17 大会への誘い
ここ最近は連日越前家のお世話になっていた。
息子の方がぐいぐい引っ張って半ば無理やり連れてくるし、親父の方は息子に関する愚痴言ってきたりもっと遊べってうるさかったり、中々に大変だ。
まあ、温かく迎えてくれるから居心地はいいし、猫のカルピンは可愛い上に意外にも慣れてくれるのが早かったし、悪い気はしないんだけど。
「毎日すみません……なんか俺、すでに寄生してる感じになってますよね」
「寄生だなんてそんなっ! 誰もそんなこと思ってませんよ」
必ず夕食の場に現れるタダ飯喰らいというだけではあまりに印象が悪い。せめて手伝いくらいはと後片付けをするようになったのは最初の日から数日経った頃だったと思う。
同じような心境で、大学に通うために居候している菜々子さんも協力してくれる。
今では食後の皿洗いは俺たちの担当だ。
「おじさまもおばさまも本当に喜んでるんですよ。リョーマさんのあんな姿、今まで見たことありませんでしたから」
「そうなんですか? 結構気ままに過ごしてると思いますけど」
「私もずっと一緒に居たわけじゃないんですけどね。リョーマさんって大人びているので、あんな風にわがまま言ったり誰かを困らせてるところなんて見なかったものですから」
「あー……」
菜々子さんは優しいお姉さんだ。真面目で物腰が柔らかくて、ちょっとふわふわしてる天然系の人だけど料理も勉強もできるらしい。運動はよくわからない。
年齢とか性別とか諸々あるんだろう。彼女と俺では越前リョーマの捉え方が違うらしい。
「確かにわがまま言うし困らされてますね」
「ふふふ。あれはリョーマさんなりに甘えてるんですよ」
「そうですか? それならそれでもうちょっと素直に甘えてくれた方が嬉しいんですけど」
「甘えるのが苦手なんですよ、きっと。おばさまに聞いたら小っちゃい頃から大人しくて、おじさまと喧嘩ばかりしていたんですって」
「そりゃあの人がからかうから」
「あれもおじさまなりの愛情表現なんです」
「そのしわ寄せが全部俺に来るんだなぁ」
笑ってたとはいえ、俺がそう言っても菜々子さんは気を悪くすることなく笑ってる。
正直なところ、越前に絡まれるのは嫌じゃないし、むしろ有難いとすら思う。確かに生意気でわがままな上に強引だけど、人と関わるのは好きだ。面倒なのは間違いないけどあれで嫌味な奴じゃないし、確かにまあ、可愛げみたいなのはあるかもしれない。
俺はこういう状況が多い。
友達や先輩に誘われて誰かの家に上がり込んでお世話になるのは日常茶飯事だ。見覚えが多過ぎて申し訳なくなる。もちろん好意でそうしてくれてるんだけど。
「私も楽しいです。宮瀬さんがいらっしゃるようになって、リョーマさんの珍しい姿がだんだん当たり前になってきて、おじさまは前よりもずっと子供っぽくなって、おばさまは息子が増えたみたいで嬉しそうで」
「おじさまの件は、いいことなんでしょうか……」
「あ、あはは、そういうことはありますが。私も姉弟ができたみたいで嬉しいんです。だからどんどん来てください! って、私も居候なのに勝手なこと言っちゃってますけど」
菜々子さんは年上のお姉さんなのに小学生の女の子みたいに笑う。いつも優しく穏やかで、たまに悪戯が成功した時の笑顔が印象的だ。
この人の笑顔はほっとする。
特に日常的に見ている越前の笑顔がニヒルで小馬鹿にしてくるものだから比較してみると本当に同じ笑顔なのかと思うくらい違うのだ。
「宮瀬さんこそ平気ですか? ご家族と過ごす時間が減ってしまうんじゃ」
「それは大丈夫です。元々ないので」
俺が皿を洗って、菜々子さんに渡して布巾で拭いてもらう。それがいつもの流れ。
洗った皿を渡そうとして菜々子さんが固まっていることに気付いた。
そういえば、色々話したけど家族のことは濁していたはず。うっかり言ってしまったのだと気付いてちょっと気まずさを覚えた。
問題だとは思っていない。でもそういう顔をされることが多いからなんとなく言えずにいる。
「人の家に上がり込むの好きなんです。って言うと妖怪みたいですけどね。ぬらりひょんにはすごく共感を覚えます」
菜々子さんは少し固まってから、いつものように微笑んで言ってくれた。
「それじゃあ私も妖怪ですね。しばらくずっとこの家に上がり込んでいるので、いつでも会いに来てください。共感しましょう」
リョーマさんたちには内緒ですよ。
そう言って菜々子さんは、珍しい方の悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「リョーマ君、これ知ってる?」
部室へ向かう道すがら、偶然出会った竜崎桜乃から差し出されたのは一枚のチラシだった。
これが別の相手なら、よほど機嫌が悪かったなら、他のチラシだったなら受け取らなかったかもしれない。しかし視線を向けただけででかでかと書かれた文字が目に飛び込み、ほんの少しだけ気になって自然と手が動く。
チラシを受け取り、改めて連なった文字を確認して越前リョーマは不思議そうに呟いた。
「知らない。何これ」
「えっと、誰でも参加できるダブルスの大会なんだって。最近ダブルスの練習してるって聞いたからひょっとしたらって思って」
「出るの? ……あんたと?」
「えっ⁉ ちち、違うよ! 宮瀬先輩と!」
わからない、という顔で呟いたリョーマの一言に、桜乃は大慌てで手を振った。
桜乃もまた女子テニス部に所属していて、リョーマの試合を見たことがきっかけで中学から始めた初心者ではあるが、真面目に練習に取り組む熱心な生徒だ。今はまだ下手でも上手くなっていずれはレギュラーに、という淡い希望はあるものの、現状は特に注目されることもない一生徒。
まさかリョーマと組んで大会に出たいなどと言い出すはずもない。本人はそう思っていたのだ。
引っ込み思案で自信のない桜乃にとって、唐突に自身の前に現れて鮮烈なまでの試合を見せてくれたリョーマはヒーローであり憧れだった。
彼には彼の事情がある。余計なお節介かもしれない。
そう思いながらも声をかけたのはやはり気になったからだ。
少しでも彼の役に立ちたい。あわよくば試合に出ている姿を見たい。
宮瀬悠介という仲のいい先輩を知っているからこそ余計にそう思った。
どうやら知らなかったようだと知って、ひとまずほっとする。
「ああ、ぬらりひょん先輩」
「ぬら……え?」
「気にしないで。意味わかんない会話だから」
ストリートダブルス大会。
チラシにはそう書かれている。
そういえば誰かが噂していたかもしれない。興味がなかったのにわざわざ耳に入ってきたことを考えればおそらく堀尾あたりだろう。
いつものクールな表情を崩さなかったリョーマは、じっと羅列された文章を読み、その大会について知ろうとしている。
チラシを受け取った事実からしても興味を持ってくれたらしい。
桜乃は多少の戸惑いを見せていたが、同時に嬉しさを覚えていて、何も言わずに彼を見つめると動揺を隠せないままにまにましていた。
「なに笑ってんの」
「はっ⁉ ごご、ごめんなさいっ!」
「別にいいけど。それよりこれもらっていいの?」
「ど、どうぞ! えと、そのために持ってきたから」
「ありがと」
素直に受け取ったリョーマは右手に持ったまま部室へ向かおうとする。
その背に向かって、桜乃が慌てた態度で声をかけた。
「あ、あの、応援に行くから頑張ってね!」
「まだ出るって決めてないよ」
「あ、そっか……宮瀬先輩にも確認しなきゃだよね」
「まあ出るって決めたら断らせるつもりないけど」
思わぬ発言にひえっと声が出てしまう。
桜乃の様子を気にしたリョーマが振り返り、わずかに青ざめていた彼女は、目が合うとすぐにぎこちなく笑って見せた。
「そ、そうなんだ。仲良しだもんね」
「仲良し、ねぇ……」
「違うの?」
気になったせいで気を取り直せたのか、冷静になった桜乃が不思議そうな顔で問いかける。
リョーマは視線を落として考え、普段とは違って、その時は珍しく素直に答えた。
「なんか、ずっと遠慮してる感じがするんだけどね」
寂しそうなのか、それとも怒りか。
リョーマの呟きを聞いた桜乃は自分が知らなかった彼の一面を見た気がした。
それ故にぽかんとしてしまい、勝手に口が動く。
「リョーマ君は、本当に宮瀬先輩のことが好きなんだね」
「は?」
「えっ⁉ あぁいやえっと、そんな気がして……!」
「そんなこと一言も言ってないんだけど。勝手に決めつけないでくれる?」
「ごごごごめんなさいっ!」
気付いた時には考えもせずに口走っていた。
怒りを感じる強い目で睨まれたことで桜乃は激しく狼狽し、腰を曲げて深々と頭を下げる。
小さくため息をつき、怒りは持続しなかった。早々に許すことにしてリョーマが踵を返して歩き出すと、緊張しながらも桜乃が見送る。
「じゃあ応援で手を打つよ。多分出るからよろしく」
「あっ、はい! 頑張ります! って私が頑張ってもあれだから……! が、頑張ってね!」
「どうも。まだ先だけどね」
ひらひらと右手に持ったチラシを振って、リョーマは振り返ることなく歩いていった。
安堵することができたようで桜乃は微笑む。直後にはリョーマと約束したのだという事実に気付いて妙に緊張してしまい、一人であわあわと取り乱していたのだった。
原作沿いだと他の方も投稿されてるでしょうからここでは寄り道メインくらいの感じで書いていく計画になりました。
あと感想でご指摘があったので、これからはセリフの前の空白をやめます。
別に拘りがあるとかではなく単に知らなかっただけなのです。すまねぇ。