テニスの王子様の言うとおりっ   作:ヘビとマングース

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50 ライバル意識と観測者

 試合開始の時間が近付く。

 オーダーはすでに発表された後。着々と準備が進んでいた。

 コートへ入った悠介とリョーマは肩を並べ、対戦相手を待ちながら言葉を交わす。

 

「乾先輩が言ったこと覚えてる?」

「足速いのと根暗」

「言い方」

 

 相変わらずどっちを向いても無礼なリョーマの頭を軽くはたいて、返す刀で脛を蹴られ、そんな二人の姿は青学にとっては当たり前のようで誰も止めに入ろうとしない。むしろどちらも落ち着いていると判断されたのだろう。

 誰も口を挟もうとはせずに、ペアの会話を邪魔しようとはしなかった。

 

「データは少ないみたいだけどダブルス2のこのペアだけはストリートの大会に出てる。神尾君は足の速さとテンポの早い攻めが持ち味。相手を休ませずにどんどんプレーを始める。対照的に伊武君はスロースターターだけど天才肌で、ノッた時の爆発力は神尾君の比じゃない」

「よくわかりますね、そんなこと」

「データ班の努力の賜物だよ。ストリート大会じゃあんまり活躍できなかったみたいだから、一回戦からかなり暴れてるらしい」

 

 一応聞きこそするとはいえ、ふうんと興味が無さそうだ。

 誰が相手になろうともただ勝つのみ。データに頼らず感覚的にプレーしてきたリョーマは今でもそうした姿勢を変えてはいないのだろう。

 

 そうとは知っているがペアを組む以上は放っておけない。特に彼は一年生でマイペースで、緊張しないのは強みである一方、気難しくて扱い辛い。

 コミュニケーションは取っておかなければいけないとさえ考えていた。それ自体を苦にしていない悠介は苦い顔をされても笑顔で話しかけて、興味が無さそうだと気付くと帽子を奪って頭をぐりぐり撫で、すかさず反撃を受けたが怒らない。

 

「シングルスで思いっきりやれただろ? 今日はあれでいいから」

「いいの? 遠慮なんかしないけど」

「いや、しろ」

「やだ」

「はいはい……どうせ言ったってしないってわかってるんだから、前に出たいなら出ればいいし取りたいなら取ればいい。ただしちゃんと決めろよ」

「フン、誰に言ってんの」

「後輩だよっ」

 

 相変わらず喧嘩しかねないやり取りではあるものの、不思議と本気のぶつかり合いにはならず。

 嘆息して調子を変えた悠介が忠告するようにリョーマへ言う。

 

「それから、オーラは極力使わない。基本は今まで通り」

「なんで?」

「制限があるのは確かだし、データを取られるのも避けたいし、頼り過ぎるのはだめだ。使わなくても勝てなきゃ意味がない」

 

 反論はない。リョーマは素直に聞いている。

 

「あれはあくまでも奥の手。必要があったら使うけど、使わなくても勝てるくらいじゃないと本当に強くなったとは言えないだろ」

「そうかもね」

「まあ、心配はしてない。お前と組んで負けるとは思ってないよ」

「そこで俺に任せろって言えないのが先輩のダメなところですよね」

「ダメなところを言うな! 今から始まるって時に!」

 

 悠介の主張を聞かずにリョーマはコートの中央へ向かい、同じくコートの中へ入った相手選手と向き合う。少し遅れて悠介も同様にコートに立った。

 まず最初に違和感を覚える。意図して悠介の前に立ったのは神尾アキラであった。

 明らかに睨みつける目つきと敵意を感じる表情、態度。はて、何かしてしまっただろうかと疑問を覚えるほどあからさまだった。

 

 無言の時間。わずかにたじろぐ。

 なぜかはわからないまま、神尾の視線は悠介から外れない。それでも友好的に接することはできないものかと、辛うじて苦笑したのだが雰囲気は変わらなかった。

 

「えーっと……よろしく」

「俺は、お前にだけは絶対負けねぇ」

「あっ。えぇ~……?」

 

 はっきりと敵意をぶつけられて宣戦布告までされた。

 困惑する悠介が言葉を失っても、神尾は態度を改めずに前のめりで睨み続ける。

 一方、その隣では無表情のリョーマと伊武深司が一瞬だけ視線を合わせ、互いにすぐ外した。

 試合前とはいえ異様な雰囲気の対面だった。間に入ろうとしていた審判でさえ気を使ってしまうほどである。

 

 簡単に挨拶を終え、ネットから離れる。

 多少の動揺があるらしい悠介は神尾が気になって仕方ないようで、離れた後でも気にしている。これでプレーに悪影響はないだろうな、とリョーマは危惧していた。

 

「なに気にしてんの」

「俺何かしたかなぁ? 多分面識ないと思うんだけど」

「なんでもいいじゃん。そんなので集中切らさないでよ」

「それは大丈夫だけど。お前こそはしゃぎ過ぎてペース崩すなよ」

「はいはい」

 

 出会い頭こそ動揺を見せたが、平静を取り戻すのは早かった。試合開始を直前にしていつも通りの態度であり、程よい緊張感と高揚感を胸に臨もうとしている。

 組んだ経験はそれなりにあるものの、公式戦では初のペア。

 悠介がんっと拳を突き出し、反応したリョーマが自身の拳をこつんと軽く当てた。

 

 余裕を持って準備を整えた二人を見やり、対峙した二人の視線は冷ややかだった。

 対抗心を燃やす神尾は過剰なほど悠介を意識していて、そうした態度には呆れながら、深司もまた複雑な感情を秘めた冷たい眼差しを向けている。

 

「絶対負けねぇ……! この手で負かしてやるっ」

「嫉妬とかめんどくさくない?」

「お前だってそうだろうが! ここに居る連中、優勝は間違いなく青学だと思ってやがる。舐められたままで終わらせるつもりなんかねぇだろ」

 

 神尾が呟くと、表情こそほとんど変わらなかったが深司の様子が変わる。

 雰囲気が一変して、すでに両者の顔つきが違っていた。

 

「あいつらに勝って有名になってやる。日陰者なんざもうごめんだ」

「そういう熱血っぽいのってめんどくさ……」

「こんな時にぼやいてんじゃねぇよ⁉ 結局ストリートじゃ結果出なかったんだ! やるぞ!」

 

 隠すつもりもなく思い切りため息をつかれた。こういう場面で息が合わず、ダブルスの経験が浅く完成されたとは言えないペア。趣味趣向も望むプレーもそれぞれ違っている。ともすれば意見が分かれて納得できないまま時間が過ぎ去る場面は珍しくない。しかし意思は同じで、負けず嫌いであるという共通点が彼らを強くする。

 燃え上がる闘志はどの学校よりも強く大きいという自負がある。

 敵は常勝の強豪校。改めて状況を理解すれば、眼光鋭く対戦相手を睨みつけていた。

 

「橘さんを全国に連れてくぞ。その前にっ、あいつにだけは負けられねぇんだ!」

「そーだね……まあ、俺も、負けるのは嫌だな」

 

 小さく、だが力強く呟いて、決意を新たにラケットを握り締めた。

 

 

 

 試合は深司のサーブから始まった。

 鋭くスピードのある打球。強烈なパワーこそ感じないがコントロールは抜群。狙い通りコーナーを突いてバウンドし、迎え撃ったのは悠介だ。

 厳しいコースだったが難なく返してゲームが動き出す。

 

 開始早々、主導権を握ろうと仕掛けたのは二人。リョーマと神尾は落ち着いているパートナーとは対照的に、自分を抑えられないかの如く意気揚々と走った。

 素早く攻勢に出ようとした結果、両者の視線がバチンとぶつかる。

 

 先に仕掛けたのが神尾で、ネット際で厳しい角度で打ち込もうとした。

 同じくネット際に立ち、まるで怯まずに反応したリョーマは脇を抜けようとする打球を捉えてすかさず打ち返す。

 ぎょっとした神尾のすぐ傍を抜かれて、無表情ではあるものの、少なからず不気味に思いながら深司が冷静に返球した。

 

 観衆からおおっと声が漏れる。

 開始早々に迫力のあるプレーで関心を引いている。流石は決勝と言うべきか、今までの試合とはまるで違うと誰もが思った。

 

 感情的で攻撃的、かつハイテンションで後先を考えないプレイヤーがコートに居ると、リズムもテンポも簡単に変わってしまう。

 悠介は状況を整えるべきかと判断して、しかし決断する前に考えを改めた。

 その必要はない。ここはパートナーに合わせた方が得策だろう。

 

「リズムに乗るぜ!」

 

 神尾が声を発してスピードを上げる。

 やはり予想通り攻めてきた。走り出すと即座にトップスピードに乗り、ボールへ飛びつく速度は地区大会でも随一。だが日頃からリョーマを相手に実戦形式で経験を積んだ悠介は驚かず、データを聞いていたこともあって冷静に対処する。

 向かう先を読んで、真逆へ打ち込み、驚愕する神尾が届かない位置へ打球が飛んだ。

 

 冷静に状況を見ている深司が反応して追いつく。打ち返す動作に淀みはなく、戸惑いも躊躇も感じられない。

 おそらくプレースタイルは近いものがある。悠介は彼のプレーを見てそう判断した。

 

 深司の返球に飛びついてリョーマが攻め込んだ。

 軽いジャンプからスマッシュ気味のパワーショットを打ち込み、鮮やかに決める。

 油断したつもりはない。しかし神尾にも負けないスピードと瞬時の判断力、狙った位置にボールを落とせる決定力。ただの一年生ではないと気付くには十分な一打だ。

 

「ナイス」

「どーも」

 

 悠介とリョーマが軽く手を合わせる。

 最初のプレーで主導権を握ったのは彼らだ。厳密に言えば密かに誘導した悠介の手柄なのだが、おそらく彼らはリョーマを警戒することだろう。

 

「向こうもかなり仕掛けが早そうだ。多分どんどん攻めてくるぞ」

「こっちも攻めればいいんでしょ?」

「そうだな。違うことできればそうしてほしいんだけど」

「却下」

「お前って後輩じゃなかったっけ……?」

「そうっスよ。自信持って」

 

 いつもの調子でやり取りをして離れる。

 決勝に至るまでの二試合において、本来得意とするシングルスに出場したリョーマを見た際には少なからず心配したものだが、どうやら問題はなさそうだ。浮ついた態度はなく、良いテンションで集中力が増し、攻め気が出ている。

 公式戦の最初で念願だったはずのシングルス出場で、活躍とは裏腹にフラストレーションでも溜めていたのか、感情を爆発させるかのようなプレーだった。

 

 ほんの少し見ただけでわかる。相手も中々なもの。これから相当な実力を見せつけられるだろうと予想して、それでも平静は崩さない。

 冷静に判断した上で悠介は問題ないと断じていた。

 何よりもリョーマの状態が良い。それが彼の自信になっている。

 

「ゲームを作るのが伊武君で、点を決めるのが神尾君だと思う。これからもっと攻めてくるからお前は神尾君を意識しててくれ」

「好きにしていいって言ったのに」

「むくれるなよ。その他は好きにやってくれていいから」

 

 肩を軽く叩いて送り出して位置につく。

 神尾と深司の間に会話はない。プレーの再開を黙って待っている。

 集中力は切らしていない一方で表情は強張り、緊張感が高まっているのが感じられた。

 

 ストリートダブルス大会で見たとはいえ、一年生の選手であり、勝ち気が高まっていた状態で考えが甘くなっていたのは否めない。油断しているつもりはなかったものの、実際に起きたプレーを見ると自分たちの落ち度を理解する。

 越前リョーマに感じる危険性を再認識したのだ。

 舐めてかかるとこのままズルズルと流れを持っていかれる可能性がある。

 

 リョーマの前へサーブを打つ際、深司は迷わず奥の手を出した。

 鋭いサーブに強烈なスピンが加わり、地面に触れたボールが一瞬だけぎゅっと沈み込む。跳ね上がる軌道は先程とは違い、逆方向へ飛んだ。

 ツイストとほぼ同じ動きの“キックサーブ”。リョーマはしかしまるで動じなかった。

 

「ふーん、珍しいね」

 

 自身がツイストサーブを得意としているからか、危なげなく打ち返す。

 サーブを打った深司の前へ返そうとして、割り込むようにして神尾が飛び込んできた。スピードを生かした急襲、強気なポーチで得点を狙う。

 正面から悠介と視線がぶつかり、神尾はフルスイングでラケットを振るう。

 おそらく予想した上で見切っていたのだろう。悠介は冷静に反応した。

 

「リズムにHigh(ハイ)‼」

 

 スピードに乗った状態で体重を乗せ、強いインパクト。強烈な打球が飛んで、ライン上を狙って最短距離で決めようとしたのだが、悠介は打たれるより先に動いていた。

 大振りした神尾とは対照的にふわりと受け止めるかのようなラケット捌き。柔らかく受けて高く飛ばし、神尾の頭上を越える。

 

 決めるつもりだったが呆気なく返された。

 悔しげに歯を食いしばる神尾は振り返ってボールを目で追い、自分が追い付こうかとも思ったが深司が来ているのを見てフォローに回る。

 

「深司!」

「何やってんの……」

 

 深司が打ち返す直前、素早くコート内の状況が変化させられた。

 悠介がコートの後ろへ下がり、代わりにリョーマがネット目掛けて走ってくる。

 驚いている暇すらなくボールがネットを越えて、その瞬間、リョーマが前進してきたスピードを生かして打球を捉えた。

 フルスイングで豪快に飛ばして、二人が届かない位置を通過させると軽やかに得点する。

 

 一瞬の攻防。あまりにも鮮やかな一打。

 攻め気になっている神尾を上手くいなして、彼らが落ち着く暇もなく点を奪う。あらかじめ決めていた作戦なのか、隙を見せない前のめりな攻撃だった。

 

 神尾と深司が驚愕して固まる反面、決めたリョーマは何事でもない風な顔ですたすた歩く。同じく驚いていない悠介の手をパチンと叩いた。

 彼らにとってこのプレーは当然。そう主張するかのような態度に感じる。

 対峙した二人だけでなく、あまりに早い試合展開に観衆まで呆気に取られて言葉を失っていた。

 

「なんでかわからないけど神尾君が俺を意識してるのは間違いないみたいだ。このまま意識させられれば十分隙をつける。どんどん決めにいっていいぞ」

「そのなんでかわからないってのが問題なんじゃないの?」

「今、それはいいだろうが……なんでかわかんの?」

「わかんないし、別に興味もないけど」

「なんなんだよ」

 

 プレーの切れ間には簡単な会話をする。かといって緊張感に満ちているわけでもない。その態度がひどく余裕に見えたのだ。

 意識などしていなかったとはいえ、その姿を見せているだけでも対戦相手の怒りを呼ぶことはできていたようである。

 いつの間にか悠介に対抗心を燃やす神尾だけでなく、無表情ながら、リョーマを見る深司の目に静かな炎が灯っていた。

 

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