2024年6月2日。
ペチョールィにてドイツ・バルト連合軍とロシア軍が衝突。(ペチョールィの戦い)
<ペチョールィ近郊 ドイツ軍ヘリコプター部隊が侵攻>
ドイツ連邦軍の発表によると、ペチョールィ近郊にてバルト・ドイツ連合軍のヘリボーン部隊が侵攻を開始したようだ。既にペチョールィにはポーランド軍やドイツ軍の機甲師団も到着しており、ロシア軍は苦戦を強いられているようである。
<ロシア共産党支持者が暴動 モスクワ中心部>
ロシアの情勢が複雑化する中、現地のジャーナリストによると、モスクワ中心市街にて大規模な暴動が発生したようだ。
ドイツに亡命しているゲンナジー・ジュガーノフ氏は声明を発していないが、暴動はロシア共産党の支持者が起こしたものであり、ロシア警察は共産主義者の取締を強化しているようだ。
一方、ウクライナ戦線ではロシア軍がキーウまで12キロの地点まで迫っていた。
キーウ市街にはウクライナ軍は勿論のこと、ベラルーシ軍やドイツ軍、ポーランド軍、ノルウェー軍が展開しており、住民の避難は既に完了していた。
2024年6月6日午後2時10分。
ロシア軍歩兵部隊がボルィースピリ国際空港に突入。(ボルィースピリ国際空港攻防戦)
滑走路ではドイツ軍のKF-51パンターが歩兵を護りつつ進軍。
一部では中国人義勇兵の存在も確認されており、これらの部隊はドイツ連邦軍第33擲弾兵師団*1の管轄下にある。
その他にもコンゴ傭兵の姿もあった。
ロシア軍がウクライナ戦線で苦戦している中、ドイツ軍はモスクワへのミサイル攻撃を実施。
50発中36発が目標に命中した。
中央アジア戦線では中国軍機甲部隊がムルガプ村でロシア軍機甲部隊と衝突。(ムルガプ村の戦い)
非常に広大な戦線であるため、一部では中国軍が押されているところもあった。
しかし、中国軍の人海戦術により、2024年8月5日にはタルバガタイ地区の奪還に成功。
北部の部隊もカザフスタンへの侵攻を開始した。
舞台は変わり、満州では関東軍と満州国軍がロシア軍をモゴチャまで押し返していた。
満州国軍がモゴチャ市街へのミサイル攻撃を行い、その中を関東軍機甲部隊が進軍。
12日後にロシア軍はモゴチャから撤退した。
北ロシア戦線ではフィンランド軍がサンクトペテルブルクの5km手前まで侵攻。
サンクトペテルブルク攻防戦が勃発した。