淀みなく流れるオーラが輝きを増していく。
コンビネーションが高まり、連携の完成度が見るからに高まっていった。
すでに常人には次の展開を予想することすらできなくなって、試合は一方的な展開になる。
腕に纏わりつく青黒いオーラは“調和”され、無力となって消えてしまい、スイングは二度三度と繰り返しても何ら影響はない。
攻勢に出るリョーマは自らがイメージする通り、そしてパートナーである悠介が想像する通り、次から次に特殊な技を繰り出して華麗に得点していた。
地面に触れるとバウンドせずに転がる“つばめ返し”。
大きなカーブを描いて飛ぶ“スネイク”。
相手の頭上を越える“ムーンボレー”。
着地と同時に逆回転でネットに向かって転がる“零式ドロップ”。
菊丸が得意とする“アクロバティックボレー”やパワーに秀でる河村の必殺“漢球”。それらを順番やタイミングなど読ませない組み合わせで次々に披露している。
息が詰まるような、息苦しさを感じるプレー内容。
思うようにできていないという自覚はあって、深司と神尾は表情を曇らせていた。
順風満帆に何も考えずに、ただ感じるままに動いているように見えるリョーマだが、その内容はひとえに後方に悠介が居るせいだった。
サポートに徹している様子に見えただろう。しかしその実、ゲームを支配していたのが彼だ。
これまでに吸収した物を自分なりに組み合わせて放出する。悠介のプレースタイルは今になって完成されたと言っていい。
縦横無尽に駆け回って得点するリョーマの姿がまるで証明するかのようである。
乾の“データテニス”によって相手の情報を収集して、跡部の“
それでいて自分の行動を読ませないため、習得している技を規則性を感じさせずに使用し、前後左右に相手を振り回す。それどころか、己が持つ全ての技はオーラを利用してリョーマに使わせ、今の彼らにできないことはないのではないかとさえ錯覚させていた。
大胆不敵にして変幻自在。それ故に対峙した敵はまるで糸で操られるマリオネットのよう。
一時は敵にゲームを取られたものの、今となってはあまりに圧倒的な強者。
連続して、反撃を許さず一方的に点を取っていく悠介とリョーマは、集まっている観客のほとんどから畏怖の感情を集めていた。
驚愕に満ちた静寂の中で、ついに深司の足が止まる。
「おいっ、何やって……深司?」
らしくもない大汗を掻いて俯き、ぜーぜーと激しく呼吸を乱している。気付いた時にはすでに異彩を放つ青黒いオーラが跡形もなく消えていた。
間違いなく限界が来たのだ。おそらくそれ以上は使えない。或いは、自分が倒れることを覚悟すれば使えるかもしれないだろう。
「同程度の上下回転のショットを交互に打つことにより、筋肉が縮み上がってほんの一瞬とはいえマヒする現象があるらしい。“スポット”というそうだ」
ノートにペンを走らせる乾がぽつりと呟いた。
青学テニス部のレギュラー陣や、彼らが座るベンチのすぐ傍に立っていた部員たちが一様に耳を傾けて解説を聞こうとする。
眼鏡をかけていてわからないとはいえ、どうやら深司の姿を見ていたようだ。
「どうやらあのオーラは“スポット”を引き起こす効果があるようだ。ボールに触れた人間の腕に負荷を与え、数度上下の回転を受けた状態にするんだろう。トップスピンとスライス、ほんの二打で強制的に“スポット”に陥らせる」
「でも先輩、宮瀬がオーラ出してからは全く効いてないみたいっすよ」
「それが“調和のオーラ”ということだろう。単に無効化しただけなのか、それとも相手のオーラを喰ってしまう力なのか。どちらにせよ、少なくともこの組み合わせでオーラ同士の勝負になればあいつに分があるらしい」
桃城が提示した疑問に乾が即座に答えた。
淡々とした様子に見えるがわくわくしながらノートにペンを走らせており、思考は目まぐるしく動いている。滅多に見られない試合内容にいつになく上機嫌であった。
「味方はもちろん、敵に対しても“調和”を求めるか。らしいと言えばらしい」
「人懐っこいからね」
「いや強制してるんなら関係なくない?」
にこにこして上機嫌そうな不二の隣で菊丸が呆れている。
乾はデータ収集で忙しく、しかし楽しそうである。
あっけらかんとして緊張感のない先輩たちに、苦笑して呆れこそするのだが、微塵も取り乱さない様子が頼もしいと桃城は感じていた。
これほどの試合展開を誰が予想しただろう。
深司の覚醒は完全に予想外。さらに、まるでそれを封殺するかのような悠介のオーラ。プレーの内容はかつての彼とは違っていて、一つの到達点を目の当たりにした気になる。
一度ノッてしまえばともはやその勢いは止めようがない。悠介が主導権を握り、リョーマが呼応して怒涛の攻めを見せた。
負けん気の強さでどうにか反抗しようとした二人だが、ちょっとやそっとの気合いや技術では押しのけられず、試合は瞬く間に終盤へ近付く。
体力の限界を迎えて深司の足が止まった時、すでに雌雄は決していたのであろう。
神尾が必死に走り続けていたとはいえ、一人で勝てる相手ではなかった。
「ゲームセット! ウォンバイ青学! ゲームカウント6-3!」
終わってみればカウント以上に衝撃の強い内容だった。
愕然として、天を仰ぐ神尾と俯く深司の姿に対し、悠介とリョーマは当然と言わんばかりの余裕を湛えて立っていた。
フラフラになった深司に肩を貸して、神尾がベンチへ戻ってくる。
一時は盛り返して勝てるかと思ったが、体力切れを待って一気に流れを持っていかれた。卑怯だと考える者が居たかもしれない。しかし仮に深司が疲れるのを待たずとも、強引に攻め切って負けていたかもしれない。そう思わされるだけのプレーを見せられていた。
神尾と深司の表情は暗く、彼らを迎える不動峰の部員たちは声をかけられずにいた。
地区予選において青学は優勝候補、というより優勝して当然。同じ地区の学校に負けるはずがないとさえ目される存在だった。
強いことは対戦する前からわかっていたはずだ。だがいざ自分たちが対戦してその実力を確認してみると、衝撃を覚えずにはいられない。
ベンチに座り、深司は俯いた状態で荒く呼吸していて、声を発する余裕さえなかった。
静まり返る状況下で空気を変えることができるのは一人しか居ない。
みんなが期待した時、応えるつもりかそうでないのか、部長の桔平が口を開いた。
「大したものだな。流石は青学」
まず最初に口から出たのは相手への称賛だった。仲間を慰めるわけでも気遣うでもなく、対戦相手が強いという事実を楽しむかのように笑っている。
まさかの態度に部員たちは呆気に取られた。しかし、これまで彼についてきて後悔したことなど一度もない。その笑顔に安心感さえ覚える。
「青学はシングルスが強いって噂だったが、まさかダブルス2がこれほどとは。相手が強ければ強いほど倒し甲斐があるってもんだろう。違うか?」
問いかけられるとそれだけで空気が変わる。
部内でも実力者の二人が敗北したことで動揺していたが、信頼する桔平が声をかけるだけで部員たちは安堵した顔になり、試合が始まる前と同様のやる気を見せた。
彼を信じて動けば間違いない。
彼らの態度は何よりもそう物語っていた。
「深司と神尾のプレーに問題はなかった。今回は相手が上手だったと認めざるを得ない」
「橘さん、俺はっ、俺たちは……!」
「落ち着けよ。ここはまだ初戦だろ? 俺たちが目指すのは全国だ。青学が勝ち続ける限り、リベンジのチャンスは絶対にある」
悔しさを隠せなかった神尾を制止して桔平が優しい声色で語る。それでいて常人とは思えない覇気を感じさせるため、話を聞かずにはいられない。
この展開を予想できていたのかもしれない。それくらい桔平は動じていなかった。
「お前らだって勝てない相手だとは思ってないんだろ?」
「当然! 俺だって、深司だって……! 次は絶対勝ちますよ!」
「その意気だ。確かに青学は今までの相手が比べ物にならないほど強い。でもお前らだってポイントは奪ってる。絶対に勝てない相手なんかじゃないんだ」
拳を握る姿に勇気をもらえた。
明らかに顔つきが変わった不動峰の面々は決意を新たに力強く頷く。
「狙うんだろ、全国。俺たちは常に挑戦者だ。下向いてる暇なんかないぞ」
「はいっ!」
「そのためにも次が肝心だ。深司と神尾がダブルス2で負けるのは確かに予想外だった。だけど間違いなく得たものはある。切り替えろよ。ダブルス1は相変わらず青学“
すでに準備を終えている二人が、視線を向けられた途端に頷いた。
相手が誰であれ負けるつもりなど毛頭ない。試合をするからには常に勝利を狙っている。たとえ相手が全国大会を経験したペアであっても例外ではなかった。
「石田、腕の調子はどうだ?」
「調整完璧です。万全ですよ。フルパワーで打っても十発は軽いですね」
「あまり無理をするなよ。桜井、フォローしてやってくれ」
「はい! もちろんです!」
「俺はお前たちが“
橘の激励を受けて、
初戦は敗北した。しかしまだたったの一戦。勝敗を決めるほどの結果などではない。
士気が向上し、彼らは次の試合に向けての戦意を意識的に高めていた。
彼らの会話を聞きながら、深司は俯いた状態で動かなかった。大汗を掻いて、体は自分で支えられないほど重く感じ、顔を上げることさえ億劫だ。
汗を掻くのは好きではない。しかしいつになくテンションが高くなり、何も考えられないほど必死に駆け回ったのは事実。
深司の小さな呟きは、隣に座っている神尾にしか聞こえていなかった。
「あぁ~……もったいない。勝てる勝負だったのに。もう少しだったはずなのに。あとちょっと、体力さえあれば、あいつを……」
神尾がちらりと視線を向けても反応はない。
それなりの付き合いになるからわかる。誰かに聞かせるために話しているのではなく、自分自身に言い聞かせるためにぼやいているのだ。
深司は今、自分の世界に閉じこもっている。そこで自分に向けて言いつけているに違いない。
「オーラってやつ……消せないくらい強ければ問題なかったんだ。俺の力不足だなぁ。もっと濃く練らなきゃいけなかったんだ。濃く、深く、分厚く……消せないくらい強かったら打ち返せるわけなかったのに」
味方ながらぞくっとする。
暗い目をしてぶつぶつぼやく深司はいつにも増して迫力を増しており、試合が終わった今でも集中力が持続していることがわかる。果たして放っておいていいものか。初めて見る状態であるだけに判断がつかず、神尾は言いようのない恐怖さえ感じていた。
少なくとも、深司が自分の力の象徴、“オーラ”に目覚めたことは間違いない。そしてその力を面白いと感じていて、更なる理解と成長を望んでいる。
それが恐ろしいと同時に悔しくもあって、後れを取った神尾は苛立たしげに舌を打った。
一方、試合を終えた悠介とリョーマを迎えた青学側のベンチは盛り上がっていた。
相手の状態を読み切った試合展開と、オーラを用いて一気に試合の流れを掴んだ様子は、大胆不敵かつ堂々としたプレーだった。
まさかあの宮瀬が、という声は多く、先輩に囲まれてもみくちゃにされた悠介は喜びと困惑が混在しているように見える。苦笑しながら少しだけ抵抗しており、自身は巻き込まれないようにと素早く離れたリョーマが離れて見ていた。
「よくやったぞユースケ! 生意気な!」
「なんですか生意気って。いいじゃないですか、勝ったんだから」
必要以上にぐしゃぐしゃと頭を掻き撫でてくる菊丸に、わずかに抵抗しながらも心底嫌がっている様子ではなく、受け入れているかのような態度で悠介が答えた。
“調和のオーラ”を使った反動で、使用をやめた直後に大汗を掻いて、全身を襲う疲労は普段の比ではない。それでもいくらか慣れた現在、座り込むほど疲れているわけではなくて、あと数度の使用が可能な程度には余力を残している。
部員の歓迎は温かく、よくやった、すごかった、と彼らを褒め称える声ばかり。
悪戯っぽく「調子に乗るな」と笑いながら言ってくる菊丸や、本気で悔しそうな顔をして舌打ちする海堂を除けば、部の役に立てたのだと実感させてくれる状況である。
「面白いデータが取れたよ。カウントを譲って様子を見た甲斐はあったぞ」
「いや、乾先輩のためじゃないですけど……まあ、上手くいってよかったです」
彼を喜ばせるためではなかったのだが、上機嫌そうな乾を見ても珍しく恐ろしいとは思わずに、素直によかったと思える。
続けて、当然と言うかの如く近くに立っていた不二が悠介へ声をかけた。
「思い通りのプレーはできた?」
「はい、大体。伊武君のアレは驚きましたけど、準備してたんでどうにかできました」
「準備って?」
「あーっと……ちょっと知り合いに、オーラについて質問したりとか」
しまった、と明らかに口を滑らせた様子を見せた。
仁王に会ったことは誰にも言っていない。咎められる理由はないはずだ、などと思いながら敢えて黙っていたのは心証が良くないだろうと察していたためだった。しかし試合に勝った喜びと緊張からの解放感で思わず言ってしまう。
素早く反応したのが不二と乾だった。
面白くなりそうだと判断したのは間違いない。その場合は菊丸よりも早いのだ。
「誰に会ったの?」
「立海の仁王か」
「いや……!」
「日曜日だね。珍しく休んで何してるのかと思ったら」
「有用なデータは取れたのか? まさかお前のデータを渡してはいないと思うが」
「別に裏切ったわけじゃなくて、ただ少し話して一緒に遊んでただけですっ」
「悠介……僕の弟子だって言われてるのに、君はいつも色んな人に尻尾を振って。僕は悲しいよ」
「尻軽だな」
「ちょっと⁉ 嫌な言い方しないでくださいよ! 勉強熱心と取ってください!」
つい声を大きくする悠介は、勝利の余韻に浸る暇もなく弁解を始める。自分なりにかなりの手応えを感じた矢先の出来事であり、できることなら今回くらいは許してほしかったと思う。
彼らなりの激励か、それともただ単にからかって楽しんでいるだけなのか。
どちらにせよ悠介は頭を抱えて、勝った喜びすら忘れてしまって深く嘆息した。