追いつければ、データは嘘をつかないよ」

 「ケッ……言い訳するつもりはねぇ。あんたのデータを、俺が越えられなかった。それだけだ」

 

 決して油断していない、それどころか死力を尽くした海堂が負けた。

 身軽さとスピードを武器とする相性の悪い菊丸にも敗北しているため、これで二敗。誰よりも勝利に飢えていたはずの海堂もまたレギュラーから脱落してしまった。

 悠介のレギュラー入り決定で沸いたのとは一転。多くの部員からどよめきが生まれた。

 

 部内に走った衝撃も落ち着かぬまま、やがて最後の試合も終了する。

 最も注目度が高かった戦いは意外にも長引いていない。

 見ていた者が言葉を失うほどの激しさで戦った二人は速やかに決着をつけた。

 

 「ゲームセット! ウォンバイ手塚部長! 6-3!」

 

 部内最強の男である手塚と、新星の如く現れたルーキー越前リョーマ。

 すでにこれまでの試合でレギュラー入りを決定付けていたが最後の試合は敗北。

 リョーマを下した手塚も、手塚から3ゲームも奪ったリョーマにも、どちらも信じられないという視線が向けられていた。

 二人はネットを挟んで向かい合い、しばし何も話さずに視線を交わしていた。

 

 「お前もレギュラー入りだ。おめでとう」

 「……どうも」

 「この結果は不満か?」

 「そうっスね。負けるのは好きじゃないんで」

 「ならば越前。さらに高みを目指す覚悟があるのなら、お前は青学の柱になれ」

 

 真剣な眼差しで見つめられて、その言葉を受け取った。

 正しく理解するにはいくらか時間がかかるのかもしれないが、少なくとも彼は迷わない。

 静かに燃えるリョーマは強い眼差しで手塚に応えていた。

 

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