テニスの王子様の言うとおりっ   作:ヘビとマングース

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3 対決しようよしませんよ

 いつも通りに何事もなく終わり、部活時間の終焉が来る。

 

 「今日はこれで終わりにしよう。みんなダウンと後片付けをして上がってくれ。一年生は先輩に教わって覚えるように」

 

 副部長の大石が号令を出したことで部員たちが動き出す。

 その中で明らかに異なる意思を持って動く人物が居た。

 練習を終え、ふうと一息ついた悠介は背後に感じた気配にハッとして、自分の予想が外れているようにと願いながら恐る恐る振り返る。そうして予想通りに越前リョーマの姿を見た。

 

 「約束なんでやりましょうか」

 

 大胆不敵ににやりと笑っているのに、その目はちっとも楽しそうに見えない。クールな外見とは裏腹な炎を燃え上がらせ、「早く勝負がしたい」とこれ見よがしに訴えかけてくる。

 悠介は怯えていた。

 テニスは上手いけど他人とのコミュニケーションが苦手な無口な少年、かと思いきや、意外なほど能動的に関わってくる。しかもこれと決めたら意地でもやろうとする頑固者でもあるらしい。

 

 個性的な面子なら先輩と同級生で慣れていたはずなのに後輩ができてすぐさま新しいジャンルが開拓されてしまった。しかしどうにも嬉しくない。

 あからさまに嫌がる悠介は重そうに肩を落としていた。

 

 「えー……約束っていうか、適当に言っただけだと思うんだ」

 「言ったじゃないスか。練習終わった後にやろうって」

 「それは、さっきやったラリーみたいなのを後にしようねって言ったわけで、もうやったから今日はいいんじゃないかな?」

 「わかりました。俺の言い方が悪かったっスね」

 「わかってくれた?」

 「試合しましょう」

 「わかってない」

 

 悠介は愕然とした。

 そんなわけはないと思っていたがもっと悪いことを言い出した。どうしても続きがやりたくて仕方ないらしい。というより、本格的な試合で決着をつけたいといった態度だ。

 全くそんな気持ちがない悠介は嫌そうな顔をしており、その表情を見ろと言わんばかりに見せられてもリョーマの態度は変わらなかった。

 

 「やりたくない」

 「やりましょうよ」

 「なんでそんな話になってんの? 今日会ったばっかりなのに」

 「先輩、強い人ですよね。だからっスよ」

 

 あんぐりと口を開けて固まってしまう。

 精一杯考えて答えを出した悠介がリョーマを見つめたままぽつりと呟いた。

 

 「サイヤ人だ」

 「違いますよ」

 「俺より強い人ならいっぱい居るよ? ほら、部長とか、不二先輩とか」

 「じゃあなおさら最初は先輩ですよね」

 「怖っ。立ちはだかる奴全部倒す気じゃん。いやでも俺は無視してもいいレベルだし、レッドリボン軍の総帥くらいの感じだから」

 「レッドリボン軍は潰しとかないと」

 「怖っ!? 潰すって言ってるじゃんもう!」

 

 他の部員がクールダウンや片付けを始めている中、彼らは突っ立ったままで話していた。

 事情があるのは知っている。全員がそれを見ていたからだ。

 真っ先に歩み寄ったのは気にかけていただろう部長や副部長ではなく、分厚いレンズの奥にある眼の光を隠した乾だった。

 

 「宮瀬」

 「あ、乾先輩。試合したいって彼が言ってるんですけど……」

 「三年として許可しよう。やっていいよ」

 「やっぱりだよこの人は」

 

 そんな気はしていた。

 悠介は睨むようにして乾を見るのだが、厳しい視線を向けられても彼は一向に気にしていない。

 練習中は置いていたノートをすでに手元へ回収しており、右手にはペンを握っている。彼らを心配して声をかけたのではない。自らの欲望を満たすために事態を進めようとしたのだ。

 

 乾は選手のデータを収集し、分析することを特技としていて、データを用いて相手の行動を先読みしてプレーする“データテニス”を大きな武器にしていた。

 他校の選手について詳しいのはもちろん、味方である青学の選手も調べ尽くしていて、味方としては各々の特技を伸ばして弱点を埋めてやるために使い、ランキング戦を始めとした対戦する際には強敵として立ち塞がる。

 今回も間違いなく二人のデータを欲して試合させようとしていた。

 

 苦虫を噛み潰したような顔をする悠介は拒否の意思を示していた。

 乾は気付かないふりをしている。

 リョーマはそんな二人を呆れた目で見つつも、願った通りになるならいいとして黙っていた。

 

 「どうせデータが欲しいだけでしょ? やですよ俺。データ取られんのも一年に負けるのも」

 「いいじゃないか。テニス部員として新入生との交流を図る最も適した方法だ」

 「俺の時はされてませんよ」

 「ねだらなかっただろう。もしその気があれば俺が相手をしてやったよ」

 「じゃあ越前ともしてやってくださいよ」

 「残念だが、越前君は宮瀬との対戦を望んでいるようだ。そうだろう?」

 「そうっスね。とりあえずは」

 

 冷静な語り口調の乾とリョーマに押されて、歯噛みした悠介は助けを求めて視線を動かす。

 こういう時に権力者を頼らずどうする。視線を向けたのは部長の手塚。すでに部活動を終了した後なのだから、厳格な彼が私闘を許すとは考えにくい。

 

 「でも部長、もう部活終わったし、居残りまずいですよね? 時間ないし」

 「そうだな……」

 

 腕組みをして彼らの会話を見守っていた手塚が思案する様子を見せた。

 思うところがあるのか、本題に関わる悠介とリョーマを見やって少しの間黙り込む。

 頼むから余計なことを言わないでくれと悠介が願っていると、彼は時計を確認して判断する。

 

 「部活時間は限られている。申請しない限りは居残りを許可されない。今日は練習を終えて家に帰るんだ」

 「っしゃ!」

 「なんか、すごいムカつくんスけど」

 「だめか。本気で試合をやるなら良いデータが取れそうだったんだが」

 

 悠介が喜ぶ反面、リョーマと乾は残念そうな顔をする。

 これで話は終わりかと思われた。

 そこへ待ったをかけたのが今までこの場に居なかった人物である。

 

 「いいじゃないか少しくらい。申請はしていないがアタシが許可するよ」

 「竜崎先生……」

 「あっ!? 先生、なぜ今になって……」

 

 顧問の竜崎スミレが駆け付けて笑顔で彼らの私闘を認めたのだ。

 やけに楽しそうで、静かにやる気を見せるリョーマを見るとフッと微笑んでいる。

 

 「やってやりなよ宮瀬。片付けはアタシも手伝ってやるさ。せっかく入部しようって新入生が来たんだから少しは良い顔しとかないとねぇ」

 「入部してくれるのは嬉しいけど俺が潰れる心配はしませんか?」

 「なあに、あんたなら大丈夫だと思ってるよ。でも手を抜いて適当にやっていいとは思わない。練習とは思わず真剣にやりな」

 「俺に優しくない世界だ……」

 

 スミレの鶴の一声で全てが変わる。

 悠介が肩を落とす反面、リョーマと乾は俄然やる気になって胸を張ってすらいた。

 思わずイラッとしたものの、一人は敵に回すとまずい。あからさまに嫌そうな顔の悠介が黙り込んで嫌そうに二人を見ていると、頷いた乾が反応する。

 

 「不満そうだな」

 「そう見えますか?」

 「ああ。眉間に皺が寄っている」

 「そりゃ初めてできた後輩の頼みですから、聞きたい気持ちはありますけど。なんか天才感溢れる子だし、勝負とかっていうのは俺はあんまり」

 「元々シングルスが苦手だったしな。しかし宮瀬、練習してきたじゃないか。きっと今ならさらに良いプレーができるぞ。できるできる」

 「あなたはデータが欲しいだけでしょうが」

 

 ノートを開いてページをめくり、何かを確認した乾がふむと頷く。

 

 「じゃあダブルスでやってみるか? そっちの方が得意だろう」

 「でもみんな……」

 「やる気なのが居るぞ。何人か」

 

 促されて振り返ってみればやる気ですと言わんばかりの部員が何人か居る。レギュラー陣の数名を除けば目立つのは荒井だ。

 あまり気乗りしない。しかしシングルスよりかは。

 そう思った時にリョーマがぽつりと呟いた。

 

 「俺、ダブルスってやったことないんスけど」

 「そうなのか。じゃあやろう。それなら宮瀬と組んだ方がいいな」

 「は? 俺はこの人と勝負したいって」

 「じゃあ勝負は明日だ。今日は宮瀬の機嫌が優れない。とりあえずご機嫌を取っておいた方が後々言うことを聞きやすくなるぞ」

 「……まあ、できるんなら」

 

 納得し難い、という顔であったが一応は呑もうとしたらしい。

 実力のほどが気になる。というのはもちろん、シングルスで勝負がしたい。それがリョーマの本願であったがダブルスでもプレーを見ることは可能だろう。

 一応は先輩の前ということもあって、本当に渋々という顔でわずかだけ頷き、リョーマが認めたことで乾は悠介へ振り返った。

 

 「それじゃあ宮瀬、今日は越前のダブルス適性を見るからコートへ入ってくれ」

 「いやすらすらと話が進んでいるぅ!? 俺の意見が聞かれてない! しかも聞こえる距離と声で言うことを聞かせるための作戦が喋られてた!」

 「じゃ、入ってくれ」

 「その上無視されているぅ!?」

 「うるさいぞ」

 

 乾にぴしゃりと言い切られてしまった。

 桃城が笑顔でラケットを渡してくる。

 不二がにこにこしながらやんわりと背中を押してきた。

 優しく、しかし強引にコートに立たされ、ネットの向こうに菊丸と大石の姿を見る。

 悠介は再び絶望した。

 

 「いや俺の意思っ!? やんわり優しくパワハラみたいなことされてる! ブラック部活だ!」

 「うるさいな~ユースケ。いいじゃんちょっとくらい」

 「副部長!」

 「い、いやぁ、確かに部活時間は終わりだけど、先生も認めてくれているわけだし」

 

 いつになく覇気のある声で呼ばれて大石は戸惑った。

 基本的には先輩に従順とはいえ、気になることは平然と意見する彼が口答えするのはさほど珍しくもない。しかし意見を問われず囲い込むような状況は些か遺憾だったのか、ここまで声が大きくなるのは珍しかった。

 

 大石は副部長という立場と本来の性格により、いつも部内を優しく見守るように行動している。笑わない部長とは正反対に青学テニス部の飴として知られていた。

 言わば最後の希望だったのだが苦笑とは裏腹に彼も見たいと思っていたらしい。

 

 「それに宮瀬が頑張ってるのはみんなよく知ってるから、評価される機会があるなら少しでもみんなに見てほしいと思ってね。一年生にも、シングルスでは実績のある越前にも」

 「ずいぶん嬉しそうですね……っていうか、実績?」

 「ああ、まあ、その話はまたの機会に」

 

 不自然なほどに会話を切って、大石がクールダウン前の体を再びほぐそうとする。

 隣では菊丸もぴょんぴょん飛び跳ねていてやる気だ。

 青学が誇る唯一のダブルス。唯一の固定ペア。

 どうしてわざわざこの人たちに相手をさせるんだと悠介の顔は曇っていた。

 

 「あの二人じゃないですよね?」

 「ん? 何が?」

 「試合するとして、その相手になるの」

 「試合はしてもらうが、俺は誰でもよかったけど本人たちがその気ならそうなんだろう」

 「えー……なんかやだなぁ。めちゃくちゃやる気だし」

 「っていうか俺のやりたかったことと全然違うんスけど」

 

 いつの間にか隣にはリョーマが立っていた。

 確認してみると部員のほとんどが帰らずに残っていて見守ろうとしている。顧問のスミレなどにやにやして楽しんでいる状況だった。

 どうやらやるしかないらしい。

 そう悟ってからようやく腹を括って、面倒そうに悠介が大きなため息をついた。

 

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