劇的な変化はプレーの最中に見せつけられた。
練習する暇などない、ほんの数度のラリーの中で、明らかな成長が見て取れる。
己の力では到底不可能。間違いなくオーラで繋がった結果であった。
金太郎はかなり異質なオールラウンダーであり、持ち前の運動能力で辛うじてテニスの体裁が取れているだけの初心者と言っても過言ではない。常人離れしたパワーで繰り出すストロークはこれまで多くの選手を吹き飛ばしてきたが、言わばそれができるだけのプレイヤーだ。徹底して小技やテクニックとは無縁なフルスイングのみのテニスしか知らない。
強烈なストロークは彼の持ち味。オーラで身体能力が向上し、さらにパワーとスピードを増してそれを打ってきても驚きはしなかった。
それだけではないから驚きを隠せないのだ。
ドカンと派手な音を伴うパワーショットは一度打ち返すだけで腕が痺れる。確かにそれを繰り返すだけでも大抵の人間はラケットを握れなくなり、降参するだろう。
すでに知っている。そう思っていた財前の前で、金太郎はまさかの行動を見せた。
頭の中にイメージが流れ込んでくる。
考える必要などない。彼に対する信頼感が勝手に体を動かすようだ。
映像をなぞるように腕が優しく、柔らかな動作で前へ出されて、ボールを受け止める。いつものインパクトとは違って手応えがない。ぽんと優しく押し返す仕草。
生まれて初めてであろう、やってみろと言われても拒んでいたはずのドロップショットが、実践の土壇場の中で鮮やかに繰り出された。
驚いているのは四天宝寺の面々だけでなく、打った本人である金太郎もである。
「うっ、おっ――!」
「にゃろう……!」
豪快なパワーショットの後の、打球の威力を全て吸収して返されるドロップショット。えげつない緩急に動揺するのは当然であった。
ボールが前に落とされてリョーマが焦りながら走る。服が汚れることなど気にせず飛び込んで、間一髪のところで打ち返した。しかしそれがまずいことは走る前からわかっている。
オーラの奔流が中空に残って軌跡を描く。
ライトアップされた光の中でもそれは一際鮮やかだ。
リョーマが返したボールへ一瞬で金太郎が飛び掛かって、いつも通り全力で腕を振り回す。
「行くでぇ!
繰り出したのは金太郎の唯一にして必殺の技。
跳んだ勢いを利用し、自らの体を回転させて捻りを加え、全ての力を注ぎ込むパワーショット。単純な軌道だが異常な威力により打ち返すことは非常に困難。どんな腕力自慢もこの一撃で確実にラケットを吹き飛ばして自信を折ってきた。
今日はいつにも増して勢いが凄まじい。膨れ上がったオーラが彼の背を押していた。
その威力を知る財前は一秒とかからず危険だと察知し、打ち返すのは不可能だと断じた。それなのに体は自分の思考とは裏腹に動き出している。
絶対に無理だと判断した球を打ちに行ったのである。
らしからぬ行動に小春とユウジが声を出して驚いていた。
同じタイミングで顧問として彼を知るオサムは、喜びを露わにするように笑顔で驚愕する。
彼が部内において天才だと言われた大きな要因は呑み込みの早さもさることながら、鋭い観察眼と冷静な判断力によるもの。無理はせずに確実な方法を取る。その判断力に長けているため格上の相手であろうと試合運びをコントロールして、極端にひどい試合は一度たりともしたことがない。
中学からテニスを始めた選手としてはあまりに規格外な人物だと評価されていた。
その財前が熱くなり、ボールに触れた瞬間にラケットごと体が吹き飛ばされる。
ぐるりと空中で一回転してから地面に叩きつけられ、何度か転がった。
凄まじい光景に杏と菜々子が悲鳴を発して、自らのプレーに酔いしれて歓喜していた金太郎もわずかに遅れてハッとした顔をする。
「ふぉおおおおおっ……! あっ⁉ すまん財前、大丈夫かぁ~⁉」
「大丈夫や。今のは俺が悪いんや。謝んな」
「ごめ~ん! ワイ夢中になってしもて……ってそうや! ゆーすけぇ~! なんやの今の! めっちゃ腕ぶるんって振れたし、あとあれ! 手前に落としたやつ!」
申し訳なさそうな顔をしたのもほんの一瞬。財前が返事をして平気そうに立ち上がったのを見るとすぐに金太郎は後ろへ振り返る。
迎え入れる悠介は、オーラで繋がっていれば言葉を使わずとも意思や思考、イメージを共有できるらしいとすでに悟っている。だが金太郎が嬉しそうに駆け寄ってくるため、敢えて言葉で彼と向き合おうとしていた。
「ワイ、前に白石にやれぇって言われて練習したことあるけどいまいちようわからんかったからできんかったんや! ドロッ……なんかドロッってしたやつ!」
「ドロップショットね。ソースじゃないんだから」
「そうか、たこ焼きのソースって覚えといたらええんやな!」
「いや、それだと逆に覚え辛くなりそうな……まあ覚えられるんならいいけど。金ちゃんは速球がすごいから、ああいうので緩急をつけると相手が反応し辛くなるよ。っていうか威力強過ぎて取れる人の方が少なそう」
元々練習嫌いだった金太郎が手取り足取り教えられてもできなかったドロップショットを、教えた素振りも見せずにラリーの最中に成功させてしまった。
一体何をしたのか、推測する者は居ても正しく理解する者は居ない。自分の体で実行した金太郎ですら理解できていなかった。
多分そうだろうと思って、悠介が手を差し出して再び彼と掌を合わせる。
「できないわけじゃないよ。金ちゃんなら絶対できる。いつもよりちょっと力を抜いて、置いてくるみたいにボールを軽く触ればいいだけ」
言葉だけではわからない。だがその時、頭の中にイメージが流れ込む。
さっきやったばかりの動き。理解できなくても体感はしている。彼の場合は理屈や理論を語るよりも自分の体で理解させた方がずっと早い。
それができるとわかっている悠介はもう問題ないと思っていた。
「イメージできた?」
「おっ……おう! できた! 多分!」
「よし。あとは実践あるのみだよ。これができるだけで金ちゃんは今よりもっと強くなる」
「ほんまか! ほんならワイ、ドロッとソースやるわ!」
「あぁ、定着したのね。早くも」
彼らのやり取りを黙って眺めるリョーマは呆れた顔をしていた。
静かに歩み寄り、ぽつりと財前が呟く。
「あんなこと言うて、敵にめっちゃええ塩送ってるって気付いてるんすかね」
「さあ……気付いてないんじゃないっスか? あれで結構バカだから」
「うちにとっては有難いことなんかな。でも同時に恐ろしくもありますわ」
リョーマが視線をやると財前は右手首を押さえていた。どうやら金太郎の必殺技によるダメージが相当大きかったようで、クールな表情とは裏腹に調子を確認せずにはいられないらしい。
ラケットを拾ってきたところを見ると続けるつもりはあるのだろう。
次に備えながら悠介を目にして、続きを気にしているリョーマへ伝えた。
「試合が好きで練習嫌いやし、言葉で言うてもわからん金太郎には誰が教えてもドロップショット一つ教えることさえできんかった。フォームもバラバラ、力加減もようできん。あれが強みやから個性を尊重したなんていうのはただの言い訳っすわ。誰もあいつを変えられへんかったんや」
でも、と続けて財前は真剣に語る。
「あの野生児に、この短時間で完璧なドロップショットを打たせて、しかも一発限りやなくて今後も使えるように教育しようとしてる。もしこれで成功するようやったら、あのアホは多分難度SSくらいのヤバい方やねんから――」
「ドロップショットくらい大抵の人はできるでしょ。練習すればいいんだし」
「ドロップショットだけやったらな。でも仮に彼が使える技に対しても同じことが言えるんなら」
あぁなるほど、とリョーマは納得した。
彼は大会での試合を見ていたのだ。悠介と繋がったリョーマが、彼がすでに習得していた技を披露していたのを知っている。リョーマの技量であれば見ただけで練習せずとも使用できる可能性があるとはいえ、試合中の使い方や相手の弱点を突くプレーから察していたのだろう。
「理論上、宮瀬君が使える技は誰にでも習得させられる」
「そんなことになったら“スネイク”だらけになっちゃうっスね」
「まあ……身体能力の違いとか、色々条件はあるやろうけど。そもそも君だってダブルス苦手やのに宮瀬君とは上手くできるんでしょ? それだけで十分脅威っすわ」
「む……」
おそらく、という推測の域を出なかったとはいえ、敵としては嫌な想像しかできない。
財前は冷静に観察して分析し、自分なりに判断した上で彼への好意を抱いている。だからこそ彼の実力を認める一方で恐れてもいた。
概ね財前の予想通りとなる。
些細なやり取りを終えた直後、金太郎は、たった1プレーで化けた。
次の行動を読ませない不規則ででたらめなフォーム。移動は素早く、動物的な勘によって次の打球を先読みして動き出し、豪快なスイングから繰り出されるパワーショットはただ打ち返すことさえ苦労させる。
今までも十分に脅威だった。だが彼はさらに緩急を覚えようとしていた。
強く地面を蹴って跳び、前宙しながらボールへ追いつくフォームは先程と全く同じ。
豪快なスイングもこれまた同じかと思いきや、素早い腕の振りとは裏腹にボールタッチは非常に繊細で柔らかく、勢いを殺してふわりとボールを上げる。
ネット際に落とされるとわかっていて走るのだが、微妙に回転がかけられたそれは、走って追いつこうとするリョーマから少しでも逃げようとしていた。
ボールの回転を完璧に操る不二周助や、彼から技術を学んだ悠介とは異なる。そのイメージは今すぐに金太郎が実現可能な、即戦力として使える些細な技。
ダイビングボレーでリョーマが拾えたのは奇跡とさえ思えるほどギリギリだった。
そしてこの時、金太郎は体の中からぶわっと湧き上がる何かを感じる。
リョーマが倒れて、財前と一対一の状況。しかしシングルスとは確実に違う。後ろに居る悠介が自分に力を貸してくれていた。
喜び、感動、或いは快感。混ざり合った衝動のままに金太郎が笑顔でラケットを振るう。
「うわ、これぇ――!」
「こらあかん……天才なんか霞んで消えてまう」
絶対に拾うと決めていた財前が一歩も動くことができなかった。
油断していなかったというのに、身構えて立つ彼の股の間にボールが通された。緩急をつけたことでさらに恐ろしい。なんというスピード、なんというパワー。
本当に凄い人間は天才などとは言われない。これはもはや怪物だ。
今、必ずや中学テニス界を揺るがすだろう傑物が生まれたに違いないと思う。今まではただの可能性でしかなかったが、急成長を遂げたことで認識を変えざるを得ない。
「あはっ。なんやめっちゃ楽しいわ」
「ナイス金ちゃん。今のいい感じだった」
「ゆーすけのおかげや! ありがとー!」
その傑物を生み出したのが宮瀬悠介だ。
元々肉体が異常に優れていたとはいえ誰も扱い切れなかった彼に技を教えられる。パートナーに奉仕するという能力をこれほどまでに恐ろしいと思う日が来るとは思わなかった。これで誰と組んでも結果を出せるというのだから、敵としては厄介極まりない。
ダブルスは奥が深い。と同時に、面白いと思った。
財前は現状では彼らに敵わないと素直に認めて、そのプレーを目に焼き付けようとする。
今はだめでもいずれは違う。学ぶならば彼からだと決めた瞬間だ。
盛り上がる三人を尻目にリョーマはいまいちテンションを上げられずにいた。
やっぱり、という気持ちが隠せないのだ。
財前が悪いわけではない。むしろ彼は今日見たばかりの悠介を手本にしているらしく、リョーマのプレーを尊重して合わせようとしている。即席にしてはよくできた方だろう。それでもやはり、今日味わったばかりの感覚を覚えてしまった後では物足りなさを感じずにはいられない。
逃げ出しこそしなかったものの、リョーマはつまらなそうに息を吐いた。
数度のプレーを経て金太郎はますます脅威を増していた。
以前までフルスイングしか知らなかった男が、ちょっと力を抜くことを覚えて、緩急を利用するようになった上に先読みする力まで向上している。そこへ加えて微小とはいえ回転の利用。
相変わらず全力で点を取りに行く攻撃一辺倒の派手なプレーだったが、選択肢が増えたことで攻撃力はさらに増し、持ち前のパワーを最大限利用し始めている。
笑顔で生き生きと跳び回る金太郎はすでにハイテンションだった。素直にパートナーを信用した結果、今まで知らなかったテニスの楽しさを感じている。
自分の打球で相手を振り回し、得意のパワーショットで一気に突き崩す快感。
ただ闇雲に動いていた時とは違う。感覚的に考えることで難しさを知り、だからこそ上手く運んで成功した時の喜びが大きい。
テトリスみたいなものだ、と言われた時には、テトリスは苦手だからわからない、と思ったものだが今ならなんとなくわかる。丁寧に積み上げた後、一気に消すのだ。
「ゆーすけぇ! こんなんどうやー!」
「ん?」
「ワイの超ウルトラグレートデリシャス大車輪山嵐をぉ――!」
金太郎が高く跳び上がった。
イメージを伝えたのではない。これまで受け取ったものから自分で考え出した技だ。
身構える財前が正面から受けようとして、思わずぞっとしてしまう。
「スマッシュで……!」
「そらあかんやろ」
「叩き落としたれぇ‼」
全身に風を浴びる凄まじい迫力。財前は動けなかった。
高速かつ強力な打球は二人の間を一瞬で通り抜け、反応することさえ許さない。まぐれであってほしいと願うほど完璧な一打。攻撃として最上級に位置するだろう。
自分の力の使い方を覚えた金太郎は以前とはまるで別人だ。
「よっしゃー! 思った通り! 見たかぁ財前!」
「いいスマッシュだったよ。最高」
「ほんま⁉ へへっ、ワイの新しい必殺技完成や! うーん名前どうしよかなー」
本当に成長して、前とは比べ物にならないほど厄介な存在になった。
ドロップショットをはじめとした搦め手はもちろん、独特のフォームはそのままに、派手に跳び回る彼だからこそ全身を利用したスイングで更なるパワーを発揮できている。ただ全力で振り回すだけだった得意のパワーショットですら、十分もかけずに矯正されて強化されていた。
憧れの気持ちは変わらないが逆に呆れてアホだとすら思っている。
彼のスマッシュを間近に見た財前は、もはや開いた口を閉じることすらできなかった。
凄まじいスマッシュを目の当たりにして再び空気が変わった頃、異変が起こる。
嬉しそうな金太郎を微笑んで見ていた悠介の頭にズキンと鋭い痛みが走ったのだ。
反射的に目を見開き、驚いて精神が揺らぐ。
「あっ、ヤバっ」
突如としてオーラが消えてしまった。解かれるようにして二人の体から離れていき、音もなく宙に霧散していく。あまりに突然の出来事である。
驚いた一同が悠介へ目を向けた時、彼はあまりに呆気なくぺたんと座り込んでしまう。
限界を迎えた。頭痛はなかったが危機感はあって、これ以上の使用は自分の体にダメージを与えるという事実を正しく理解できていた。
「え? なに? どうしたんやゆーすけ?」
「宮瀬君! 大丈夫⁉」
流石にこれ以上はまずいと判断したのだろう。呆然として、少なからずショックを受けている様子の金太郎が動けない間に、杏と菜々子がコートの中へ駆け込んできた。
幸いにも不調になったというわけではないらしい。驚いて集中力が途切れてしまったのが大きな要因だと判断して、その後で悠介は自分が異様に疲れていることに気付く。
体が重く、のしかかる疲労感は普段の練習の比ではない。
海堂のトレーニングに協力した経験からスタミナはある方だと思っていた。しかし体がわずかに震えている現状を見て、何か変だと思ってしまう。
動揺して返事さえできない様子を見て助け船が必要だと思ったのだろう。
悠介へ声をかけたのは裸足でぺたぺた歩いてくる南次郎だ。
「まあ、強くなるだけでデメリットがない便利な力なんてないって話だわな。今はまだその辺が君の限界ってことだ。あんまり無理するなよ宮瀬君」
「限界……うわ、体おっも。あー、いってぇ……」
次の波が来るようにして疲労に襲われた。
四肢が小刻みに震えていて、意識的に使っていた目に少し痛みが走る。
この力、かなり便利だと思ったのだがいつまでも使っていられるものではないようだ。思えば大会で試合終了直後に倒れたのはそのせいだったのだろう。あの時の体験があるだけにある程度の時間は使えるのではないかと思っていたが、妙にハイだった試合中とは違うということか。
悠介の体がぐらりと揺れたことで後ろから菜々子が支えてやり、心配そうに杏が顔を覗き込む。その頃になってようやく状況を理解できた金太郎が慌てて駆けつけてきた。
財前やリョーマ、小春とユウジもやってきて、座り込む悠介の様子を近くで見守る。
動けないというほどではない。だが試合続行は不可能。それだけは確かだ。
「オーラってやつは使えば身体能力が向上する。が、そもそも体はそれまでと何ら変わらねぇし、急に鍛えられたわけじゃねぇんだ。オーラでテンション上げて無理やり動かしてるに過ぎねぇんだから使い続けりゃ当然その分疲れる。集中切れりゃ一気に反動が来るってこった」
「倍ぐらい疲れる……確かに、金ちゃんに任せてほとんど動いてないくらいのつもりだったのに」
呆然と呟く悠介に杏がずいっと顔を寄せた。
その時になってようやく周囲の状況が見渡せるようになって、菜々子が心配そうで悲しげな顔をしているのも、金太郎が泣きそうになって覗き込んでくるのもわかる。
財前は相変わらずクールな表情。リョーマは目線を逸らしてやれやれと言いたげだ。
「起きたばっかりなのに早速無茶するからだよ。今日はもう終わり。いいね?」
「は、はい……」
「無茶しないでください。お友達のために頑張るのは素敵なことですけど、自分の体も大事にしてください。あなたが心配するみたいにみんなも心配するんですから」
「ゆーすけぇ~ごめんなー。ワイ、楽しなってもうたから、ゆーすけが疲れてることようわからんようになってしもて……ほんまはわかるはずやったのに」
心から楽しそうだったさっきまでとは一転して、しゅんと頭を垂れて落ち込む様を見て、なんとなく飼い主に叱られた子犬を連想する。
苦笑した悠介は金太郎の頭を撫でてやり、視線を上げた彼に優しい声で伝えた。
「大丈夫だよ。金ちゃんは何も悪くないから。それに、俺はすごく楽しかった」
「ほんま?」
「ほんま。だから、ありがとう」
「うん……ワイも楽しかった! ありがとう! でも今日はもう終わりや。また今度、ちゃんと休んで元気になった時に一緒にやろーや。その時も絶対また楽しなると思う」
「うん。またやろう」
気を取り直して金太郎がにかっと笑い、真似をするみたいに悠介もにかっと笑う。
意外とノリだけで動いているのか。懲りていないのではないかと思ってしまう。この分だとまたどこかでやりそうだ。
難しい顔でため息をつく杏とは裏腹に、二人の様子を見た菜々子はくすっと笑っていた。
財前がぽつりと呟いたのをリョーマは聞く。
きっとそれは彼にだけ向けられた言葉。騒ぎ出す小春やユウジに紛れて静かに伝えた。
「やっぱり俺は、君が羨ましいっすわ。彼の後輩でいられることが。強くて気のいいアホな先輩にばっか囲まれてる俺とは違って、君は多分、宮瀬君の傍で大成する」
リョーマは何も答えなかった。肯定も否定もせずに無言で彼らを見つめる。
「
「越前だっつーの」
言うだけ言って財前はリョーマの隣から離れていく。
やいのやいのとうるさい小春とユウジの間を抜けて悠介の前へ赴き、見上げられて視線が合うと手を差し伸べる。
すぐに悠介が手を掴み、ぐいっと引っ張って立たせてやった。自然な様子で菜々子が体を支えてくれたことで倒れることなく自分の足で立つ。
唐突に割って入った自覚はあったが彼に拒む素振りや戸惑う様子は見られない。
じっと見つめたせいか、悠介は照れた様子で笑顔になり、それを見ると財前も笑みを浮かべる。
彼が珍しく笑ったため即座に小春とユウジが大げさに騒ぎ出すのだが、当人はアホと称する先輩二人をおざなりに扱い、すぐに悠介に肩を貸して歩き出した。