テニスの王子様の言うとおりっ   作:ヘビとマングース

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47 初心に帰って

 ぶーぶー言っていた割には試合が始まると必死にプレーしている。

 悠介は大汗を掻きながら動き、ラケットを振るっていた。

 体から発するオーラは本人のみならずパートナーの全身を包み込み、イメージが脳内へ流れ込むと言葉を用いずとも足並みが揃う。相手の動作を先読みして、二人の作戦を決定する。

 

 先程よりテンションが上がっているらしい。不二を包むオーラはまるで輝きを放つかのようだ。

 身体能力が向上して、意思の疎通は完璧。欠点など見当たらない。

 短時間とはいえコンビネーションはますます増していく。

 

 二人の意思を一つにして力を合わせる状態ではあるが、あくまで主軸となるのは宮瀬悠介。悠介の気持ち次第で効果が変わることが予想される。

 流動するオーラの輝きが変化するのみではなく、悠介がフォローとサポートに徹しようとしていたリョーマとのペアとは違って、気心知れた不二周助とのペアは完成度が違って見えた。互いの動きをコントロールし合って、黄金(ゴールデン)ペアに勝るとも劣らないコンビネーションを発揮している。

 師弟と称されるのも納得する、まるで隙のない、完璧とさえ言える美しいプレーであった。

 

「マジかよ……すっげ」

 

 思わずといった様子で笑みを浮かべて桃城が呟いた。

 体からオーラを発するだけでも驚きだが、リョーマと使っていたそれを不二とも使って、さらに効果はどうやら異なる。不二との連携は非の打ち所がないほど息が合っていた。

 

 やればできる奴だと認めていたとはいえ、まるで別人。呼吸をする暇さえなく、間髪入れずに動いてボールを打ち返して、常に彼らが試合のリズムを作っている。

 大石の冷静さと広い視野、菊丸の敏捷性とダイナミックなアクロバティックプレーでどうにか対応しようとしているが、押されているのは誰の目にも明らかだった。

 特に不二の脅威が増していた。ただでさえ強い彼が普段の比ではないほど強くなっている。

 

「ちょっと前までいつもみたいにしょぼくれてたのに、この急激な進化はなんだよ。あいつ、俺たちのこと一瞬で抜いて置き去りにしやがって」

「チッ……あの野郎、手を抜いてたんじゃねぇだろうな」

「そんなことできる奴じゃねぇって知ってんだろ? 実力だよ。腐りながらも毎日練習を続けてた成果がドバっと出たってだけだ」

 

 悪態をつく一方、不機嫌そうな態度にも、言動とは裏腹にそこまで不機嫌ではなさそうな態度にも見える海堂が素っ気なく呟いた。

 本気で言っているとは思わないものの、桃城はそんな彼の意見を笑い飛ばす。

 彼らの近くで試合を見ていたリョーマはふと質問した。

 

「あの人、なんで不二先輩の弟子なんスか?」

「ん? あぁ、宮瀬か」

 

 ぽつりと呟かれた言葉は確かに質問だった。

 近くに立っていた桃城が聞きつけて反応する。

 なんでと聞かれて、はてと考え、思い当たる理由が見つかるまで桃城は黙ったままだった。

 

「憧れだったんだろ。うちの部はそりゃ強い人も個性的な人も多いけど、一番余裕があって遊ぶみたいにプレーするのは不二先輩だけだった。自分にないもんが欲しかったんじゃねぇの?」

「ふーん……」

「あと一番優しそうだし。ほら、手塚部長は近寄り難いしな」

 

 なるほどとリョーマは頷く。その意見について反対するつもりはない。

 悠介を見ていて勇気のある人物だと思ったことはない。厳しそうで仏頂面、さらに無口な手塚から逃げるように不二の下へ駆け込んでいたとしても不思議には思わなかった。

 

 反面、ただそれだけではないだろうとも察している。

 悠介は不二に師事したらしく、彼の技を直々に教えられて習得している。

 それなりの器用さを持ち、教えられたことを素直に飲み込むのは、実は特別秀でた技能。その分常人以上のテクニックと度胸が必要であろうが、不二に教わったのはそういった面なのではないかと考える。

 

 同級生の桃城と海堂もすでに中学生のレベルを超えている卓越したテニスプレイヤーだ。しかし突然オーラに目覚めた結果、悠介は彼らを超えたことになるのだろう。或いは3年生を含んで多くの部員を超えて青学レギュラーに相応しいプレイヤーになったのかもしれない。

 彼のオーラと、いつにも増して素晴らしい不二のプレーに誰もが目を奪われていた。

 

 “調和のオーラ”は明らかに特殊技能である。

 おそらく使用するタイミングはダブルスに限定されるとはいえ、その力は精鋭揃いの青学テニス部においてもあまりに異質だった。

 まだ使いこなせているとは言えないものの、それでも有用性が感じられる。

 それ故に期待できて、これからどう化けるのかは誰にもわからない。今は乾のデータ収集に付き合わされているだけだが、彼自身も成長を望むかのように必死にもがいていた。

 

「ああいうのって、うちの先輩で他にできる人居ないんスか?」

「ん~? 居ねぇな。それこそ不二先輩とか手塚部長は使えてもおかしくないんだけど、そんな話は聞いたことも見たこともねぇし……なのに宮瀬が覚醒してやがんだもんな。わけわかんねーの」

 

 質問したリョーマに桃城が答える。

 実力を考えれば他に使用者が居ても不思議ではない。だがオーラを使える部員は現状悠介のみ。全国区として知られた手塚ですらそんな話は聞いたことがない。

 不思議だなと答える彼は、手塚が肘を痛めているという話を知らなかった。

 どうしてだろうと考えるだけで、実は使えるのに使わないだけ、という予想は全くしない。

 

「しかしまあ、すげぇのは確かだけど制限があるのは確かみてぇだな」

 

 何気なく桃城が呟くと、リョーマは悠介のプレーに注目する。

 異様に大汗を掻いているが動きは悪くない。不二のサポートに専念すると見せかけて、時折自らも点を取りに行く。出来過ぎというほど試合展開が上手く進んでいるように見える。

 それが心配なのはリョーマだけではなかったようだ。

 

 カウントは4-2。不二・宮瀬ペアがリードしていた。

 その時突然悠介ががくんと崩れ落ちる。

 見ていた部員が思わず声を漏らし、当然の如くオーラが消える瞬間を目の当たりにした。

 

「ここまでか。宮瀬、休んでくれ」

 

 呼吸は激しく乱れて、意識が朦朧とした状態。突然疲労が襲い掛かってきた感覚だった。まだ余裕があるという予想は外れ、いきなり視界が真っ白になったのである。

 乾の言葉に返事をする余裕さえなく、悠介がふらりと倒れかけて、見ていた誰かが悲鳴のような声を発した。

 地面に後頭部をぶつける寸前に不二が体を支えてやる。

 辛うじて意識は失っていなかったらしい。ぼんやりしながら悠介は不二の顔を見上げた。

 

「あっ……すい、ません」

「いいよ。気にしなくていいからゆっくり休んで」

 

 慌てて大石と菊丸が駆け寄り、慌てもせずに乾が顔を見に来て、悠介が介抱される。

 その光景に驚きこそしたが、桃城は駆け寄らなかった。

 微塵も動揺していないリョーマと海堂は初めから駆け寄るつもりなどなく冷静に見ている。

 ぽつりと会話のきっかけを作ったのは桃城だった。

 

「リスク付きのパワーアップか……そういや大会でもぶっ倒れてたもんな」

「フン。わけのわからねぇ力だが、どうせ目覚めたばっかりだろ。当然だ。調子に乗っていつもの自分を忘れてやがる」

「それもわかっててやってんじゃないスか? データ取るんだし」

 

 フォローするつもりではないがリョーマが発言すると海堂が鼻を鳴らす。彼とてわかっていないわけではないだろう。ただいつも通りの振る舞いをしているだけだ。

 やれやれと嘆息するリョーマに、けらけら笑う桃城が言う。

 

「越前、お前あいつとペア組むんだろ?」

「は? 誰もそんなこと言ってないっスけど」

「まあ固定じゃないかもしれないけど組むことはあるだろ。あいつ、ちゃんと手綱握っといた方がいいぞ。向こうもお前のことそう思ってるだろうけど」

「なんスか、それ……」

 

 どう受け取ったのか。あまり良くは受け取らなかったのだろう、リョーマが不満そうに呟く。

 傍から見ていると良いコンビだと思うのだが、本人はそう思っていないのか、それともただ照れているだけか。桃城は迷わず後者だと判断して発言を続けた。

 

「不二先輩の弟子になったのもそうだけどさ、うちの先輩方に技教わって、俺と海堂のまで盗んでんだぜ。一時不貞腐れてたけど上手くなるためには他人に頭下げる奴だ。ほっとくと何しでかすかわかんねぇぞ」

「別にいいっスよ。上手くなるんなら」

「ドライだなぁ、おめーは。世話になってんだろ?」

「こっちもしてます。メンタル弱いんだから」

「なんだ、やっぱいいペアじゃねぇか」

 

 フンと鼻を鳴らしてリョーマは歩いていく。

 なんだ逃げたのか、とからかうように笑いながら桃城は見送ったのだが、行先が予想外で思わず目を丸くしてしまった。

 ラケットを手に持ち、コートへ入ったリョーマは外へ出ようとしていた不二の前に立ったのだ。

 

「先輩、俺とやりません? 休憩してからでいいんで」

 

 大胆不敵、堂々とした申し込みだった。

 目の当たりにした部員たちがざわめく中、不二は動揺一つ見せずににこりと微笑む。

 

「いいよ。やろうか」

 

 あっさり引き受けるのみならず、休憩すら要らないとすぐに始めようとした。

 まさかの事態に見ていた部員たちばかりが動じている。

 当人二人は冷静に、しかし静かに熱が入った視線を相手へ向け、見据えていた。

 

 

 

「あぁぁ~……気持ちわるー」

「平気? 水分もうちょっと取っといた方がいいんじゃない?」

「いやー大丈夫です……多分……」

 

 フェンスの傍で地面に寝かされた悠介はぐったりしており、スタミナがあると評価されていた彼にしてはやはり珍しく、自力で動くことさえできそうになかった。

 傍らに座って心配してくれる河村(かわむら)(たかし)に礼を言い、その一言ですらきつそうである。

 深くため息。今までにない疲労感が思考力まで鈍らせていたようだ。

 

「甘い物食べたい……由美子さんのラズベリーパイ」

「ゆみこさん? あぁ、ええっと、不二のお姉さんだっけ」

「裕太君の好物で得意料理なんです……俺もご馳走になりました」

「そうなんだ。なんだか、手懐けられてるね」

「本望です」

 

 確かに珍しい様子で、菊丸が面白がるのもわかる。純粋に心配する大石に叱られても笑わずにいられなかったのはこんな姿を初めて見たからだろう。

 悠介が難しい顔をしているのは珍しいわけではない。特にレギュラー獲得を目指していたのに結果が出ない時期などは頻繁に見られていた顔だ。しかしそこまで余裕がなく、スタミナ切れで倒れるなどあまりにも珍しい。

 

 すでに始まっているリョーマと不二の試合を見てノートにペンを走らせながら乾が呟く。

 同じ部活動とはいえ滅多に見られないだろう好カード。片時も目を離すつもりはなかった。それでいて悠介に話すこともあって、彼は焦ることもなく淡々としていた。

 

「垂れ流しにしていればガス欠になる。当然の結果だな。だがあれがあることでお前の実力が格段に向上したのは間違いない。使い所を見極める必要があるぞ」

「はーい……」

「それと使用可能時間の乱調も気になる。連続使用は可能だが体力の消費は常に激しい。とはいえトレーニングの方法が確立されているわけでもないから手探りになるぞ。明日から毎日使用して体に慣れさせてくれ」

「わかりました。けど、もうちょっと心配してもらえませんか……?」

 

 睨むような目で乾の背中を刺し貫き、不満そうに悠介が呟く。

 河村が苦笑する一方、乾は振り返ることなく答えた。

 

「限界まで使うと強制的に解かれるのは大会と同じだな。だが今回は気絶まではしなかった。何か違いがあったのか……宮瀬、次は気を失うまで――」

「鬼かっ⁉ 悪魔かっ⁉ 普通は気をつけろって止めるところでしょ!」

「冗談だ。笑ってくれてもいいんだぞ」

「笑えるかぁ! せめて冗談だってわかるように言ってください!」

 

 わからない奴だ、とでも言いたげな態度の乾に疲れ切っていても悠介は黙っていなかった。彼にしろ菊丸にしろ、そうして悠介をからかうことがある。おそらく反応を楽しみにしているのだろうという予想もあって、反射的に何かを言わずにはいられないらしい。

 再び嘆息。難しい顔をしてばたりと倒れる。

 本当に起き上がれないくらい疲弊している様子の悠介に、河村はふと不安を覚えて、彼を心配せずにはいられなかった。

 

「なあ宮瀬、あのオーラってやつは、本当に使っていてもいいのかな?」

「え? なんでですか?」

「だって動けなくなるぐらい疲れてるじゃないか。メリットはあるんだろうけど、デメリットもここまではっきりあるんだし、取返しのつかないことにならない?」

「あー……いや、それは、なんとなくですけど多分大丈夫としか」

「乾はデータを欲しがるんだろうけどさ、俺は普段の宮瀬だって十分上手ですごいと思うよ。もし体に後遺症とか残りかねないんならもう少し慎重になった方がいいと思う」

 

 河村の心配を受けて、悠介は申し訳なさを覚えながら、それでもオーラの使用をやめようとは思わなかった。

 確かに扱いにくい部分はあるがメリットはあまりにも大きい。後は慣れと理解が身に着けば必ずや結果を出すことができるはず。

 

 どうすればいいだろうと悠介はすでに思考を始めていた。

 相談するにしてもオーラを使える選手など知らない。不二や乾など、現時点でさえ自分より上の選手は近くに居るが彼らがその力を使えるという話は聞いたことがなかった。

 

 手塚はどうだろう。

 ふと疑問を抱いた悠介が乾へ問いかける。

 

「手塚先輩は……こういう力って使えないんですか?」

「手塚は、本当のことを言えば、オーラの先にある扉をすでに開いている。だが今は使えない事情があるんだ」

 

 それとなく事情を察して悠介が押し黙った。

 やはり彼は遥か高みに居るのだ。新しい力に目覚めて自惚れている場合ではない。かといって今の彼に教えを乞うのは迷惑をかけることになるだろう。

 

「うーん……やっぱり、聞いてみるか」

「誰に?」

「あ、や、ちょっと知り合いに」

 

 河村に尋ねられて咄嗟に答えてしまい、しまったと思った。素直に答えても問題なかったはずなのだがついつい隠してしまう。

 焦りを隠せずに苦笑した悠介に何かを感じ取ったようで、河村が困り顔で心配する一方、わずかに振り返った乾は彼の発言に興味を抱き、しかし敢えて今は何も言わなかった。

 

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