その命令は突然だった。
新たに建設されたここからずっと南方に位置する鎮守府。そこに着任するようにと上層部からお達しが届いて数日もしないうちに俺は件の鎮守府へと異動となった。
なぜ自分が赴くことになったのか。お偉いさん方に問いかけても言葉を濁されるだけであった。
「君はなぜだか艦娘に好かれる素質があるようだからあるいは…」
異動先の鎮守府について簡単に引継ぎをされ、しまいにはそんな意味深な言葉を託された。
「司令官の新たな門出に総員、敬礼!」
長年苦楽を共にしてきた戦友たちは俺の出発を盛大に祝って送り出してくれた。戦場を共に駆け抜けた彼女らと離れ離れになることは正直かなり堪えたが、出発日の朝に彼女たちが総出で声援を送ってくれたのだから応えないわけにはいかない。
「さぁ…いよいよだ」
そして新天地へと足を踏み入れた俺はこうして今、着任する鎮守府の入り口に立っている。新しく出来たばかりの外観は傷の一つもない完璧な仕上がりで思わず圧倒されそうになる。
今まで培ってきたものがどこまで通用するかは分からない。以前のような信頼関係が再び築けるとは限らない。
それでも…やるしかない。
俺を信じ、精一杯に送り出してくれた彼女たちの想いに報いる為に。こんなところで怖気づいている場合ではないのだ。
「行こう!!」
「はいっ!」
聞き馴染みのある懐かしい声に後押しされたこともあり、俺は胸を張って最初の一歩を踏み出した。そしてずんずんと進んで行く。足取りはとても軽やかだ。
ん?
「緊張しますね…!」
「お、おう…そうだな」
「でも司令官のことはこの朝潮が必ずお守り致しますのでどうぞご安心ください!」
「お、おう…」
随分と懐かしい声が隣から聞こえてくるなと目を遣れば、ああ朝潮か…。彼女には秘書艦として以前の鎮守府で大分世話になったからなぁ…。思えば右も左も分からないペーペーの俺を初期からずっと支えてくれた娘だもんなぁ…。そんな彼女がこうして隣にいてくれるとは心強い限りだぁ………
ってオイ!!
「あ、朝潮!?」
「はいっ!駆逐艦、朝潮ですっ!」
いや、そうじゃなくて!なんで朝潮がここに!?
「司令官をお守りするのがこの朝潮の役目ですから!」
フンスと胸を張る朝潮。彼女の得意げな表情がまぶしい…
って待て待て待て!!!
「行きましょう、司令官!!!」
「ちょ、ちょおっ…!!!」
なにがなんだか分からないと混乱している俺をよそに。朝潮にがっちりと手を掴まれた俺は鎮守府の中へと引きずり込まれていく。
いや、なんだこれ!?
…でも本当は少し安心したというのは、もちろん彼女には内緒だ。
■
「…えー以上で着任の挨拶を終わりにしたいと思う。ありがとう。総員、解散」
壇上から見下ろすとこの鎮守府に所属している艦娘たちがまるで黒い波がうねっているかのように見えた。どうやらここには相当数の艦娘が所属しているらしい。
「ええ、こっちは大丈夫…!安心してください!」
俺の後方では朝潮が誰かと電話をしているらしく楽しそうなおしゃべりが聞こえてくる。
いや、なんかもう自然に溶け込んでるねぇ、君…!
そんな彼女をしり目にとりあえず着任挨拶までに朝潮に言われたことを一度整理してみるか。
というかどうやらこの鎮守府、ワケ有りのようだ。着任挨拶をすっぽかされたり、妨害されたりすることはなかったから、一見すれば反抗的な艦娘がいるわけではなさそうではある。
しかしこれは朝潮がこうして俺の元に派遣されてきた理由にもなるらしいのだが、この鎮守府には恐ろしい女王が存在しているらしい。
そして上層部は俺一人ではその女王に対応しきれないと判断したらしい。そこで以前の鎮守府から選抜で一人、俺のサポート役を送り出すことになり、それが朝潮だった…と。
というかその話、俺にも教えてよ~。初耳なんだが!なんでこうも秘密主義なんだろうねぇ、上層部は。
「司令官、まずは親睦を深めるという意味でも食堂を覗いてみましょうか!」
いつの間にか通話を終えていた朝潮に手を引かれる。ただ朝潮も俺も食堂の場所を把握しているわけではないのでフロア図とにらめっこしながら立ち往生。
「大丈夫ですか?」
偶然通りかかった駆逐艦たちに案内され、ようやく食堂へとたどり着いた。
「よければ一緒に食事でもいかかですか?この鎮守府のこと、いろいろ教えてください!」
…悔しいが上層部の判断は正しかったと言わざるを得ない。いくら提督という立場ではあれ、このように初日から初対面の彼女たちの輪に入っていけたかと言われれば怪しいところだ。
「俺からも頼むよ。よければみんなのこと、教えてくれ」
こうして朝潮が打ち解ける場面をわざわざ設けてくれたことに感謝しかない。テーブル席に座り、お互いに好きなものを頬張りながら会話を楽しんだ。
そして朝潮がいろいろと盛り上げてくれたこともあって、最初はぎこちない様子だった例の駆逐艦たちにも笑顔が増え、距離も少し縮まったかな…と思った時だった。
途端ににぎやかだった食堂がシーンと水を打ったように静まり返った。
なんだ…?
俺は異様な雰囲気に辺りを見回さずにはいられなかった。
「「…………」」
先ほどまで楽しくコミュニケーションをとっていたはずの駆逐艦たちはなにやら青い顔をして俯いている。心なしか震えているようにも見えた。
朝潮が彼女たちの背中を優しくさすりながら声を掛ける中、俺は再び周りを見てみる。
「…なんだあれ」
そして注意深く観察することで気が付いた。怯えるように下を向いて座る艦娘たちをよそに、カツカツと足音を響かせる一団。
「ごきげんよう」
数名で構成されたその集団はキョロキョロしていた俺を見つけたからなのか、こちらの方へと向かってきた。そして立ち上がってもなお、俺が見上げなければいけないくらいに大きな艦娘がその集団を代表してと言わんばかりにニコリと笑顔を携えて声を掛けてきた。
「あ、ああ」
横目で見ると駆逐艦たちがこれ以上にないというくらいに震えている。状況を察してだろうか、気が付くと朝潮が俺の横に控えているのが分かった。
「本日付で着任することになった。これからよろしく頼む…!」
周りを見れば明らかに異様な状況ではあるが、俺も目の前の巨体に気圧されていてはいけない…。
そう思い、握手を求めて手を差し出した時だった。
「…ッ!!!」
差し出した俺の手は目の前の大きな艦娘に握られることはなく、彼女の後ろからすさまじい速さで飛び出してきた手に掴まれることになった。
思わず手を引っ込めようとするが、あまりの強さにビクともしない。驚きのあまり自分の手を掴む者の顔を見る。
「………」
前の鎮守府では見たことのない艦娘だった。彼女はじっと俺のことを見定めるかのように見つめてくる。
いや、それだけではない。
「「…………」」
いつの間にか取り囲まれている!?
手を差し出してから数秒も経ってもいないというのに小さいのから大きいのまで、背丈の異なる艦娘たちが俺たちを囲み厳しい目つきで見ていた。
「~~~♪」
訂正、ひとり場違いなほどににこやかな笑みを浮かべている娘もいる。
ちなみに朝潮は隣で棒立ちになっていた。うん、この娘って肝心なところでフリーズしちゃうのよね!?
「……ッ」
そして手をギリギリと締め上げられていくことに恐怖を覚えた頃…。
「ダメですよ、矢矧」
沈黙していた巨体娘が一言。解放された手は痺れてしまっている。
「人はとても弱い生き物なのですから優しくしてあげないと」
そして、にゅうと伸ばされた大きな手のひらに完全に戦々恐々としてしまった俺は思わず後ずさりをした。
「おや、怖がらせてしまいましたかね?それならば今日はここまでにしておきましょうか。失礼いたします」
■
「…大丈夫でしたか?」
「あ、ああ…。なんとかな…」
目の前に立ちふさがった巨体が何事もなかったように食堂を後にしてから数十分後、食堂にはようやく最初のにぎわいが戻ってきていた。
未だに痺れる手を駆逐艦たちが持って来てくれた氷で冷やしながら、単刀直入静かに問いかけてみた。
あれが女王なのか…と。
「「…………」」
女王、という言葉を聞いて駆逐艦たちは押し黙ってしまった。もうすでにこの反応からしてさっきのデカ女が女王なことは明白なのだが、まだ情報が足りない。俺は根気よく女王について彼女たちに尋ねた。ちなみに朝潮はまだフリーズしてしまっているのでそっとしておいてある。
少ししてから駆逐艦たちは辺りを警戒するように見回してから絞り出すように女王について教えてくれた。
■
「この鎮守府にはたくさんの艦娘がいるんだけど、それには理由があって…。と言うのも、全国の鎮守府から艦娘を集めているらしいんだ。意図は不明だけど…」
「いろいろな鎮守府から寄せ集められたばかりだから経歴も経験も千差万別でね。大体は訓練生とか私たちみたいにまだ経験の浅い子が多いんだけど、中には歴戦を勝ち抜いた猛者もたくさんいたみたいで…」
「名だたる鎮守府とか激戦区に近い泊地、戦闘の最前線なんかから来た娘に多いんだよね、それこそ化け物みたいに強いのが」
「それでこれは提督が来る前のことなんだけど…誰が一番強いか力試ししようって話が出て来ちゃって…。私らみたいな弱っちいのは抜きにしても、結構な数の腕に自信のある子が力比べというか…」
「あれは力比べなんかじゃないよ…。ほぼ戦争」
「そう!実弾は使わないにしても、もう手が付けられないくらいの争いになっちゃって…」
「信じられる?味方同士でやり合ってそれでバタバタ倒れてくんだよ!?」
「それで最後の方になるとやっぱり本当に強い娘ばかり集まっちゃって…!なかなか結着がつかないでいたの」
「軽巡の矢矧さんに駆逐艦雪風!初霜ちゃんなんて大暴れだったからね」
「それだけじゃないよ…!浜風ちゃんに磯風ちゃん、霞ちゃんも手が付けられなかったんじゃなかった!?」
「朝霜はバット振り回して止まらないし、他にも涼月さんと冬月さん辺りが残ってたよね?」
「それでいよいよこれは鎮守府吹っ飛ぶぞってなった時だよね?」
「うん、ちょうど膠着してた時におつかいから帰ってきた大和さんが…」
「すごいんだよ?みんなのこと、張り手で吹っ飛ばしていくの!」
「…あれは圧巻だったわ」
「最終的に大和さんの圧勝でこの戦いには終止符が打たれて…!以来、矢矧さんたちは大和さんの取り巻きになっちゃうし、もう怖くてしょうがないよ!!!」
「だから私たちは言うんだ…」
「あれは女王だって」