テニスの王子様の言うとおりっ   作:ヘビとマングース

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51 優勢/劣勢

 感嘆の声が漏れる会場で、青学ダブルス2が躍動していた。

 冷静にゲームをコントロールする悠介と、意気揚々と攻めの一手に出るリョーマが注目を集め、対する不動峰ペアを圧倒していた。

 一方的とは断言できない。しかし明らかに試合の流れは彼らが掌握していて、反撃の機会さえ与えずにポイントを連取している。

 

 多くの観客はそれが当然とさえ思っていて、それでも予想以上のゲーム内容に息を呑み、流石は青学と心底感心している。

 一方、青学はあまりに出来過ぎた展開を不思議に思い、不動峰の部員たちは会場に居た誰よりもその光景を信じ難い想いで見つめていた。

 

 ぎゅっとシューズを鳴らして、迷わず跳び上がる。

 リョーマのジャンピングスマッシュは冷酷無比に相手コートへ決められた。

 ポイントをもぎ取り、彼は悠介と軽くラケットを合わせる。

 

「すごいすごい! リョーマ君絶好調!」

「宮瀬先輩もいい感じで緊張してないみたい!」

「すげぇ……! なんか、いつも見てたつもりだけど今日は迫力が違うな!」

 

 観戦していたカチロー・カツオ・堀尾が我慢できずに口々に言い始めた。

 いつになく良い調子だ。普段見ている練習時の状態と比べても格段に良くなっている気がする。彼らの連携自体はそう珍しいものではないのだがなぜだろうか。

 理由はわからないとはいえ、なぜか嬉しそうなカチローが真っ先に言い出した。

 

「やっぱりリョーマ君だよ! シングルスは出てたけど、今日はこの試合で初めて宮瀬先輩と組むから嬉しいんだ、きっと!」

「そういうこと?」

「お前はその説を推すなぁ。まあ、越前が微妙にテンション高そうなのが気になるけど……」

 

 先程までの試合とは、会場の雰囲気が一変している。

 多くの人間が顔色を変えるほど大きな衝撃を覚えていた。

 明らかに表情を変えた不動峰の部員たちをちらりと確認して、ノートにペンを走らせながら乾は柵の外から聞こえる一年生たちの会話に反応する。

 

「確かに越前の動きはキレが増してるな。練習はしたとはいえ、ダブルスにはまだ不安もあったんだが杞憂だったみたいだ」

「ですよね! やっぱりあの二人のペアは良いですよ!」

「宮瀬先輩、最初に不二先輩と組んで緊張が解けたって言ってました」

「あとは越前の暴走だけが気掛かりっスけどねー。言ってもダブルスはやっぱ不安ですし」

「心配いらないさ。宮瀬が上手くコントロールできている」

 

 リョーマが主導する攻撃のリズムは非常に速い。息つく暇もなく厳しい場所へ鋭い打球を送り、一瞬の気の緩みさえ許されない状況を作り出している。打ち返したと思ったら次の瞬間にはもう次の打球が来ているような印象だった。

 ネットに張り付く彼が次々にボールを打ち込み、激しく攻め立てている。

 その動きを見て悠介は敢えて緩い打球を打ち、緩急を生み出して、リョーマの攻撃が決まる確率を少しでも上げようとしていたようだ。

 

 観客同様、コート内でも表情が変わっている。

 特に顕著なのが神尾アキラ。というより、彼しか変わっていない。無表情で冷静さを保っているように見える深司とは裏腹に悔しさを隠せていなかった。

 

「どういうわけかあのペアをずいぶん意識してるみたいだ。感情が隠せていないぞ」

「うん。悠介が上手く気を削いでる」

「こりゃー捕まえちゃったかな?」

 

 不二がにこりと微笑む一方、菊丸が楽しげに笑う。

 彼らの予想通り、試合展開は一方的とすら思えるほど青学有利のまま変わらなかった。

 

 攻撃一辺倒、しかしだからこそ強い、とも言いたげなリョーマのプレーは的確に、大胆に、連続して点を奪っていく。そのサポートに回る悠介は攻め気で駆け回る神尾を上手くいなして、深司にフォローを強いることに成功していた。

 流れは掴んだ。そして掴まれた。その事実はコート上の全員が理解していたことだろう。

 このままではいけない。そう思うのは至極当然だ。

 

 ポーカーフェイスの深司とは真逆の、焦りを顔に出す神尾。

 試合のテンポは早くなるがプレーが先読みしやすくなっている。

 プレーが止まる度、多かれ少なかれ悠介がリョーマへ話しかけて、気持ちを高めさせたままコントロールしているのに対し、不動峰ペアに会話はない。

 

「吸収したものを上手く吐き出せるようになったな」

「ね。急上昇」

「元々ポテンシャル高かったもんなー。ヘタレは相変わらずのくせに生意気~」

「越前の影響は大きいだろう。あの大会もいい結果に繋がったな。今の宮瀬には自信がある」

 

 ロブやドロップを積極的に織り交ぜてプレーのリズムを変え、リョーマの攻めを後押しする。

 そうした印象を与え続けたせいか、突然悠介が強くボールを打ち返し、体を狙った。負けん気の強さでネットプレーが多くなっていた神尾は驚愕して、咄嗟にラケットで体を守ってボールを返したものの、その返球はあまりにお粗末なもの。

 待ち構えていたリョーマがすかさずスマッシュを打ち込み、鮮やかに得点する。

 

 嬉しそうに呟く大石は、ゲームを動かしているだろう悠介を見ていた。プレーの切れ間に積極的にパートナーと会話する様はまるで“黄金(ゴールデン)ペア”のよう。

 吸収したものをコート上で出す。確かに彼の出来はこれまでと段違いに良い。

 

「本当、頼りになる奴だよ」

「うん。コートで並ぶとよくわかるよ。あの安心感、前とは全然違うものだね」

 

 大石に同意して河村が声をかける。

 地区予選二戦目、悠介とペアを組んだ河村は想像以上のプレーをやり切れた。結果は上々。彼に導かれた結果だと信じているのだ。

 彼ら同様に余裕を持ち、ベンチに座るスミレもまた穏やかに微笑んでいた。

 

「いい調子だね。予選前に化けてくれてよかった」

「ええ。しかし油断はできません」

 

 スミレの隣に居る手塚が呟き、彼女の視線が動いた。

 

「優勢なくらいじゃ志は変わらないね。何か不安でも?」

「不安というほどではありませんが、少し嫌な予感が」

「ほう。現役選手じゃなきゃわからない感覚かねぇ」

 

 普段と変わらず表情は厳しいとさえ思えるほど無。唯一優勢な戦況を喜んでいない。何も思わないわけではないだろうが一際警戒心が強かったようだ。

 眼光鋭く、手塚が捉えていたのは伊武深司だ。

 無表情で感情を見せず、淡々と動いている印象の彼に何かよからぬものを感じる。

 

「宮瀬は実戦で化けました。自分より強い選手を見て触発されたからでしょう。そういう選手は、あいつだけではありませんよ」

「なるほどね。次は追う側じゃなく追われる側か」

 

 ゲームカウントは3-0。

 圧倒的な戦況に会場が湧く中、悠介とリョーマは笑顔で軽くハイタッチをした。

 

 

 

 コートチェンジの合間にベンチへ戻り、神尾は苛立ちを隠せない様子で荒々しくベンチに座る。

 よく走っている割には疲れていない。それなのに気疲れしているのも確かで、いつもならば対戦相手にとって非常に厄介な武器になるはずのダッシュが不発に終わる場面が多く、少しずつ、だが確実に調子を崩されつつあった。

 ドリンクを受け取り、タオルで汗を拭って、彼は荒れ狂う感情を隠せずにいた。

 

「クソっ! リズムに乗れねぇ……!」

「落ち着けよアキラ。先取こそされてるけどまだこれからだろ」

「無暗に走らないでよく相手を見ろ。お前、多分考えてること読まれてるぞ」

 

 仲間たちが声をかけてくる。

 頭ではわかっているが、胸の内に広がるむしゃくしゃは抑えられない。

 もはや試合外での因縁など頭の中から抜け出ていた。それはそれ、試合は試合。今、彼が腹を立てるのは圧倒されている現状についてだった。

 

 絶対に勝てない相手だなどとは思わない。確かにリョーマの攻撃は一年という事実も合わせて恐ろしささえ感じるものの、今まで見たことがないほど衝撃的なプレーではない。

 ならばなぜ点を取れないのか。ゲームをコントロールされているからに他ならなかった。

 

 部長の桔平が、並んで座る神尾と深司の前にしゃがんで顔を見る。

 真剣な視線に気付いて二人は彼の言葉を待った。

 

「お前たちのリズムじゃないな」

 

 予想していたとはいえ、神尾がきょとんとしてしまう。何かがおかしいと感じる反面、ある程度は自分のリズムを保てていると考えていたのかもしれない。

 驚く彼とは裏腹に、深司は冷静にドリンクを口にしていた。

 

「上手くあしらわれてるんだ。おそらくお前たちのプレースタイルを知った上で、勢いに乗れないように気勢を削がれている。特に神尾、お前は顔に出やすいからな」

「うぐっ⁉ す、すいません……」

「気にするな。それが悪いってわけじゃない。気持ちを前面に出してプレーするのはお前の強みでいいところだろ?」

 

 桔平に笑いかけられて、取り乱しかけた神尾の顔色が変わった。

 焦りを抜いて落ち着きを取り戻す。簡単なことではないが言葉で後押ししようとしたのだろう。効果が覿面であることは部員たちから見ても明らかであった。

 一方、深司はぴくりとも反応せず、桔平を見ているのかすらわからない顔でボケっとしている。

 

「いい1年だが、後衛の2年が制御してるんだろうな。こまめに声をかけてるし、プレーが冷静で嫌なとこを突いてくる。お前のリズムが狂わされてるのもあいつのせいだろう」

「ですよね! あの野郎っ、嫌みなところばっか狙ってきやがって……!」

「そう熱くなるな。確かにクレバーだが、まだお前たちの本当の実力を見せられたわけじゃない。まずは試合の流れを掴むために――」

 

 話している途中で桔平が気付いた。

 深司が気の抜けた顔で中空を眺めている。話を聞いている様子には見えない。

 

「深司? どうかしたか?」

「え? あぁ、いえ……別になんでも」

「おい、しっかりしろよ。気ィ抜いてんな。言っとくけど諦める展開なんかじゃ全然ねぇからな」

 

 気になる態度だった。神尾はやはり気が急いているのかすかさず忠告するのだが、コートの外から冷静に見ていた部員たちは気付いている。

 今日の深司は何かがおかしい。その変化はあまりに顕著だ。

 

「今日……ぼやいてないな」

「ああ。カウント先行されてて、しかも相手1年なのに」

「なんか、普通じゃない」

「静か過ぎるくらい静かだな……」

 

 心配になってしまうくらい気の抜けた態度。そういえば座る姿勢もやけに脱力している。いつもの癖が見えないのが何よりも奇妙だった。

 おかしいと理解しているが彼は気難しい。改善する方法は定かではなかった。

 桔平は不意に険しい表情をするが、今は多くを言えないと判断してアドバイスに注力する。

 

「とにかく、あの1年が目立っているのは確かだが試合を動かしているのは2年の宮瀬だ。わざわざ相手の思惑に乗ってやることはない。まずは冷静になって自分たちのリズムを整えろ。点を取ることよりラリーに集中して、反撃のチャンスを窺うのはそれからでいい」

「ふう、そうっスね。わかりました。焦り過ぎてたかもしれねぇ……おい深司、平気か?」

 

 神尾に声をかけられて、声を出さずに深司は頷いて返事をする。

 普段と様子が違うのが気掛かりではあるが、彼の場合は油断など万が一にもあり得ないだろう。練習の中の出来事とはいえ、部内No.1の強さを誇る桔平に最も食い下がった男なのだ。今の状態が本領発揮だとは到底思えない。

 

 悔しいが不利なことは認めよう。この状況を打開しなければならない。そのためには多少の時間を使ってでも流れを変える、そういう思考に切り替わったようだ。

 神尾の表情が変化し、つい数秒前と比べても集中力が増していた。

 

「ようやく参加できた公式戦だぞ。難しいことは置いといて、お前ら、もっと楽しんでこい」

「うっし……! やってやりますよ!」

「よぉーし行けアキラ! 思いっきりやってやれ!」

「飛ばし過ぎて途中でへばんなよ!」

「へばるか! 俺が!」

 

 橘の激励を受けてテンションが上がり、やる気は十分。仲間たちに背中を叩かれて鼓舞された神尾は意気揚々とコートへ戻っていく。

 一方、部員の声が聞こえているのかいないのか、徹底して返事の一つさえしない深司は静かなままベンチを離れていった。

 見送った直後、異様な雰囲に不安を隠せず、部員たちは心配そうに桔平へ尋ねる。

 

「深司のやつ、大丈夫ですかね?」

「ビビってるとかじゃないと思いますけど、気難しい奴だから……」

「心配いらねーよ。あいつはあれで集中してるんだ。あとはいつ爆発するか」

 

 コートに入って深司がふうと息を吐き出す。

 疲れているわけではない。だが正常な状態でもなかった。

 鬱々とした感情が胸の中で渦巻いており、自らの意思ではどうすることもできない。吐き出す方法を知っているはずなのだが、意識的にか無意識的にか、今日は限界まで溜め込もうとしているかのようであった。

 

 神尾が声をかけるのだが相変わらず返事はなく、かといって無視しているわけでもない。ただ声を出さないだけですぐに反応を見せるのだ。

 普段とは異なる不気味さを感じさせながら、深司はぼんやり突っ立っていた。

 

 プレーが再開される。

 変わらずリョーマが嬉々として前に駆けてきて、悠介は後衛としてサポートに努めた。

 展開を遅くしてでも自分たちのリズムを取り戻そうとする神尾は、これまでとは違って落ち着いてラリーをしようとしていた。変化は悟ったが、だからこそリョーマが攻め立てる。

 

 作戦を変更したところで勢いは変えられない。それどころか甘さを見せたとさえ思った。

 さらに調子に乗るリョーマの怒涛の攻撃が彼らを翻弄し、あっという間にポイントを重ねる。

 

「ゲーム青学! 4-0!」

「……いいなぁ」

 

 突然深司がぽつりと呟いた。

 思うようにいかない試合展開に神尾が悔しそうな顔をしていたのだが、その呟きを聞いてふと視線を上げて表情が変わる。

 

 彼が見ていたのは生き生きとプレーするリョーマと、そんな彼を笑顔で見守り、時折声をかけ、或いは冗談であろうとも帽子の上から頭を撫でる悠介の姿。

 微笑ましい、眩しいとさえ感じるような、理想的な先輩と後輩の関係だ。

 深司はその姿から片時も目を逸らさずにじっと見つめている。

 

「恵まれた環境。まともな顧問。優しい先輩。いいよね、ああいうの」

「あ? なんだよ、急に。黙ってたのに喋り出したかと思ったら」

「なんだよ……1年はもっと苦労すべきだろ」

 

 明確に声色が変わった。

 大きな変化に気付いた神尾はハッとして、目を丸くして深司を見る。

 どうやらこれが本領発揮らしい。

 そう悟った神尾はにやりと笑うのだが、その直後、彼の体から噴き出すオーラに驚愕した。

 

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