テニスの王子様の言うとおりっ   作:ヘビとマングース

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26 注目のルーキー

 ゲームを取って試合の切れ間に、悠介が言った。

 

「なんとなく、わかった気がする……ダブルスの勝ち方。俺一人じゃ無理でも、お前と組んだら全く別物だ。今、楽しいよ」

 

 あからさまに入り込んだ顔だった。少々の休憩でプレーが途切れても異常な集中は持続したままであり、呆れてしまうほどに執念を感じる。

 きっと彼の眼にはこれまでとは違った景色が見えているのだろう。

 大きく開かれた様子は嬉々としていて、それ以上に威圧感と狂気を感じる。

 

「俺はお前に合わせる。だからお前は俺に合わせろ。勝ったらそれが信頼だ」

 

 鬼気迫る表情で声には力があった。

 他人に影響される、案外単純な性格だが、ぞくぞくした何かがあったのは確かだ。

 

「俺がお前を勝たせてやる」

「いいよ。じゃあ、俺があんたを勝たせてあげる」

 

 審判のコールがあって再びコートへ入る。その時にはもう意識が違っていた。

 間違いなく勝利を求めていたのである。

 まさかの試合内容に観客の熱量が上がっていて、しかし彼らがコートに入る時には固唾を飲んで見守るような静けさがあった。

 変化があったのは対峙した二人も気付いているらしく、柳沢と淳は笑顔で見ている。

 

「おいおい、怖い顔してるだーね。まるで別人だーね」

「いいね。そっちの方が面白そう」

 

 再開されてから試合は白熱した展開を見せた。

 次の試合のための体力温存など微塵も考慮せずに、両ペアは激しい攻撃を行う。点を取ることを最優先に考えて殴り合いのようなプレーとなった。

 

 ラリーは長引かずに点を取られればすぐに取り返す。一撃必殺の応酬である。とにかく攻めることを考えてネットに向かって走り、どちらも凄まじい決定力を見せている。

 攻撃力や勢いでは宮瀬・越前ペアが勝っていたが、持ち前のスタミナを駆使して躊躇いなく走り回る柳沢・木更津ペアが必死に駆け回り、しぶとく食らいついている。

 試合は長引き、デュースが当たり前になって何度となくアドバンテージを繰り返した。

 

 体力に物を言わせた長期戦はお手の物。勝機は必ずある。

 スロースターターで苦境に強く、そう考える柳沢と淳が必死の抵抗を見せていた。

 その一方、悠介もまた長期戦に長けていた。凄まじい攻撃力で短期決戦を得意とするリョーマとは裏腹に彼もまたスロースターターで、試合が長引くほど本領を発揮する。

 

 悠介は自分ならではのスタイルを求めていた。感覚頼りでは不二には勝てない、データテニスでは乾に勝てない、完璧性では手塚に勝てない、ダブルスでは大石に勝てない。誰かのお下がりばかりをかき集めた自分が勝ちを求めるのなら何を武器にすればいいのか。

 模索する中でかすかに掴みかけている。全体を俯瞰しながら、目を凝らして相手を見て、感覚的にデータを収集して相手を捉える。

 師匠と崇めた二人とは違う、自分だけの武器だ。

 今はまだ自信になっていないが、ようやく今、意識してそれを使おうとしていた。

 

 ふわりと浮いたボールを真下で淳が待ち構える。

 コートの全体を確認し、判断は一瞬。

 悠介はネットの近くに立っていたリョーマへ叫んだ。

 

「越前! 下がれ!」

 

 声を聞いた途端に彼は迷わず後ろへ走った。

 コート内の状況を確認し、軽く跳んだ淳はすでにスマッシュの姿勢に入っていて、しかし急に動きを変える。落下してくるボールに合わせてくるりと回り、スマッシュではなく優しく受け止めるドロップショットを行った。

 

 ボールはふわりと柔らかいタッチでネット際に落ちる。

 そこへ、指示を出した直後に前へ走っていた悠介が駆けつけていた。

 目を見開く一瞬、トンっと軽く跳んで追いつくとボールを柔らかくガットで受け止め、ネットの向こうに返す。あらかじめわかっていなければできない動きだ。

 観客がおおっと声を漏らすものの、まだ終わりではない。

 

 もしもに備えていた柳沢の対処は素早く、驚くよりも先に正面にボールを迎えて、強烈なインパクトで真っ直ぐ打ち返した。

 その一打は悠介の顔面を狙う結果となったが、間違いなく避ける、という信頼があった。こいつならそれくらいはできるという信用の下で敢えて狙っている。

 

「お返しだーね!」

 

 顔面に向かってくるボールを見て悠介は咄嗟に前傾姿勢になり、顔を動かして避けた。しかしその時の彼が瞬き一つせずにボールを見ていたのは柳沢も淳もしかと視認する。

 避けると同時、自身を抱きしめるかのように腕を回してラケットを背面へ伸ばし、通り過ぎようとしたボールを受け止めた。力のある打球ではなかったが確実な意図で返される。

 反応できない柳沢の脇を抜き、得点したのは悠介だった。

 

 ネット際でのアクロバティックプレーは菊丸英二の得意とするところ。

 彼に師事した自分が体に向かってくるボールを返せないはずがない。

 見事な反応に観客が沸く中、試合に集中する彼は歓声も聞かずに思考を連ねていた。

 

「ハァ。もうちょい……もう少し」

 

 掻いた汗を右手に巻いたリストバンドで拭いながら、呟く彼は何かを待っていた。

 果たしてそれは彼なりの理論だったのか、はたまた感覚的な答えか。他人に説明することはできないが徐々に自分の中で構築されていくものがある。誰かに与えられたわけではない、極限まで集中した時に起こり得る独自の感覚だった。

 そこに辿り着くまでもう少し。その呟きを聞いて、リョーマは慌てず待つことにした。

 

 柳沢・木更津ペアの抵抗はしつこく、届きそうにないボールにも果敢に飛び込んでいく。勢いよく地面を滑ってあちこちを擦りむいていたが楽しそうだ。

 そうして彼らが3ゲーム目を奪った時、様子が変わった。

 

 ふーっと息を吐いた悠介がぐしゃぐしゃと頭を掻く。

 何か言うだろうと待っていたリョーマは彼が自分を見た際に目を合わせた。

 

「越前、もういいよ」

 

 意外な言葉だったが敢えて遮ろうとはせずに待つ。

 

「ボール上げるから好きに打って」

 

 それは指示でも命令でもなく、好きにしたら? とでも言いたげな口ぶりだった。緊張感の抜けた平坦な声で言われて、だが素っ気ないわけでもない。言わば普段の彼に近い。

 それでも顔を見ればいまだに“入った”まま。試合を投げたわけではない。

 その態度はまるで、もう結果は見えたとでも言いたげなものだった。

 

 サーブ権は再び一巡して柳沢の下へ。

 毎度の如くデュースをしているためずいぶん汗を搔いていた。だが疲れたとは思わず、むしろ体の熱がいい感じに上がってきている状態。ますます生き生きしていた。

 

「こんなに楽しい試合、久々だーね。でも負けたくないからもっと攻めるだーね」

「そうだね。できるだけ長くやろう。あと一時間」

「いやそりゃ長過ぎだーね……」

 

 珍しく満面の笑みを浮かべる淳に引きながらも、柳沢がサーブをする。相変わらずスピードが落ちずに迫力が増してさえいた。

 真っ直ぐ来たそれを悠介が打ち返してゲームが始まる。

 取られれば終わり。そんな状況でも彼らのプレーに隙はなかった、はずだ。

 

 兆しは1ポイント目から感じられた。

 絶好の位置へ来たボールを柳沢がフルスイングで打ち返し、良い気持ちになったのだが、直後にはすかさず打ち返す悠介に足元を狙われ、正面から向かってくるボールを打ち辛そうにラケットへ当てる。偶然にしてはピンポイントで苦手なコースだった。

 上がってしまったボールに即座にリョーマが飛びつき、スマッシュを決められる。

 柳沢は悔しげに唇を尖らせた。

 

 その次は淳だ。

 図らずも悠介と打ち合いになって、右へ左へ、彼が取るのに苦労しない位置へ振られた後、リズムができたのかスネイクが繰り出された。

 何度かの接触で目は慣れている。今度は正確に淳が打ち返す。だが微妙に回転が違ったようで、妙に上ずってしまった打球が、下へ潜り込んだリョーマによってスマッシュで返された。

 

 連続のスマッシュによる得点。まぐれか、と思った観客は多い。しかし本人たちにはミスをしたという自覚がなく、嫌な感覚を覚えた。

 視線は自然とスマッシュを決めたリョーマではなく悠介へ向けられる。

 

「あと2球」

 

 もう相手には1ポイントも渡さない。その発言は言外にそう告げていた。

 小さな呟きを聞いたリョーマはやれやれと思う反面、不思議と力が漲ってくるのを感じ取らずにはいられずに、さらに動きが良くなる。

 

 結果は同じだった。

 数度のラリーを行った後、絶好球が来たかと思えば直後にはまさかと思う打球が来て、それでも反応できてしまうものだからつい手が出てしまう。柳沢はぎょっとしながらも足元に刺さる打球を掬い上げ、淳は横っ飛びで辛うじて届くボールにも迷わず腕を伸ばした。

 ロブを上げるつもりはなかったのに、ボールはぽーんと高く舞ってしまう。

 待ち構えるリョーマが渾身の力でスマッシュを打ち、コート内に沈めて得点するのである。

 

「ゲームセット! ウォンバイ宮瀬・越前ペア! ゲームカウント6-3!」

 

 会場は大いに盛り上がっていた。

 凄いものを見たと人々は歓声を上げて拍手を送り、勝者の二人に惜しみない称賛を送る。

 一気に騒がしくなった状況の中、ネットを挟んで対峙した選手たちは落ち着いていて、どちらもどこか呆然とした様子を残していた。

 

「くっそー……負けただーね! 悔しいだーね!」

「うん、そうだね。もっとやりたかったのにもう終わっちゃった」

「いや、むしろ俺らだけやり過ぎですよ。めちゃくちゃ長かった……」

「ほんと、6-3の疲労感じゃないでしょこれ」

 

 柳沢は素直に敗北を悔しがっていたのだが、淳はわずかに様子が違い、せっかく楽しかったのにもったいないとでも言うかのような表情であった。

 悠介とリョーマは勝利を喜ぶ前に呆れていて、まだ実感は無さそうだ。

 握手をして穏便に事は終わり、それぞれがコートを出ていく。

 

 

 

 良くも悪くもこれが彼らのデビュー戦となった。

 大会を引っ掻き回すのでは、との期待を受けて注目されることとなる。

 多くの人が集まっていた。試合を見たからには彼らを気にするのは何ら不思議ではない。

 

 ある場所ではフンと鼻を鳴らして席を立つ人が居た。

 部下同然に大男を引き連れ、彼はどこかへ行こうとする。

 

「あれ? どこ行くんだ?」

「アァン? 俺も試合だ。それ以外ねぇだろうが」

「あぁそうか。ま、頑張れよ」

 

 ある場所では目を輝かせる少年がどこぞへ駆け出し、胸を高鳴らせていた。

 

「ダダダダーン! 大変です! 大事件です! 亜久津先輩に知らせなきゃ!」

 

 ある場所では黒い服に身を包んだ二人組が忌々しそうに顔を歪めていた。

 

「いいよなぁ。ちやほやされて、みんなに認められて、学校じゃ先輩とか後輩に褒められて。しかも片方一年じゃん。なんだよ、一年はもっと苦労するもんだろ」

「わりぃが今回は俺も同じ気持ちだな。ちやほやされてんだなあの野郎……」

「え? なに神尾。気持ち悪い」

「はあっ⁉ なんで俺はちょっとぼやいただけでそうなんだよ! お前いっつもだろうが!」

 

 ある場所では顔色の悪い男と出店で買っただろう食べ物を頬張る大男が座っていた。

 

「念のために見に来た価値はあったさー」

「ぶあっはっは! 誰が相手やろうが(わん)のビッグバンで弾き飛ばしてやるさー!」

「慧くん、焼きそばこぼれてる」

 

 ある場所では揃いの赤いジャージを着る選手たちが観戦していた。

 

「ふわぁぁ……! すごい! 佐伯(サエ)さん、僕もああなりたい! あんなに注目浴びたら明日と言わず今日から絶対モテモテになるよ!」

「うーん確かに。帽子の彼なんかそもそもすごくモテそうだし」

「モテる男はモーテル持ってる……ぷっ」

「おっ、ちょっとすまねぇお前ら。ダビ締めるわ」

 

 ある場所では少し前まで彼らと行動を共にしていた四人組が変化のほどを確認していた。

 

「君のハートにロックオン!」

「なんやとコルァアアアッ⁉ 浮気するつもりかいお前ェ!」

「過去の話はもうやめて! アタシは今を生きる女! いややっぱ男!」

「ふざけんなァ! 誰が許すかそんなもん! 絶対離さへんからなァ!」

「なーなー財前……」

「なんや? 珍しく静かやな」

「ダブルスって、結構おもろそうやなぁ」

 

 そしてある場所では、王者であることを誇示するジャージを着た一団が居た。

 その中で最も興味を示していたのは白髪の鋭い目付きの男だった。

 

達人(マスター)……あいつのデータある?」

「ああ。といっても昨年のもので、今日見た限りでは大幅な更新が必要だが。詳細が要るか?」

「いや。だけど達人(マスター)の見解は聞きたいな。あいつはどう?」

「発展途上。少なくとも今のお前が負けることは1%もあり得ない。が、面白くはある」

 

 仲間の感想を聞いた彼はにやりと笑い、スキンヘッドの男に声をかけた。

 

「ジャッカル。今日、“切原赤也”は俺ぜよ」

「はあっ⁉ なんだそりゃ!」

「どうせあいつは寝坊で遅刻してんだろ。お前と組むのも嫌がってたようだし、ちょうどいいから俺が代わってやる」

「おいちょっと待て、そんな急に……!」

「心配すんな。お前が赤也に食わす肉の代金は俺が払う」

 

 普段はあまり話す男ではないが今日はやけに喋る。珍しく上機嫌なようだ。

 上機嫌だが鋭い目で見つめられ、言外に逆らうなと告げている。

 冷静に受け入れられていないこともあり、咄嗟の反論ができなかった。

 

「その代わり、俺は俺のやりたいようにやる。プリッ」

 

 嫌に上機嫌に一方的に告げられ、苦労人だろう男は苦々しい顔をするしかなかったようだ。

 

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