テニスの王子様の言うとおりっ   作:ヘビとマングース

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49 決勝直前

 残念ながら噂の真偽を自分の目で確かめることはできなかった。

 彼らが試合をしている時、自分たちにも試合がある。部員も参加できるギリギリ。偵察へ出せるほど手の空いている誰かなど居ない。

 

 彼らは決して不利だとは思っていなかった。

 それでも勝つことに意義があり、誰からも注目されない自分たちだからこその快感がある。

 大会に参加した人間は試合に出る・見学を問わず、優勝は青学だと信じて疑わない。だからこそ自分たちが結果を変えてやるという野心を抱いていた。

 

 黒いジャージに身を包んだ不動峰中のメンバーはその時を待ち望んでいた。

 一試合目に続いて二試合目も完封。青学は順調に勝ち進んでいる。大方の予想通り、順当に決勝まで駒を進めて、あと一戦を勝って優勝するだけだと意気込んでいた。

 対するは自分たちのチーム不動峰。誰からも注目されていなかったが今大会は異様な強さで青学同様に圧倒的な結果を示し、準優勝だろうと予想されていた柿ノ木中を下して決勝へ進んでいる。

 

 さて、決勝は一体どんな勝負になるのか。

 オーダーを決めようとする(たちばな)桔平(きっぺい)は珍しく考え込んでいた。

 

「橘さん、俺にダブルス行かせてください」

 

 いつになく険しい顔をしている神尾(かみお)アキラが訴えてきた。

 普段から熱い性格の男だとはいえ、今日は特別様子が違う。なぜなのか詳しくは聞いていない。ただ青学の誰かを異様に敵視していることだけは普段の言動からなんとなく伝わっていた。

 ダブルスの経験はあるものの、基本的に彼はシングルスを担当している。

 その彼が直談判してダブルスに出たいというのは些か興味深い発言だった。

 

「お前をダブルスに? 構わないが……青学には“黄金(ゴールデン)ペア”が居るぞ」

「いえ、そっちじゃなくて」

「ダブルス2か? 確か今年は2年が居るって聞いたな。杏と交流があるらしい」

「そこですよ橘さん! 何も思わないんですか! 兄として!」

 

 予想するのは簡単だったとはいえ、こうまでわかりやすいと複雑な気持ちになる。

 わずかにため息をつく桔平の態度は気にせず、いつになく燃えている神尾は固く拳を握った。

 

「出会ったばっかのはずなのになんなんですかあいつは! 妙に仲良くないですか⁉ 知らねぇ間になぜか杏ちゃんと距離詰めてやがるんですよ!」

「落ち着け。それはまあそうかもしれないが」

「まさか家の中であいつの話を聞かされてたり⁉」

「……大丈夫だ。問題ない」

「そうなんですね⁉ だったら尚更やってやらなきゃいかんでしょうが! ぽっと出の奴がなんかいい想いしやがってよぉちくしょう!」

 

 それはお前の勝手な見方だろう、という意見は敢えて口にはしなかった。どうやら嫉妬に狂っているらしい神尾は普段とは別人のように迫力を増していて、要望通りのオーダーを組めばそれ相応の結果をもたらしてくれそうだ。

 それはそれで面白いかもしれない。そう思った時、桔平の思考は変化する。

 

 試合を自分の目で確認できずとも情報は入っている。

 観戦に来たらしい妹は「心配してないから」という理由で不動峰を見ずに青学の試合を見ていたらしく、結果は逐一報告されている。偵察というほどではないが少なくともオーダーとゲームカウントは正確に伝わっていた。

 そしてここまで手塚はベンチに居るのみ。二戦目はダブルス二つとシングルス3のみで終わっているとはいえ、オーダーにさえ組み込まれていない。これが重要な情報だった。

 

 誰が言い出したのか、手塚には肘を故障しているという噂があった。真偽の程は定かではないが大事を取っているのだとすれば噂の信憑性は増す。

 ただ一方で、地区予選では温存しているだけとも考えられる。青学は対戦相手を舐め切って臨むほど傲慢ではないはずだが、“データテニス”を得意とする乾が居るのだ。手を抜いているのではなく今後の都大会や関東大会を見据えて試合数を減らしている可能性は少なくない。

 

 桔平の見立てでは地区予選において手塚の出番はない。

 機会があればシングルスで勝負したいと思っていたものの、その可能性は低そうだ。

 それなら当初の予定を変えて、より勝利する可能性が高いオーダーにするべきなのではないか。

 

「しょうがねぇなぁ……神尾、深司、ダブルス2はお前たちに任せる。頼んだぞ」

「しゃあっ!」

「えー……神尾とか。めんどくさいなぁ。まあ橘さんが言うなら逆らわないけどさ」

 

 決断は早かった。

 桔平が伝えると神尾が拳を握り締めて吠え、対照的に伊武(いぶ)深司(しんじ)は不満そうにぼやき始める。

 視線を移し、続いて指示を待っている他の部員たちへ目を向けた。

 

「青学ダブルス1は“黄金(ゴールデン)ペア”が固定だろう。そこに石田と桜井をぶつける。向こうは技術も経験もあってコンビネーションが優れているが、試合経験を除けばお前たちだって負けちゃいない」

「はい!」

「それに菊丸のスピードは大きな武器だが、こっちには石田、お前が居るんだ。腕は平気だな?」

「ええ、いつでも行けますよ」

 

 頭に手ぬぐいを巻いた大男、石田(いしだ)(てつ)がぐっと右腕に力を入れて見せる。

 確かに相手は格上かもしれない。しかしこちらは発展途上。そして対抗するための武器はほんの一部とはいえすでに手に入れている。

 その隣に立つ、髪をオールバックにした桜井(さくらい)雅也(まさや)と共に、本気で勝ちを狙う心意気があった。

 やる気を滾らせる二人を見て桔平はほくそ笑み、自らも迷いを捨てる。

 

「今回も変わらず勝ちに行く。が、今までとは違ったアプローチも必要だ。そこで」

 

 さらさらと用紙に全員分の名前を記入し、それを部員たちに見せる。

 ぎょっとした反応だった。彼らにとってもまさかのオーダーだったらしい。

 

「シングルス3は俺が出る。最速で勝つぞ。いいな?」

「はい!」

 

 まさかという提案であったが部員のやる気を向上させるには十分過ぎる言葉だった。

 橘桔平の実力は誰よりも不動峰がよく知っている。

 転校してきてすぐにテニス部を掌握し、劣悪な環境を変えて、自分たちが主導となって動き始めるきっかけをくれた救世主。だからこそ残った部員たちは彼を心から尊敬し、いつだって間違えていないと思ってついてきた。

 

 その桔平が公式戦においてこんなにも早くデビューする。

 すでに都大会出場候補の柿ノ木中を倒して注目を集めていたとはいえ、まだまだこんな程度では足りない。今まで溜めに溜めた鬱屈とした感情を爆発させるのはこれからだ。

 不動峰が最強だと証明するためには青学に勝利することが必要不可欠。

 きっと誰もが驚くだろう。

 橘桔平の実力が知られれば、もうまぐれだの柿ノ木の調子が悪かったとは言われない。

 

「俺としちゃあ最初の三戦で終わらせたいところだが、後ろまで回る可能性はゼロじゃない。森、内村、その時は頼むぞ」

「はい!」

「了解っす。お前ら、橘さんに恥かかすなよ」

「うるせーよ」

 

 待ち望んだ大会、決勝、そして不動峰最強の登場。

 士気は上がる一方であり、不安など微塵もありはしない。

 試合直前、彼らは最高潮のテンションでその時を待っていた。

 

 

 

 その光景自体はそう珍しいものではなかったとはいえ、ふと気付いてみれば、何かがおかしいのではないかと思ってしまう。

 自販機でジュースを買ってきた悠介が、合流したリョーマにその一本を投げ渡した。

 

「ほい」

「どーも」

 

 あれ? パシられてないか?

 買いに行った悠介がお金まで出して、何もしていないリョーマが平然と受け取っている。

 どちらも無自覚であろう行動に一年生の三人組、堀尾・カチロー・カツオは疑問を抱きながらも悪いと思って指摘できず、微妙な表情で眺めることしかできなかった。

 

「ん、どした? みんなも欲しいの?」

「いえ! 俺たちは大丈夫です!」

「ちゃんと自分で持ってきてますから!」

「気にしないでください!」

「そう? なんか必死だな。別にいいのに」

 

 彼らの仲が良いのは知っているつもりで、入部当初より親密になっているのは明らかだった。

 後輩に優しい悠介は一年生に慕われており、人気がある。しかし傍にリョーマが居るのが当然という認識を持たれているせいか、彼と関わるタイミングは意外と限定的で、その二人が並んでいる姿を見るのは何ら不思議ではない。

 その割にはここまで二試合、ダブルスとして出場していないのは何とも不思議で、そういえばと思い出したカチローが悠介へ言った。

 

「宮瀬先輩、さっき決勝のオーダーが決まったって聞きましたよ」

「あ、そうなんだ。どうだった?」

「宮瀬先輩とリョーマ君がダブルス2です」

 

 そう言ってカチローは待ち望んでいたと言うかのようににっこり笑う。

 手塚が控えとして温存されている関係から、この日悠介は一回戦と二回戦両方に出場していて、パートナーはそれぞれ違う。先に不二、続いて河村。一緒に大会にまで出たリョーマとは一度も出ないのかと不安視されてしまう状況だった。

 

 どちらもシングルス3として出場したリョーマがどこか不機嫌そうにも見えていたため、ついにその時が来たな、と彼は素直に喜んでいるのである。

 反対に悠介は微妙な顔をして、目敏く気付いたリョーマが目を光らせた。

 

「あー……」

「何? その顔」

「いや、あの、嬉しいなっていう顔ですけど」

「変な顔」

「おいっ。どっちみちダメなんじゃねぇか」

 

 ツンとしているリョーマだが心の中ではきっと喜んでいるはず。そう思っているのは少なくともこの場ではカチローだけで、同じ場に居るはずの堀尾とカツオにはそう見えず、仲が良いとはいえ先輩に対してなんて失礼な奴だとぞっとしていた。

 彼が一年の中で特別視されているのはテニスが上手いからだけではない。この傲慢不遜で生意気で王様かのような立ち振る舞いのせいだ。

 宮瀬が居てよかったと二・三年生、宮瀬先輩が居てよかったと一年生が口を揃える状況である。

 

「ふふふ、よかった。リョーマ君の機嫌直ったみたいで。強がってたけどやっぱり宮瀬先輩とダブルス組みたかったんだよね」

「お前の目には何が見えてんだ……? 同じ世界線か?」

「正直、僕らにはよくわからないよ……」

 

 嬉しそうなカチローの横で堀尾とカツオはわずかに青ざめ、動揺していた。

 話題のリョーマは機嫌が良いのか悪いのかわからない態度でジュースを飲んでいる。

 何が何だかよくわからない状況になったがとにかく一年生は元気そうだ。気にしないことにして悠介はふうと肩の力を抜く。

 

 タイミング的にはちょうどよかったのだろう。

 近付いてくる数人に声をかけられて、振り返ると視線は当然の如くそちらを向いた。

 

「やっほー。やってるねー」

「リョーマ様ァ!」

「こ、こんにちは」

 

 やってきたのは三者三様に異なる表情の、彼らの知り合いである少女たちだった。

 微笑んで手を振る(たちばな)(あん)が歩いてきて、何気なく反応した悠介が小さく手を振り返す。

 元気よく大声でリョーマを呼ぶ小坂田(おさかだ)朋香(ともか)が現れると、同級生として彼女を知る堀尾がげっと声を発して、その隣に立って申し訳なさそうに頭を下げる竜崎(りゅうざき)桜乃(さくの)を見ると、リョーマが呆れた顔で小さく鼻を鳴らした。

 

「どうしたの? 不動峰は?」

「激励だよ。近くに居るんだしついでにね」

「なんで小坂田が来てるんだよ」

「別にあんたらを見に来たわけじゃないわよ。リョーマ様! 試合全部見てました! 本っ当にもうすっごくかっこよくって!」

「どーも」

「あ、あの、決勝戦の前なのにごめんね? えっと、応援してるから頑張ってね」

 

 示し合わせたわけでもなく一年生たちが集まって話し始めたようだ。

 二年生は自分たちだけ。

 図らずも一対一で向き合うことになったものの、特に抵抗や恥じらいなどなく、平然と話し始める悠介と杏は互いに笑顔を見せていた。

 

「噂になってるね。柿ノ木に勝ったって聞いたし」

「まあねー。でも実は私見てないんだ」

「え? 応援に来たんじゃないの?」

「そのつもりなんだけど、周りの人たちが知らないだけでうちは強いんだよ。決勝までは当然来ると思ってたから君たちの試合見てたの」

「偵察?」

「ってほどじゃないけどね。ただの好奇心かな」

 

 見ていなくても結果は予想した通りになっているらしい。

 よほどの自信があるようで、少ない言葉の中から信頼が感じ取れる気がした。

 決勝の相手は不動峰。彼女が来たことでやはり気になる。

 

「去年までは注目されてなかったのに……っていうか、去年は良くない方向で注目されてたか」

「あーそうだねー。あの頃はみんなピリピリしてて大変だったんだー」

「やっぱり橘さん……お兄さんが居るからかな? “九州二翼”の一人だったらしいし、部員みんなに信頼されてるって聞いたよ」

「あれ? よく知ってるね」

「うちのデータ班恐ろしいから」

 

 知られていると知っても気にせずに、今までも会えば必ず喋っていたのだ。情報を取られることなど今更気にもしないし警戒もない。

 上機嫌そうに笑っていた杏は、突然にやりと悪戯っぽい笑顔になると彼の顔を下から覗き込む。

 

「今はすっごくチームとして状態がいいんだ。君たちも強いけどこっちも強いよ? 大丈夫?」

「うん、大丈夫。先輩たちの調子良いみたいだし、俺もあんまり緊張してない。この感じだと今日はもう誰が来ても平気だ」

「あれ? 全然ヘタレてないね。もっとへにゃへにゃかと思ったのに」

「いややめてくれない? 俺のイメージ」

 

 悠介が困り顔になるのを見た後、杏がしてやったりとからから笑う。

 彼が嘘を言っていないのは顔つきを見ればわかる。

 初めて出会った時はもっと不安を色濃く出していて自信がなさそうだった。しかし今は別人かのように変わっていて、満々というわけにはいかなかったが、わずかに自信を滲ませる程度の穏やかな様子が彼らしい。

 本当に変わったのだなと今更になって思う。

 

「そういえば、あれ使ってなかったね。ぶわって出るやつ」

「あー……まあね」

「データ対策? それとも越前君としかできないとか」

「いや、練習じゃ一応できない人居なかったんだけど。金ちゃん……他校の子ともできたし。でもあれ使うと一気に疲れるから、使い所見極めなきゃいけなくて」

「あ~そういうことなんだ」

「その分だと決勝じゃ使わなきゃいけないかも」

 

 彼女の自信を指して言ったのだろう。杏は素直にうんと頷く。

 

「みんな強いからね。宮瀬君が侮ってなくてなんかほっとしてる」

「そりゃ、状況的に当然だし、部長から油断するなってきつく言われてるから」

「去年の新人戦は色々ごたごたしてて結局出られなかったから、ようやくなんだよ」

 

 でもね、と呟いて背を向けられる。

 杏の雰囲気がわずかに変わって、少し言い辛そうにする素振りを感じた。振り返った時には変わらず笑みを浮かべていたものの、やはりさっきまでとは違って見える。

 

「実を言うと、私は君が勝つんじゃないかって期待してるんだ」

 

 思わず息を呑んで驚いてしまったが、なるほど、それは確かに聞かれたくない発言だろう。

 不動峰中の生徒で、兄がテニス部の部長。なのに他校の生徒を応援してしまうのは、深く考えずとも良くない状況だった。

 ただし違和感は感じない。彼女とはすでに約束をしてあるからだ。

 

「あー、うん……そうなんだ」

「うん。約束もあるしね」

「や、そうなんだけど」

「自信ない?」

 

 じっと見つめられて問われると、答えはすぐに出る。

 ふっと笑った悠介は首を横に振った。

 

「ううん、大丈夫。もう怖くないから」

「ん。よかった」

 

 笑顔を見せ合い、多くを言わずともわかり合っている感じで、なんだか良い雰囲気。

 いつの間にか静かに少しだけ離れていた一年生たちは彼らの姿を凝視していた。

 特に関心を寄せているのは片時も視線を外そうとしない朋香であり、初めて見る様子に動揺する男子三人組の傍ら、顔を赤くする桜乃があたふたしている。

 全員をまとめて、呆れたリョーマが面倒そうにため息をついていた。

 

「ねぇ、あの二人ってどういう関係? 付き合ってる? 付き合う寸前? これからスタート?」

「い、いや、そんなの俺たちも知らねぇよ」

「なんか入っていけないような生温い雰囲気が……」

「い、いいのリョーマ君? あれっていいの? ねぇっ」

「うるさいよ。別にどうでもいい」

「え、えっと、あああのみんな、そんなに見ちゃうのは失礼じゃないかなぁ……」

 

 思わず黙ってしまう堀尾とカツオとは裏腹に、何やら朋香とカチローは騒がしく、さっさと切り上げたいリョーマはそっぽを向いて歩き去ろうとする。

 一瞬にして混沌とした状況になった。

 当人たちが気付いていないのも状況に拍車をかけている。

 

 応援に来た時には予想もしなかった光景だ。

 異変に気付いた悠介に声をかけられるまで彼らは落ち着かずに、その間ずっとあわあわしていた桜乃は大きく息を吐いて安堵し、不思議そうにする悠介へ頭を下げて感謝した。

 

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