TS吸血鬼眷属は百合の造花を咲かせたい 作:どや!俺の小説はプリティでエエやろ!
「吸血鬼に血を吸ってもらうと、生まれ変われるんだって!なりたい自分、新しい自分に!」
テレビの中では女子高生がヤバイよね、と口にしながら楽しげに笑っていた。最近の奇妙な事件を面白おかしく揶揄した話が浸透している。朝のニュースはいつからバカがメディアで騒ぐようになったんだろうか。
吸血鬼ナニガシも勝手に変な話に使われて大変じゃないか。映画のネタにされて注目されるだけでも心労は中々のものだろうに、現実でも話題に出されたらたまったもんじゃないな。
リビングでテレビをぼんやりと見ながら思考をふわりと飛ばしていると、聞き慣れたインターホンの音がひとつ耳を叩いた。テレビの右上に目を向けると、9時52分を教えてくれる。約束の時間まで3時間も前だった。
何かの押し売りと決めつけて居留守を敢行することにする。少しの間を置いて僕の気怠さを感じ取ったかのように、「開けろ」というメッセージの通知と共にインターホンのチャイムが一定のリズムで急かすように鳴らされ始めた。
ああ、もう、わかったよ。柔らかなソファー(結構奮発した。最高)に後ろ髪を引かれつつも立ち上がる。軽く苛立ちながらも、きっと僕よりも苛立っているんだろうなと思い直して足早に玄関へ向かう。
スコープを覗き、見知った彼女がいつものように立っていたのを確認してドアを開ける。
「ユウ、おはよう。随分早いけど、どうかしたの?」
「助けてくれ!なあ、助けてくれよ、トオル!」
鬼気迫る声をあげながら背中に手を回され、グッと家の中へ押し込まれる。支えを失ったドアが閉まるガチャリという重い音を、どこか遠い場所で聞いているような浮き足立った感覚に襲われる。
「ちょ、ちょっと待ってよ!また何か大きな事件でも起きたの?何が何だかさっぱりで」
「聞いてくれ、トオル!オレ、オレ……」
泣き腫らしながら、どこか諦めたような顔をして玄関前に現れた三年前の光景がフラッシュバックし、ぼうっとしていた頭が叩き起こされるような衝撃を覚える。
いつも無理をしながら日々を過ごしていることを知っているから、少しでも力になれるように、何を言われても驚かないように、友人として僕が支えてやらなければと覚悟を決める。
「わかった、落ち着いて!ちゃんと聞くから!」
「オレ、女の子になっちまった!!!!」
「そうか、女の子に……えっ」
女の子になった?
えっと……えっ。
「助けてくれ、トオル……オレ、女になっちまって、自分でもどうすりゃいいかわからなくて」
「いや、ちょっと待って。……うん。女の子になったんだね」
今日突然女の子になったような言い草で、嗚咽を抑えるように僕の胸に顔を押し付けながらそう騙る少女。
……いや、正確には騙っている訳ではないんだけど。
緊張し、身構えていた心が解けて、脱力とともにどっと疲れが湧き出てくる。このバカはほんとにバカでバカバカしかった。
「もうお前だけが頼りで……!」
「ふうん。そうなんだね」
「……あれ?もうわかっちゃった感じ?」
醒めた目で見つめる僕との温度差に気づいたのか、顔を上げてぽけーっとした表情で僕を見つめる。涙の跡もないのに結構真に迫った嗚咽だったけど、役者だなあ、凄いなあ、と思うことにする。
台風に怒ったって仕方がないのだ。
「そりゃあ、ね。ちょっとビックリしたけど」
なんだそりゃ、とつまらなそうな顔をしてそっぽを向く彼女。悪びれる様子がないのは想像できたけど、その反応はちょっと怒るぞ。
怒ったって仕方がないから怒らないけど。怒らないけど。前言撤回はしない主義なのだった。
「まあ、なんだ。今日は折角のエイプリルフールってことで、騙してやろうと思ったのよ」
「エイプリルフールって何か知ってる?」
嘘をつく日なんだぞ。
「む。知ってるよ」
「知らないじゃんバカ。というか、3時間前だよ」
「うん。もしかして駄目だった?」
呆れを多分に含んだ声を聞いたからか、今日一番の不安げな顔が下から襲いかかってきた。
急にしおらしくなるな、かわいいだろう。
「……別に、駄目なワケじゃないけどさ。開けろ、じゃなくて早めに来るメッセージくらい送ればいいだろ」
「なんだよ、ツンツンしちゃって。好きな子が早く逢いたいって家に来たんだから嬉しいくせに」
何を言ってるんだこの人は。そうですが。
「……そういう話じゃない。バカ言ってないで上がって」
「あ、目を逸らした。カワイイ。素直じゃないなあ、ほんとさ」
ニマニマと笑みを浮かべながら、僕を離してお邪魔しまーすと間延びした声を上げて入っていく。勝手知ったる僕の家って感じで歩いていく彼女を見て、なんか凄く凄いなと思った。女の子が家を歩いていた。
……駄目だな。抱きつかれて、思いの外ドキドキしちゃってるみたいだ。反省。
「おいおいおい!今のはナシでしょ!画面がウソついたって!」
スリップするゴリラの脇を抜けてゴールする。
「ナシナシナシ!ノーカン!今のは絶対オレの勝ちだったじゃん!」
「散らばったアイテムでユウが勝手にクラッシュしただけでしょ」
「はあ?何それ。……くそう、もう一回!」
「……いいけど」
躍起になって催促をする言葉に、たじろぎながら言葉を返す。ユウがこちらを睨みながら膨れっ面で言うものだから、目を逸らしてしまった。その反応を見て、彼女はにんまりとほくそ笑んでいるのだろうと思うと、少し腹立たしい。
僕とユウは小学校からの付き合いだが、三年前にユウが突然女の子になってから目を見て話すことが難しくなってしまった。主に僕が照れてしまって、だが。これまた腹立たしくはあるが、一々顔が良いものだから。
レース開始の音楽につられてテレビに顔を戻したタイミングで、彼女の顔を盗み見る。
艶々とした黒髪を背の中ほどまで伸ばし、横に軽く分けた前髪に阻まれながらもちらりと見える横顔は、それだけで一つの絵になるような魅力があった。クールビューティというのだろうか、切れ長の目から覗く黒の瞳が、整った眉が、鋭くもバランスの取れたパーツそれぞれが、ユウが持つ筋の通った心の強さを表しているように思えてくる。
女性としてはかなり高めの身長とスラリとした体型も、身に纏う雰囲気をより強固なものにしている。つい先日170cmを超えたと聞いたときは、僕を超えるなと喚いたものだ。結構ショックだった。
見た目だけはクールで大人びた印象を与えるものだから、思わず見惚れてしまうことが多々ある。そのくせ一喜一憂する度に表情がコロコロと変わって、沢山の顔を見せつけてくる。外では大人びた女の子を演じて日々を過ごしているから、実は表情豊かなことを知っているのは僕だけという小さな優越のオマケ付きだ。
イタズラ好きな内面がこの外見から放たれるという男に対する暴力は、とにかく強い。どぎまぎしたって別にそれは僕が変という訳ではなくて、こんなものどうしたって勝てやしないものだろう、と言い訳を唱えて寝るのが日課になるのも当然だった。
据え置きのゲーム機で2時間ほど遊んだ後、ユウは本棚から数年前に完結した漫画を手に取った。付けっ放しにしたモニターから流れるリザルト画面の音楽を背に、ぱらぱらとページを捲る音が静かに時間を刻んでいく。
大学1年最後の日。特に何もなく1日を跨いで位を上げる日、僕らは相変わらず毎日を二人で遊び呆けていた。随分前から堕落している僕らの生活に、大学生なんてこんなもんだって言葉が口癖になりつつあるユウのことが心配になるが、止めない僕も僕だった。
大学の知り合いからは僕と彼女が付き合っていると思われているし、夫婦だとよく囃し立てられたが、これではそう思われるのも無理はないかと思う。彼ら曰く、いい歳した男女が同じ部屋で常日頃から遊んでいるとなれば、特別な空気が流れ出すものらしいし。傍から見ればただのカップルとは、何を隠そう僕らのことだった。
もっともそうならない理由は明白で、もしそんなものを醸し出されたとしたらユウがおかしくなったとして僕はすぐに逃げるが。
身じろぎするユウから目を逸らすためにスマートフォンを触る。気にしないというささやかな努力は、気にしないという気にする行為によって潰れていた。僕の耳は明らかにユウの音を拾おうと躍起になっていた。
ここに来て何度も読んでいるのに、時折くすりと笑う声が混じるのはよっぽどその漫画が好きなのか。好きだからこそ何度も読んでいるのだろうけど、少しドキッとするからやめてほしい。過失だ。間違いなく。
それに、その姿勢もだ。僕のベッドに伏せながら、足をバタつかせて身じろぎをするのもよくない。というか、匂いをつけるな。バカじゃないのか。バカだった。
気を張り続けて生活している彼女の、数少ない心休まる場所なのは理解しているし嬉しくも思うけど、君は美人で僕は男なんだぞ。もっとしろ。
僕のベッドを占拠してパーソナルスペースを壊すという毎日のように行われる拷問は、映画を見に行く約束の時間まで続いた。
「楽しみだね」
「そうだね」
楽しみだとは到底思えない落ち着いたトーンで零れ出た言葉をこれまた淡白な4文字で打ち返しながら、外行き用の猫を被った「ユウさん」との間にポップコーンを置いて、開始時間まで摘みながら待つことにする。
館内での注意事項がコミカルに表現された映像が、映画館に来たなあという気持ちにさせてくれる。
公開開始からそこそこ経ったわりには、席は思ったよりも埋まっていた。評判も良く、リピーターも結構な割合で居るらしいから面白いんだろう。そう期待をしながらポップコーンを塩味かキャラメル味にするか悩む時間が一番楽しかった。
実際映画は面白かった、と思う。吸血鬼とヴァンパイアハンターがお互いの秘密を隠して恋に落ちるラブロマンスで、アクションも俳優自身が行ったことを大々的に打ち出した宣伝通りのクオリティで中々に良かった。
ただ、秘密が恋愛のスパイスとしてはふわっとしていたし、簡単に乗り越えていたのがなんだかフィクションで、とても出来た話だなんて捻くれたことを思ってしまった。僕の面倒臭さが心に噴き出していた。
秘密。致命的な秘密を抱えた人間が、そんな簡単に恋愛を成就できる訳ないだろう。ああ、ヒトじゃなくて吸血鬼の話だった。
誘ってきたユウは楽しんでいるかなと思って顔を見ようと考えたけど、口の中のキャラメルが苦くなって見る気になれなかった。
目眩がして、目を瞑る。他でもない僕が、僕の三半規管を揺らしている気がした。
TS特有の無防備からなるからかいとイチャイチャは人類を救うため、しっかり書くべきとされる。