テニスの王子様の言うとおりっ   作:ヘビとマングース

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6 おっさんのおせっかい

 序盤はリョーマの一方的な優勢で展開された。

 今日一日とはいえ溜まったストレスを全て吐き出すかの如く、鬱憤を晴らしたくて仕方ないと叫ぶかのように、最初の一球からエンジンは全開。怒涛の猛攻で間髪入れずに攻め続け、多少気が抜けていたとはいえ油断していない悠介が拾えないほどの打球が連続する。

 打てば打つほどに打球は鋭くなり、まだまだ凄みを増す姿に恐怖を覚えたほどだ。

 

 風向きが変わろうとしたのは少しずつだった。一気に状況がひっくり返ることはなく、しかし確実に試合の展開が変わりつつある。

 リョーマが気を使って手を抜いた、というわけではない。まだまだ攻めると決めていた彼が不意に悔しそうな顔をしたことからそれは確かだ。

 

 攻めのリズムが崩れていった。

 リョーマのプレーにミスはない。攻め気は十分、動きも繊細ながら大胆で、打球は最初に比べれば迫力を増している。それなのに少しずつ決まらなくなり、得点できなくなっていく。

 

 三十分もすればラリーが続けども1ポイントも取れなくなっていた。

 悠介のプレーには迫力こそ感じないものの嫌に粘り強く、1プレーが長くなる。

 奪った得点ならば間違いなくリョーマが多いはずだ。実力を見ても彼の方が上に見える。それでも辛そうな顔をしているのはリョーマであり、まだ体力は限界を迎えていないはずなのに、素早く打球に追いついてもやり辛そうに打ち返していた。

 再び悠介のスマッシュが決まる。はあっと一気に力が抜けて、苛立ちばかり募っていた。

 

 南次郎はつまらなそうな顔でその試合を見ていた。

 つまらなそうだが帰るつもりはない。空が暗くなりつつあっても学生を帰すつもりもない。

 ダメな大人といった風体で横になったまま動かずに、しかし眼差しだけは真剣その物で、未来ある若者たちをじっと見つめて離さなかった。

 

 「先輩……」

 「ん? 何? やめる?」

 「やめない」

 「そう……」

 「なんかやってないっスよね」

 「なんかって?」

 「別に……次行きますよ」

 

 どうやら気付いているようだ。やられている側もやっている側も理解しているが、敢えて言葉にするのは避けたか。

 万全な状態のリョーマが抑えられつつあるのは、おそらく悠介が彼の癖を見抜き、大まかな性格を理解したため、彼のペースにさせないようリズムを崩しているからだろう。本人にとっての絶好球と苦手コースを織り交ぜ、思わず跳びついてしまう瞬間と来てほしくない時に来る打球が知らず知らずの内に精神を乱し、プレー自体は問題のないものだが少しずつ小さな綻びができつつある。

 

 珍しいプレースタイルだ。不思議と他者の影響、それも複数折り重なっているのを感じる。

 少なくとも、自力を信じて自らのプレースタイルを作った南次郎とは対極に位置し、その南次郎のコピーであるリョーマとは全く違ったテニスだった。

 

 それはいい。学びと努力で構築された彼のテニスを否定する気はない。それもまた彼なりの答えとして認めたいと思う。

 気になるのはそこではなくて小さな違和感だった。

 黙って見ていた南次郎はついに我慢できなくなって動き出す。

 

 「だめだだめだ! ストップストーップ!」

 「え」

 「なんなの、急に」

 

 突然駆け込んできた中年に驚いて思わず手が止まった。居ることは認識していたがまさか声をかけられるとは思っていなくて悠介が戸惑い、リョーマはあからさまに面倒だと態度で語っている。

 歓迎ムードではなかったが一向に気にしない。南次郎はコートへ入った。

 

 「一通り見させてもらったよ。お前に言うことは特にないんだが」

 「うるさいなぁ。邪魔しないでくれる?」

 

 ビシッとリョーマを指差して言った後、南次郎が悠介へ振り返った。

 

 「名前は?」

 「宮瀬悠介、です」

 「君結構長いだろ。しかも嫌ってほど練習を積んでる」

 「あの、あなたは?」

 「おっとすまねぇ。俺は南次郎。そこに居るリョーマの父親だ」

 

 まさかの自己紹介に驚愕してしまった。

 悠介はちらりとリョーマを確認し、涼しい顔をしている態度に敵意を覚える。

 

 「知り合いだって言ってたのに……ゴリゴリの肉親じゃん」

 「間違いじゃないでしょ」

 「なんだ、言ってなかったのか。恥ずかしがってんのかこいつ。ダンディなオヤジだろ?」

 「邪魔しないでくんない? まだ途中なんだから」

 「いやいやだめだね。このままじゃやらせらんねぇ。お前が負けるのは一向に構わんが……」

 

 裸足でぺたぺたと歩いて南次郎が悠介へ接近する。

 変わったお父さんだなぁ、などと思ってぼんやりしていると顔を寄せられて覗き込まれる。驚いて反射的に背を反らし、悠介の表情は途端に緊張した。

 

 「宮瀬君。まだ何か隠してるな?」

 「え、は?」

 「プレーを見てればわかる。手を抜いてるとは言わないが、持てる力を全て出し切っているわけでもない。体の異常か? それともあいつに気を使ってるのか?」

 

 びくりと動く体は正直だ。

 なんとなく嫌な予感がして恐る恐る視線を動かしてみる。

 まだ全力じゃない。そう聞かされたリョーマが明らかに目つきを鋭くしていた。先程までは多少の気遣いもあったのだが今は確実に睨んでいる。

 あちゃあ、と思っても南次郎は止めてくれずに言いたいことを言ってくる。

 

 「君が上手いのは確かだ。かなりの努力をしただろうともわかる。でもそれじゃあ、今のプレーのままじゃまだまだだな。もっと思いっきりやってみろ。友達だって気にするな。あんな奴コテンパンにしてやればいいんだ」

 「友達っていうか、一応先輩なんですけど……」

 「ありゃ、年上だったか。まあ細かいことはいい。この歳になると一歳だか二歳だかの違いはそう違わんもんだ」

 

 それは本当に年齢の問題なのだろうか。むしろ性格の問題なのでは。

 そう思いはしたが初対面の、しかも後輩のお父さんにわざわざ言う気にはなれずに、悠介は微妙な顔で口を噤む。

 

 「勝ちたいとは思わないか?」

 「俺は、あんまりそういう気持ちが湧かなくて……」

 「君のテニスには躊躇いがある。勝っていいのか、負けた方がいいのか。なんかごちゃごちゃと余計なこと考えてやってるだろ」

 

 図星を突かれた様子だった。

 以前から部員によく言われている。

 お前はあれこれ考え過ぎだ。もっと思いっきりやってみろ、と。

 わかりやすく表情が変わったのを見てにやにやしており、南次郎はほれ見ろと言わんばかりに嬉々として言い出した。

 

 「そんなんじゃ楽しくねぇだろう。もっと夢中になってやってみな。勝っていいんだ、何を躊躇うことがある。むしろ俺としちゃあいつが負けてるとこがこの目で見てみたい」

 「ちょっと」

 「そんなに言われるとそれはそれでプレッシャーが……」

 「ぶわっはっは! 真面目だなぁ宮瀬君!」

 

 バシバシと強く背中を叩かれている間、この人は真面目じゃなさそうだなと、大声で笑う姿を見ながら失礼とも思わずに考えていた。

 同様の言葉ならすでに部員に言われているが、それでも。

 逡巡する彼の傍を離れていき、距離を置いてから振り返った南次郎がにかっと笑う。

 

 「まあ、君の性格のことだ。問題があるとは言わねぇ。もっと楽しめる方法があるってだけだ。あいつを見てみろよ、負けて堪るかって顔してるだろ?」

 

 促されてリョーマを見る。目をギラギラさせて勝負の再開を心待ちにしていた。

 呆れてしまうほどに正直な姿だ。

 つまりはああなれと言いたいのだろう。

 

 「荒療治にはちょうどいい相手だ。あいつにとっても意義がある。せっかくここまで来たんだから今日は思う存分打ってきな!」

 「いや俺はもうある程度満足して……」

 「よーし邪魔して悪かったな! 俺が審判してやるからもう一回最初から行こー!」

 「えぇ……」

 

 飄々と軽くステップを踏むようにして南次郎が移動する。審判台はないがコートを真横から眺められる位置に着くと即座にだらしなく横たわった。

 いい迷惑だ、と考える悠介とは裏腹にリョーマは喜びを滲ませている。

 片時も悠介から離されない眼差しには濃厚な敵意と負けん気の強さ、ほんの少しだけ尊敬の念も込められている。とにかく凄まじい気迫であることだけはわかった。

 

 (あいつ絶対覇気とか持ってるなぁ。しかもサイヤ人だ。ややこしい)

 「じゃあ、やりましょうか。本気で。逃げないっスよね?」

 「はい……」

 

 ふうとため息をつく。

 逃げることはできそうにない。

 それに、良いチャンスだとも思った。前々から指摘されているのに改善できていない部分があるのは知っている。そこまで言うのなら、試してみようと軽い気持ちで決めた。

 

 敢えて静寂を作り、場の空気を確認してから、おもむろに悠介がサーブを行う。

 リョーマは文句も言わずに反応し、すかさず打ち返した。

 立ち上がりは上々。リョーマはまだまだ凄みを増したままである。

 

 鋭い打球を受ける悠介は非常に理性的に見えた。我を忘れることなく、一打ごとに自らの思考に基づいた行動を取っているように見えた。

 そのため、新たにゲームをやると言われて、急に動きが変わったのも理性的な判断だ。

 ユラ~ッと怪しげにラケットを揺らしながら待ち、返ってきたボールを捉える。そのラケットのスイングは今までとは明らかに違っていた。

 

 リョーマと、傍から見ていた南次郎も目を見開いて驚く。

 大きく弧を描いてネットを越える打球。スピードは遅いが異様な動きで相手に近付くのを拒んで逃げていく。彼が見せたのは間違いなくバギーホイップショットだった。

 1ポイント目はあっさり取られて、怯むどころか、リョーマは俄然燃えた表情を見せる。

 

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