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「わっはっは!悪ぃ!悪ぃ!」
霊園から上杉がバイトしているケーキ屋に女性らしからぬ豪快な笑い声が響き渡る。
霊園で会った女性は下田と名乗った。
「お嬢ちゃんがあまりにも先生にクリソツだったから間違えちまった。よく考えたら、とっくの昔に先生は死んでたわ!」
テーブルの向かいに紫水と並んでいた五月は、ポカーンとして下田の顔を見つめていた。
「おっと、娘さんの前で言う事じゃねぇな。許してくれ。ここで会ったのもなにかの縁だ。先生への恩返しで好きなだけ奢ってやるよ!」
「す、好きなだけ・・・」
「五月」
「わ、わかっていますよ」
好きなだけと聞いて目を輝かす五月に紫水は声をかけた。
「はぁ。改めまして東雲紫水と申します」
「学生とは思えない貫禄だな。・・・なあお前の母親の名は凛か?」
「!?え、ええ。母の名は確かに凛ですが」
五月から紫水に目を向けた下田は紫水の母親の名を出した。母の名が出た事に驚いた紫水は、困惑しながら答えた。
「旧姓は一色凛か?」
「はい。失礼ですが母とは・・・」
「元教え子だ零奈先生もな」
「お母さんもですか」
旧姓すら知っている下田に紫水は関係性を聞くと生徒と先生の間柄だと答え、更に五月達の母の教え子だと言った。
「その恰好をしているって事は・・・」
下田は紫水の格好を見て、察したが僅かな望みを持って聞く。
「5年前の今日に両親とも亡くなりました」
「・・・そうか。また後で改めて参らせてもらおう」
「ありがとうございます。母も喜ぶと思います」
亡くなっていると聞き、また改めて参ると言う下田に紫水はそう言う。
「その母と五月達の母親は同じ学校で教師をしていたのでしょうか?」
空気を換える為に下田に聞く紫水。
「いいや。先に零奈先生の教えを受けていて3年の途中で転校して転校先で凛先生に会ったんだけどな」
「成程」
「あのお母さんがどんな人だったか教えていただけませんか?」
紫水との話が一区切りついたタイミングで五月が真剣な顔で下田に自分の母親がどんな人か聞いてきた。
「覚えていないのか?5年前だから結構大きかったろ?」
「ええ、そうですが・・・私は家庭でのお母さんしか知りません・・・お母さんが先生として、どんな仕事をしていたのか知りたいのです」
真っ直ぐな視線を向ける。すると、下田は遠くを見る様な目で話し始めた。
「・・・先生はなぁ・・・愛想も悪く、生徒に媚びない。学校であの人が笑ったところを一度も見た事がねぇ」
なんとなく想像がついて、五月は苦笑した。
「アハハ・・・さぞ生徒さんには怖がれていたのでしょうね」
「いーや、それが違うんだよなぁ・・・」
と下田は畏怖する顔になった。
「どんなに恐ろしくても、鉄仮面でも、許されてしまう。愛されてしまう。先生はそれほどまでに、めちゃ美人だった」
「めちゃ美人・・・」
母親のことなのに照れくさく、五月は照れくささを誤魔化す為にケーキをパクッと食べる。
「ファンクラブもあったくらいだ。学校の男子はメロメロよ。当時の生徒会長がファンクラブの会長だからな。廊下を歩く先生の後ろを、男子生徒がぞろぞろついて歩くぐらいだからな。お嬢ちゃんも先生似だし、いけるんじゃねーか?なあ坊ちゃんもそう思うだろ?」
「五月達の母親には会った事はありませんが、五月達五つ子は皆美人になると思います。今も十分に可愛いですし」
「///」
下田が五月を見て言って、紫水に同意を求めると、紫水は自身が思っている事をそのまま言うと、五月の顔が真っ赤になって更にパクパクとケーキを食べ進める。
「・・・恥ずかしがらずよく言えるよ・・・。まあそんなわけで、女の私でさえ惚れちまう美しだった」
下田は再び遠い目になり、ヤンキー仲間の男子生徒と悪さばかりしていた高校時代に思いを馳せた。
「あの無表情から繰り出される鉄拳に、私ら不良は恐れおののいたものだ。だがその中にも、先生の信念みたいなもんを感じて・・・いつしか、見た目以上に惚れちまった。結局1年間、怒られた記憶しかねぇ・・・だが、あの1年がなければ・・・教師に憧れて、塾講師になってねーだろうな」
どこか誇らしげな下田の笑顔が、五月の胸を打った。
母の墓前で偶然、昔の教え子の下田と出会えたのも運命の様な気がした。
「凛先生は何て言うか・・・全てを包み込む海の様な心の広い人だった。教師に憧れた私を不良の戯言とは言わず、懸命に教師とはどんな仕事なのか教えてくれたし、教師に必要な事を教えてくれたんだ」
「分かる気がします」
下田の凛の印象に紫水が同意する。
「下田さんの話を聞いて踏ん切りがつきました」
五月がバックの中から進路希望調査のプリントをそう言って取り出す。
「下田さんのように・・・お母さんみたいになれるなら、やはり私にはこれしかありません」
迷わず記入しようとしたシャーペンの先を、下田がカチャっとフォークで止めた。
「ちょい待ちな」
「え・・・」
「母親に憧れるのは結構。憧れの人のようになろうとするのも、決して悪い事じゃない。私だってそうだしな。だが、お嬢ちゃんはお母ちゃんになりたいだけなんじゃないか?」
下田の指摘を五月は否定できない。
「お母ちゃんになりたいだけなら他にも手はある。とはいえ、人の夢に口を出す権利は誰にもねぇ。目指すといいさ。『先生』になりたい理由があるならな」
「私は・・・」
その先が言えない。今の五月んはまだ、胸を張って言える答えが見いだせないのだった。
因みにお会計の時にあまりの金額に下田は冷や汗を出したが、紫水が店長につけておくように言ったおかげで、下田の財布は守られ、下田は紫水に感謝した。