テニスの王子様の言うとおりっ   作:ヘビとマングース

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53 “調和のオーラ”

 日曜日の練習は参加が自由化されている。

 サボりたいならサボればいい。ただし嘘はつかずに理由は自分の口から報告すること。自分の生き方くらい自分で決めな。

 顧問の竜崎先生が決めた鉄の掟は徹底されている。

 

 自分の意思で決めて、自分で行動することができるならどう過ごすかは問わない。どんな理由でも休んだところで特にペナルティはないし、部員全員が部活に参加するのは当たり前っていう概念を嫌がったのか、それとも生徒の自由意志を尊重してなのか、青学全体で見ても異質なルールだ。

 ほとんどの部員は休まない。レギュラーになりたいって気持ちが強い奴が多くて、休んでる暇なんかあるかって感じの気の強い奴が多いから。別にいいよって言われても周りに影響される人も多いわけで、結局はほぼ全員が毎回参加してる。

 

 よっぽどの用事があるならともかく、少しでも上手くなるために参加するのが当たり前。

 かくいう俺もそうで、今まで休んだことは一度もない。

 頻繁に休むのはデータ班くらいだ。偵察やデータ整理なんかでレギュラーをサポートするために練習を後回しにすることがあって、マネージャー業務とはまた別に、乾先輩をリーダーにして他校の選手のデータを管理してる。

 

「バビュン」

 

 その日、俺は初めて日曜の部活を休んだ。

 理由は人に会うためだ。

 もっと強くなりたい。だけど、このまま部活の中だけで頑張っててもこれ以上の結果が出せない気がして、今までとは違う刺激が必要なんじゃないかって思ったからだ。

 

「どうした悠介。撃たないと点は取れないぞ」

「仁王さん……俺はオーラについて聞きたかったんですけど」

 

 頼った相手は、ちょっとどうかと思いながらも、いつの間にかスマホに連絡先が登録されていた立海大付属中の仁王(におう)雅治(まさはる)さん。

 多分ストリートダブルス大会の時だろう。最後なんて俺は気絶してたから勝手に入れられたんだと思う。いきなり連絡が来た時はそりゃ当然驚いた。でも相手が相手なせいか、不思議と納得できたのも事実。

 

 もちろん最初はビビったけど、せっかく繋がりができたんだから利用しない手はない。

 現状、オーラを使えるってわかってて、詳しい話を聞けるのはこの人だけ。

 うちの先輩に相談することも考えた。でも今は新しい影響が欲しい。優しいあの人たちのことだから真剣に考えてくれることはわかってて、そこから離れることを試してみたかった。

 

 仁王さんは読めない相手だ。近付くことが良いことか悪いことかはわからない。

 親しくすると相手に情報を流してしまう恐れはあるけど、はっきり言って立海は乾先輩と同等のデータテニスの使い手が居る。青学の詳細なデータはすでに取られているだろうし、俺と仁王さんがちょっと関わったくらいは大した問題にはならない。

 ただ、俺にコントロールできるような相手じゃないのはやっぱり確かで。

 出会ったのはいいものの、俺は振り回されるばっかりだった。

 

 こっちから連絡して、そのままやり取りできればよかったのに会いに行くと言われて、申し訳ないですって丁重にお断りしたのに仁王さんが来た今日。わざわざ神奈川から東京まで来てくれたのは嬉しいけど、俺たちがしたことと言えば、テニスとは全く関係ないことばっかりだった。

 駅近くのデパートを上から下までぶらぶらして。

 チェーン店のうどん屋に入って食事して(奢ってもらった)。

 今はゲームセンターに立ち寄って、古いタイプの銃を撃つゲームでゾンビを撃ちまくっている。何やってんだろうと思う俺とは違って、仁王さんは正確にゾンビの頭を撃ち抜いていた。

 

「ゾンビを可愛いって思うタイプ? そりゃ撃てねぇよな」

「違いますよ。正直戸惑ってるんです。相談しようと思ったら全然関係ないとこ来て……」

「昔から言うだろ。悩んだ時はゾンビを撃て」

「言いませんよ。誰の格言ですか」

 

 適当なのか、煙に巻かれてるのか……。

 根気よく付き合ったところで相談に乗ってくれるのかも定かじゃないし、正直まいった。来てくれたのは嬉しいけどまさかこんな流れになるとは。

 

 ただのゲームとはいえ、なぜか慣れてる感じで銃を使う仁王さんは碌に狙いもしないでどんどんゾンビの頭を撃ち抜いてる。単なるゲーム好きとは思えないのは俺の偏見のせいだろうか? 日常的に本物を撃ってるとかじゃないよな?

 両手でちゃんと構えるのすらやめて片手で撃ちまくってる。まあ、ゲームとしてはそっちの方が素人感が出てほっとするんだけど、執拗に心臓の辺りを撃ち始めたのが怖い。

 

「名前、付けたんだろ?」

 

 かと思ったら唐突に本題だ。

 びっくりはしたけどこのチャンスは逃せない。慌てて頷いて返事をする。

 

「はい」

「もっと自信持ったらどうだ? 名付けは意味と力を与える。何になるのか、何をするか、そりゃお前次第ぜよ」

 

 アドバイス、なんだろう。

 俺に聞かないで自分で考えろってことか。

 でも、名付けは意味と力を与える。俺のオーラには、財前君が付けてくれた名前がある。もうすでに俺のオーラには力が備わってるんだ。

 

「俺は“道化師”。お前は?」

「……“調和”」

 

 答えていいものかわからなかったけど、こっちから聞いてるんだし、どうせ知られる。

 素直に答えると仁王さんは楽しそうに笑った。

 

「ちなみに俺のは達人(マスター)が考えた。フラフラしているお前にはぴったりなんだと」

「はあ……」

 

 名前があることの意味を深く考えた方がいいのかもしれない。

 調和。財前君がこの名前を付けたのには適当じゃなくて意味がある。

 その意味がどんなものなのか、決めるのは仁王さんじゃなくて、俺なんだ。

 

「せっかく来たんだ。一度だけチャンスをやろうか?」

 

 また唐突な提案。当然、頷かないわけがない。

 

「ほら、構えろよ。お前は“調和”するんだろ? 俺から主導権を奪って上手く使ってみろ」

 

 そう言った途端、仁王さんの体からオーラが出てきた。俺のとは色も輝きも迫力も違う。明らかに強さが違うことが見ただけで伝わる。

 せっかくラケットを持ってきたけど、使う予定がなさそうだ。そんなことはそれだけで一瞬でどうでもよくなった。

 

 強く意識して、俺もオーラを出す。仁王さんと繋がる。

 やってるのは古いゾンビ撃ちゲームだけど別に問題ない。

 オーラが混ざって、仁王さんをなんとなく理解する。反面、俺が飲み込まれそうになった。

 

「“調和”だ。お前の名前をもう忘れたのか? ほら気張れよ」

 

 目の前がチカチカする。初めての感覚。でも悪いものじゃない。

 よくわからない人だと思ってたのに、なぜか仁王さんのことをわかった気になっていた。

 俺は多分、この時初めて自分のオーラについて理解した。

 

 

 

 ジャージの上下を脱いで半袖半ズボンになった。

 深司が珍しいほどに大汗を掻いている。確かにテクニックに優れて無駄のない試合展開を好むため走り回る場面は少なく、スタミナに欠ける印象がある男だが、だからこそ自分の体力を管理する術に長けていて、試合が長引いても平然としていることが大半だった。

 試合の決め時を理解しており、ゲームを作るのが上手い。そんな彼が自分を見失い、らしくもなく垂れ落ちるほど汗を掻いているのは異常だった。

 

 ゲームカウントは4-3。深司の覚醒をきっかけにゲームの流れは変わっている。彼のオーラが明らかな脅威となって、攻勢に出た神尾が隙をついて次々に得点しているのだ。

 深司が注意を引き、神尾が隙をついて決める。ダブルスとして機能し始めた。

 調子を上げる彼らは嬉々としていたが、静かに、だが確実に蝕まれる深司を心配してもいる。

 

「おい深司、お前大丈夫なのか?」

「何が? 今話しかけないでよ。せっかく楽しくなってきたのに」

「楽しい、のか? いつもより口悪ィくせに……」

「あーしんど。なのに変だな。ふわふわして、妙に体が動くや。気持ちいい」

 

 コートを出れば跡形もなく消えるが、コートに入った途端にオーラが噴出する。

 雰囲気は重く、俯きがちとはいえまだ幾ばくかの余裕があり、ますます迫力を増していた。深司の存在感は観客にも認められ、会場の空気が一変している。

 彼らに声援を送る人間は少なくない。無名校が優勝候補の青学を倒すというジャイアントキリングを期待する者が増えていたようだ。

 

「まだだ、まだいける……もっと使える」

 

 ぶつぶつぼやき続けているものの、先程までと比べれば不満や愚痴ばかりというわけではなく、少しずつではあるが前向きな言葉が増えている。

 まだ進化の途中なのか。些細なこととはいえ、普段の彼を知ればこそ、底知れぬ可能性を感じさせる瞬間。神尾はぞっとして、同時に悔しさも覚えていた。

 

 コートに入る寸前、彼らを見ながら悠介は隣に居るリョーマへ声をかけた。

 深司のオーラによって数度ラケットを弾かれた。腕に影響を与えられたのは確かだが、後遺症のような違和感はない。意外にもクリーンな能力らしいと悟っている。

 

「そろそろいいだろ」

「決めに行く?」

「うん。ここからは一気に攻めるぞ。もう好きにやっていいから」

「了解っス」

 

 悠介が腕を伸ばして拳を突き出すと、応えたリョーマが自身の拳をこつんと合わせた。

 瞬間、悠介の体から現れたオーラが二人の体を包み込み、ラインを繋いで穏やかに流れる。

 深司のみならず、新たなオーラの登場に観衆の多くがどよめき、目を奪われる。まさかと思う光景であると同時に不思議と期待してしまうシチュエーションだった。

 ざわめく会場で平然と立ち、二人は言葉を交わさずに意思や思考を一つにした。

 

 悠介がボールを持ち、サーブをする寸前、深司に視線を向ける。

 彼の打球は全て自分が打ち返すつもりだった。策ならばある。リョーマにはすでに伝えていて、負けるつもりなど微塵もない。

 

 サーブを打ち込み、レシーバーの神尾が打ってゲームが動き出す。彼もまた驚いていたようだが油断している場合などなく、表情を引き締め直してすぐに対応した。

 さあ、どう来るのか。観客が注目する一瞬だ。

 リョーマが深司の前を狙って打ち、オーラ対オーラという状況に多くの人が声を漏らす。

 

「そんなのもできるんだ。いいよなぁ。なんでも持ってて……」

 

 ぼやく深司がボールを打ち、オーラを纏ってネットを越えてくる。

 狙った通り、迎えたのは悠介だ。正面から打ち返して、ボールを覆っていたオーラが一瞬にして悠介の腕へ移る。

 

 何が違うのか。何も変わらないのか。観客が緊張する一瞬、人々は目を凝らして、その光景を確かに見た。

 腕を覆っていた深司のオーラが、悠介が発するそれに混ざって消えていく。

 何が起きたのかを理解できないまま、表情を歪めた深司がフルスイングで打球を返した。

 

「めんどくさいなぁ……でもこれで終わりでしょ」

 

 狙われたのは悠介だった。二打目を彼に打たせようとする。

 そうした意思を知っていながら、敢えて逃げずに悠介が打った。

 その時にようやく彼の力を理解する。先程までのようにラケットが弾かれることはなく、腕が麻痺した様子も見られない。

 平然とボールが返ってきたことで深司と神尾は声すら出せずに驚愕する。

 

 オーラが混ざって一体化した末、無効化したのだ。確実に続けて二度打ったというのに、深司のオーラによる影響が微塵も見られない。

 これまで同様、或いはそれ以上のスピードで打球が飛ぶ。

 

 偶然か、はたまたそれを狙ってか、正面にボールが来たため驚きながらも深司が打ち返す。

 今度はもう待たない。すかさずリョーマが飛びつきフルスイング。スマッシュ気味に打ち込んだパワーショットが豪快に決められた。

 あっという間の得点に、会場の空気はまたしても一変する。

 

 予想通りの展開であった。“調和”は相手のオーラを無効化することができるらしい。

 リョーマが振り返り、悠介へ素っ気なく声をかけた。

 

「やるじゃん」

「お、珍しい。どうも」

 

 空気が変わるのを感じていた。

 そして、この展開が彼らの想定通りなのだと理解する。

 オーラの使用のタイミングを見計らい、深司の疲弊を待って、さらに彼らの主力と化していた二打必殺のオーラを無効化してみせた。まさかもう通用しないのでは。不安がよぎっただけでも彼らに与えられた影響は大きい。

 

 緊張感が高まる中、悠介とリョーマだけが平然としている。堂々として、余裕を感じて、作戦により試合の主導権を握った。

 敢えて得点させたのではないかとさえ思い、怒りを覚えると同時にぞっとする。

 

「くそっ……! あいつら、わざとかっ」

「落ち着いたら? 別に、一回成功してるくらいで勝てるわけじゃないじゃん」

 

 おそらく予想した通りの展開なのだろう。神尾は思わず苛立ちを見せて焦りを隠せないのだが、対照的に深司は落ち着き払っていた。

 いつにも増して集中しており、テニスに没頭している。相手がどんなプレーをしようとも自分なりのプレーはすでに見つけていて、迷いは一切ない。

 青黒いオーラは意志に応じて厚みを増し、今もなお進化しようとしていた。

 

「このままじゃ終わらせない……」

「お、おう。そうだな。やってやるぞ!」

 

 深司の発言と凄みを増すオーラで強引に気分を変えさせた。

 気を取り直した神尾が表情を引き締め直し、今までにも増して攻撃しようと決意する。

 その一方、ここから決着までは早い。自然にそう感じ取っていた。

 

 再びサーブでゲームが動き出す。

 プレー中だが、目覚めたばかりのオーラを使った正攻法はほぼ決まっている。だからこそ定石を覆す発想が、奇襲が必要だと考えていた。攻め込み始めたきっかけは神尾だった。

 素早くネットプレーに出て最速で決めに行く。

 

「リズムにHigh(ハイ)!」

 

 奇襲を仕掛けたつもりだった。しかしまるでその行動を読んでいたかのように、一瞬にして視界に飛び込んでくるリョーマがダイレクトに打球を捉える。

 息つく暇もなく打ち返して、その展開を予想できずに驚愕する神尾の傍を通り抜け、異常な回転をかけられたボールが地面に触れた。

 ぎゅっと沈み込むような一瞬。本来とは逆の方向に跳ね上がる。

 

 少なからず予想できていたのだろうか。深司が冷静に反応した。

 無効化されたらしいことは理解している。しかし本当にそれで攻略したつもりなのか。オーラを強めて対応しようとして、ボールは確かに濃密なオーラで覆われた。

 二打必殺は間違えていない。どんな相手にでも通用させてみせるという強い意思が込められた。

 

 攻めるつもりで悠介を狙ったが、即座に踵を返したリョーマがボールに追いつく。

 明らかに速く、神尾を置き去りにして、深司が反応できない。

 どちらも手が届かず、あっという間に得点して、観客が声を抑えられなかった。

 

 二打必殺ならば、二打目を打たないよう一打目で決めてしまえばいい。単純な思考である。だが単純ながら実行できてしまえばこれ以上ない作戦であろう。

 我慢してゲームを取られたフラストレーションが一気に爆発していたようだ。得意かつ最大の武器と言えるネットプレーで誰しもの予想を裏切っていた。

 思うように試合が進められない、ストレスが溜まる展開。

 やる気になっていたところへ勢いを殺す速攻。ほんの1プレーで気勢が折られる。

 

 流れが変わった瞬間が目に見えて伝わる。

 洗練されていく彼らのオーラに、神尾と深司は言葉を発することができなくなってしまった。

 

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