テニスの王子様の言うとおりっ   作:ヘビとマングース

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56 不屈

 流石は青学。

 会場のムードはすっかり勝敗が決したかのようになっており、大勢の観客が集まっていようとも今や不動峰に期待する者は居ない。

 そうした空気を感じながら、石田と桜井は決死のプレーを続けていた。

 

 確かに相手は強豪校。恵まれた環境で、協力的な親や生徒たちに助けられて、実のある練習を日夜行っていることだろう。結果は出して当然とさえ考えられている。

 自分たちとは正反対の存在。憎みこそしないが打倒を目指して意識していた相手。だからこそ、反骨心では負けていない。そう思っていた。

 対戦して、挑戦的な態度を見るとそうではないのだと悟る。

 

 駆け回り、飛び跳ね回り、喜色を感じさせながら怒涛の攻めを見せる菊丸。

 何よりも彼の存在だ。彼を止めることは容易ではない。

 スピードで勝る菊丸が的確に、確実に得点していき、ゲーム差は開く一方である。

 

「ゲーム青学! ゲームカウント5-0!」

 

 気付けば一方的な展開。それで当然とでも言いたげな内容だった。

 こうした展開を予想して、状況を左右するほどの必殺技を携えてやってきたはずの石田は波動球を打たせてもらえないままでいる。確かに一度打てば返せない強力な技だが、ならば打たせなければいいとばかり、石田に構えを取らせない。

 圧倒的なスピードとコントロールで矢継ぎ早に攻め続け、不動峰がスローな展開を望もうと簡単には許さず、一方的に封殺していた。

 

 練習やこれまで戦った相手とは何もかもが違い過ぎる。

 これが全国レベルか。

 絶望を思い知る。それでもなお闘志は折れていなかったものの、現実的に考えて今や自分たちの勝利があり得ないことは理解している。

 

「桜井。俺たちがこの試合に勝つ方法は、多分もうない」

「ああ……そうだな」

 

 口火を切ったのは石田だった。

 桜井は神妙なその声を冷静に受け止める。

 

「だがせめて一矢報いたい。勝つのは無理でもせめて1ゲーム……いや、正直言うと俺は、まだ諦めてない。諦め切れない。この試合に勝ちたいと思ってる」

「俺だって同じだ。一発……頼って悪いが、お前の一発さえ決まれば流れは変わるはずなんだ」

 

 消えていないものの、小さくなっていた闘志が再び燃え上がる。

 

「俺はとにかくお前に一発打たせる。全力でサポートして導いてやる。石田、託すぞ!」

「ああ! 俺も、こうなったら手段は選ばない。ここで全力を尽くす」

 

 そう言って腕まくりする石田を見て、桜井はすでに察していた。

 この相手に対して余力を残すなど愚の骨頂。覚悟を決め、危険を承知で戦うしかない。

 石田が不動峰側のベンチへ視線を送ると、部長の桔平もまた察する。

 

「止めたって聞かねぇんだろ……なら止めはしないが、肘だけは壊すんじゃねぇぞ」

 

 了解は得た。あとは実践するのみだ。

 二人の顔つきが変わって、再び脅威を感じさせた。

 彼らを確認した菊丸と大石が異変に気付き、甘く見ずに警戒する。

 

 やることは変わらない。試合の流れを変えるほどの一撃を打たせないことが肝心だ。それ故に二人は警戒した上で、静観しようとはしていない。

 決着をつけるなら自ら攻めなければ。

 プレーが始まると、菊丸はこれまでと変わらず、ネットに接近して構える。

 

 これが最後。

 そう決めたからこそ鬼気迫る勢いだった。

 

 死力を尽くして向かってくる石田と桜井に、菊丸と大石は目を丸くした。

 確実に何か策がある。そう考えずにはいられない勢いだった。何も考えず我武者羅にボールを追いかけているように見えて、打開策が見つかっていなければあの動きはできない。

 

 大胆に動く桜井が、どうやらチャンスを作ろうとしているのは一目見て察した。

 封殺しようと大石が動くものの、今度はたとえ無理だと判断しても諦めず、必死で走る。

 飛び込んだ勢いのまま、豪快に転がりながらも桜井がボールを高く打ち上げた。明らかに得点するための一打を繰り出すチャンス。しかし大石は嫌な予感がして、冷静に見極めようとしていた。

 警戒すべきはやはり石田。彼の一撃を避けたいのは変わらない。

 

 その時、悪寒がした。

 今までにない気迫を感じた大石は初めてのミスをする。といってもそれは、常人から見ればミスとは思われない鋭いストローク。

 触れられない位置へ落とすムーンボレーを放つことが可能だったはずだが、不意に些細なコントロールの変化があったことにより、全力で走った石田が追いついた。

 

「うおおおおおっ――!」

「行けェ! 石田ァ!」

「参式波動球ッ‼」

 

 まるで、巨大な砲弾を放たれたかのような錯覚を見る。

 爆発するかの如く強烈なインパクト。直後には真っすぐ、空気抵抗など一切ないかのようにただひたすらに真っすぐ打球が飛ぶ。

 その軌道はおかしいのではないか、と思う暇すらなく、バウンドすることなく壁に激突した。

 

「あ……アウト!」

 

 審判のコールが一瞬遅れる。

 結果だけを見れば明らかなアウト。コートに触れていないのだから当たり前だ。

 ただ、その一打を見た後では、会場に居た誰もが言葉を失っている。たかがアウトだ、などと揶揄することすらできずに、呆然と見ていることしかできない。

 

 打ち返そうとしていれば、確実にラケットを持っていかれた一撃。触れていたら体が無事では済まなかっただろう。だがそう思って敢えて見逃したわけではない。

 反応できなかったのだ。見えていたはずだが体が動かず、打ち返す構えすら取れなかった。

 

 明らかに必殺。そしてその一瞬だけは、彼は黄金(ゴールデン)ペアを超えていた。

 深く息を吐き出し、石田は庇うように左手で右肘に触れる。

 どうやら、今の彼では打った自分をすら傷つけかねない諸刃の剣であるらしい。だからといってその事実を喜ぶつもりはなく、また油断するつもりもなかった。

 空気が変わったのを感じる。菊丸と大石はどちらからともなく視線を合わせた。

 

「すまない英二。俺の攻めが甘かった」

「うんにゃ、ナイストライ」

「それで、もう言わなくてもわかってると思うけど」

「さっきのあれには要注意。無理に打ち返さずに、次のポイントを取る」

「ああ。それでいい」

 

 多くを言わずとも意思を同じくできた。それこそが黄金(ゴールデン)ペアと呼ばれる所以。

 拳を合わせて、離れる時にはすでに迷いはない。

 一か八か、危険を伴う大技を使っても、揺らいだのはほんの一瞬。この二人は本物だと笑う石田に歩み寄ると、桜井もまた笑みを浮かべた。

 

「嫌になるくらい強いけど……試合、面白いな」

「ああ。上手くいかないのも含めて最高だ」

 

 鬱屈とした日々を忘れさせるほどの興奮、熱狂。

 地区予選で彼らに出会えてよかった。

 彼らは喜び、立ち向かうことを諦めなかった。

 

 

 

 

「石田鉄の兄、石田銀は108の波動球を持っている」

 

 唐突に口を開いた乾に反応し、リョーマは興味がなさそうに呟いた。

 

「そんなにあってどうするんスか」

「どんな状況、どんな姿勢であろうと打てるということだ。パワーテニスに徹した石田銀の実力は現時点で超高校級。ただでさえ一撃必殺なのに、ありとあらゆる状況にパワーで対抗するための術を持っている」

「脳筋っスね」

「だが、波動球を基本にする単純さだからこそ手強い」

 

 プレーは続いている。

 一旦視線を外すことにして、乾はとある一点を指差した。

 

「見てみろ。壁にヒビが入ってる」

「……バカなの?」

「俺もそう思うよ。しかしおそらく石田銀が使うとあんなもんじゃない。今のは“参式”らしいから威力は最低ランクだろうけど、体の出来上がっていない石田鉄でも結果があれだ。さらに体がでかくて筋力があり、波動球を完璧に習得している石田銀なら、壁に穴開けてボール埋めるくらいのことはしたかもな」

 

 本当にテニスの話を聞かされているのか、疑問に思う。

 リョーマはちらりと隣に居る悠介へ視線を送った。

 

「全国ってそんな人ばっかりなの?」

「あー……いや、一部だと思う。流石にそんな人ばっかりじゃないよ。ただ、その石田銀さんでも勝てないかもしれない人も居るけど」

「誰?」

「立海の幸村さんとか。今まで負けたことないらしいよ」

 

 負けん気の強い彼だが、負けたくないなどと思うよりも先に、どうかしているとさえ思える話題に嘆息する。

 いずれ戦うことになるのだろうか。気にはなるものの、今は考えても仕方がない。

 

「そう考えると、先輩のアレって結構地味っスね」

「え、いや、そんなことないだろ。光ってるし……勝ってるんだぞ、実際」

「地味っスね」

「うるさい。やめろ」

 

 試合に意識を戻す。

 主導権を渡すまいと立ち回る黄金(ゴールデン)ペアに対して、石田・桜井ペアは後先を考えずに限界まで力を振り絞って攻めているようだ。

 どちらも気迫に溢れていて凄い。

 結果を出していたとはいえ、これまでシングルスの経験しかなく、つい最近になってダブルスを経験したばかりのリョーマには新鮮な光景だった。

 

「まあでも、悪くないよ」

「え……何? 今褒めた?」

「別に」

 

 素っ気ない返事をして黙る。もう答えるつもりはないらしい。

 突然の褒め言葉に悠介は動揺してしまい、戸惑いを隠せない様子だった。

 

 それからそう時間はかからずに決着がつく。

 熱を感じる勝負に会場はいつしか盛り上がっており、数多の歓声が上がっていた。

 審判が宣言した時、石田と桜井は思わず大の字になって倒れ、菊丸が大石と肩を組んだ。

 

「ゲームセット! ウォンバイ青学! ゲームカウント6-1!」

 

 最後の粘りこそ見せたが、カウントだけを見れば結果的に流石は青学という内容。それでも不動峰の番狂わせを思わず期待し、応援した声は少なくなかった。

 今後の良い経験になっただろうと語る声もある。

 やはり黄金(ゴールデン)ペアは全国区だ。そう評価する声は多く、彼らと対戦し、決勝進出時点で都大会出場を決めている不動峰の今後を期待する観客が増えていたようである。

 

「うっほほーい! 勝ったぞー!」

「いやぁ、いい試合だった。大変だったけどいい経験になったよ」

 

 青学ベンチへ帰ってくる菊丸と大石は笑顔だった。

 少なからず疲れているが、いまだ余裕がある。特に序盤からハイテンションで動き回っていた菊丸は汗を掻いていて、あれ以上長引けば状況が変わり得ただろう。そうした懸念を抱いていた大石は無事に終わってホッとした様子だ。

 

 それ以上に疲弊している石田と桜井はぐったりしていて、自分の足で歩くのさえままならない。そうなるのを覚悟して必死に動き回ったのだ。

 仲間の肩を借りてベンチへ戻り、その様子に観客からは拍手が送られる。

 

 ベンチでは、部長の橘桔平が待っていた。

 戻ってきた二人をすぐに座らせるよう指示して、息を乱す二人を覗き込むように話しかける。

 

「よくやった。あの二人相手にゲームを奪ったのは、今大会じゃお前らだけだ」

「す、すいません……!」

「勝ちたかったんですけど……あぁ、くそっ。もっとやりたかったなぁ……!」

 

 悔しさはある。だが腐ってはいない。

 彼らの様子を見て桔平は笑みを浮かべており、責める気持ちなど毛頭なかった。

 すっくと立ち上がって青学ベンチを見る。

 流石に粒が揃っていて層が厚い。ダブルス2戦を終えて、改めて強さを思い知らされた形だ。

 

「しかし、これで0勝2敗。追い詰められたな。次を落とせば俺たちの負けか」

「すいません橘さん。俺たちが不甲斐ないばっかりに……」

 

 浮かない顔で謝罪する神尾の肩に手を置き、桔平は視線を上げさせた。

 大した問題じゃない。そう言うかのように優しい笑みがある。不思議と彼のそんな態度を見ただけで神尾の表情は変わっていた。

 

「そんな顔するな。お前たちはよくやってるさ」

 

 そう言って、桔平は森が差し出したラケットを受け取る。

 

「俺がなんとか流れを変えてみるさ」

 

 上着を脱いで準備する彼を見ると、不動峰の面々は早くも安堵していた。

 橘さんなら大丈夫。

 強い信頼を一身に浴びて、彼は戦う相手に視線を向けた。

 

「青学は強い。だが俺たちだって本気で全国を目指してるんだ。こんなところでそう簡単に負けてられねぇよな?」

「は、はい! もちろんです!」

「森、内村、気持ちは切らすなよ。俺たちは勝ちに行く。この二人を見習ってな」

「はい!」

 

 士気の向上と維持は十分。桔平の声がけによって部員のモチベーションは保たれた。

 口には出さずとも、もうダメだ、と思ったかもしれない。しかし決してそうは言わせず、まだなんとかなるかもしれないと思わせる。それは部長という立場など関係なく、不動峰では橘桔平にしかできないことだ。

 

 青学ベンチに居た乾は、不動峰ベンチを眺めて雰囲気を察していた。

 どうせ勝てない、と諦めてしまう学校が珍しくない中、彼らは違っている。

 だからこそ自身の采配が生きるのだと確信した。

 

「……備えておいてよかった」

 

 次の試合の準備が進められる中、期待する様子の悠介が笑顔で言う。

 

「先輩。相手の橘さん、“九州二翼”の一人なんですって。楽しめそうですか?」

「そうだね。みんなが本気でやってる姿も見せてもらったし」

 

 悠介に応える不二はにこりと微笑んだ。

 

「今日は本気が出せそうかな」

 

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