かといってオリ主がそうなるわけではないです。
ストリートダブルス大会。
元々は少しでもテニス界が盛り上がればいいとの思いで少数の人間が動き、地元のテニスクラブが主催する小さな大会だった。年齢や性別を問わずに近場からテニスを愛好する者たちが集まり、素人も熟練者も交じってダブルスを組んでテニスを楽しむ。そのための大会だった。
ここ数年でその様相と規模は大きく変化して、圧倒的な強さを誇る王者が現れたことで、全国的に知られる大会になり、多くの人間が集まったことでアットホームな雰囲気こそ失われたものの、テニス界を盛り上げるという意味では以前とは比べ物にならない飛躍を遂げている。
この日、その人物を一目見ようと考えて観戦に訪れる客は多い。
あわよくば掘り出し物が見つかれば、と思うテニス愛好家も少なくなかった。
予想に反して大きい会場、大勢の観客、そして殺気立つ選手だろう人物。
その場に現れたリョーマは僅かばかりに感心して辺りを見回していた。
隣に立つ悠介は昨年に観戦した経験があって、その景色を覚えているため落ち着いている。
「ふーん。結構人集まってますね」
「今年は特に熱量が違うかなー。中学生の部なんか作って挑発的だから人も集まってるし」
「跡部って人、そんなにすごいの?」
「頭良くて運動できてイケメンでお金持ちだよ。ただ性格が濃くて取っ付きにくいけど。俺は密かに“王様”って呼んでる」
「本人に言えばいいのに」
「バカ、死んだらどうする。大体俺が喋れるような人じゃないよ」
参加の申し込みを終えて、二人の立場はすでに大会に出る挑戦者となっている。ダブルスに限定された大会を前にして、二人は普段通りという雰囲気を崩さなかった。
リョーマはアメリカに居る頃からジュニアの大会に出て優勝している。ダブルスの経験は浅くとも試合勘は鍛えられており、緊張している様子は感じられなかった。
一方、悠介は部内及び他校との練習試合以外に試合経験がない。今はまだ落ち着いているが、程よい緊張がいつ大きくなってもおかしくない状態にある。
試合開始の時間を待つ間、彼らの傍でわああと興奮を抑えられない声が発された。
応援にやってきた堀尾が笑顔できょろきょろしていて、彼ほどではないにしてもカチローとカツオも周囲が気になって仕方ないらしい。
我慢できずに堀尾が悠介に向かってきて、ひどく楽しそうに声をかける。
「すごい盛り上がりですね宮瀬先輩! くぅ~こんなことなら俺も参加しとけばよかったなぁ!」
「ああ、まあね。この辺は流石跡部さんって感じ……」
「堀尾君が参加してどうするのさ」
「そりゃお前、俺の実力を見たプロのスカウトが声をかけてきて」
「あーないない」
観客の多さに浮かれている堀尾を、カチローとカツオがぴしゃりと切って落ち着かせる。彼は気落ちしてしまったようだが二人はさほど気にしていなかったようだ。
ふと、カチローが悠介に目を向けると緊張していることに気付いた。やはりリョーマほど落ち着いてはいられないようで普段に比べて表情が固い。
「宮瀬先輩、緊張してますか?」
「ん? あー……そりゃね。乾先輩の杞憂かと思ってたけど、予想してた通りって感じ。マジで色んな学校から強い人集まってきてるみたい」
「あ、そういえば有名なクラブの選手も来るんですよね」
「見た見た。それこそプロ目指してるようなランキング上位の人も参加するんだぜ」
「堀尾君、また自分のことみたいに言ってる」
うん、と頷いた悠介だが、あいにく中学の部活動以外は専門外だ。
知らないことを隠そうともせずに後輩たちへ告げる。
「乾先輩はその辺も調べてるだろうけど、俺はクラブとかプロとかあんまり知らないんだ。でもそういう人たちも、ここじゃ跡部さんには勝ててない」
「俺も去年の大会見ました! なんていうかもう、別次元ですよね、あの人……」
「で、その跡部さんがライバル視してるのがうちの手塚部長なのよ」
「おおおっ!」
「なんであんたが自慢してんの?」
堀尾たちと話す姿は普段と同じ。それで緊張がほぐれるかとも思ったが、再び視線を上げればやはりそう上手くはいかないらしい。
ふーっと深く息を吐いた悠介は呆れて苦笑していた。
「だから関東近辺と強豪校の選手しかわからないけど、やっぱりまさかだよなぁ」
その視線につられてリョーマを含む一年生たちが同じ方向を見る。
先程から騒いでいる一団が居た。うるさいとは思っていたが誰も近付けないのが現状だ。
「生跡部様ァ⁉ あれついに生跡部様やないの⁉ やっぱり本物は迫力が違うわ! ドギツイイケメンやわぁ! ユウジより断然!」
「ゴルァアアアアッ‼ なに頬赤ぁ染めとんねん! まさか浮気するつもりちゃうやろなぁ!」
「ユウジィ! 向こうに出店出とるで! たこ焼き買うてぇや!」
「あ~帰りたい」
揃いのジャージを着た関西弁の集団。大声で喋っているせいか非常に目立っている。
中でも眼鏡をかけた坊主頭とバンダナの男は見覚えがある。
すでに気付いていた悠介はげんなりしていて、来ているからには間違いなく参加するのだろうと察していた。一年生たちは意味をわかりかねていたようだが、その中では唯一堀尾だけが彼らの正体を理解する。
「あ、あのジャージってもしかして……」
「大阪の四天宝寺中だよ。関西じゃ頭一つ飛びぬけて強い。しかも坊主の人とバンダナの人はそこの名物ダブルスだ」
「うげぇぇ……! 県外からも来てるんですか?」
「そんなこと言い出したら、関東だけど東京以外からも結構来てるみたいだよ」
悠介がふいっと視線を動かして辺りを確認する。
学校のジャージを着ていたり私服だったりと統一性はない。しかし曲がりなりにも乾のデータを知る者だ。強豪校の有名選手がこの場に来ていることにはすでに気付いていた。
何人が参加するかはわからないがざっと見ただけでも濃い面子だ。
神奈川の王者、関東ライバル校、千葉の古豪、話に聞いただけの沖縄の新鋭まで居る。
確かに前年王者からの挑発はあったかもしれないが、それだけで遠くからやってくるということは相当な負けず嫌いが集まっているのだろう。そうでなければこの状況を面白がっている人間に違いない。事実そうであろうと思う人物を発見している。
「なんか荒れそうな大会だな。跡部さんが絡んでたらこういうの多いけど」
「おやぁん? そこに居るのはもしや青学二年の子では?」
「青学? 関東の強豪やんけ」
「もう絡んできた⁉」
一際騒いでいた坊主眼鏡とバンダナが早速声をかけてきた。面白そうだからと参加してくる典型的な人物だ。
そういった嗅覚に秀でるのか、それとも反応する相手を探していたのか、悠介に目をつけてにじり寄ってきた二人に驚く彼が捕まってしまう。そうなれば簡単には近付けない。
そそくさと少しだけ離れた一年生たちはハラハラしながら見守った。
「えーっと、青学二年の宮瀬です。お二人は大阪の四天宝寺の方ですよね?」
「あら、知ってる? いや~辛いわ~。有名人辛いわ~。顔さしちゃってしょうがないわー」
「なんで知ってんねん。ん? 大阪におる小春を東京のお前がなんで知ってんねん。ん?」
「いやいや去年の全国大会のデータですよ! 他意はありません!」
「すいません。うちのアホがほんますいません」
「なんやなんや? せいがく? 強いやつ? あんた先輩か」
わらわらと集まってくる面子に想像以上に強い絡み方をされているらしい。
一年生たちの距離はさらに遠のき、馬鹿を見るように冷たい目をするリョーマはまるで動じていない一方で、他の三人は助けを呼ばなければならないと動揺していた。
「あわわわ、宮瀬先輩が他校の生徒に捕まった……!」
「ど、どうしよう⁉ 先輩たち呼んできた方がいいかな?」
「みんな向こうに居たはずだよっ」
「別にいいんじゃない? ほっといて」
暴力を振るわれる雰囲気でもあるまいし、わざわざ助けてやる必要もない。初対面の相手と何気なく親しくなる程度のコミュニケーション能力はあるのだ。むしろ変に近付いて巻き込まれる方がよっぽど辛い。
リョーマは平然とした足取りで遠ざかり、応援に来た青学テニス部の部員が集まっている場所へ向かう。他の三人も不安そうだが彼の後ろについてきた。
彼らを出迎えたのは桃城と菊丸だった。
遠くで起こっている惨劇を見ていたのだろう。にやりと笑って上機嫌だ。
置き去りにされた悠介と素っ気なく離れたリョーマを確認し、なんだなんだと声をかける。
「おいおい越前、お前のパートナーとっ捕まってんぞ? 面白そうな奴らに」
「あいつ変なフェロモンでも出てんのかなー」
「あの人なら平気でしょ。どうせなんとかしますよ」
そう言ってリョーマは視界にすら入れようとせず、目の前に立つ桃城を見上げた。
「そっちこそ大丈夫なんスか? ダブルス、あんま経験ないんでしょ」
「心配いらねーよ。今日に向けて
参加を決めていたのは悠介とリョーマだけではない。青学からはもう一組だけ参加する。
振り返った桃城はすでに表情を変えていて、キッと睨むようにパートナーを見た。
「海堂、足引っ張んじゃねぇぞ」
「あぁ? てめぇこそ俺の邪魔すんじゃねぇぞ」
ともすれば睨み合う不仲なペアだが本人たちはやる気らしい。目指すは優勝、だそうだ。
目の前では二年の先輩二人が睨み合い、振り向けば別の先輩が他校の生徒に囲まれている。
ちっとも尊敬できそうになくて、うちの二年は変なのばっかりだ、とリョーマは思っていた。