テニスの王子様の言うとおりっ   作:ヘビとマングース

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27 コート上の王様

 荷物をまとめてコートを出て、タオルで汗を拭って、水分補給をして、歩いていた。

 落ち着ける場所まで向かう道すがら、悠介とリョーマは大勢の人に声をかけられ、試合を見ていただろう人々から賞賛を受けた。

 すごかった。よくやった。次も頑張れ。

 そうして応援をされているのだが慣れていないため落ち着かなくて、そもそもあまり聞いていないらしいリョーマは平然としているものの、悠介には気疲れの態度も見えた。

 

「ふう。なんか、人生で一番知らない人から声かけられてる……」

「元に戻っちゃったね。さっきまでイキってたのに」

「イキるとか言うな。本気だったって言え」

 

 リョーマは相変わらずの様子である一方、悠介の気分は落ち着かない。

 試合に勝った。相手は三年生でかなりの実力者だったはず。しかもそれだけではなく、充足感を得るほど内容で何かを掴めた気がする。

 言語化して他人に伝えるのは難しいが、自分なりのプレーで勝てたのは事実だ。

 

 少しは証明になっただろうか。

 たったの一勝。呑気に笑っている場合ではないが感じ入るものもある。

 戸惑いがちに悠介はぽつりと呟き、隣に居るリョーマを確認した。

 

「ちょっとは、何かになったかな?」

「こんな程度で喜ばないでよ。優勝するんでしょ」

「簡単に言うけどさぁ……」

「その弱気どうにかして。変わりたいとか言う割にそのままじゃん」

「お前はすごく簡単に痛いところを……性格変えるのって絶対難しいんだぞ」

「さっきはよかったのに試合終わった途端これなんだから」

 

 やれやれと嘆息するリョーマの態度にわずかな苛立ちを覚えるのだが、ん? と首を傾げた悠介はその言葉について考えてみる。

 責められているようだが試合中の態度は認められている気がした。

 くるりと振り返った彼の表情を見てリョーマが顔をしかめ、考える前に口を開く。

 

「褒めて――」

「ないから。勘違いしないでよ」

「なんだよ。ちょっと喜んだのに」

 

 ちぇっ、とつまらなそうにそっぽを向いた悠介は、こちらに駆けてくる人物に気付いた。

 おーいと声をかけながら手を振っている。相手の顔はすぐに認識できた。悠介も笑顔で手を振り返すと彼を快く迎え入れる。

 

「裕太君。久しぶり」

「おう。試合見たぞ。すげーな悠介!」

 

 やってきたのは茶色い短髪の、人懐っこく笑う青年だった。身長はいくらか悠介より高く、私服姿でラフな格好をしている。ラケットを持っていないところからおそらく今日は大会に参加していないのだろうとリョーマは察する。

 裕太、という名前を聞いてついさっきの二人の知り合いなのだろうと気付いた。そして悠介が友達だと言った人物でもある。

 黙って見ていると二人は確かに親しげで、共ににこやかに笑っていた。

 

「お前はやる奴だと思ってたけどまさかうちの先輩に勝っちまうなんてな。しかも今日はなんか気迫が違うっつーか、別人みたいだったぞ。めちゃくちゃ強くなってるな」

「や、俺も無我夢中で何がなんだか……今日のはちょっと、色んな運が絡み合ったっていうか」

「んなわけないじゃん。実力でしょ」

 

 冷たい声を挟んできたリョーマに思わず反応し、ガッと頭を掴む。

 悠介は裕太に笑顔を向けたままで、リョーマは無表情のままだったが、互いに無言で力を入れて押し合っている。静かな戦いを感じた。

 目の前で見ていた裕太は驚きを隠せず、おぉと声を漏らしてしまう。

 

「いやほんとごめん。こっち一年の越前リョーマ。ものすごく生意気だから気をつけて」

「あんたも他人のこと言えないくらいヘタレでしょうが」

「ヘタレって言うな」

「事実じゃん」

「仲悪いのかお前ら? コンビネーションはすごかったのに」

 

 なぜか睨み合いまで始める姿に疑問を持って裕太が困惑している。二人にとってはいつものやり取りだが試合中とのギャップに驚いていたらしい。

 彼が困っていると気付いて悠介が腕を下ろし、ようやく小競り合いが終わった。

 今はそんなことをしている場合ではない。時折会うとはいえ、他校に通う友人と話せる機会だ。いつまでも無駄な時間を使っているのは流石に気が引けた。

 

「えーっと、裕太君は出てないの? やっぱシングルス志望?」

「そうだな。いや、正直大会の話聞いたらお前のこともちらっと考えたんだけどな。参加するような奴じゃねーなぁなんて思ったんだ。そしたら出るって言うからびっくりしたよ」

「はは、まあ色々あって……」

「それとレギュラー入りしたんだよな。おめでとう」

「あ、うん。ありがとう。裕太君もだよね。おめでとう」

「おう。つっても俺は、観月さんが気にかけてくれてるからなんだけどな」

 

 あ~と間抜けな声を漏らして、力の抜けた手が下りる。

 話には聞いていた。聖ルドルフでマネージャーと実質監督を務め、さらにプレーしても一流の部員が居ると。他ならぬ裕太が凄いと豪語し、尊敬する人物だ。

 乾の下に居る悠介もその人物に関する情報は聞いていて、会って話したことさえないのだがなんとなく苦手意識を持っていた。

 

「あの人か……」

「ついにお前もレギュラーか。最初の夢が叶ったって感じだな」

「とりあえずね。急に降ろされなきゃいいけど」

「何言ってんだ、お前なら大丈夫だろ。俺との練習も無駄じゃなかったってことだな」

「その節はお世話になりまして」

「いいってことよ。俺のためにもなったしな」

 

 裕太は朗らかに笑っている。

 友達、なのだろう。二人の態度を見て改めてそう思った。悠介の態度は普段とほとんど変化が見られないものの、特に裕太の笑顔が印象的である。

 リョーマは敢えて口を挟まずにただ眺めていた。

 

「でもお前、あんま技使わなかったな。せっかく色々持ってんのに」

「あーそうなんだよね。相手のこと観察しようと思うとプレーが単調になるっていうか。あんまり調子に乗ってバンバン使うのも怖いし」

「調子には乗ってたけどね」

「何か文句でも?」

「触んないでよ」

「お前ら仲悪いのか?」

 

 聞かせるつもりはなかったが小さく呟くと途端に頭を掴まれた。裕太はそんな二人のやり取りに困惑した顔をする。

 会話が途切れたその一瞬だった。

 こちらへ向かってくる人物に気付いた悠介が焦りを見せ、気になった二人が同時に視線を向けるとその人を確認する。

 

「あっ」

「誰?」

「ほら、例の……」

「氷帝三年の跡部だ。久しぶりに見たけど威圧感あるよな」

「それって王様?」

「その呼び方やめろ。注目されたらどうする」

「するわけないじゃん」

 

 反応は三者三様、思わず視線を向けてしまっていた。まさか注目されるとは思っていない。しかし今回はそのまさかで真っ直ぐ向かってくるようだ。

 びくっと震える悠介と目が合って、眼前に跡部(あとべ)景吾(けいご)と、その背後に控える樺地(かばじ)崇弘(むねひろ)が立った。

 

「おいお前、青学二年だろ。名前は?」

「は、はいっ! 宮瀬悠介です!」

「そこそこできるようだがまだまだだな。ロブ上げさせるだけで何球も使ってんじゃねぇよ」

「いてっ」

 

 ピシッと鼻先にでこぴんを受けて悠介が悲鳴を漏らす。

 どう見ても唯我独尊。遠目に見たことがあるとはいえ話すのはほぼ初めて。それでも明らかに自らの支配下に押し込んだ上で話している。

 リョーマと裕太が怪訝な顔をしている一方、悠介はしきりに恐縮して戸惑い、にやりと笑うイケメンから目が離せなくなっていた。

 

「よく見てろ。俺様がお前の“完成形”だ」

 

 圧倒的な勝者の余裕。遥か高みから見下ろしている。

 一方で嘲笑しているわけではない。彼は決して公言することはなかったが楽しんでいたのだ。

 自らの試合を見ているよう言いつけて、それはなぜか命令であり強制力もあって、従わなければ必ず怒られるだろうと感じさせる。

 悠々と去っていく跡部と樺地を見送って、呆れ返るリョーマと裕太とは違って悠介だけは「絶対に見なければ」と危機感を覚えた。

 

 

 

 試合が始まる直前、会場には一際多くの観客が集まっていた。

 なんせその人を見るために足を運んでいるのである。規模が増した大会だがその人にしか興味がないと考える人も少なくない。

 圧倒的王者、跡部景吾。初陣である。

 

「おい樺地、今回は特別だ。俺様がロブを上げてやる。お前はスマッシュだけで決めろ」

「ウス」

 

 始まる寸前、そうしたやり取りがあった。

 大勢に聞かせる声量ではなかった。従って聞き入れたのは樺地のみ。

 

 跡部のサーブでゲームが始まる。

 鋭く素早く力強い、強烈な打球がコーナーギリギリを突いて跳ねる。対戦相手は辛うじて拾うのがやっとという様子だった。

 ボールは高く上がって、偶然か狙い通りか、樺地が立っている位置へ落ちていく。

 

 軽く跳んで、素早いスイング。見ているだけで異様なパワーを感じた。ブオンっと風を切って目にも止まらぬ打球を生み出す。

 やけに重い音を響かせてボールがコートに跳ねた。

 おそらくスマッシュが来るだろうと読んでいた対戦相手が一歩も動けずに見送り、言葉を発することもなく棒立ちになる。

 

 彼らは、部活ではなくクラブに通い、将来はプロになることを期待されている実力者であった。それ故にのしかかるプレッシャーは大きく周囲の視線が気になる。

 ほんの一球、数分もかからず、あっという間に呑まれてしまった。

 

 その後はほぼ同じ光景がひたすら続くのみだった。

 跡部がボールを打った後、必ず自分の意思ではないロブを上げてしまって、落下地点で動かずに待つ樺地がスマッシュを打つ。ただその繰り返し。

 初めは跡部と樺地に尊敬を向けていた観客も、次第に恐れを抱き始める。

 

 狙ってそうしていると気付いた人間が何人居ただろう。否、理屈はわからずとも何が起きているのかは誰の目にも明らかだった。

 ゲームを支配しているのは跡部だ。

 彼が繰り出す打球は、本気を出せば触れることすらできないはず。しかし対戦相手の弱点を見抜いて的確にそこを突き、尚且つギリギリで拾える位置に落としているのだ。絶対に無理だというのなら足も止まるが、如何せん届きそうなために必死に走って腕を伸ばす。するとボールにかけられた強烈なスピンが行き場を決定し、まるで初めからそう決められているかの如く、高く上がってから樺地の下へ吸い込まれるように落ちていった。

 

 全ては跡部の思う通りだった。

 ゲームはまともなラリーなど行われず、サーブとリターンを終えて、跡部がボールにさえ触れればそれで結果が決定される。

 跡部を避けて打とうとしても、彼は素早いフットワークでどこへでも現れた。

 彼がボールを打てばギリギリで取ることしかできず、そしてスマッシュ。それのみで得点を重ねられて観客はしんと静まり返り、対戦相手は絶望感に襲われる。

 

「どうしたよ。諦めんのか? つれねぇこと言うな、最後まで踊ってもらうぜ」

 

 勝負に容赦など一切不要。

 そう主張するかのように跡部は最後まで一度たりとも手を抜かなかった。

 結果を見れば1ポイントすら取れないどころか、跡部の一打と樺地のスマッシュのみでポイントを取ってゲームを独占し、呆気なく試合は終了する。

 

 6-0で跡部・樺地ペアの勝利。

 当然と言えば当然。

 負けた二人はテニスをやめてしまうかもしれない。そんなことを心配する内容だった。

 

 才能も努力も、言葉にはできないものを含め、何から何まで違い過ぎる。あまりに圧倒的。その姿はまさに傍若無人で唯一無二の“コート上の王様”に他ならない。

 終了後の挨拶もほどほどに、居ても立っても居られない二人が逃げるようにコートから出ていくのを見送ろうともせず、樺地にラケットを預けた跡部はベンチの片付けを任せて堂々と観客席へ歩み寄っていく。

 

 見上げた先に居たのは先程見ろと言いつけたばかりの悠介。左右から挟むようにしてリョーマと裕太も観戦していた。

 フンと鼻を鳴らして跡部は笑みを浮かべる。

 どうやら顔つきが違ったようだ。悠介に目を向けて自信に満ちた声をかけた。

 

「お前も少しはやるようだが、せいぜい“ゲームを作る”程度のもんだ。だが俺様の眼は“ゲームを支配する”」

 

 似ているように思えて全く非なるもの。彼とはまるで格が違う。

 跡部はそう主張していて、言われる前から悠介もそう思っていた。

 今まで見てきたテニスとは違う。傲慢で不遜で他者を弄ぶような王様のテニス。他人のために動こうとする自分とは真逆のプレーだった。

 

 跡部は彼に興味を持っていた。だからこそ試合を見ろと言い、わざわざ彼に寄せたプレーを見せてやった。本来のスタイルとは異なるが再現するのは容易である。

 挑戦的な笑顔だった。だが一方では導くようでもある。

 

「来れるもんなら来てみろよ。遠いぜ? 俺様の背中は」

 

 ヒントは与えた。あとはお前次第。

 にやりと笑う跡部が歩き去り、悠介は呆然と立ち尽くす。

 意識せずともその視線は跡部の背中を見つめていて、ドクンと胸打つ衝動を感じていた。

 

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