デート・ア・ライブ 蒼シュヴァリエ   作:蒼京 龍騎

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どうも、蒼京龍騎です。
長らく期間が空いてしまいましたが、続きです。


邂逅、非日常

 

 

 

────久しぶり。

 

頭の中に、どこかで聞いたことのある声が響く。

 

────やっと、やっと会えたね、───。

 

その声は、懐かしむような、慈しむような声色で。

 

────嬉しいよ。でも、もう少し、もう少し待って。

 

一体誰だ、と問いかけるも、答えはない。

 

────もう、絶対離さない。もう、絶対間違わない。だから、

 

不思議な声はそこで、途切れた。

 

 

「…………はっ!!!」

その一声と共に、士道は目を覚まし。

「うわっ!?」

反射的に、叫び声をあげる。

何しろ、見知らぬ女性が指で士道の瞼を開き、小さなペンライトのようなもので光を当てていたからだ。

「……ん?目覚めたね」

眠たげな顔をしたその女は、顔に違わぬぼうっとした声で言った。

先程まで気絶していた士道の眼球を見ていたらしく、あと少しで肌と肌が触れ合いそうになるほど顔が近い。シャンプーの匂いだろうか、微かにいい匂いがした。

「だ、だだだだダレデスカ」

「……ん、ああ」

ぼうっとしたまま、女は体を起こすと垂れていた前髪を鬱陶しそうにかき上げた。

一定の距離が空いたことで、女の全貌が見取れるようになる。

軍服らしき服を纏った、二十歳ぐらいの女である。無造作に纏められた髪に、分厚い隈が目立つ目、あとは……何故か軍服のポケットから顔を出している縫い跡だらけのクマのぬいぐるみが特徴的だった。

「……ここで解析官をやっている、村雨令音(むらさめれいね)だ。あいにく医務官が席を外していてね。……まぁ安心してくれ。免許こそ持っていないが、簡単な看護くらいならできる」

「…………」

どこに安心出来る要素があるのか。

明らかに、この令音という女性は士道より不健康そうに見えるのである。

実際、先程から頭で小さく円を描くように体をふらふらさせている。

と、横になっていた体を起こした士道は、今の令音の言葉に引っかかりを感じた。

「────ここ(・・)?」

言いながら、周囲を見渡す。

先程まで士道が寝ていたのは簡素なパイプベッドであり、その周りには仕切りを作るようにカーテンが張られている。例えるなら、学校の医務室のような空間だった。

ただ、天井はそうとも言えない外観で、何やら無骨な配管や配線が剥き出しになっている。

「ど、どこですかここ……」

「……ああ、<フラクシナス>の医務室だ。気絶していたので勝手に運ばせてもらったよ」

「<フラクシナス>……?ていうか気絶って……、あ────」

そこで、思い出す。

士道は謎の少女と謎の化け物、そして折紙の戦闘に巻き込まれ……蒼によって救助されたところで気絶したことを。

「……え、ええと、すいません。俺以外にもここに誰か来ませんでしたか?変な……鎧?を着て俺を助けてくれた友達が居たんですけど────」

頭をくしゃくしゃとかきながら声を発するが、令音は応じず、士道に背を向けたまま無言で動き始める。

「あ────ちょっと……」

「……ついてきたまえ。君の言う友達もこれから向かう先に居る。そこで色々話そう……と言いたいところだが、まずそこでその友達を落ち着かせて欲しい。君を出せと怒り狂っていてね。我々も手が付けられないんだ」

「…………」

呆然とする士道をよそに、令音はカーテンを開ける。

カーテンの外は少し広い空間になっていた。6つほどあるベッドが均等に並び、部屋の奥には見慣れない医療器具のようなものが置かれている。

令音は部屋の出入口と思われる扉へ向かって、ふらふらと歩みを進めていった。

……が、ふらふらしていたせいか足がもつれてしまったようで、ガン!!!という痛々しい音と共に頭を打ちつけた。

「!!!だ、大丈夫ですか!!」

「……むう」

一応、倒れはしなかったらしい。令音は壁にもたれかかるようにしながらうめく。

「……ああ、すまんね。最近少し寝不足なんだ」

「ど、どれぐらい寝てないんですか」

士道が問うと、令音は考えを巡らせるようにあごに手を置いてから、指を三本立てた。

「三日。そりゃ眠いですよ」

「……三十年、かな?」

「ケタが違ぇ!!!」

流石に予想外すぎる返事を返され、士道は叫んだ。

最大でも三週間程度だろうと予想していたのに、それを大幅に上回っている。というか、明らかに彼女の外見年齢を超えている。

「……まぁ、最後に睡眠をとった日が思い出せないのは本当だ。どうも不眠症気味でね」

「そ、そうですか……」

「……と。ああ、失礼、薬の時間だ」

令音が唐突に懐を探り始める。

そうして錠剤の入ったピルケースを引っ張り出すと、なんの躊躇もなく蓋を開けて中の錠剤を流し込むように口の中に放り込んだ。

「っておいッ!?」

過剰摂取どころの騒ぎでは無くなりそうな量を噛み砕きながら飲み込む令音に、思わずつっこみを入れる。

「……なんだね、騒々しい」

「いや、なんて量飲んでるんですか!!!ていうか何の薬ですか!?」

「……全部睡眠導入剤だが」

「それ死ぬッ!!さすがに洒落にならねぇ!!!」

「……でもいまひとつ効きが悪くてね」

「どんな身体してるんですか!!」

「……まぁでも甘くて美味しいからいいんだがね」

「それラムネじゃねぇの!?」

ひとしきり叫んでから、士道は大きなため息をついた。

「……とにかく、こっちだ。ついてきたまえ」

令音が空っぽになったピルケースを懐へ戻してから、またしても危なっかしい足取りで歩き始め、医務室の扉を開ける。

「────っとと」

士道は慌てて靴を履くと、先に医務室から出た令音の後を追って部屋の外に出た。

「なんだ、こりゃあ……」

部屋の外は、狭い廊下のような作りになっていた。

淡色で構成された機械的な壁に床。その見た目は、スペースオペラなんかに出てくる宇宙戦艦の内部や、映画で見た潜水艦の通路を士道に連想させた。

「……さ、何をしているんだ?」

士道は訳も分からないまま、ゆっくりと足を動かし始めた。

ふらふらと今にも倒れそうな令音の背だけを頼りに、映画のセットのような通路に、足音を響かせていく。

そして、どれぐらい歩いた頃だろうか。

「……ここだ」

通路の突き当たり、横に小さな電子パネルが付いた扉の前で足を止め、令音が言った。

次の瞬間、電子パネルが軽快な音を鳴らし、滑らかに扉がスライドする。

「……さ、入りたまえ」

令音が開いた扉の向こうへ入っていく。その後に士道も続いて入る。

「……っ、こりゃあ……」

扉の先に広がる光景に、目を見開く。

一言で言うならば、そこは船の艦橋のような場所だった。士道がくぐった扉から半楕円の形に床が広がり、その中心には艦長席と思しき椅子が設えられている。

さらに左右両側からはなだらかな階段が伸び、下段では複雑そうなコンソールを操作するクルーのような人達が見受けられた。全体的に薄暗く、あちこちに設えられたモニターの光が、いやに存在感を主張している。

それら全てが見た事のない光景で、内心とても驚いていた士道だったが……今見た景色よりもっと衝撃的な光景が目の前に広がっていた。

「動くんじゃねぇよ金髪、頭ブチ抜かれたくなきゃな」

「わっ、わかりましたぁぁぁぁ!!!!でも動いて撃たれたい気もしますぅぅぅ!!!!」

……踏んづけていた。艦長席の隣で嬉しそうに這い蹲る金髪の男の背を、鎧を纏った蒼が足で押さえつけるように。

「……連れてきたよ」

呆れている様子の令音が、ふらふらと頭を揺らしながら言う。

「ご……ご苦労様で「黙ってろ」ぐふっ、はっはいぃぃぃ!!!!」

声は這い蹲る男に向けられたようで、男は労いの言葉を返そうとしていたようだが、蒼が言葉と共に踏みつけて無理やり遮る。

そこで始めて気づいたが、蒼はただ踏んずけていただけではなかったらしい。

突き付けた腕の装甲が開いて銃口のようなものが現れ、脅すように男へと突きつけられていた。

恐らくだが、士道が巻き込まれそうになったミサイルを落としたものだろう。

「ひ、飛来?お前なにやってんだ……?」

流石に止めるべきだと思い、声をかける。

「ん?……あ!?五河じゃねーか!!!!」

先程まで士道が居ることに気づいていなかったのか、一瞬訝しむような表情を浮かべてから士道の方を向いたかと思えば、男から足を退けて士道の方へと歩いてくる。

目の前まで来た飛来は、士道の体を頭から爪先まで往復させるように視線を動かすと、大きく頷いて安心したかのようにため息を吐く。

「……よし、変なことはされてねぇみたいだな。そうと分かりゃとっとと帰るぞ」

「は?ち、ちょっと待て!!!」

士道の手を掴み、どこかへ連れて行こうとする蒼に呼びかける。

突然こんな場所に連れてこられたとはいえ、状況を誰にも聞かずに大人しく帰る選択肢は士道には無かった。出口が分からないので、それもついでに聞くという目的もあるが。

「あ?んだよ」

蒼は嫌々といった様子で足を止め、士道の方へ顔を向けた。

「帰るったってどこから帰るんだよ!?出口っぽいものはどこにも……」

「上見ろマヌケ、既に開通済みだ」

「……嘘だろ」

言われるまで気付かなかったが、艦橋の天井に見事な穴が空けられていた。どう見ても外から打ち抜かれたような穴であったことと、開通済みと言ったことから、士道はその穴は蒼が開けたものだと予測する。

どうやら、蒼はその穴から士道を連れて脱出する気でいるらしい。

「さて、とっととトンズラこかせて……」

「あら。人様の施設を壊しておいて、黙って帰る気かしら」

再び歩き出した蒼の足を、今度は後ろから響いた少女の声が止める。

その、どこか聞きなれた声に、士道の顔は自然と声の方へと動いていた。

「……え?」

「……あ゙?」

艦橋に響いたのは、視界に映ったものに困惑する士道の声と、何度も邪魔をされたせいか苛立っている蒼の声。

士道の眼前には、艦橋の中央に設えられた席に座る、一人の少女の姿があった。

大きな黒のリボンで二つに括られた赤い髪。艦長席らしきそこに座るには似合わない小柄な体躯。どんぐりのような丸っこい目。そして口にくわえたチュッパチャプス。

士道は眉をひそめた。だって、それはどう見ても────

「…………琴里?」

そう。格好や口調、それに全身から発する雰囲気など、違いは幾つかあれど、その少女は間違いなく士道の可愛い妹……五河琴里だった。

 

 

 

 

 

 

「────五河、士道」

小さく、誰にも聞こえない程の声量で、折紙は頭の中に彼の顔を浮かべた。

間違いなく、あの時の(・・・・)少年だった。

折紙の記憶が間違えるはずがない。

少し残念ではあったけれど────あの少年と会ったのは一回きりだったし、向こうが折紙のことを覚えていないのは仕方がない。高校に入学した時からあれこれと接触を試みていたが、全て失敗に終わっていたし。

今はそれ以上に、気になることがあった。

「なぜ、あんなところに……<シュヴァリエ>と居たの」

空間震警報の鳴り響く街に、なぜ彼が出ていたのか、なぜその横に<シュヴァリエ>が居たのかが分からなかった。

それに──彼は、間違いなく目にしていた。

特殊兵装を纏った折紙の姿と──精霊を。

鳶一一曹(とびいちいっそう)、準備整いました!!」

「────」

突然響いた整備士の声に、折紙はふっと俯かせていた顔を上げた。

そしてすぐさま、頭の中に浮遊の司令を発現させる。

するとその指令は折紙が身に纏った着用型接続装置(ワイヤリングスーツ)を通して、背に装着されたスラスターパーツに伝わり、内蔵された顕現装置(リアライザ)を発動させた。

およそ飛行には向きそうにもないフォルムの装備を纏った折紙の身体が、鈍重そうな武器ごと軽やかに宙に浮く。

陸上自衛隊、天宮駐屯地。

その一角に位置する格納庫で、折紙は整備士の誘導に従いながら、自分の専用ドッグに腰掛けるように着地し、武器を定位置に収めると、ようやく息を吐いて全ての顕現装置を解除した。

それと同時に、今まで欠片も感じていなかった装備の重量や身体に蓄積した疲労が、一気に折紙の身体を押さえつけた。

後方から機械音がして、背に装備していたスラスターの接続が解除される。

だがその後三分ほど、折紙はその場から立ち上がることができなかった。

CRーユニットを使用したあとは毎回こうである。超人から一般人に戻ると、それだけで身体が異様に重く感じてしまう。

戦術顕現装置搭載(コンバット・リアライザ)ユニット。通称CRーユニット。

三十年前の大空災の折、人類が手にした奇跡の技術である顕現装置を、戦術的に運用するための装備の総称である。

コンピュータ上の演算結果を、物理法則を歪めて現実世界に再現する。

要は、制限付きではあるものの、想像を現実にする技術である。科学的な手段を以て、いわゆる『魔法』を再現するシステムと言うこともできた。

そして同時に────人類が精霊に、唯一対抗できる手段でもある。

「ちょっと退いて!!!担架通るよ!!!」

と、右方から怒鳴るような声が響いてくる。

ちらと視線だけを動かして見やると、折紙と同じくワイヤリングスーツに身を包んだ隊員が、担架に乗せられていることが分かった。

「……くそッ、くそッ、あの女……ッ!!絶対、絶対ぶっ殺してやる……ッ!!!」

担架に乗せられた隊員が、血の滲む額の包帯を押さえて、忌々しげにうめきながら運ばれてゆく。

「…………」

毒づく元気があるのなら大丈夫だろう。折紙は興味なさげに視線を戻した。

実際、医療用の顕現装置を用いて治療を行えば、よほど深刻な怪我でない限りはすぐに完治する。前に折紙が足を骨折した時も、翌日には歩けるようになっていた。

「────」

折紙は、細く息を吐くと同時、視線を少し上にやった。

今日の戦闘を思い起こす。

────世界を殺す厄災、精霊。

超人たる折紙達が幾人束になろうとも、傷一つつけることが叶わない異常。

どこからともなく現れ、気まぐれに破壊を撒いていく、天災的(・・・)怪物。

「…………」

結局今日の戦闘も、精霊の消失(ロスト)により幕引きとなった。

消失(ロスト)、と言っても、精霊は死んだわけではない。

要は、空間を越えて逃げられただけだ。

書類上はASTの活躍によって精霊を撃退した、ということになるのだろうが────折紙を含め現場で直接戦っている隊員達は皆、理解していた。

精霊がこちらのことを何の脅威とも思っておらず、消失するのも、精霊の気まぐれに過ぎないのだということを。

「…………っ」

表情はぴくりとも動かさず。

けれど、折紙は奥歯を強く噛み締めた。

「折紙」

と、そこで格納庫の奥から響いてきた声に、折紙は思考を中断させられた。

「…………」

無言で、そちらを向く。まだ身体が慣れていないのか、首がずっしりと重かった。

ワイヤリングスーツに搭載されている基礎顕現装置(ベーシック・リアライザ)は、発動すると同時に自分の周囲数メートルに随意領域(テリトリー)を展開する。

この領域がCRーユニットの要だ。随意領域(テリトリー)。文字通り、使用者の思い通りになる空間のことである。

どんな外部衝撃をも緩和し、また、内部の重力さえも自在に設定することができる。この領域を展開している限り、折紙たちAST隊員は超人となり得るのだ。

だから逆に、CRーユニット使用後は少しの間、身体が思うように動かせなくなるのである。

「ご苦労さん」

そこには、折紙と同じくワイヤリングスーツを着込んだ、二十代半ばぐらいの女が、腰に手を当てて立っていた。

日下部燎子一尉(くさかべりょうこいちい)。折紙の所属するASTの隊長だ。

「よく一人で精霊を撃退してくれたわね。……友原(ともはら)加賀谷(かがや)にはきつく言っとくわ。折紙一人に精霊任せて離脱するなんて」

「撃退なんて、していない」

折紙が言うと、燎子は肩をすくめた。

「上への報告はそうしとかなきゃなんないのよ、ちゃんと成果出てますってことにしとかなきゃ予算が下りないの。ただでさえ<鎧獣>(ガイスト)のせいでお払い箱寸前の状況なのに」

「…………」

ギリ、と力の入った手から音が鳴る。

<鎧獣>(ガイスト)。数年前から突如現れた新種の精霊の呼称。これのせいで折紙達ASTはお払い箱にされかねない状況に立たされているのだ。

精霊が人の姿をしているのと対照的に、<鎧獣>はその名の通り結晶の鎧で覆われた獣の姿をとっており、能力や外見によってタイプ分けされた個体が複数居る。

これらの共通にして最大の特徴は……精霊が現れた少し後に、なおかつ空間震を絶対に伴わせず現界(・・・・・・・・・・・・・)すること。絶対に精霊しか狙わない(・・・・・・・・・・・)こと。

現れた瞬間、それが与えられた役目だと言わんばかりに精霊に攻撃を初め、消失にまで追い込むと同じく消失し、この世界から去る。

精霊の一種である関係上その力は精霊に匹敵するほど絶大であり、精霊を倒しかけたケースも確認されている。

……お払い箱にされかけるのも、納得するしかなかった。それでも折紙達が残れているのは、<鎧獣>が周囲の被害を鑑みず獣のように暴れるため、それを防止する役割をさせるためだろう。

「そう怖い顔するんじゃないの。褒めてんだから。エースが席を開けている状況で、よく頑張ってくれてるわ。あんたがいなきゃ死んでた人間も、もう一人や二人じゃ済まないでしょうよ」

言って、ふぅと息を吐く。

「ただねぇ」

燎子は視線を尖らせると、折紙の頭を掴んで自分に向けさせた。

「あんたは少し無茶しすぎ。────そんなに死にたいの?」

「…………」

燎子は折紙に鋭い視線を向けたまま言葉を続けた。

「あんた、自分がどんな怪物相手にしてるか本当に分かって戦ってるの?あれは化物よ。知能を持ったハリケーンよ。

────いい?できるだけ被害を最小限に抑えて、できるだけ早く消失させる。それが今の私たちの仕事よ。今日みたいに<鎧獣>に着いて行って精霊を倒そうとするのは辞めな。無駄な危険は冒さないようにしなさい」

「────違う」

折紙は燎子の目をまっすぐ見つめ返すと、小さく唇を開いた。

「精霊を倒すのが、ASTの役目」

「…………」

燎子が、眉根を寄せる。

それはそうだろう。彼女はAST隊長。対精霊部隊の名の意味を、折紙よりずっと深く、重く理解しているはずだった。

理解した上で、彼女は言っているのだ。

────自分たちには、被害を抑えることしかできないと。

けれどそれを承知した上で、折紙はもう一度言った。

「────私は、精霊を、倒す」

「…………」

燎子は息を吐くと、折紙の頭から手を離した。

「……別に、個人の考えに口出すつもりはないわ。好きに思ってなさい。────でも、戦場で命令に背くようなら、部隊から外すわよ」

「了解」

折紙は短く答えると、ようやく馴染んだ身体を起こし、歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「────まず、どうして貴方は士道の身柄を要求するのか、教えてくれないかしら?」

「は?そりゃお前らが五河を誘拐しようとしたからに決まってんだろ。友達を助けるのは当たり前だっつーの」

「貴方、士道と面識があるみたいね。一体何者?」

「初対面な上、五河を誘拐した奴に言うと思ってんのか?」

「誘拐した訳じゃないわ。彼には少し話さないといけないことがあるから、そのために連れてきただけよ」

「結局誘拐してるじゃねーか。妹だからって兄に対して何しても良いわけじゃねーぞボケ」

「…………」

呆然とする士道を放置して、蒼と琴里が会話を始める。

冷静な表情を崩さず風格のある声色で話す琴里に対して、対して蒼は苛立ちを隠さず荒っぽい口調で琴里の質問に答えを返さない。

「え、ええと……本当に琴里、なんだよな?」

色々と今この現状に対して言いたいことがある士道だが、この険悪な雰囲気を変えるためにも一つ聞くことにした。

「……あら。妹の顔を忘れたの、士道(・・)?

物覚えが悪いとは思っていたけど、さすがにそこまでとは予想外だったわね。今から老人ホームを予約しておいた方がいいかしら」

士道は頬に汗を一筋垂らした。

ほっぺを強くつねってみるが、かなり痛い。少なくとも、これは夢では無いということが分かる。

士道の可愛い妹は、お兄ちゃんのことを呼び捨てになんかしないはずなのだが。

それに、あんな無邪気な妹がこんなSMクラブの女王みたいに罵詈雑言を飛ばしてくるなど、天地がひっくり返ってもありえない。

だが、どこからどう見ても目の前に居るのは琴里だ。

十年近く一緒に過ごしてきたのだ、士道の目が見間違えるはずがない。

「とりあえず琴里、ってことで良いんだな。

じゃあ聞くんだけど、さっき言ってた俺に話さないといけないことってなんだ?」

「ああ、それはね……簡単に言えば世界の真実についてと、それに関係した話が一つ」

「世界の、真実?」

聞き返すと、琴里が大きく頷き肯定を示す。そして、何かを伝えるようにクルー達に視線を飛ばすと、艦橋のスクリーンの景色が変わった。

映し出されたのは、先程士道が遭遇した黒髪の少女を、結晶に覆われた巨人と機械の鎧を纏った人間達が追いかける景色だ。

「空間震の発生原因は不明、これが世間一般の常識。

────でも、実際には違うわ。これにはしっかりとした原因があるのよ。

まぁ、貴方はもう既にその原因と会っている(・・・・・)けどね」

「……っ!?」

会っている。

その言葉が聞こえた瞬間、士道は画面に映る黒髪の少女へと視線を向けた。

「────まさか」

「ええ、そのまさかよ。

────精霊。本来この世界には存在するはずのないモノであり、この世界に出現するだけで、己の意志とは関係なく辺り一体を吹き飛ばす現象……空間震を引き起こすモノ。それが彼女の正体よ」

「な────」

士道は思わず眉根を寄せた。

今日初めて自らの目で見たあの現象……空間震。

人類を、世界を蝕む理不尽極まる現象。

その原因が、あの少女だというのだ。

「……ん?じゃあ、あそこに居た鳶一達と、あの化け物は……」

と、そこで新たな疑問が浮かぶ。

琴里の話が事実で、あの少女が空間震を起こす存在だとしても……それを攻撃しようとしていた集団と結晶の化け物は一体何者なのだろうか。

少女を攻撃していたことから、精霊ではなさそうに思えるが。

「彼女達はAST、精霊専門の部隊よ。それと、あの結晶に覆われた化け物は<鎧獣>って呼ばれてる精霊の一種。両方とも簡単に言えば、精霊を狩る狩人、ってところかしら。

────そこに居る<シュヴァリエ>と同じようにね」

言いながら、琴里が視線を蒼の方へ送る。

士道も後を追うように蒼を見ると、先程よりも苛立ちが募ってきたのか腕を組んで指をトントンと動かしていた。

「精霊を……狩る?」

「ええ。要は、精霊は空間震を起こす厄災だからぶっ殺して原因を取り除いちゃいましょう、って訳」

「…………ッ!?」

狩るという単語が出てきたからか、さも当たり前といった様子の琴里の口から、その言葉が出てくるのは予想出来なかった訳では無い。

しかし────士道の心臓が引き絞られるかのような感覚に襲われた。

「こ、殺す……?」

「ええ」

平然とした態度で、琴里が頷く。

士道はごくりと唾液を飲み込んだ。動悸の音が、やけにうるさい。

言っていることは理解できる。さっきまでの話から、精霊がどれだけ危険な存在であるかは分かった。

でも────いくらなんでも、殺す、だなんて。

ふと、士道の脳裏に、あの少女の顔が浮かんできた。

 

────お前も、私を殺しに来たんだろう?

 

少女があんなことを言った意味が、ようやく分かった。

そしてあの、今にも泣き出してしまいそうな顔の意味も。

「まぁ、普通に考えれば死んでくれるのが一番でしょうね」

特に感慨もなさそうに琴里が言う。

「な、なん……っ、でだよ」

「なんで、ですって?」

士道が表情を歪めながらうめくように言うと、琴里が興味深そうに顎に手を当てた。

「何もおかしいことはないでしょう。あれは怪物よ?この世界に現れるだけで空間震を起こす最凶最悪の猛毒よ?」

「だっておまえ、言ったじゃねぇか。空間震は、精霊の意志とは関係なく起こるって」

「ええ。少なくとも現界時の爆発は、本人の意志とは関わりないというのが有力な見方よ。

────まぁ、そのあとASTと<鎧獣>のコンビとドンパチした破壊痕も空災被害に数えられるけどね」

「……それは、そのASTと<鎧獣>って奴らが攻撃するからだろ?」

「まぁ、そうかもしれないわね。────でもそれはあくまで憶測。もしかしたら、ASTと<鎧獣>が何もしなくても、精霊は大喜びで破壊活動を始めるかもしれない」

「それは……ねぇだろ」

士道が言うと、琴里不思議そうに首を傾げた。

「根拠は?」

「好き好んで街ぶっ壊すような奴は……あんな顔、しねぇんだよ」

それは根拠と呼ぶにあまりに曖昧で薄弱なものだったが……なぜだろうか、士道はそれを心の底から確信していた。

「本人の意志じゃねえんだろ?それなのに────」

「随意か不随意かなんて、大した問題じゃないのよ。どっちにしろ精霊が空間震を起こすことに変わりはないんだから。士道の言い分もわからなくはないけど、かわいそうって理由だけで、核弾頭レベルの危険生物を放置しておくことはできないわ。今は小規模な爆発で済んでるけれど、いつユーラシア級の大空災が起こるかわからないのよ?」

「だからって……殺すなんて」

士道がしつこく追いすがると、琴里はやれやれと肩をすくめた。

「数分程度しか接点のない、しかも自分が殺されかけた相手だっていうのに、随分精霊の肩を持つじゃない。……もしかして、惚れちゃった?」

「っ、違ぇよ。ただ、もっと他に方法があるんじゃねえかって思うだけだ」

「方法、ね」

士道の言葉に、琴里はふうと息を吐いた。

「それじゃあ訊くけど、どんな方法があると思うの?」

「それは────」

言われて、言葉が止まった直後。

「……おい、さっきから話が長ぇんだよ」

先程まで沈黙を貫いていた蒼が口を開いた。

「結局テメェらは五河にナニさせてぇんだよ。

まさか、一般人の五河にそんなくだらねぇ話するためだけに連れてきたわけじゃねぇだろ?」

苛立ちを露わに、そして一般人という単語を強調して琴里に言い放つ。

確かに、こんな場所へこの話を聞かせるためだけに連れて来た訳では無いだろう。

連れてきたからには、何かしらさせたいことがある。

「……そうね、なら単刀直入に言おうかしら。

────士道」

「な、なんだ?」

改まった様子で名前を呼ばれ、士道は恐る恐る返事を返した。

息を吸い込んで、一呼吸置いてから、琴里がゆっくりと話し出す。

「────あの子を、救ってみる気は無い?」

「……は?」

「さっき言っていた方法だけど、殺す以外にもう一つあるわ。

……精霊に、恋をさせるの」

「は?は?」

いきなり出された情報の量を処理しきれず、呆けた声が何度も出る。

恋をさせる?あの少女に?何故それで問題が解決する?

聞きたいことが多すぎて、上手く声に出せない。

そんな士道を置き去りに、琴里は説明を続ける。

「私達は<ラタトスク機関>。精霊と対話することによって、精霊を殺さず空間震を解決するために結成された組織よ。そして、私達が活動するにあたって士道の存在が必要不可欠なのよ」

「……俺の、存在?」

疑問に思っていることを一旦飲み込んでから聞き返すと、琴里は大きく頷き肯定を示す。

「まず大前提として、士道は特別(・・)なの。精霊と対話して、恋をさせれば、精霊が空間震を起こすことを止めさせることができるわ。

だから、もし精霊と対話して、空間震を無くそうって気があるなら……私達<ラタトスク>は全力で士道をフォローするわ、そのための組織だもの」

「な────っ!?」

唐突なカミングアウトに、流石に士道も狼狽を隠すことが出来なかった。

自らが特別な、しかも今世界を蝕んでいる原因を取り除ける存在だと教えられれば、こうなっても仕方ないだろう。

それに……先程確かに琴里は言った。士道をフォローすると。

つまり、士道はもう一度あの少女と話す機会を得られるという訳だ。

────なんとも、ありがたい提案だった。

あの少女を、あのまま放っておくことが出来ない士道にとっては、これ以上ない話である。

自分が特別だと知ったから、助けようとしている訳では無い。

士道は見てしまったから。少女の、今にも泣き出してしまいそうな顔を。

士道は聞いてしまったから。少女の、悲痛な声を。

だからこそ、手を伸ばさずにはいられない。

だって彼女は────士道と同じだったのだから。

「……分かった。なら、俺は精霊を────」

「はぁ。何を言い出すかと思えば、バカ丸出しで一気に萎えた」

精霊を助ける意志で満ちた士道の言葉を、興醒めしたかのような冷たい声が遮った。

声の方へ向けば、腕を組んで艦橋の壁に寄りかかる蒼の姿がある。

「嘘八百もここまで来りゃもう芸術だな。色々とガバガバな組織じゃねーか<ラタトスク>様はよ」

「……?飛来、お前何を言って……」

壁から離れて、鎧をガシャガシャと鳴らしながら近づいてくる蒼に問いかける。

「五河、この際だからハッキリ言わせてもらうぞ。

────お前、本物の馬鹿だろ」

「……っ」

「そもそもだ。なんでコイツらがお前にそんな力があるって知ってる?そこからまず怪しめよドアホ。まぁそれに対する俺の予想は二つある」

言葉に詰まる士道の目の前で指を二つ立て、蒼は話を続ける。

「一つ、その力を与えたのがコイツらだから。でもこれはもう一つの答えより可能性は低い。なんせ、そんな技術あるなら他の奴にその力を与えてもう精霊と対話させてるだろうしな」

立てていた中指を折って、蒼は人差し指だけをピンと伸ばす。

「そんで問題は……その二。五河は既に精霊と対話済みっつーパターン」

「……え」

既に対話している。

そんな馬鹿な、と心の中ですぐに否定した。

精霊と対話した記憶など士道には無い。今日初めて精霊に会ったのだ、できるわけが無い。

「今日のお前のリアクションは初めて精霊を見たって感じだった。でもお前が忘れてるだけで既に一度話してて、これを何かしらの方法で見知って勧誘に来たってのが一番確率が高い。そうでもなきゃこんなド派手戦艦やら人材を用意する意味が無い。────なぁ、お前もそう思うだろ?」

言いながら、蒼は首を回して琴里の方へと顔を向けた。

そして、ゆっくりと琴里へと近づいて、その耳へ顔を近づけ何かを囁く。

「悪いが優秀な協力者が居るんでな、ここのデータベースをサクッと漁ってもらってお前のことは教えてもらったぜ?

五河琴里、いや。<────>」

「……ッ!?な、なんでそれを……!!!」

何か非常に嫌な事を聞かされたのか、さっきまで余裕があった琴里の顔が一瞬で真っ青になった。

余程知られたくない事だったのか、小刻みに体が震えていた。

「言っただろ?優秀な協力者が居るって。

……それにしても、随分と最悪だな。自分もヒデェ目に遭ってるのにそれを兄にも味合わせようなんて。

こんな妹が居る五河が心底不憫に思えてくるぜ。帰るぞ五河、コイツらのお遊びに付き合う必要はねぇ」

琴里を蔑むように見下してから、蒼が再び士道の手を握ろうと手を伸ばしてくる。

「ま、待てよ飛来!!!」

士道は伸ばされた手を退けて、逆に蒼の腕を握り返した。

「俺はあの子ともう一度話したいだけなんだ!!!それに……もし話が出来て、琴里の言った通りになればあの子を殺さずに済んで空間震も無くなる!!!お前にとって都合の悪いことは無いはずだろ!?」

蒼とこの艦橋で会った時からずっと疑問に思っていた。

なぜ、蒼は執拗に士道をこの船から引き離そうとしていたのか。

士道が<ラタトスク>に関わっても、蒼には何ら問題は無いというのに。

それどころか、琴里の言った通りに動き、士道が精霊と対話して恋に落とせたのなら空間震という一つの災害を無くせるというのに。

その疑問を、叫ぶように吐き出す。

「……あるんだよ、俺にとって都合の悪いことは」

返ってきた声は、とても悲しげな声だった。あの少女と同じぐらいに。

「だから……ごめんな」

「ぐぉ、っ!?」

突然、士道の鳩尾に強い衝撃が走った。

下を見れば、鎧で覆われた拳が士道の鳩尾に当てられている。

苦痛のせいか、それとも殴られた衝撃で肺の空気を押し出されて上手く呼吸ができなくなってきたせいか、意識が薄れ始める。

鎧の輪郭がぼやけ始めて、上手く姿が捉えられなくなる。

「飛来……お、まえは……」

「……これは悪い夢だ。全部忘れて平和な日常に戻ってくれ、五河」

ゴツゴツとした腕に抱えられる感覚を覚えながら、最後に蒼の優しい声を聞き、意識が落ちた。




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