個性的な人間と関わることは、部活で慣れているつもりだった。
去年も訪れた場所とはいえ、今回の大きな違いは参加者であるか否か。ラケットを入れたバッグを持つだけで注目されるとは思わなかった。
青学の生徒であると知られていたのも大きな理由だろうがそこまで頭は回っていない。
悠介は緊張した面持ちで四天宝寺中の生徒たちに囲まれていた。
「アタシは
「あぁ……言われてみれば確かにその通りです」
坊主頭で眼鏡をかけた、幾分老け顔の男子が美しくバレエを踊るようにポーズを決め、ウフフと可憐な笑顔で流し目を送ってきた。
異名にしてはごちゃごちゃし過ぎじゃないか、とは思ったのだが初対面の関係で指摘できるほど器用ではない。
言葉を吞む悠介は複雑そうに微笑んでいた。
「小春しか見えません。
「お幸せに」
鉢巻のようにバンダナを頭に巻いた男がやけに凛々しい顔で告白してくる。
咄嗟に笑顔で彼の幸せを願えば、悠介が思う以上に深く心地よく胸の中に響いたらしく、数秒前の警戒が嘘のようににかっと笑った。
「この仏頂面はうちで最も天才と名高い二年生……えー、“天才”
「“ささくれ立つ天才”
「“静電気系天才”
「“目を合わせると石になりそうな天才”
「すいません。ほんますいません」
「あ、いえ、大丈夫ですよ。楽しいです、平気です」
確かに仏頂面ではあったがぺこぺこと頭を下げる姿に既視感を覚える。
あぁ、この人も先輩で苦労しているのだな、と悠介は理解し、憐れむようでもありとても優しくもある目で彼を見ていた。
黒髪で端正な顔立ちだが左耳に付けたピアスが気になる。にこりともしない表情も合わせて出会う状況が違えば怖いという印象を抱いていたかもしれない。
先輩がやいのやいのと言い続ける状況を無視し続ける姿に強さを感じた。
「ワイは
「毒手?」
「うちの躾け方の話です。スルーしてください」
元気よく目の前へ飛び込んできたのは見るからに活発な赤毛の少年だ。学校の長袖ジャージの下にヒョウ柄のタンクトップと半ズボン。背中には紐で括り付けるようにして古びた木製ラケットを背負っており、勉強より運動が得意な子なのだろうなぁ、と想像する。
青学には居ないタイプの後輩だ。弾けるような強いエネルギーを感じて眩しく感じられ、うっと仰け反る悠介であるが嫌がってはいない。むしろ最も興味を見せたのが子供っぽい無邪気な彼に対してだった。
「そういえば出店あるって言ってたっけ。まだ時間あるし行ってみる?」
「ほんま⁉ でもワイ金持ってない!」
「たこ焼きくらいなら奢るよ」
「マジか⁉ ありがとー! どうしよう! 青学行こかな!」
「いやチョロ過ぎる」
「たこ焼きで人生揺さぶられんなや」
喜色満面でにっと笑う遠山金太郎を見やり、悠介は思わず頬を緩ませた。
青学で最も近い位置に居る後輩とは全く正反対の性格。感情的でよく動き、人懐っこい様子なのがとても新鮮だ。
「可愛い後輩だ」
「どこが? 生意気やし言うこと聞かんしすぐはぐれるしうるさいのに」
「なんやねん財前! なんか文句あんのか!」
「文句あるから今言うてるんやろ」
四人の中で唯一二年生である財前光が冷たい声で呟く。
データを見て知っていた相手だ。昨年、入学してすぐ一年生で唯一レギュラーになり、公式戦に出場していた人物。ポーカーフェイスでほとんど感情を見せないが器用で常に冷静沈着、あらゆるプレーを高レベルでこなすオールラウンダー。
まるでファンのように目を輝かせる悠介は彼が傍に居る状況に喜んでいた。
一度冷静になれば凄い状況だと改めて理解する。
フルメンバーではないとはいえ、強豪四天宝寺のレギュラーがそこに居るのだ。
特に三年生の二人はダブルスの名手として広く知られている。
今の三年生の代が入学した頃、四天宝寺には三人の天才が居ると知られた。
群を抜くスピードで敵を翻弄し、高速試合が持ち味の“浪速のスピードスター”
並外れたパワーで相手を撃破する“波動球”の使い手、
そしてIQ200とも言われ、飄々とした態度で相手を食う“変態テニス”の金色小春。
部長になった人物こそ異なるとはいえ、この三人が大きな戦力なのは間違いない。
話を聞いておくチャンスだと思い、屋台へ移動しながらも悠介が小春とユウジを見る。
「あの、お二人って一年の頃からダブルス組んでますよね」
「いややわぁ悠介君、敬語なんか使わんでええのに。住んでる場所や学校が違っても我ら同じテニスを愛する義兄弟やないの。桃園で誓いを立てようよ」
「違うと思いますけどめちゃくちゃフレンドリー……」
「いや敬語はええねん。小春に色目を使うのがあかんねん」
「使った覚えも使うつもりもありません」
「火遊び……してみる?」
「やめてぇえええっ⁉ セクシーやからそれだけはやめてぇえええっ⁉」
ともすればポーズを取ってふざけ出す小春に、ユウジが翻弄されて一喜一憂している。
なるほど、これが彼らの強みなのだろう、と理解しておくことにした。
自分のペースに相手を巻き込み、翻弄する。確かにそんなテニスをしていた。普段やられると非常に面倒だが試合中はさらに面倒だろう。
「大体いっつもこんなんすわ」
呆れた顔をする財前が二人を見もせずに嘆息する。
あぁ、苦労してそうだ。その顔を見ただけで察してしまい、同じ後輩として悠介は同情せずにはいられない。
「別にね、ご時世柄あの二人がべたべたしてるんはいいんすわ。金色先輩は本気か嘘かわからんし一氏先輩は明らかにガチやけど、そこは何とも思わんし」
「ああ、うん。俺も別にいいと思う」
「ただあの二人の場合は絶妙にウザいでしょ。テンション高いし下ネタ多いし何が楽しいか知らんけどやたら絡んでくるし。特に一氏の方が嫉妬深くてめんどくさい」
「聞こえてるわよ財前。本人至近距離でめっちゃ聞いてるわ」
「一応俺先輩やぞ」
「七武海に地球の裏側まで飛ばされたらいいのに」
「あらやだ、めっちゃ嫌われてるみたいに聞こえる」
「っていうかあいつ漫画読むんか。いつもと違ってユニークやんけ」
相当ストレスが溜まっているのだろう。重いため息を聞いて反応せずにはいられなかった。
彼にはわかっていたのかもしれない。悠介も同類だと判断しての態度である可能性があった。
ついさっきまで傍に居たはずの人々はそそくさとどこかへ行ってしまい、彼だけが置き去りにされた状況である。本人も理解しているだろうが慣れた態度だ。初対面の人間を前にして逃げ出す素振りもなく関わろうとしている。
先輩と後輩で苦労していそうだな、と察する状況を目の当たりにしたのだ。
「財前君って、大変そうだね。なんかもう三人だけでわかった気がする」
「それを言うたら宮瀬君も見捨てられてますよね」
「あ、わかった? 気付いたら俺の知り合い誰も居ないの」
「中二って、もっと夢があって楽しいって聞いてたんすけどね」
「あー……そのためには不思議な力に目覚めなきゃいけないんじゃない?」
「それもめんどくさいっすわ」
二人がやれやれと息を揃える一方、先行していた金太郎が出店に辿り着き、脱兎の如く駆け出した小春とユウジが追いつく。
周囲を振り回す勢いの良さとマイペース。これは凄いぞと唸ってしまう。
「はよはよ! こっちやでゆーすけ!」
「金ちゃん! りんご飴ある! いよいよ祭りの気配やわぁ!」
「うおおおっ! いやでもあかんやろ! 先にたこ焼きやって!」
「りんご飴で喜ぶ乙女なところもええなぁ!」
和気あいあいとしているが騒がしく、常に周囲の注目を集めている。
あそこへ飛び込んでいくのはやはり勇気が必要だ。二人は顔を見合わせ、微妙な顔をした。
「いや、あの、楽しいよ。全然悪くない」
「まだなんも言ってないすけど」
「うん、そうだった。なんかごめん」
「あの人らにダブルスのこと聞いても意味ないと思いますよ」
「えっ」
「真面目に聞くとも思えんから」
彼らの会話が聞こえていたのか、素早く戻ってきた小春とユウジがずいっと顔を寄せてきた。
「え~なに⁉ アドバイス求む⁉ 困るわぁ~! ダブルスの名手困るわぁ~!」
「お前は着眼点がいい! そもそも俺らは俺らこそが全国ナンバーワンのダブルスやと証明するために来たんや! そりゃ俺らに聞くんは正解ってもんやろが!」
「あ、はい……それはよかったです」
「小春とユウジ邪魔すんなや! 今は先にたこ焼きやろ!」
出会ったばかりでも徐々に慣れつつある。
あぁ、こういう人たちなのだな、と理解して、悠介は微笑で受け入れようとしていた。
話を進めるためにはとにかく状況を進めるしかない。
いつもの通りに、悠介は彼らの機嫌を損ねないよう背を押して、事態を推し進めようとした。
約束した通りに金太郎にはたこ焼きを買ってやり、満面の笑顔でお礼を言う彼に気を良くする。その一方で、りんご飴でやたらとテンションが上がる二人を強引に止めた。
「祭りの時しか食べられへんねんで! 普段食べようなんか一切思わへんもん!」
「小春が食べたがってんねんで! むしろ俺が奢りたいけど金がない!」
「あんたらは今から試合でしょうが!」
「じゃあ一個を二人で分けるからぁ! 最悪金ちゃんもおるんやしぃ!」
「たこ焼きも我慢するからぁ!」
「むしろ食べる気だったんですか⁉ ちょっとくらい我慢してください!」
何よりも騒ぎ過ぎだとようやく叱って、駄々を捏ねる小春とユウジを引っ張って歩き、人込みから離れようとする。
必死の抵抗を抑え込み、上機嫌な金太郎と静かに笑む財前もついてきた。
「うんまぁ~! うまいでゆーすけ! 一個食うてみーや!」
「あぁうん、ありがとう。でも後でね」
「他校の三年生にも人権をー!」
「一年ばっかり優遇せんといてー!」
「あんたらはもうちょっと大人になってください!」
「宮瀬君、四天宝寺来ません?」
「押し付ける気だ⁉ 自分が嫌だからって!」
強引に連れ出してなんとか人込みを離れることができた。
注目されっぱなしの状況を脱することができたらしい。胸を撫で下ろす悠介は頭を抱え、爪楊枝で刺したたこ焼きを差し出してくる金太郎に応え、口の中に放り込んでもらう。熱さに悶絶しながら態度はどことなく嬉しそうだ。
普段の後輩との関係がそうさせるのか、金太郎に対する好印象は相当なものだと感じさせる。
納得いかないのが小春とユウジだ。
年上で他校で奢ってもらおうとしたとはいえもう少し優しくしてほしい。
きりりとした顔をする二人は態度を改め、今度は雰囲気を変えて悠介の前に立つのだ。
「悠介君、君もこの大会に出るんやってね」
「なんか俺らに聞いときたいことってあるかな?」
「言うてもアタシらはダブルスやって丸二年くらいにはなるわけやし」
「悩みがあるんやったら俺らがなんでも聞くで」
かっこつけているのであろう、腕組みをして薄く笑みを浮かべ、目元には妙に力を入れている。
呆れる悠介は一度財前の顔をちらりと確認するのだが、応じることを拒んだ彼は、関わりを避けるかのように静かに顔を逸らした。
釈然とはしないが、チャンスではあるのだろう。そう思うことにして悠介は嘆息する。
「じゃあ、一つだけ」
「おーう! バッチコーイ!」
「どんと来ーい!」
一瞬の逡巡。何を聞けばいいかわからなかったが、考えた末に悠介は二人を見る。
「勝ちたいって思いますか?」
「もっちろん!」
「そりゃ勝負事は勝たんとおもろないからな!」
「そうですか……」
やけに高いテンションに押し負けて小さく嘆息する。
そりゃあそうだろうと思うのだ。我ながら何を聞いているんだと思ってしまう。
意図していなかったが寂しげな顔をしていたらしい。覗き込んだ小春とユウジが何かを察して、互いを見合わせて考えた。
にこりと笑った小春が悠介の肩に手を置いたのをきっかけに、ユウジが逆側の肩に手を置く。
「ま、百聞は一見に如かず。アタシらの試合を見とけば参考になるんちゃうかな?」
「俺らのコンビネーションは尋常じゃないからな。マジで」
「そうそう。愛があるからね!」
「愛があるからな!」
「はあ……」
気の抜けた声で返事をして悠介はそっと視線を逸らした。真面目に聞いていていいのかわかったものではない。
その一瞬に小春がほんの少し声色を変え、楽しげだがいくらか真剣に言った。
「君はパートナーを活かすスタイルがええやろうし、アタシのプレーはよう見といてね」
「へ?」
「変な意味じゃなくてな!」
「いやそれはないですけど。あの、俺のこと知ってるんですか?」
「もっちろん。去年から青学一年の有望株やったもんね。データは一通り入ってんのよ」
こめかみをトントン叩いてアピールされる。
その素振りに気付かなかったせいか、確かに食えない人だと悠介は呆気にとられた。