テニスの王子様の言うとおりっ   作:ヘビとマングース

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2 まずは腕試し

 部室を出ようとした矢先の出来事だった。

 三年生の菊丸(きくまる)英二(えいじ)は着替えながら他の部員へ尋ねる。

 

 「桃と乾が走ってったけどどしたの?」

 

 答えたのは同じクラスに属する不二(ふじ)周助(しゅうすけ)だった。

 いつもと変わらず柔和な微笑みを浮かべて、穏やかな口調で答える。そうしながらもすでに着替えは終えたようで、自身もラケットを持って部室を出ようとしていた。

 

 「桃と勝負した一年生が悠介と軽く打ち合ってるんだって」

 「マジぃ? 面白そーだから見に行かなきゃじゃん。だから乾急いでたんだな」

 「というわけで僕も急ぐね」

 「ちょっと待ってよ! 薄情もーん!」

 

 にこにこしながら待つことはなく不二が行ってしまう。

 途端に菊丸が慌て出すのだが、ズボンを脱ごうとしてバランスを崩したため、大石(おおいし)秀一郎(しゅういちろう)が見咎めて咄嗟に声を出した。

 

 「こら英二! 危ないからもう少し落ち着いて!」

 「だってさ~」

 「焦らなくてもその一年が入部してくれればいつでも見られるだろう。ほら、足元注意」

 「ほーい。でも急ぐかんね」

 

 着替えを終えてからまず菊丸が部室を飛び出し、大声で呼ばれる大石もやれやれと急いだ。

 彼らが到着する頃にはすでに多くの部員が集まっていて、本来ならば空いているコートを利用することが許可されているのだが、今日に限っては誰も使おうとはしていない。テニスコートは五面あるというのにAからCまで並ぶ三つの内、一番端のCコートに人が集まっている。

 

 慌てて駆け付けた菊丸と大石は狙うわけでもなく先に観戦していたレギュラー陣に肩を並べる。

 多くの人が唖然とした表情だった。

 菊丸はくりっとした大きな目でコートを見やり、激しいラリーを見る。

 

 「どんな感じ?」

 「どっちも様子見って感じかな。彼すごいよ」

 「一年? 意外とおチビじゃん」

 

 コートの中には二人の姿。

 宮瀬悠介は二年生として部員にはすでに知られた存在である。当然彼の実力を知っていて、彼が一度としてボールを逃さずにラケットで捉えている姿に疑問はない。

 対する越前リョーマは新入生。まだ実力のほどを知られていない彼が、悠介と互角に打ち合っていることには少なからず驚きが広がっていた。

 

 一度も途切れさせずに何十回とラリーを続けて、二人の態度には余裕が窺え、まだまだ続きそうな様子に唖然とする部員が多い一方、気付く者は気付いていた。どちらもポイントを取るために動いていない。手を抜いているというより本気ではなかった。

 美しさすら感じるラリーに、たとえ一年生であろうと彼の腕前を認めずにはいられない。

 

 誰よりも熱心に見ていたのが三年生の(いぬい)貞治(さだはる)である。

 ノートを開いてページにペンを走らせ、彼らのプレーに関するデータを取っているのだ。

 彼は表情の変化が乏しいことで知られているものの、その時ばかりは明確に楽しそうだった。

 

 「ふむ。どちらも本気ではないようだが良いデータが取れそうだな」

 「桃が言ってた噂の新入生。すごくきれいなフォームじゃないか」

 「竜崎先生の話ではアメリカ帰りの帰国子女でジュニア大会4連続優勝を果たしたそうだ。それも納得のフォームではあるが、どうもこれだけとは思えない……何か隠してるな」

 「おっと、まだ手加減してやってくれよ? 今は仮入部期間なんだから」

 

 後輩を気遣う大石の発言を受けて小さく頷いた乾だったが、可能であれば本気で戦ったデータが欲しいと考えている。

 少し動きを見ただけでわかる。彼は相当な練習を積んだ実力者だ。

 アメリカの大会で結果を残した経歴を踏まえても即戦力である可能性は高いと感じていた。

 

 ラリーの最中、リョーマも同様のことを考えていたようだ。

 悠介の打球を受けて、予想よりずっと上手いことがわかった。そしてまだ余力がある。このままでは終われないと考えてしまうのである。

 

 「ねぇ、まだ本気じゃないよね?」

 「え? そもそも本気でやるつもりなんてないけど」

 

 不敵に笑うリョーマが本気でやり合う意思を見せた。

 右手で扱っていたラケットを左手に握ったのだ。

 ふざけているわけではない。実は左利きだったのだとプレー中に知らせて、部員のほとんどを驚愕させた後、リョーマの打球は見るからに速くなる。

 

 「おわっ!? そうか、ほんとはそっちだった……!」

 

 美しいフォームから繰り出されるスイングは的確にボールを捉えて打ち返す。左手になると先程よりも打球のスピードとパワーが増し、手元でノビてくる。まるで別人かのような錯覚を覚えるほどの違いがあった。

 悠介もまた驚きを見せていたが危なげなく打ち返す。

 先程と変わらない打球が平然と来たのを見て、呆れるどころかリョーマは嬉しそうだ。

 

 「へぇ……やるじゃん」

 「ちょっと待って、あれ? 本気になってない? もしくは本気になろうとしてない?」

 「俺が本気でやれば本気になってくれますよね?」

 「軽くって言ってなかった!?」

 「もう忘れた」

 

 パァンと小気味良い音が木霊する。

 リョーマのプレーは惚れ惚れするものであり、多くの部員が魅入られた。悔しげな顔をしている先輩も居るが凄いと認めざるを得ないだろう。

 一方で悠介は意外にも冷静で、驚きつつも的確に打ち返してまだ余裕がある。

 その態度を崩したい。リョーマはますます本気になろうとしていた。

 

 踏み込みが強くなり、スイングスピードが速くなる。狙いは正確でコントロールは抜群。敢えて拾えるであろう場所へ打ち込んでいたが打球が鋭くなっている。

 悠介の目つきが変わったのは、驚き以上に意識を変えなければ返せないと判断したからだ。

 

 困惑は一瞬にして消え失せ、姿勢を整えて、インパクトを強くする。

 考えるまでもない反射的な行動だった。

 悠介もまたリョーマの正面へ返し、打ちやすいだろう位置へピンポイントでやってくる。あまりにも打ちやすいために思わずリョーマがフッと笑ってしまった。

 

 ボールの動きがさらに速くなり、ラリーは勢いを増して継続される。

 もはや動く必要がない。正面から手元へ来る打球を打ち返し、途切れる暇がなかった。

 

 いつまで続くのか。呆れるどころか感動してしまうほど素晴らしいラリーだ。

 多くの部員が固唾を呑んで見守っていて、どう決着するのかを見守ろうとしている。

 一瞬、待ち切れない様子でリョーマが動きを変えた。グリップを両手で握り、これまでになく強く打球を返すと一歩だけ前へ足を進めたのである。

 

 行くぞ、と目が告げていた。

 不敵に薄く笑う表情はまだ冷静に見えるが、目は爛々と輝き、この程度では満足できないとこれ見よがしに告げている。

 いよいよとんでもない奴だと悟って悠介がふっと鋭く息を吐いた。

 意識を研ぎ澄まし、迎え撃つつもりで低く構え、ボールを打ち返そうとする。

 

 「何の騒ぎだ?」

 

 その時、声が聞こえて反応してしまった。

 視線を外した悠介のすぐ傍をボールが通り過ぎていき、フェンスに当たって高く跳ねる。

 

 全員の意識が一点へ注がれていた。

 コートの入り口に立っていたのは少し遅れてやってきた部長の手塚(てづか)国光(くにみつ)であった。厳格な部長として知られていて、コート内での揉め事は決して許さず、該当者をグラウンドで走らせて罰則に課すことも躊躇わない。

 容姿は整ってこそいるが「笑った顔を見たことがない」と言われるほどの鉄仮面。フレームが細い眼鏡をかけてきりりとした目つきが見る者を緊張させる。

 

 いつもと違った様子なのは間違いない。それが彼の怒りに触れていたとしてもおかしくないのだと部員は緊張していた。初めて会うはずの一年生にしても、果たして本当に中学生なのだろうかと思う大人の風格に怯えている。

 コートの状況を見て理解した後、手塚は淡々とした声で言う。

 

 「宮瀬。アップ前の練習にしては感心しないな」

 「す、すいません……」

 「無理な練習をさせないよう、一年にも徹底しておけ」

 

 すうっと大きく息を吸い込んで、手塚はコートに居る部員へ伝えた。

 

 「全員ウォーミングアップ! 済んだ者から二年と三年はコートへ入れ! 一年は球拾いの準備につけ! 以上!」

 

 部員が揃って大声で返事をする。

 注意はされたものの、お咎めはなし。怪我の心配をされはしてもグラウンドを走らせるほどの問題だとは思われなかったようだ。

 

 「はぁ~よかった……危ねぇ」

 「先輩」

 

 ほっと安堵した悠介が歩き出すと、静かにリョーマが立ち塞がった。

 意外には思ったがきょとんとした彼は素直に話を聞こうとする。

 

 「ん? 何?」

 「やっぱり先輩の言った通りにします」

 「え? 何の話?」

 「やるなら部活が終わった後、ね」

 「……え」

 

 にやりと笑い、言うだけ言ってリョーマはウォーミングアップのために行ってしまった。

 嫌な予感がする。そういえばそんなことを言ったかもしれないなと改めて思った。

 悠介は誰にも聞かれずに「マジか……」と呟いて落ち込むのだが、先輩に呼ばれたためアップを始めないわけにもいかず、とぼとぼ歩いて自らも移動を始める。

 

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