テニスの王子様の言うとおりっ   作:ヘビとマングース

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9 好調なスタート

 青学テニス部には長らく続く伝統があった。

 毎月末に部員による校内ランキング戦が行われ、好成績を収めたAからDブロックの優秀者二名がそのままレギュラーになるチャンスが与えられる。

 試合は必ずシングルス。勝った者だけが公式戦に出場できる実力主義。

 青学テニス部のシングルスが有名な最たる理由である。

 

 その注目度は全国的に高く、特に無敗のエース手塚国光の存在は大きい。

 校内ランキング戦当日、青学には月刊プロテニスの記者が訪れていた。

 以前から青学には度々取材に訪れるため、知り合いになった生徒も少なくない。

 

 すでに試合は始まっていた。

 青学の選手、特にレギュラーになる人物は華がある。すぐにでも見に行きたい衝動に駆られながらもまずは挨拶と考え、部室の前へ設けられた受付へ向かった。

 現れた記者二人を大石が笑顔で迎え入れる。

 

 「こんにちは大石君」

 「こんにちは。今回は間に合いましたね」

 「いやぁ、慌てたよ。すでに何試合か終わってしまったかな? いやー全部見たかった」

 

 上背の高い男性、井上(いのうえ)(まもる)が肩に鞄をかけてやってきた。

 中学テニス界の盛り上がりを願って尽力しているらしい彼は取材に余念がなく、青学に足を運ぶのも青学のみならず中学テニス界にとっての宝とも言える選手が居るからだ。

 傍らに立っていた派手な髪色の女性、(しば)砂織(さおり)もぺこりと頭を下げる。

 

 「これ予定表です。どうぞ」

 「ありがとう。今年はどうだい?」

 「いい感じです。今回大きな変化は、一年生が一人参加してるんですよ」

 「一年生が? それは珍しい。三年生の引退までは参加できないはずだったんじゃ」

 「それだけ特別ってことです。なんせ部長が認めたわけですし、ここまで1ゲームどころか1ポイントも落としてませんよ。うちの上級生たじたじです」

 「うーん、それは見ておきたいな」

 

 渡された予定表を確認する。

 部員の顔と名前は自然と覚えていた。何度も通った効果があっただろう。

 そのため、井上は教えられずとも初めて見る名前に気付いた。

 

 「越前リョーマ……?」

 「ええ。しかも、手塚と同じブロックですよ。試合は終盤になりそうですけど」

 

 気になる名前だった。特に名字が引っかかる。

 真剣な表情で黙り込む井上を見やり、芝が不満そうに声をかける。

 

 「井上さん! せっかく現場来てるのに何予定表なんて見てるんですか!」

 「あ、ああ、そうだな。試合を見に行かないと」

 「ついに本物ですよ! 手塚君は!? 不二君は!? なんせこの学校はイケメンが多い!」

 「こら芝! はしゃぐな! そんな不純な理由で!」

 

 どうやら彼女はずいぶんミーハーな性格らしい。手塚や不二に人気があるのは知っていたがまさか若いとはいえ大人の女性まで騒ぎ出すとは。

 大石が苦笑し、後輩として連れていた井上はひどく恥ずかしそうだった。

 

 「その、すまない。まだ入社したばかりの新人で、いやそれは言い訳にはならないんだけど、後できつく言って聞かせておくから……」

 「いえ、気にしないでください。慣れてますから」

 「そ、それじゃあ見てくるよ。大石君の試合も見させてもらうから頑張って」

 「ありがとうございます。あ、そうだ井上さん」

 

 移動しようとした井上を呼び止め、大石がいつになく嬉しそうな笑顔を見せた。

 

 「昨日今日と宮瀬の調子がいいんです。ひょっとしたらひょっとするかもしれません」

 「宮瀬君? そういえば受付に居ないね。今は試合中?」

 「はい。でもそろそろ終わると思います」

 「わかった、見てみるよ」

 

 もう一度礼を告げて今度こそ井上は芝を連れて歩き出す。

 宮瀬悠介と言えば一年生の頃から雑用に練習にと駆け回っており、人懐っこい笑顔が印象的なこともあって訪れれば必ず会話していた相手だ。校内ランキング戦に参加するようになってからは実に惜しい試合展開を見せ、将来は必ずやレギュラーになるだろうと期待していた。

 

 異例の一年生。期待の二年生。レギュラー獲得を諦めていない三年生も油断できない。

 今年最初のランキング戦は波乱の展開があり得そうだ。

 次第にわくわくしてきた井上は芝の声で我に返る。

 

 「何をにやにやしてるんですか……中学生男子を相手に」

 「なっ、おいやめろ⁉ 変な言い方をするな!」

 「変な言い方なんてしてませんよー。先輩が変な受け取り方しただけで」

 「お前なぁ……頼むからこの学校に迷惑をかけることはしないでくれよ。中学生が相手でもこれは取材だからな。わかってるな?」

 「もちろんわかってます。おかげで手塚君にも会えるしぃ。ぐふふふ……」

 「お前はっ、だから……!」

 「それよりどこから見るんですか? 早く決めないともう始まっちゃってますよ」

 

 ふざけているように見えた芝からの問いかけに井上は言葉を詰まらせる。

 どうも真剣に見えない態度の彼女だが、試合を見ればその態度もきっと変わるだろう。注意するのも面倒で嘆息しながら頭を掻き、彼はもう一度予定表を確認した。

 

 「現役レギュラー対決は見ておきたいな。Cブロックは二年の桃城君と大石君、Dブロックは乾君と菊丸君がやるのか。それにAブロックでは手塚君と一年生の越前君……」

 「可哀そうですね、その一年生。上手いのかもしれないけど手塚君と対戦って、きっと自信なくしちゃいますよ」

 「うーん、確かにそう思うのはおかしくないが、手塚君が何も考えずにこんなことするとは思わないし……よほどのプレイヤーということなのかな」

 

 気になる組み合わせだった。

 話題性があって不安に思う要素もあり、どうなるのか結果を見てみたいと思う。幸いにも手塚とリョーマの試合は一番最後に組み込まれていた。それだけは必ず見ようと誓う。

 

 予定は決められているとはいえ、試合時間は流動的だ。全てが予定表通りに進行するわけではないだろう。見る順番と優先順位は決めておく必要がある。

 井上と芝が受け取ったばかりの予定表を確認し、自分たちの観戦予定を決めていると、わっと一際大きく盛り上がる声を聞いた。

 

 二人が咄嗟に視線を向けて、先に気付いたのが井上だった。

 顔見知りだったことが大きい。コートに立っている人物を見て笑みを浮かべる。

 

 「ゲームセット! ウォンバイ宮瀬! ゲームカウント6-0!」

 「うおおっ! 宮瀬ェ!」

 

 無事に勝利したらしい悠介がコートを離れようとした際、真っ先に桃城が飛びついてきた。四肢を後ろへやって胸を突き出し、ドンッと体当たりで押しやった後、迷惑そうに体勢を整える彼に勢いよく肩を組んで笑っている。

 二年生の絆か。特に距離が近い間柄だ。

 桃城が嬉しそうな理由は、一年生を除けば部員ならば誰もが理解していた。

 

 「やったなおい! どうしたんだよお前! 別人か⁉ それとも偽物か⁉」

 「自分でも正直びっくりしてるけど、そんなわけないだろ。ちゃんと本物だよ。多分……」

 「多分って。お前がわかんなかったら俺たちにはわかんねぇじゃねぇか」

 「いやそれはわかってよ。仲良い人なんじゃないの? 君」

 

 コートの外へ出てきた時を見計らって井上が歩み寄って声をかけた。

 桃城から一方的に肩を組まれる悠介はあっと声を出して反応する。

 

 「宮瀬君」

 「あ、井上さん。こんにちは」

 「どもっス」

 「調子いいんだって? 大石君が教えてくれたよ。おめでとう」

 「ありがとうございます。や、俺も自分で信じられないくらいなんですけど……」

 

 悠介は戸惑いを隠せず、照れた様子で頬を掻いた。

 確かに以前から二年生の中では評価されていた方だと自覚はある。手塚・不二・乾による“三年の三強”に対抗すべく、海堂・桃城・宮瀬を“二年の三強”と呼び始めたのは誰だったか。本当にそうなのだろうかという疑問は持ちながらも、部内でのみそう言われていることは知っていた。

 その話は以前から取材を行う井上の耳にも入っていて、試合を見ずに彼の勝利を聞かされただけでは不思議にも思わなかったようだ。

 

 それにしても今日は出来過ぎている気がする。

 悠介自身、自分の試合内容をまだ受け入れられていない。

 今までとは明らかに感覚が違っていた。自分で驚いてしまうほど良い内容だ。身体能力はそこまで変化していないのだがプレーが違う。

 

 来たばかりの井上は理解していない。初対面の芝などはまるで知らない生徒の悠介を見てきょとんとしている。

 一部始終を見ていた桃城が彼らへ伝えるため、どこか誇らしげに語り始めた。

 

 「マジですごかったんスよ。結局1ポイントも落としてねぇし、3ゲーム取ったあたりからほとんど全部スマッシュだけでポイント決めちまって。荒井の奴本気でへこんじまいました」

 「荒井君を相手に6-0? 彼も部内で上位だったはずなのに」

 「そーなんスよ。だからみんなもう落ち着かねぇのなんのって」

 「まあ、荒井は結構わかりやすい奴だから」

 

 気まずそうに苦笑する悠介もまだ受け入れられていない様子だ。

 周囲のどよめきが彼の手によるものだとすれば、確かに気になる。これまでレギュラー経験がないとはいえ次に来る選手だろうと思っていたこともあり、見られなかったのは惜しい気がした。

 

 「宮瀬君、まだ試合あるよね」

 「はい? ありますよ」

 「レギュラーは誰と?」

 「あー……」

 「不二先輩っス。そもそもこいつの師匠なんで言わば師弟対決ですね」

 「うん、それは楽しそうだね」

 

 これは要チェックだ、と予定表の中でその組み合わせを見つけ、ペンで印をつける。

 知っていたものの、改めて考えてみれば青学No.2の不二は全国的に注目される有名選手。彼の弟子と呼ばれる生徒が居て、ここにきてレギュラー入りを有望視されるのは非常に面白い。

 桃城の喜びようから見ても可能性は十分にあり得そうだ。

 井上は笑顔で頷いて、不二の弟子という素敵なワードに揺らぐ芝を引っ張って歩き出した。

 

 「ふ、不二君の弟子? なーにその気になる展開。もう少し詳しく――」

 「二人ともありがとう、頑張ってね。さあ行くぞ芝。取材始めないとな。遊んでる暇はないぞ」

 「ちょ、ちょっと待ってください⁉ これは取材が必要じゃないですか!」

 「青学では有名な話だ。それはまた後でいい」

 「ちょっと~⁉」

 

 強引に引っ張られて行ってしまう。

 その姿を小さく手を振りながら見送って、離れた後で桃城がにかっと笑った。

 期待されている。それが伝わって彼の方が燃えてきたらしい。

 

 「越前効果かもな。お前の今日のプレーは」

 「え?」

 「最近シングルスばっかしてんだろ? あいつにねだられて」

 「いやまぁ、たまにはダブルスのこともやるけど、めっちゃ絡まれてるのは事実」

 「なんにしてもいい影響じゃねぇか。今回は気ィ使うなよ。今までで最高のチャンスだ。不二先輩が相手でも勝ってレギュラー奪っちまえ」

 「簡単に言うんだから……」

 「俺だって負けねぇぞ。うっしゃあ! 気合入ってきたァ!」

 

 言葉をかけずとも勝手に熱くなったようで桃城が大声を発した。

 あまり心配はしていないが、ランキング戦は結果が全て。たとえこれまでレギュラーだったとしても成績上位二名に入れなければ即座にレギュラー落ち。

 悠介自身はその制度でいいのかと疑問を持ちながらも異を唱えることなく過ごしている。

 

 レギュラーになるのは目標だった。そのために努力してきたし、海堂・桃城と共に先輩が居る間にレギュラーを取って全国制覇へ導こうと約束までしていた。

 誰かが入れば、誰かが落ちる。今までなんとなく気乗りしなかった理由だ。

 

 (頑張れって言われて、頑張りたいんだけど、なんだかなー……)

 

 やる気になっている桃城に言ってもまたそれかと言われてしまうだろう。

 悠介は言葉を吞み、難しい顔でううむと唸った。

 

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